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Vol.052 英国・欧州から見た福島原発事故

医療ガバナンス学会 (2015年3月18日 06:00)


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インペリアル・カレッジ・ロンドン公衆衛生大学院 博士課程
野村周平

2015年3月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


私は福島第一原子力発電所事故以降、同県沿岸部の南相馬市と相馬市において、原発事故からの復興支援調査・提言活動に従事している。被災者の健康調査や被ばくリスクに関する分析をはじめ、避難に伴う健康リスクの検証等を手がけている [1-2]。2013年秋より渡英し、ロンドンはインペリアル・カレッジ・ロンドンで博士課程を開始した。引き続き福島問題に取り組み、とりわけ国際的な研究成果の発信と政策提言に尽力し、福島の教訓を生かすグローバルな防災戦略作りに参画している [3]。

ロンドンに移ってから1年半が経つ。本稿では、渡英以降私が感じた、福島事情に対する国外の認識・関心について、大きく次の2点を述べたい:1)英国在住の日本人ほど、事故による放射線影響をより危機的に感じており、一方で、2)諸外国の関心の対象は、放射線被ばくよりも事故後の大規模避難に伴う健康被害や、社会経済的損失に伴う長期的な健康影響にある。あくまで私個人の直感的認識であると前置きした上で、以下にいくつかの経験例を挙げる。本稿が多角的に福島の現状を議論する一つの素材として共有・展開され、その過程を通じて福島の復興とレジリエンスが多少なりとも確かなものになることを期待する。

2013年11月、ロンドン及び欧州の震災復興支援プラットフォーム『TERP London』が主催する原発事故に関するトークイベントに招聘を賜り、福島沿岸地域における当時の放射線状況を包括的に発信した [4]。会場はロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)で、140名程が参加され、多くは日本人を含むロンドン市内の一般の方、大使館やメディア関係者だった。話の中で、当時の福島沿岸部の居住地域(避難指示区域外)における平均的な空気中の放射線量を会場に問うと、東京の50倍以上と回答された方が参加者の半数以上。日本人の10名強が100倍以上と答えられた。実際には、もちろん地域差はあるが、数倍程度だ [5]。小学生の子供を持つある日本人女性は、東京へ数日間帰省する際に子供を連れて帰ってよいものか、相当悩まれていた。参加者の臨床心理士の女性曰く、英国では特に日本人の妊婦や小さな子供を持つ親が、より事故被害を危機的に感じており、大型の魚などはたとえ日本近海からのものでなくても、絶対に食べないという方も少なくなかった。

日本文化のロンドン展開を支援するチャリティー『Tulip London』よりご依頼を賜った、中・高校生とその保護者を対象にしたセミナーにおいても、参加者の反応は同様であった [6]。在英の日本人は、やはり国内の日本人以上に放射線影響に対して敏感で、且つ危機的な印象を持っているように感じた。開口一番、彼/彼女らが口を揃えて話すのは、「情報がほとんど届いていない」。何か偏った情報だけ知っているというより、情報の絶対量が少ないという印象だった。正しい情報を繰り返し発信する事の責任と影響を、改めて感じさせる。

日本語の壁によってさらに情報へのアクセスが制限され得る外国人(というくくりは失礼かもしれないが)は、福島事情に対してまた別の認識を持っていた。2014年2月、日英間の相互交流の促進・支援を行う『Daiwa Anglo-Japanese Foundation』にお招き頂き講演したセミナーでは、福島沿岸地域の被ばく検査結果や、放射線対策の課題点、その他健康上の問題点を幅広く取り上げた [7]。参加者の大半が一般の外国人で、その他BBCやYahoo!等ジャーナリスト、欧州大使館関係者、英国原子力公社(UKAEA)や世界原子力協会(WNA)等の原子力関係者も見られた。会場からの質疑は事故直後の大規模避難による健康被害や、避難所や仮設住宅での生活に伴う中・長期的な生活習慣病リスクに集中した。放射線影響に関する論点は、線量評価や将来的な被ばく影響に関するものではなく、福島県内の地元産業への影響(e.g., 雇用・労働面への影響や、地産品への偏見や風評の被害)に向けられた。環境中の放射線汚染や被ばくリスク以上に、参加者らは事故による社会経済的な被害や、その結果としての健康影響を課題視していた。

事故から3年半が過ぎた昨秋、スイスはジュネーブに位置する世界保健機関(WHO)本部の災害リスク・人道支援部門政策実施評価局にインターンとして勤務した際、WHOが発行する「福島原発事故後の健康影響に関する評価報告書」の制作担当者数名と情報交換をする機会があった [8]。2013年初頭に発行された当報告書は、被ばく線量評価には不確実性が伴うものの、一部の高線量地域を除けば、予測される健康リスクは低く、がんが目立って増加することはないと結論づけている [8]。一方で彼/彼女らの懸念は、既に被ばくリスクから地元住民の社会経済的な損失に移っていた。事故に起因する収入や社会的地位、教育、雇用(失業・職の不安定)、依存(喫煙・飲酒)などへの影響が、今後被災者間で健康格差を広げる要因となる可能性を指摘していた。

