医療ガバナンス学会 (2015年1月21日 15:40)
この原稿は日経トレンディネットより転載です。
(イラスト画像を含むオリジナル記事はこちら↓)
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20150108/1062045/?P=5
内科医師
大西睦子
2015年1月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
◆低炭水化物ダイエット論争、再び?
2014年も、ダイエットの話題がさかんに議論されました。なかでも炭水化物の摂取を制限する低炭水化物ダイエット(=低糖質ダイエット、糖質制限ダイエット、アトキンスダイエット)が「肥満解消のための減量」にもたらす効果に対し、賛否両論が巻き起こったのは相変わらずでした。
特に2014年9月は、「肥満解消のための減量」としての低炭水化物ダイエット論争に火がつきました。きっかけは、同年9月2日に米国内科学会誌「Annals of Internal Medicine:AIM」で低炭水化物ダイエットを支持する研究報告が発表され、翌9月3日に米国医師会雑誌「The Journal of the American Medical Association:JAMA」で異なる研究報告が掲載されたこと。
どちらの医学雑誌も、非常に評価が高く、影響力があります。まずは両誌に掲載された研究結果を見ていきましょう。
◆米国内科学会誌(AIM):低炭水化物ダイエットの勝利
AIMに掲載された研究は、米国ルイジアナ州チューレーン大学医療センター公衆衛生熱帯医学大学院のリディア・バッツァーノ博士らによる、肥満の患者さんの体重と心血管リスク因子に対する、低炭水化物ダイエットの効果を調査したものです。
<参考文献>
Annals of Internal Medicine「Effects of Low-Carbohydrate and Low-Fat Diets: A Randomized Trial」
http://annals.org/article.aspx?articleid=1900694
研究者らはまず、低炭水化物ダイエットと低脂肪ダイエットを比較しました。
対象者は心血管疾患や糖尿病に罹患していない、肥満と診断された148人の成人男女(BMI:30~45、平均年齢:46.8歳、女性:88%)。この対象者を低炭水化物ダイエット、低脂肪ダイエットのグループに分けました。なおこれまでの低炭水化物ダイエットの研究では黒人の割合が低かったため、この調査では対象者の約半数が黒人、半数が白人になっています(アジア人とヒスパニックの対象者はほとんどいません)。
ダイエットのグループ
[1]低炭水化物ダイエット(75人):炭水化物を1日40g未満に制限
[2]低脂肪ダイエット(73人):総摂取エネルギーの30%未満の脂肪(飽和脂肪酸7%未満)、55%の炭水化物に
両グループとも、研究期間中に定期的に食事カウンセリングを受け、身体活動のレベルは変更しないように指示されました。どちらもカロリー制限はしていません。また、体重、心血管リスク因子、食事内容などのデータは、ダイエット開始前(ベースライン)、3カ月目、6カ月目、12カ月に収集されました。
最終的に、低炭水化物ダイエットのグループのうち59人(79%)、低脂肪ダイエットのグループのうち60人(82%)が期間中のダイエットを完了。ベースラインと12カ月後のデータを比較すると、低炭水化物ダイエットのグループは低脂肪ダイエットのグループよりも平均3.5kgの減量(脂肪量は平均1.5%以上の減少、除脂肪体重は平均1.7%以上増加)、平均14.1 mg/dLの中性脂肪低下、平均7.0 mg/dLのHDLコレステロール(善玉)増加という調査結果が認められました。
血圧、総コレステロールおよびLDLコレステロール(悪玉)は、両グループともに、ほとんど変化はありませんでした。それにもかかわらず、最終的に、低炭水化物ダイエットは、今後10年間以内に、心臓発作が起きる可能性を計算するフラミンガム・リスク・スコアを下げることができました。
<参考文献>
National Institutes of Health「Risk Assessment Tool for Estimating Your 10-year Risk of Having a Heart Attack」
http://cvdrisk.nhlbi.nih.gov/
これによりバッツァーノ博士らは、低炭水化物ダイエットは、低脂肪ダイエットよりも減量および心血管リスク因子の低減のために、より効果的と判断しました。
過去数十年にわたり、「肥満解消のための減量」方法として、低脂肪ダイエットと低炭水化物ダイエットが激しい戦いを繰り広げてきたものが、この結果によりついに決着! 低炭水化物ダイエットの勝利が確定したかのように、米国の多くのメディアで報道されたのです。ところが、翌日のJAMAの報告は、それを覆すものでした。
◆米国医師会雑誌(JAMA):低炭水化物ダイエットと低脂肪ダイエットに差はない
JAMAの報告は、カナダのグループと米国スタンフォード大学の研究者らの研究に基づきます。調査対象は、一般的な48種類の減量ダイエットに参加した合計7286人の臨床試験結果を調査。各ダイエットを実行した人について、6カ月後と1年後に経過観察をし、それぞれのダイエット方法による体重やBMIの変化、影響をメタ解析(複数の臨床研究のデータを収集・統合し、統計的方法で解析)しました。どの減量ダイエットでも、対象者はBMIが25以上の過体重あるいは肥満と診断された人です。
