医療ガバナンス学会 (2015年3月19日 06:00)
この原稿は日経トレンディネットより転載です。
(イラスト画像を含むオリジナル記事はこちら↓)
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20150305/1062986/?rt=nocnt
内科医師
大西睦子
2015年03月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
◆ある種の食べ物は依存症を誘発するし、食べ過ぎて肥満の原因になる
2015年2月18日、科学雑誌「PLoS One」に、米国ミシガン大学の研究者らがどんな食品が依存症になりやすいかという、非常に興味深い研究結果を発表しました。さっそくご紹介しましょう。
■参考文献
PLOS (Public Library of Science)「Which Foods May Be Addictive? The Roles of Processing, Fat Content, and Glycemic Load.」
http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0117959
現在も、米国の肥満問題はかなり深刻です。
太り過ぎや肥満の人口は増え続け、2030年には、85%以上の人が太り過ぎや肥満になるというデータがあるほどです。
肥満関連の医療費は、現時点で米国の医療費の約10%を占めており、今後15年間でさらに増加し、約15%を占めるようになると予測されています。ただし短期間であれば減量効果が認められても、それが長期にわたって維持できるというような、肥満予防の治療法はほとんどありません。
なぜ肥満は増えるのでしょうか? 原因として以下の4つが報告されています。
・エネルギー摂取量の増加
・食品が容易に手に入る環境
・飲食店における「1人前サイズ」の増量
・身体活動の低下
これらに加えて、ある種の食べ物は依存症を誘発するので食べ過ぎることも、肥満の原因とされています。
◆“やめられない止まらない”のは依存症
みなさんは、「ひと口だけ」のつもりでポテトチップスの袋を開けたら、止まらなくなって、やめなければという自制心とは反対に、気づいたら1袋全部食べてしまっていた…という経験はありませんか? このような食べることがコントロールできなくなる症状が特徴なのが、“食べ物依存症”です。
依存症は、衝動的で感情的な反応が増えるため、アルコールや覚醒剤、ハーブ・リキッド・パウダーなどの危険ドラッグ、睡眠薬などの、本来は生体内には存在しない物質に依存する物質関連障害と同じような影響を脳に及ぼします。「ポテトチップスぐらいでそんな…」と思うかもしれませんが、食べ物依存症は物質関連障害と同じように、脳内報酬系が活性化することが分かっています。
では人間はどんな食品に依存症を起こしやすいのかというと、具体的な食品名の報告は少ないのですが、動物モデルだと加工度の高い食品は依存性が高いという研究結果が出ています。ラットの実験では“クリームを挟んだチョコレートクッキー”のような、高度な加工食品に対する依存性や過食症が認められました。
◆加工食品には薬物やアルコールのような物質関連障害がある!?
ミシガン大学の研究者らは報告の中で、加工度の高い食品は、薬物やアルコールの乱用と同じ薬物動態を持つと唱えています。薬物動態とは、薬の生体への吸収、全身への分布、代謝による構造の変化と体外への排泄のことです。
前述の物質関連障害は、大きく「物質使用障害(物質依存と物質乱用)」と「物質誘発性障害」の2つに分けられており、なかでも物質使用障害は、依存(dependence)と乱用(abuse)の行動を引き起こすものを指します。
濃縮された物質は、投与量が多くなり、作用も強く出るため、乱用の可能性が増します。例えば水は、乱用の可能性はあっても低いですよね。ところがアルコール分5%のビールは、水に比べると乱用する可能性が高まります。これがアルコール分20~75%の蒸留酒になると、乱用だけでなくさまざまな問題を引き起こす可能性が高くなるのです。
同様のことが、高度に加工された食品にも言えるわけです。
新鮮な果物や野菜に比べると、加工食品は砂糖や精製された炭水化物、脂肪の成分が増えがちです。こうした成分の“用量”が多くなると、物質使用障害と同様に、その加工食品の乱用の可能性が高まることがあります。
例えばケーキやピザなどはかなり加工された食品で、白い小麦粉や砂糖など、精製された炭水化物がたっぷり使われていますよね。こうした成分の濃度が高いうえに、繊維質やタンパク質、そして水が取り除かれることで、精製された炭水化物が体内のシステム内に吸収される速度が増します。一方バナナは糖分が多い食品ですが、未加工なので繊維やタンパク質、水などがしっかり含まれており、糖分が血流に入る速度はゆっくりになります。
◆研究対象の約92%の人に“やめたくても食べるのを止められない”食べ物がある
また研究チームは、キャンパスで募集した18歳から23歳(平均19.27歳)までの学生120人(男性32.5%、女性67.5%。平均BMIは23.03)に対し、食物依存症の調査を行いました。
