臨時 vol 131 「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案 に対する意見」
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兵庫県医師会として9/3付で厚労省宛に提出されたものです
担当者 同医師会常任理事(医事紛争・医療情報他担当)
足立 光平
[1.はじめに]
本件について、厚生労働省がその早急な設置の必要性を踏まえつつ、問題の重要性に鑑みて「広く国民的な議論」に供するため、三次に渡る改定「試案」を提起され、パブコメを求め慎重な対応をされてきたことには敬意を表します。
兵庫県医師会としても、この間の医療安全を巡る動向の中で、そのような調査機関の設置そのものの必要性は認めつつも、その設置の中立性、調査・報告の中立性の担保等によって、いわゆる医療事故の真相が解明され、その後の医療安全確保に資するものとして十分機能することを願い、その観点から、これまでも意見を発し、慎重な検討を求めてきました。
今回の法案大綱は、その「三次試案」に基づく「イメージ」として提起されたものですが、その「三次試案」に至る問題点が根本的に克服されたものとは言えず、むしろ、多くの課題を残したままのものとなっています。
時あたかも、本件法案化の直接の契機ともされる福島県立大野病院における産婦人科手術を巡る裁判においては、「業務上過失致死罪」と「医師法21条違反」のいずれにおいても、無罪であるとの明確な地裁判決が、8月20日に下されました。
当該患者の術中死発生後1年2ヶ月もたって、担当医に見せしめの手錠までかけた、この異様な刑事警察の介入の不当性が逆に断罪されたといっても良いでしょう。
その立件・立証の破綻を克服できない検察は控訴を断念しましたが、厚労省としては、まっとうな産婦人科医療を守り育てる立場から、このような不当介入を二度とさせない申し入れを行うべきです。かりそめにも、そのような刑事介入からの例外措置をお願いするような形で、本案の調査委員会を受け身かつ刑事処分と連動する設置という本末転倒を犯してはなりません。
その上で、患者・家族にも、医療関係者にとっても納得のいく関係システムの構築を早急に目指すべきことはいうまでもありません。単なるパブコメの集約と「大綱案」の部分修正に止まらず、与野党を問わない「国民的合意」の得られる法案として、また国際的な評価にも耐えられるものとして更に検討整備され、確立していくことを願うものです。
このような観点から、今回の「大綱案」につき、以下検討と提起を行います。
[2.国際基準を踏まえた基本的視点]
法案大綱案の検討の前提として、既に関連する多くの蓄積を有する国際的な動向も踏まえるべきことは言うまでもありません。諸外国では本件関連制度が既に確立し、成功している例も少なくないからです。それらを集約し、その共通点を国際的なガイドラインとして提起したものが、WHOによる関係者周知の下記ガイ
ドラインです。
WHO Draft Guidelines for Adverse Event Reporting and Learning Systems (World Health Organization 2005)その第6章「成功する報告システムの特徴」には、このような「医療事故報告システム」の成功例の指標として、以下の基本的観点と7点の特徴を上げています。
<基本的観点>
・「報告」することは報告する個人のためにも安全なものである。
・「報告」は建設的な反応を導くものでなければならない。
・「専門的知識」と「適切な財政基盤」が有意義な分析のために活用されるべきである。
・「報告システム」は各種障害やそれを変革するために推奨すべき方策を拡大提起する能力を持たなければならない。
<特徴>
1.Non-punitive(非懲罰性)
報告者は、彼ら自身に対して報復の恐れがなく、また、報告の結果により他のものも罰せられない。
2.Confidential(機密性)
当該患者、報告者、調査対象機関の個別情報は決して明らかにされない。
3.Independent(独立性)
その報告システムは、報告者やその組織を処罰する権力を持ったいかなる権威からも独立したものである。
4.Expert analysis(専門分析性)
報告は、臨床環境を理解し、基盤となるシステム原因を判断するのに訓練された専門家によって評価される。
