医療ガバナンス学会 (2015年2月2日 06:00)
この原稿は『月刊集中』1月末日発売号からの転載です。
井上法律事務所 弁護士
井上清成
2015年2月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
1.予期しなかった死亡
この1月14日、厚労省で第4回目の「医療事故調査制度の施行に係る検討会」が開かれた。最大の論点とされ先送りされてきた「予期しなかった死亡」の定義が、いよいよ真正面から取り上げられたのである。ところが、意外とあっさりと決着した。
厚労省医政局総務課の法令系の官僚は、最大の懸案であった「予期しなかった」の法的意味につき、あらかじめ十分に整理していたのである。「当該死亡又は死産が予期されていなかったものとして、以下の事項のいずれにも該当しないもの」として、3つのケースを挙げた。
・管理者が、当該医療の提供前に、医療従事者等により、当該患者等に対して、当該死亡又は死産が予期されていることを説明していたと認めたもの
・管理者が、当該医療の提供前に、医療従事者等により、当該死亡又は死産が予期されていることを診療録その他の文書等に記録していたと認めたもの
・管理者が、当該医療の提供に係る医療従事者等からの事情の聴取及び、医療の安全管理のための委員会(当該委員会を開催している場合に限る。)からの意見の聴取を行った上で、当該医療の提供前に、当該医療の提供に係る医療従事者等により、当該死亡又は死産が予期されていると認めたもの
つまり、事前説明、カルテ記載、意見聴取での供述、の3つのうちのいずれかがしっかりとあれば、「予期していた」ものとなり、改正医療法にいう「医療事故」には当たらない、と定義したのである。これは、法的視点で見ると、「医療過誤の呪縛」から解放されて、もっぱら「医療の安全の確保」を目指す法律解釈を採用した、と高く評価できると思う。
2.医療過誤の呪縛からの解放
医療事故調査というと、どうしても医療過誤の調査となってしまい勝ちであった。医療過誤は確かに医療安全と表裏一体のところもあるが、もちろん医療安全のすべてではない。医療過誤を指摘するということは、いわば低い医療安全の所を排除するということを第一次的に意味する。つまり、法的なものを含めてその責任を追及することが主たる結果であった。医療安全の水準を引き上げるという意味はあっても、どうしてもこれは二次的・副次的になり勝ちである。ここ十数年前からの医療不信と相まって、医療事故調の議論は往々にして、医療過誤の責任追及や紛争解決と切り離せなかった。そのため、真正面から、医療安全水準の引上げに向かいにくかったのである。それはいわば「医療過誤の呪縛」とも評しうる現象であった。
ところが、今回の改正医療法に基づく医療事故調では、その責任問題と医療事故調とを切り分けようと試みたのである。「医療過誤の呪縛からの解放」の試みと言ってもよい。象徴的なのは、厚労省ホームページ上の「医療事故調査制度に関するQ&A」であろう。このQ&Aの冒頭の〈参考〉に、WHOドラフトガイドラインを紹介し、「今般の我が国の医療事故調査制度は、同ドラフトガイドライン上の『学習を目的としたシステム』にあたります。」と断言した一文がある。これはまさに、「医療過誤の呪縛からの解放」を宣言し、責任追及と医療安全の切り離しを意図したものであろう。
3.問責型でも免責型でもなく
責任追及と医療安全とを切り離すのであるから、医療事故調は責任追及型(問責型)であってはならない。責任追及を習い性としている一部のマスコミなどは、責任追及の要素が足りないという思惑からか、切り離しされた医療事故調を批判しているようである。しかし、翻ってみれば、この医療事故調は、責任免除型(免責型)でもない。医療安全確保という目的のために責任問題を切り離すだけであって、決してこれをもって免責しようというわけでもないのである。純粋に、責任追及や紛争解決などといった責任問題を切り分けて、医療安全確保のためのツールとしようという試みなのだから、一部のマスコミの批判は的外れでしかない。
全国のすべての医療機関がそれぞれ置かれた状況の下で、その力を発揮できる仕組み作りを進めることこそが必要である。いわば医療安全の水準は、全国のどの医療機関においても、それぞれの実情に即して、いわば水準の低いところは低いなりに、高いところも高いなりに、それぞれの水準を高めていくことで、日本全体の医療安全の水準の総和(トータル)が高まるであろう。
一部のマスコミなどの論調のように「医療過誤の判断水準」をもっていわば低い所を標準値まで引き上げようとしても、それは結局、いわば低い所を排除するだけになるかも知れない。他方、いわば高い所にもより高くすることを、逆に萎縮させてしまうことすらあるように思う。いわばミクロの視点で、たまたま個別にけしからんと感じた医療機関叩きを望んでいるかのようである。
しかし、もっとマクロの視点で、日本全体の医療安全の水準の総和を高める方向を求めるべきであろう。このことこそが広く国民全体の利益である。
4.たとえば予期能力の向上を
たとえば、医療機関が医療行為の先行き・予後のリスクを意識せずに漫然と医療行為を行って患者死亡の結果に至ったならば、「予期しなかった死亡」として「医療事故」と扱われてしまうであろう。このことは、医療機関がシステムの点でも個々の医療従事者の点でも十分にその予期能力を向上させ働かせて、たとえば丁寧なインフォームドコンセントを推進することによって、少なくとも改正医療法上の「医療事故」から適用除外されることを意味する。厚労省の立場からはたとえばこのような視点から全国の医療機関の予期能力の向上を図って「医療安全の総和」を高めようと政策形成している、とも推測しうるように思う。