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Vol.018 内部被曝通信 福島・浜通りから ~「1時間あたり」をめぐる迷い

医療ガバナンス学会 (2015年1月28日 06:00)


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この原稿は朝日新聞の医療サイト「アピタル」より転載です。

http://apital.asahi.com/article/fukushima/2015012000016.html

南相馬市立総合病院
非常勤内科医 坪倉 正治
2015年1月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


「空間線量0.23 µSv/h」という数値があります。国は追加被曝が長期的には年間1mSv以下となることを目標としていますが、その「年間追加1mSv」を時間当たりに換算した値がこの「0.23」です。1mSvを単純に24時間、365日で割った値ではなく、1日のうち、16時間は遮蔽(しゃへい)の強い家の中、8時間は家の外にいると仮定し、1mSvから計算された値です。

「じゃあ、除染を含めた対策で、0.23µSv/h以下を目指せば良いのですね?」――。普通は素直にそう考えると思うのですが、実際にやってみると0.23µSv/hと年間追加1mSvが全然一致しません。経験的には、0.23の2~3倍である空間線量0.5〜0.6µSv/hぐらいの場所に住んでいる方で初めて、年間追加1mSvになることが言われていました。言い換えれば、空間線量0.5〜0.6µSv/h以下であれば、もう既に長期的な目標の年間追加1mSv以下を達成している。誤解を恐れずもっと言えば、空間線量0.5〜0.6µSv/hであれば、長期的目標に照らし合わせてもそれ以上除染しなくて良いのでは? という主張がなしえます。

なぜそんなにずれが生じたのか? 端的に言えば、1mSvから空間線量に換算する際に国が行った計算(仮定)が実態に即していなかった、ということのようです。どの程度実態とずれているのか、南相馬市の検査結果から計算してまとめました。

http://pubs.acs.org/doi/ipdf/10.1021/es503504y

2012年9月〜11月に行われたガラスバッジの検査結果から、ガラスバッジをしっかり着用してくれていた520人の児童の結果のみを用いました。ガラスバッジの示す値は、実際に体が受けるダメージ量(実効線量)と非常に近いことが知られていますが、ガラスバッジの値と、それぞれの自宅前での空間線量から国のやり方で推定される被曝量を比較したことになります。

結果は上記に述べた経験と非常に近く、国のやり方で推定される被曝量はガラスバッジの値の約3倍になっている、言い換えると空間線量0.6µSv/hぐらいの場所に住んで初めて、年間追加1mSvになることが分かりました。

理由を調べると、特に以下の2点が現実に即しませんでした。
1点目は、推定では16時間家の中、8時間家の外で生活していると仮定していましたが、実際にそんなに外にいる方はほとんどいないということ。

2点目は、やや原理的なことになりますが、空間線量というものは、そもそも、いろいろな方向から10本の放射線が飛んできたとき、その10本が、「一番ダメージをうけやすい体の前方から10本とも飛んできた」場合に体が受けるダメージのことをいいます。それに対して、実際の体のダメージ(実効線量)は、各方向からだいたい平均的に飛んできた放射線によって起こっています。そのため、実効線量は空間線量より定義上低くなります。これを国は、安全のため、イコールだと仮定し計算していました。

これらの仮定は放射線防護上、安全側になるように設定されるべきで、その意味で目的は達せられているのですが、そのため逆に安全側にだいぶ寄ってしまったことになります。

0.23µSv/hを目指さなくても、年間追加1mSv以下を達成できる。これは素直に聞けば朗報です。しかし、非常に残念ながら、住民の立場から言えばまた後出しじゃんけん(の様)になってしまいました。数字や理論としてはおかしくありません。しかしながら、0.23に向かおうと言っている(少なくともそう認識していた)はずだったのに、いきなり、「0.6でも大丈夫と改訂され、高くても問題ないですよ。と言われてしまった。また基準値が改訂された」という感覚を持たれることは想像に難くありません。科学・行政からすれば、そもそも基準値ではないし、年間追加1mSvは非常に低い値で、健康と危険の境というわけではまったくない。分かっていただくためには対話とリスクコミュニケーションが必要――。となります。

この話は以前から出ていることで、何も目新しくはありませんが、明らかに巨額のお金が絡む問題で、これからどちらの方向に固まるのか、僕には見えません。ちゃんとデータを出すことは必要です。ただ、これが住民の感情を無視して除染にまつわる単なる政治利用、またはただ科学的に正しいことだけを行使するための道具とはなって欲しくないですし、その一方で感情や理論の全くない話にだけ流れて、無視される話にもなって欲しくないと思っています。

まとめにあたり、市役所・市立病院スタッフ、早野龍五先生、慶応大学の古谷知之先生、ロンドンの野村周平さんにご尽力いただきました。この場を借りてお礼申し上げます。
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