5.Timely(適時性)
報告は、特に重大な障害が識別された時は、迅速に分析され推奨すべき事を知るべき人々に素早く周知される。
6.System-oriented(システム指向性)
システム指向の改善方策は、個人行動を矢面にするよりも、システム・経過・成果物の変化に焦点が当てられる。
7.Responsive(応答性)
報告を受けた政府組織は、推奨すべき改善策を普及する能力をもつ。
参加関係組織は、それらを可能な限り実行するよう関与する。
以上を満たすものが、現時点での国際標準とすれば、極めて妥当なものであると本会も考えるものです。それとの比較に於いて我が国で提案されている本案等も検証されるべきで、その上で、各国の実情に即した具体的な制度化が図られるべきでしょう。次章では、今回の「大綱案」の項目に沿って検証していくこととします。
[3.法案(仮称)大綱案の検証 ]
I 総則
第1 目的について
その目的は「医療事故死等」の原因究明としながらも対象は死亡例に絞られています。
また、地方委員会は調査、中央委員会が安全確保措置の検討と役割を区別しており、「事故」現場での自主的で活きた総合的な医療安全対策と結びつく方向性は見受けられず、後の各章の展開をみれば、むしろ、罰則をもって大半の事例報告を強制し、その刑事責任を鑑別・通告することで医師法21条適用の例外措置とするという、前章の国際指標からすれば、極めて異様なものとなっており、医療安全に資するという目的と具体的条項が背反しています。
第2 定義について
「医療事故死等」「医療事故死亡者等」と「等」をつけていますが、実際は「死亡した者又は死産児」を限定した対象としており、定義自体の曖昧性を隠しています。実際は「医療事故死調査委員会」とすべき内容にすぎません。その点、厚労大臣と担当官の認識すら違っていることが明白となっていることに答えなければなりません。
II 設置及び所掌事務並びに組織等
第3 設置について
「1 ○○省に、医療安全調査中央委員会」「2 地方○○局に、医療安全調査地方委員会を置く」として具体化を避け、「関係省庁と調整中」としていますが、仮に厚労省とすれば、処分庁との独立性もなく、さらにその通告制により非懲罰性・機密性等にも抵触することになります。少なくとも、厚労省・法務省からの独立性は絶対条件と言えますし、そのような政府直属の組織では、その中立性・独立性を維持することは出来ません。
第4所掌事務について
「1 中央委員会は、次の事務をつかさどる。」として、医療事故調査の要領の設定と、その報告書の分析評価に基づく、医療安全にかかる関係大臣への勧告等を上げていますが、設置するとすれば、要領の設定だけではなく、調査そのものの公正性や科学性の確保等を指導し、地方委員会での不服・不明事例の再審査をするなどの機能が求められます。また、WHOの言う応答性とは、単に大臣へ勧告すれば終わりではなく、具体的改善能力・実行力が問われていることを確認しなければなりません。
「2 地方委員会は、次の事務をつかさどる。」として、「医療事故調査」中心としており、
実際に肝心な、現場での安全対策に還元する作業は「所轄事務」に入っていません。
ましてや、各病院での自主的な調査や患者・家族との関係などは明記されていません。
第5職権の行使について
「中央委員会及び地方委員会の委員は、独立してその職権を行う。」と簡単に書いてあるのみで、何からどのように独立かは明記してありません。にもかかわらず、後の章で規定される、裁判所も上回る極めて強大な権限を付与されることとなっており、その独立性よりも権限のみに力点が置かれていることは問題です。
第6組織について
「1 中央委員会及び地方委員会は、それぞれ、委員○人以内で組織する。」として、具体的人数を明記していませんが、既に死因究明の為の実験組織として稼働している日本病院機能評価機構の当該システムでも、かなり膨大な専門的委員の参画を必要としていることが明白になっており、委員が数名で足りるようなレベルでないことは明白です。さらに、それを各地で支える事務局スタッフの数を考えれば、その独立性等を保ちながら、適正な調査と対策までを完遂できる組織を維持するには、膨大な予算規模が予想され、その調査対象の選択方法こそが吟味され、それへの「適正な財政基盤」が確立されるべきことが問われています。
第7委員等の任命について