ダイエットのグループ
[1]低炭水化物ダイエット:アトキンスダイエット、サウスビーチダイエット、ゾーンダイエット
カロリー配分:炭水化物40%以下、タンパク質約30%、脂質30~55%
[2]適度な3大栄養素のダイエット:ビッゲストルーザーダイエット、ジェニー・クレイグダイエット、ニュートリシステムダイエット、ウェイトウォッチャーズ
カロリー配分:炭水化物約55~60%、タンパク質約15%、脂質21~30%以下
[3]低脂肪ダイエット:オーニッシュスペクトラム、ローズマリー・コンリー法
カロリー配分:炭水化物約60%、タンパク質10~15%、脂質20%以下
減量効果の結果を見ると、低炭水化物ダイエットのグループは6カ月後に8.73kg、12カ月後に7.25kg減量していました。低脂肪ダイエットのグループは、6カ月後に7.99kg、12カ月後に7.27kgの減量を達成していました。
グループ内で、ダイエット方法による違いは最小限でした。例えば、低炭水化物ダイエットグループの場合、6カ月後のアトキンスダイエットとゾーンダイエットを比較すると、差は1.71kg減量になっていました。
さらに行動的サポート(例えば、カウンセリング、グループ支援)の減量への影響は、6カ月のフォローアップで-3.23kg、12カ月のフォローアップで-1.08kg、運動はそれぞれ-0.64kg、-2.13kgの効果をもたらしています。つまりどんなダイエットでも、行動的サポートや運動が減量には重要だということです。特に行動サポートは、最初の3カ月間、特に有効でした。
これらの結果から、研究では低炭水化物ダイエットと低脂肪ダイエットの減量に対する有意差は認められないという結果を出しました。同じグループ内の異なるダイエットの減量効果の差も小さく、どんなダイエットでも肥満の患者さんが続けられる減量ダイエット(それぞれの性格やライフスタイルに合った減量方法)を推奨することが重要であると、著者らは主張しています。
とはいえこの報告で評価したダイエットは、参加者がカロリー制限をしており、体重減少が低炭水化物ダイエットによるものか、低脂肪ダイエットによるものか、それとも全体のカロリー制限によるものかを特定できないという批判が出ています。また、メタ解析では失われた体重が筋肉なのか、脂肪なのかが不明とも指摘されています。
いずれにせよ現状では、明確な違いは出しにくく、減量のためのダイエット論争は、さらに続くことが予想されます。
◆量そのものだけでなく、どんな食品から炭水化物や脂肪を摂取したのかが問題
ところで低炭水化物ダイエット、または低脂肪ダイエットとは何を指しているのでしょう?
実は、公式な定義はなく、現在の食事指導勧告が推奨する炭水化物の摂取量以下を低炭水化物ダイエット、脂肪の摂取量以下を低脂肪ダイエットと呼んでいます。
ちなみに、米国農務省(USDA)の推奨する3大栄養素のバランスは、炭水化物45~65%、脂肪20~35%、タンパク質10~35%です。
AIMの研究では、低炭水化物ダイエットの1日の炭水化物摂取量は40g以下に設定されていました。ご飯一膳(140g)に含まれる炭水化物量は約42g、8枚切りスライスの食パン1枚約50gに含まれる炭水化物量は約23gとされています。
<参考文献>
Paediatric Diabetes Dietitian – Frances Robson「Carbohydrate Counting Reference Tables」
https://www.upbete.co.uk/media/14807/carb_tables_2011.pdf
低炭水化物ダイエットの種類は、2008年のアクーソ博士らの報告によると、炭水化物の摂取量は、以下のように分類されます。
1日の炭水化物摂取量目安
■適度な炭水化物:130~225g
■低炭水化物:130g以下
■超低炭水化物:30g以下
<参考文献>
US National Library of Medicine National Institutes of Health「Dietary carbohydrate restriction in type 2 diabetes mellitus and metabolic syndrome: time for a critical appraisal」
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2359752/
ここでAIMの低炭水化物ダイエットを振り返ってみましょう。
米国国民健康栄養調査(NHANES)によると、平均的な米国人の炭水化物の摂取は、男性約296g、女性約224gです。日本人のデータは、2012年の国民健康栄養調査によると、平均的炭水化物の摂取は、20歳以上の男性約290.8g、女性約237.7gです。
<参考文献>
厚生労働省「平成24年 国民健康・栄養調査結果の概要」
http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10904750-Kenkoukyoku-Gantaisakukenkouzoushinka/0000032813.pdf
