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Vol.051 現場の医師から見た医療法改定の意味:(2の2)

医療ガバナンス学会 (2015年3月17日 06:00)


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健保連大阪中央病院
顧問 平岡 諦

2015年03月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


今回の医療法改定で、現場の医師、とくに勤務医にとって重要な内容である三点のうち「医療事故に係る調査の仕組み(いわゆる第三者機関の設立)」については(2の1)で述べました。ここでは、「病院などの医師確保」、そして中原医師の過労死裁判が関与する「医療従事者の勤務環境改善」ついて述べます。最後にまとめて、今回の医療法改定に対して現場の医師が自身を守るために為すべきことを示しました。

「病院などの医師確保」について:
これについては、いわゆる「徴医制」(1)との関連で考える必要があります。「全員強制加盟の医師会」、そして「専門医制度(や研修医制度)を利用した医師配置の定数化、すなわち過疎地(医師不足の地域)への医師配置の強制」、これが徴医制です。徴医制は全ての医師に関わってくる制度ですが、今回の医療法改定は勤務医に対する徴医制への道ならしと考えられます。その内容概略は以下の通りです。
■改定医療法の第30条の13:病院等の管理者は、(中略;中略部分は次項の「医療従事者の勤務環境改善」で説明します)医療従事者の確保に資する措置を講ずるよう努めなければならない。
■同第30条の14:厚生労働大臣は、病院等の管理者が講ずべき措置に関して、指針となるべき事項を定め、これを公表する。
■同第30条の15:都道府県知事は、特に必要があると認める時は、病院等の管理者その他の医療関係者に対して、医師の派遣その他の医師が不足している地域の病院等における医師の確保に関し必要な協力を要請することができる。(なお、「医師の派遣」の具体的方法は、第30条の18に規定されています。)
■同第30条の21:医療従事者は、地域医療対策の実施に協力するよう努めるとともに、(中略)医師の確保に関し協力しなければならない。

国は指針を作り、都道府県知事はそれに則って病院等の管理者、および医療従事者に協力を求め、「医師が不足している地域の病院等における医師の確保」を図って、医療崩壊を予防しようというものです。現在では「協力を求め」となっていますが、次第に「強制的」になっていき、勤務医版の徴医制への第一歩と言ってもよいでしょう。なお、第31条に定められた「公的医療機関」の勤務医にとっては現行法でも、すでにほとんど「強制的」です。

「医療従事者の勤務環境改善」:
上述の「改定医療法の第30条の13」を中略部分を含めてもう一度示します。
■改定医療法の第30条の13:病院又は診療所の管理者は、当該病院又は診療所に勤務する医療従事者の勤務環境の改善その他医療従事者の確保に資する措置を講ずるよう努めなければならない。
ここでは「医療従事者の確保に資する措置」としての「医療従事者の勤務環境の改善」が述べられています。過酷な勤務環境から医療従事者が「立ち去る」、これが医療崩壊の構造です。医療従事者が「立ち去らない」ように管理者は勤務環境を改善しなさいと言っているのです。過酷な勤務環境とはどのような環境でしょうか。それは過重労働により過労死・過労自死と医療ミスの両危険に曝される環境です。したがって医療の安全の確保とも当然ながら関係してきます。
平成18(2006)年の医療法改定で「医療の安全の確保」の項が追加されました。これに対する問題点とともに改善策を示しました(2)。以下に再掲します。
「医療安全に関する医療法改定には、『過重労働がミスを呼ぶ』という視点が無い。また『個々の病院の努力まかせ』でありそれを『システム(たとえば法律)で補完しよう』という視点が欠けている。これらを改善するためには、医療法第6条につぎの項目を加えることである。
医療法第6条への追加項目:管理者は、医療の安全を確保するため、従事者の過重労働を予防する措置を講じなければならない。
医療ミスが起こった場合、もし従事者の過重労働が認められれば管理者の責任が問われることになる。必然的に管理者は従事者の過重労働に気を配ることになり両者の一体感が出てくるであろう。また管理者の団体として一体となり厚労省とかけあえるようになる。その結果は医療従事者の過労死の予防ともなり、『立ち去り』を予防し医療崩壊の阻止ともなるのである。」