委員の構成については、その独立性のみならず、「専門分析」を可能とする構成でなければならないところ、「医療を受ける立場にある者」がどのような基準で選ばれ、どのような立場で関わるのかが、不明瞭です。あらかじめ利害背反の可能性の強い構成であってはなりませんし、そのことが「透明性」を担保するものではありません。
また、○○大臣が関係者全てを任命し、事務局を含め全てを特定省が管理する形式は、その「権威」からの独立どころか完全な従属機関といっても過言ではありません。
さらに、後に第19で規定されている調査委託先の者は「法令により公務に従事する職員とみなす。」とされているにも関わらず、本調査委員会委員への守秘義務も含めた身分規定は明記されていません。
III 医療事故調査及び勧告等
第12医療事故調査の趣旨及び実施要領について
「委員会は、医療関係者の責任追及が目的ではなく、医療関係者の責任については、委員会の専門的判断を尊重する仕組みとする。」との規定は、一見「非懲罰性」と見えながら、後に出てくる刑事・行政処罰への通告制を補うものとして「委員会の専門的判断を尊重する仕組み」を言っているに過ぎず、その連動性を告白しているともいえます。
従って、この責任部分とは組織的にも全く別のものとして設置運営されるべきです。
第14地方委員会への通知について
届出による調査委員会が、○○大臣を一旦通って、逐一その通知により作動する仕組みでは、現場との関係性による自主的で柔軟な対応性が失われ、硬直化した形式のみが優先される可能性があります。
第15遺族からの医療事故調査の求めに等について
ここでは、遺族からの訴えは、(その内容を問わず)逐一○○大臣に提出され、大臣は直ちに、当該地方委員会に調査を通知しなければならない、とされています。さらに、
その手続きは、「病院等の管理者が代行することができる。」として、管理者としての報告義務に加えて、その義務のない遺族側の単独の訴えにも便宜を要求しています。
この規定では、遺族側からの調査要求には直ちに全て応えなければならず、その対象数は無制約に拡大することが想定されます。
遺族側の調査依頼に至る経過こそが重要であり、現場における真相の解明作業と納得のいく説明や仕組みがまず問われているにも関わらず、そのプロセスが全く規定もされず捨象され、いきなり大臣への申立から始まる強制調査のあり方は、現場無視であり、患者遺族との関係性を外部から固定化し、現場での早期解決をむしろ阻害しかねません。
遺族側からの真実の解明要求は尊重されるべきところ、それと責任追及・処罰や賠償要求とは明確に区分した対応が問われています。
第16医療事故調査の開始について
ここでも、「医療事故死等でないと認められるとき、同一の死亡又は死産について第22の1の報告書が作成されているときその他の場合を除いて、直ちに医療事故調査を開始しなければならない。」とされているが、「医療事故死等でないと認められるとき」とは誰がどのように判断されるのか、ましてや、「調査を開始しない場合には、直ちにその旨及び理由を遺族に通知しなければならない。」とされており、迅速にその判断の根拠を
明確に出来なければ、結局全ての事例を調査することにならざるを得ません。
第17医療事故調査に係る報告の徴収等について
「1 地方委員会は、医療事故調査を行うため必要があると認めるときは、次の処分をすることができる。」として、調査開始時点からの「処分規定」として、「身分証明」を持った関係職員が強制権を持って、立ち入り調査・証言強制や「(証拠)関係物件差し押さえ」等をおこなう仕組みとなっており、最後にこれら「処分の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならない。」としているものの、それを拒否したり、妨害すると刑罰に問われ、それが最後に刑事当局に通知される可能性を明記している以上、「犯罪捜査」と同等といってもよく、このような「処分」という強制的な調査方法自体が、「非懲罰性」に基づく真相究明とはかけ離れたものです。
第18死体の解剖及び保存について
このような調査のためにする解剖ではなく、本来の病理解剖によって死因が明確にされれば、その時点で家族の納得も得られやすい訳であって、それがもっと普及できるような基盤整備こそ問われています。その病理解剖すらままならない現状で、また司法解剖も手一杯の状況で、今回提案のままで膨大になる調査要求に応えられる解剖が可能と考えられているのか。関係者からは、早くも不可能であるとの声が上がっています。