AIMの低炭水化物ダイエットを生涯続けるのは、現実的には非常に厳しいものと考えられます。
実際、低炭水化物ダイエットの対象者らも、1年後には1日炭水化物40g以下は守れておらず、3カ月後で平均97g、6カ月後で平均93g、1年後には平均127gの炭水化物を摂取していました。それでも体重が減るのは、低炭水化物ダイエットは、タンパク質を多く摂取するようになっており、タンパク質は脂肪および炭水化物よりも強い満腹効果を誘発するので総カロリーが減るからと考えられています。
<参考文献>
US National Library of Medicine National Institutes of Health「Weight, protein, fat, and timing of preloads affect food intake.」
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9272665
実際、この調査でも、低炭水化物ダイエットのグループ(ベースライン1998kcal、3カ月後1258kcal、6カ月後1324kcal、1年後1448kcal)は、摂取カロリーが、低脂肪ダイエット(ベースライン2034kcal、3カ月後1418kcal、6カ月後1481kcal、1年後1527kcal)より少なめでした。
たとえ短期間の低炭水化物ダイエットで減量に成功しても、リバウンドが問題になるでしょう
一方AIMの低脂肪ダイエットは、総摂取エネルギーの30%未満の脂肪という定義ですが、この数字は米国人の平均的な1日の脂肪摂取量をわずかに下回る程度です。つまりAIMの低脂肪ダイエットは、実際には低脂肪になっていない可能性があります。
もう1つ、AIMの研究で疑問視されるのは、炭水化物の詳細が不明なこと。ドーナツ、ソーダ、フライドポテトなど、精製された炭水化物、砂糖を使った加工食品から摂取する炭水化物と、全粒粉、果物、野菜、豆などの栄養価の高い食品から摂取する炭水化物では、ビタミン、ミネラル、フィトケミカルなどの含有量もまるで違いますから、質が異なってきます。最近では低脂肪食品でも、加工度の高い食品が問題になっていますが、低炭水化物ダイエットにしても、低脂肪ダイエットにしても、どんな食品から炭水化物や脂肪を摂取したのかが問題になるわけです。
このことは、ハーバード大学の研究者からJAMAに報告されています。
<参考文献>
JAMA Internal Medicine「Trends in Dietary Quality Among Adults in the United States, 1999 Through 2010」
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9272665
◆社会経済的格差が食事の質にもかかわってくる
2000年以降、米国内では栄養に対する政策や経済、食品の加工方法が変わり、それが多くの人に、社会経済的な影響を与えている可能性が指摘されています。
前述の研究で、ハーバード大学の研究者は、米国の栄養の質に関する調査結果を報告しています。
20~85歳の2万9124人を対象にした、1999年から2010年までの米国国民健康栄養調査によると、米国では食物の品質が近年着実に向上しており、特にトランス脂肪酸の摂取量が減少しているといいます。ただし、米国人の全体的な食事の質は向上していませんでした。
背景には所得や教育に根差した食事の質のギャップがあり、その差は1999年から2010年までの調査でも拡大し続けています。例えば社会経済的地位が高い人は、より多くの果実や全粒穀物、ナッツ、豆類、および多価不飽和脂肪を食べ、砂糖入り飲料をほとんど飲まなくなる食生活の習慣を持つ傾向があります。ところが低い人はファストフードなどを利用する機会も多く、野菜を食べないことが原因で、赤身肉や加工肉を食べて、塩分の摂取量が増加する傾向があるのです。
◆ヘルシーな食習慣と自己コントロール力を付けることがダイエットの目的
今年も、低脂肪食ダイエット、低炭水化物ダイエット論争など、ダイエット戦争は続くでしょう。
一つ言えるのは、ファストフード、カロリーゼロ飲料や食品、低脂肪の加工食品を利用して炭水化物や脂肪の摂取を減らし、一時的に減量に成功しても、ヘルシーではありません。ダイエットの目的は、ヘルシーな食習慣を身につけ、自己コントロールできるようにして、理想的な体重を維持することだと思います。
これからは、炭水化物や脂肪の量の比較だけではなく、質の良い本物の食品なのか加工食品なのかといった点が、さらに重要視されると思います。
大西睦子(おおにし・むつこ)
医学博士。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて、造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月より、ボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。2008年4月より、ハーバード大学にて、食事や遺伝子と病気に関する基礎研究に従事。著書に『カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側』(ダイヤモンド社)。
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