今回の医療法の改定で、まさに私が示した改善策が実現しました。しかしこの実現に最も効果があったのが、(たまたま私が改善策を発表した約2週後に為された)中原利郎・小児科医師の過労死裁判の最高裁和解(2010.7.8)です。1999年8月16日に中原医師が亡くなられてからの11年間、ご遺族の大変な努力がやっと今回の医療法の改定に実を結んだと言うことだと思います。その和解の意味について、私は次のように述べました(3)。
「『一般の過労死』については労働基準法により規定されている。しかし、『医師の過労死』については例外とされ、法律による明確な規定がない。その理由は『自己管理の第一次的な責任は、医師個人にある』という倫理問題と関係しているからである。そこで中原利郎医師の過労死裁判の行方を注目していたが、現在の日本の現実から考えてこれしかないであろうと思われる内容の最高裁和解が成立した。中原支援の会ホームページに掲載されている和解条項をまとめるとつぎのようになる。
『我が国におけるより良い医療を実現するとの観点から和解が勧告され、医師不足や医師の過重負担を生じさせないことが国民の健康を守るために不可欠であることが確認されて、和解が成立した。』
すなわち、『医師の過労死の問題』は『医療安全の問題』であると指摘しているのである。医療安全を守るために医師の過重負担を制限しなさいと言っているのである。それが『よりよい医療を実現させる』ことになるからである。」

最後に、(2の1)、(2の2)で述べてきた今回の医療法改定の意味から考えられる、現場の医師が自身を守るために為すべきことをまとめて述べます。
現場の医師が為すべきこと:
第一に、「First do no harm; まず、患者を傷つけるな」、これは現場の医師が第一に「為すべきこと」です。しかし、「To err is human; 人は間違い犯すもの」です。医療ミスはゼロにはできません。医療ミスを隠さず、謝罪・賠償をすれば「患者の人権問題」にはなりません。司法(業務上過失致死・傷害罪)の出番も必要無くなるでしょう。
本来の医療事故調査は、院内・外を問わず、医療ミス(医術者に伴う有害性)が隠されていないかどうかを判断するための調査です。これは「医師間の相互評価」としての医療事故調査です。医療ミスが隠されておれば当該医師に謝罪・賠償を勧め、「医師間の相互評価」としての教育が必要となります。これが「自律的な監査・懲罰制度」ということです。医療事故調査の結果を将来の医療安全に利用するのが医療安全委員会です。医療安全に利用するとは「To err is human; building a safer medical system;人は過ち起こすもの;ミスが起きないように、(物的、人的に)組織でバックアップしよう」という考えを実践に移すということです。
第二に、現場の医師は自身がスケープゴートにされないための方策を考えておく必要があります。(2-1)で述べたように、院内規則として「本院の関係者個人に対して民事・刑事・懲戒いずれの外部的責任の追及のためにも、使われてはならない」というような「証拠制限契約」を結んでおけば、民事訴訟・懲戒処分に対しては有効かもしれません。ただし、刑事事件として使用されないという保証はどこにも無いので、これに対しては第四に述べるように、医療不信を元から断つ以外にないでしょう。
第三に(これが今回の医療法改定への対応で最も重要と考えますが)、現場の医師は、過剰労働が常態化しておれば、その改善を管理者に要求することです。医師の過労死について(医療ミスも同様に)、自己管理の第一次的な責任は医師個人にあります(これが世界の常識です)。しかし、過剰労働による過労死・過労自死および医療ミスの危険を感じた時には、過剰労働の改善を管理者に要求することです。要求したことを明確にしておくことです。今回の医療法の改定は、現場の医師に「立ち去る」ことではなく、勤務環境の改善要求を求める、すなわち「立ち上がる」ことを求めているのです。それが「より良い医療」につながるからです。
第四に、現場の医師は、勤務環境の改善要求だけでなく、医療不信の払しょくにも「立ち上がる」ことが必要です。そもそも医療事故調問題は患者・遺族が「医療ミスを隠しているに違いない」と考えるからです。その背景にあるのが医療不信です。医療不信の根っこにあるのが日医の時代遅れの医の倫理であることは前述の拙著で述べたところです。「患者の人権を尊重する」だけの医の倫理を「患者の人権を擁護する」という医の倫理に変えなければ医療不信は無くなりません。その為に「立ち上がる」ことです。さらに現場の医師は、強制的な「徴医制」を作らせないよう声を出すこと、やはり「立ち上がる」ことが重要です。
ご意見、ご批判など http://medg.jp (医療ガバナンス学会) に頂けると幸いです。

参考文献
(1):平岡 諦:MRIC Vol. 314,「『専門職自律の確立』、実は『徴医制』(全員強制加入・懲罰機能を持つ医師会制度)」2013.12.26.
(2):平岡 諦:MRIC Vol.215, 「医療安全の『基本的な考え方』に対する二つの障害」2010.6.20.
(3):平岡 諦:MRIC Vol.253,「中原医師過労死裁判の最高裁和解、そしてこれから」2010.8.4.

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