「死因究明」のもっとも基本的な部分への観点が極めて安易といえます。
(剖検に代わるとされる死亡時画像診断も直ちに適応できる段階とはいえません。)
第21意見の聴取について
ここでは、「医療事故調査を終える前に」担当者や遺族から「意見を述べる機会を与えなければならない。」としていますが、「終える前」ではなく、一番先に当事者の証言を得るべきであって、かつ、「終えた後」の報告書に対しても「異議申立」等が出来る仕組みでなければなりません。次節においても、その矛盾が続きます。
第22報告書等について
地方委員会は、報告書を作成し、これを○○大臣及び中央委員会に提出するとともに、届け出た病院、診療所又は助産所の管理者及び当該医療事故死亡者等の遺族に交付し、かつ、公表しなければならない。と、していますが、その医療安全に資するための調査や報告の機密性の保持と、「遺族への交付」や「公表」との関係とそのあり方について十分吟味されているとはいえません。
医療安全上で改善すべき点の報告書での指摘が、法的責任を問える瑕疵として遺族にとっては受け止められる可能性があり、ましてや一般への「公表」については、さらに誤解を招かない表現や方法が必要となります。
「第21により聴取した病院、診療所又は助産所の管理者又は遺族の意見が報告書の内容と相違する場合には、当該報告書には、当該意見の概要を添付するものとする。」と されているものの、肝心の担当医などの現場当事者には、その機会が与えられておらず、直接の当事者がむしろ外されているのは不可解といえます。
第23勧告について
ここでは中央委員会は、「医療の安全を確保するため講ずべき措置について○○大臣に勧告することができる。」とし、「○○大臣は、1の勧告に基づき講じた措置について中央委員会に報告しなければならない。」としていますが、その「措置」の内容は、国全体の医療体制整備にいたる「システム指向的」でなければならないところ、後段で出てくるのは、あくまでも当該医療機関への対応に絞られており、罰則付きの改善命令に過ぎません。これでは、大臣権限による管理強制であって、真に全体の改善につながる「応答性」の発揮とはいえず、また、全てを大臣の裁定とする流れでは「適時性」も無くなります。
第24意見の陳述について
これも「中央委員会」が関係機関に意見を述べることができるだけであって、受けた機関がこれを尊重し、速やかに対処する「応答性」「適時性」は明記されていません。
IV 雑則
第25警察への通知について
「地方委員会は、当該医療事故死等について、次の場合に該当すると思料するときは、直ちに当該医療事故死等が発生した病院、診療所又は助産所の所在地を管轄する警視総監又は道府県警察本部長にその旨を通知しなければならない。」として、ここでは、大臣も介さず、地方委員会の権限で収集した内容により、いきなり所轄警察に通知するとしています。しかも、報告書とも関係なく、当事者の弁明機会等も不明のまま、委員会の独断でおこなうよう委員会に義務づける規定となっています。これは、先の国際基準「非懲罰性」「独立性」等からしても、最も逸脱した規定であり、その対象限定とは関わりなく、この制度の是非の根幹にふれるところであり、「雑則」で付記するレベルを超えています。
その通知に「該当する」場合として以下の三点を挙げており、あえて見ていくと、
(1) 故意による死亡又は死産の疑いがある場合
(2) 標準的な医療から著しく逸脱した医療に起因する死亡又は死産の疑いがある場合
(3)当該医療事故死等に係る事実を隠ぺいする目的で関係物件を隠滅し、偽造し、又は変造した疑いがある場合、類似の医療事故を過失により繰り返し発生させた疑いがある場合その他これに準ずべき重大な非行の疑いがある場合
それらの即断は困難であり、とりわけ(2)については、先の大野事件においても、ここが争点とされ、膨大な立証・反証審理の時間が費やされたものであり、他の多くの医事裁判においても審理の中心を占めるものとなっています。
一応、注)として「(2)に該当するか否かについては、病院、診療所等の規模や設備、地理的環境、医師等の専門性の程度、緊急性の有無、医療機関全体の安全管理体制の適否(システムエラー)の観点等を勘案して、医療の専門家を中心とした地方委員会が個別具体的に判断することとする。」としていますが、結局は一地方委員会自体が、このように刑事通報により関係者の責任追及・懲罰につながる鑑別判断をすることを規定してしまっており、その結果の重大性に耐えられるものとは考えられません。