最近の例で言うと、2015年2月、インペリアル・カレッジ・ロンドン公衆衛生大学院が主催下さったオープンセミナーでは、参加者ら(凡そアカデミア)は放射線による健康リスクは低いという認識を端から持っていた。質疑は、長距離避難による高齢者の身体的負担・死亡リスクを如何にして軽減出来るかについて、福島事故を事例にした具体的なケーススタディーに展開した。被ばくリスクに関連する質問は無かった。同月にスコットランドはエジンバラ大学公共政策院よりお招き頂いたセミナーにおいても、参加者ら(アカデミア)は高齢者の避難リスクと、事故による経済的損失に強い関心を示していた [9]。1986年に発生したチェルノブイリ事故と対照的に、福島事故では放射線による急性被ばく障害や死亡者が報告されていない事からも、将来的な健康リスクは低いのではないか、という認識を皆が持っていた。

2015年3月現在、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)からも、放射線リスクに関する報告書が公表されており、今後事故が原因のがん発生率の増加は予想されないと結論されている [10]。一方で、被災住民の方々の多くは、現在も放射線状況に関する懸念と不安を抱き続けている。一番の関心事だ。その根本には、必要な情報が届いていない、あるいは情報が膨大で、且つ信憑性に欠ける、はたまた専門家、事業者、政府はいずれも信用が置けないなど理由は様々だ。住民の立場から言えば、毎回後出しのように公表される情報に対し懐疑的な目を向ける事は、想像に難くない。当然、ギャップこそあれ、これら認識の違いに正誤はない。科学的に正しい事と、現場にとって正しい事は決してイコールではない。科学的根拠のみが一人歩きし、住民の感情を無視して、例えば除染作業やがん検診にまつわる単なる政治利用の道具となってもならない。とは言え、理論も根拠もない話にだけ流され、無視されるものになって欲しくないとも思う。結局ところ、こうした認識の違いやその背景に十分に耳を傾けた上で、従来の放射線防護のあり方(e.g., エビデンス重視・基準遵守)を超えて、現場の個々人の自主的な判断を尊重しつつ、その如何にかかわらず支援に繋がる正しい情報の発信を継続する事が大切だ。
【略歴】野村 周平(のむら しゅうへい)
インペリアル・カレッジ・ロンドン公衆衛生大学院博士課程。昭和63年、神奈川県生まれ。平成23年東京大学薬学部卒業。同年、同大学大学院国際保健政策分野の修士課程に進学し、福島県南相馬市・相馬市の災害復興支援に従事。国会事故調の協力調査員、及び国連開発計画(UNDP)タジキスタン共和国事務所の災害リスク事業でのインターンを経て、平成25年秋より現大学院へ留学。高齢者の避難リスク、及び災害後中長期における慢性疾患リスクに関する研究を行っている。昨秋、世界保健機関(WHO)本部の災害リスク・人道支援部門政策実施評価局におけるインターンを修了。
【参考資料】
[1] Nomura S, Tsubokura M, Hayano R, et al. Comparison between Direct Measurements and Modeled Estimates of External Radiation Exposure among School Children 18 to 30 Months after the Fukushima Nuclear Accident in Japan. Environmental science & technology. Dec 29 2014.
[2] Nomura S, Gilmour S, Tsubokura M, et al. Mortality risk amongst nursing home residents evacuated after the Fukushima nuclear accident: a retrospective cohort study. PloS one. 2013;8(3):e60192.
[3] 明日の象徴プレスリリース『第3回「明日の象徴」受賞者6部門6名が決定』(オンライン)、http://www.ashitanoshocho.com/wp/wp-content/uploads/2014/09/%E7%AC%AC3%E5%9B%9E%E6%98%8E%E6%97%A5%E3%81%AE%E8%B1%A1%E5%BE%B4%E3%83%95%E3%82%9A%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B9092414.pdf.(2015年3月1日アクセス)
[4] TERP London [Internet]. Medical assistance for the 23 km zone after the Fukushima nuclear accident. Available from: http://terp-london.co.uk/16-november-terp-london-special-film-screening-talk-event-tough-it-out/ (accessed March 1, 2015)
[5] 原子力規制委員会『全国及び福島県の空間線量測定結果』、http://radioactivity.nsr.go.jp/map/ja/area.html(2015年3月1日アクセス)
[6] Tulip London [Internet]. Medical assistance for the 23 km zone after the Fukushima nuclear accident. Available from: http://tuliplondon.org.uk/event/nomura-sensei.html (accessed March 1, 2015)
[7] Daiwa Anglo-Japanese Foundation [Internet]. Report from Fukushima: medical assistance to local residents. Available from: http://www.dajf.org.uk/event/report-from-fukushima-medical-assistance-to-local-residents (accessed March 1, 2015)
[8] World Health Organization. Health risk assessment from the nuclear accident after the 2011 Great East Japan earthquake and tsunami, based on a preliminary dose estimation. Geneva: World Health Organization; 2013.
[9] The University of Edinburgh [Internet]. Report from Fukushima: health issues after the 2011 nuclear incident. Available from: http://www.aog.ed.ac.uk/events/report_from_fukushima_-_health_issues_after_the_2011_nuclear_incident (accessed March 1, 2015)
[10] UNSCEAR. Annex A: Levels and effects of radiation exposure due to the nuclear accident after the 2011 great east-Japan earthquake and tsunami. UNSCEAR 2013 report: sources, effects and risks of ionizing radiation. New York: United Nations; 2014.
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