第26権限の委任について
ここでは「この法案の○○大臣の権限は、地方○○局長に委任することができる。」として、あれほど全て大臣を通してとしてきたものを、極めて安易にこっそりと地方官僚に委任してしまっており、これまた雑則による換骨奪胎という重大な変更をしています。
第28不利益取扱いの禁止について
「何人も、第17の1又は2の処分に応ずる行為をしたことを理由として、解雇その他の不利益な取扱いを受けない。」として、委員会調査の応ずる場合は「不利益はない」としているものの、前第25条のとおり、警察への通知があり得る矛盾を否定できません。ましてや、「応じなければ」以下のような多くの罰則が待っているとすれば、結局、この調査自体の「非懲罰性」は前提からして崩れています。
V 罰則について
この章が本案の本質を規定し、国際基準に反し、ひいては憲法第38条[何人も、自己に不利益な供述を強要されない。強制による自白は、これを証拠とすることができない]にも抵触する部分といっても過言ではありません。
第29では、調査委託者の守秘義務違反への懲役・罰金としていますが、委員会委員や事務局員等への直接規定は全く見あたりません。
第30では、本調査に対し、「報告の求めに対し虚偽の報告をした者」「検査を拒み、妨げ、若しくは忌避した者」、「関係物件を提出しない者」「関係物件を保全せず、又は移動した者」に罰金刑を科すとして、強制しています。しかも、その調査等は裁判官による差し押さえ令状も無いものであり、現在の警察・検察以上の権限といっても過言ではありません。その罰金額も現行の各関連刑罰項目のそれを上回るものとなっています。さらに第31では、「使用人その他の従業者が」そのような「違反行為」をした場合もその法人代表者が罰せられる仕組みとしており、個人だけではなく当該組織にも調査証言協力を強いるものとなっています。仮に遺族側の意図的な虚偽の訴えであっても、それが裁判所等によってチェックされることもなく、委員会独断による調査を拒否することはできない、何らの例外規定も無いものとなっています。これでは、従来の医事紛争よりもはるかに混乱を見ることは明白です。
VI 関係法律の改正
第32医療法の一部改正について
その(1)病院等の管理者の医療事故に関する説明義務はともかく、(2)病院等の管理者の医療事故死等に関する届出義務等について、以下を対象と規定しています。
(1) 行った医療の内容に誤りがあるものに起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産
(2)行った医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって、その死亡又は死産を予期しなかったもの
これで対象は限定されているとのことですが、その解釈はいくらでも拡大でき、かつ、担当医当事者や管理者が該当しないと判断しても、遺族側の訴えによる調査で委員会がそのように解釈した場合は、すべき届出をしなかったという矛盾に陥ります。であれば、管理者としては、医療行為中の死亡事例はすべて調査に附すしかないという状況に追い込まれます。しかも、「(4) 医療事故死等に該当するかどうかの基準」は今後規定するとされており、どのようでも左右される普遍性のないものとなっています。
今回の大野事件の判決は、通常の医療行為中での原病に起因する死亡事例として、そのような医療事故としては報告不要としたものですが、警察・検察側は上記規定の(1)と解釈したものと考えられ、本案はこのような結果解釈の分岐を防ぐものではありません。
更に、(5)医療事故死等の届出義務違反に対する体制整備命令等、(6)病院等におけるシステムエラーに対する改善計画等を命令される形となっており、それに反すると(9)罰則という仕組みの提案で、結局は全てが強制・命令・罰則で規定されなければ、
現場の医療安全対策が進まないかのような、きわめて強権的なものといえます。そこには、現場から患者家族とともに育て上げる医療安全の姿は微塵もありません。
第33医師法第21条の改正について
ここまでの展開は、全てこのために構成されてきたといっても過言ではないもので、「第21条医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があるとめたときは、24時間以内に、その旨を検案をした地の所轄警察署長に届け出なければならない。ただし、当該死体又は死産児について第32の(2)の1の報告又は第32の(3)の1若しくは2の届出を24時間以内にしたときは、この限りでない。」として、結局、この警察への届出というものを、通常の医療行為中の死亡事例まで適応があるという拡大解釈(最高裁・広尾事件判例)を前提に、その例外但し書き事例として、第32に規定する医療法改定による届出と、それによる本案調査委員会への流れを書き込む事によって、免除してもらうというものです。
しかし、先の大野判決では同21条解釈をそのように拡大せず、その報告義務違反を無罪としたことは、このような本案の展開そのものに重大な再検討を迫るものと解釈されます。つまり、21条からも「独立」して、調査委員会は設置されるべきであり、21条そのものの不要案すら提起されていることは周知のことです。
第37検討について
「この法案の施行後5年を目途として、この法案の施行の状況について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする。」としていますが、「悪法も法なり」として、一旦作動したものの補正は困難であり、とりわけ患者さんの命を巡る医療とその責任関係という重い課題に、大野判決を受け急がれるとして、不備不足のままスタートさせることは絶対にゆるされません。
[4.まとめ・本会からの提案]
以上のとおり逐条毎の検証を踏まえるとき、本大綱案は、殆どの点において国際基準にも反した、真の死因究明や安全対策に資する目的からむしろ遠ざかるものと断ぜざるをえません。本会としては、本案の根本的見直しを求め、そのあるべき方向性を以下のとおり提案します。
1. 医療現場における医師・患者関係を最優先する
現場におけるインフォームドコンセントの徹底、不可避的なリスクへの理解と同意、十分な医療安全上の準備と技術提供、トラブル発生時の院内ルールの確立(迅速・的確な説明と関連資料提示、因不明・患者側非同意の場合の次のステップへの誘導)平素より院内の事故調査関連組織や医療安全担当要員を設置し、上記医療事故とみなされ、当事者間で即決出来ない場合、まずその院内組織で患者側の訴えも十分踏まえた調査を行い、必要な資料開示も含めた報告を患者側にも行い、合意と事後処理に務める。院内組織等が困難な小機関にあっては、地区医師会など関連組織の支援を得ることとする。剖検・死後診断技術の拡充も必要である。
2. 「医療事故報告調査システム」は国際基準に則り、責任追及とは完全に独立する
前節対応でも、患者側の同意が得られない場合や、原因究明と今後の安全対策上重要と思われるケースにつき、外部に設置された第三者組織「医療事故報告調査システム」に医療機関責任者より調査報告依頼を行う。
同「システム」は、国際基準である「非懲罰性」「機密性」「独立性」「専門分析性」「適時性」「システム指向性」「応答性」等に則ったものとして、関連官庁から独立して設置されながら、その機能が十分発揮できる人員と財政基盤を保障される。
その調査は強制ではなく、あくまでも関係者の自主的協力による真相究明と改善に資するものとしてあり、その検討結果は専門的分析を持って当該医療機関に還元され、患者側にはその疑問に答えるものとし、また、関連行政・政府官庁への次節の提言も含め、公開レベル等は慎重に考慮される。
3. 同システムは医療制度全体から現場に至る具体的改善に結びつけられる
システム指向的な検討結果による調査結果報告は、単に現場の改善に資するのみならず、医師・スタッフ不足をはじめとした医療制度上の問題点との関連でも改善を求める具体的提言として、関係官庁はそれに答える責務を有すると定める。
4. 医療事故にかかる責任問題・賠償問題には、上記とは別の法制度で処理する
上記結果によっても納得されない患者側の民事・刑事請求権は否定されない。
ただし、それを適正に処理するためのADR(裁判外処理機構)や無過失賠償責任等について、引き続き慎重に検討することとする。
5. 医師法21条は、医療行為によらない死体検案時を対象とする本来の意味に改正する
本条と医療事故とは無関係であり、医療行為中の死亡にまで拡大解釈されてきたものを改め、本来の意味に限定するよう、条文をより正確に明文改正する。