研究対象の学生はまず、イエール大学の研究者らが作成した「Yale Food Addiction Scale(YFAS/イエール大学・食物依存症テスト)」という小テストを受けました。
■参考文献
The Rudd Center「Yale Food Addiction Scale 」
http://www.uconnruddcenter.org/resources/upload/docs/what/addiction/foodaddictionscale09.pdf
イエール大学・食物依存症テスト
1 お腹がすいていないのに、ある特定の食べ物をつい食べてしまう
2 食べ過ぎると、疲れを感じて、動きが鈍くなる
3 ある特定の食べ物を食べないと、動揺や不安などの禁断症状が出る
4 食べることで、うつ、不安、自己嫌悪や罪悪感などの心理的問題が生じる
5 食べることが、仕事、勉強や休養を妨げる
6 食べることで、感情や身体に問題が出ても、まだ同じものを食べ続ける
7 以前と同じ量を食べても、ネガティブな感情が続き、前のように楽しい気持ちにならない
スマートフォンでご覧のかたはこちら(表を画像表示)
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このテストには上記の質問を含め25項目があり、1から5のような質問に対しては、それぞれの質問に対し、以下から解答を選択し、それぞれに設定されたポイント(例えば上記の1の解答が1なら0ポイント、5なら4ポイントなど)を集計します。また、6、7のような質問に対しては、NO=0ポイント、YES=1ポイントと集計して、最終的な評価を出します。
イエール大学・食物依存症テストの回答選択肢(頻度)
1 全くない
2 1カ月に1回
3 1カ月に2~4回
4 1週間に2~3回
5 1週間に4回以上
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その結果、学生の約7%は何らかの食品に対し、食物依存症の条件を完全に満たしていました。さらに約92%は食べたいという願望が強く、やめたくても止まらない食べ物があることが分かりました。
次に、さまざまな栄養成分を持つ35種類の食品の絵を用意し、2つを選んで学生に見せ、どちらが問題の多い食品だと思うかを選んでもらいました。そのうち18種類はケーキ、チョコレート、ポテトチップのような、加工度合いの高い食品。残りの17種類は加工されていない、バナナやニンジン、ナッツなどの食品でした。
もちろん学生らが“問題”と指した食品のトップ10はすべて、加工度の高い食品が占めました。
◆加工度の高い食品に、依存症の問題がある
研究者らはさらに、この2つのテストの結果のより高い信頼性を得るために、Amazon Mechanical Turk(アマゾンメカニカルターク:アマゾンウェブサービスの1つ)というアンケート調査を使用して、398人以上の参加者(18歳から64歳、平均31.14歳、男性59.4%)に同様の質問をしました。
35食品のリストで、どのくらい依存症の問題が起こるか(「1:全く問題なし」から「7:非常に問題」まで)を評価しました。その結果、やはり加工度の高い食品に、依存症の問題があることが分かったのです。
35食品中依存症が起こり得る食品ランキング
1 ピザ
2 チョコレート
3 ポテトチップス
4 クッキー
5 アイスクリーム
6 フレンチフライ
7 チーズバーガー
8 ソーダ
9 ケーキ
10 チーズ
11 ベーコン
12 フライドチキン
13 ロールパン(プレーン)
14 ポップコーン(バター)
15 朝食用シリアル
16 グミキャンディー
17 ステーキ
18 マフィン
19 ナッツ
20 卵
21 鳥のささみ肉
22 プレッツェル
23 クラッカー(プレーン)
24 水
25 グラノーラバー
26 いちご
27 トウモロコシ(バターなしまたは無塩)
28 サーモン
29 バナナ
30 ブロッコリー
31 玄米(プレーン、ソースなし)
32 リンゴ
33 豆(ソースなし)
34 にんじん
35 キュウリ
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一般的に、依存性のある物質は、自然の状態の食品にはめったに存在しません。加工されると、依存性の可能性が高まります。例えばブドウはワインに加工され、ケシはアヘン(麻薬)に加工されることで、依存性が高まります。同様のプロセスが、加工食品で発生するのです。
天然に存在する食品にも、糖分(例えば、果物)または脂肪(例えば、ナッツ)が含まれている食品はあります。注目すべきは、加工を加えていない自然の食品には、砂糖や精製された炭水化物と脂肪が、同時に含まれることはほとんどないということ。ところが加工食品の多く(例えばケーキやピザ、チョコレート)には、精製された砂糖や炭水化物、脂肪が、人工的に同時に配合されているのです
さて今回の報告から、食べ物依存症といっても、どんな食品に関しても発症するものではなく、加工度の高い食品が問題だということが示されました。
ミシガン大学のニュースによれば、共著者のニコル・アベナ博士は
「この研究は、依存症の引き金となる特定の食品や食品の性質を識別するための第一歩です。これが今後、肥満の治療に役立つかもしれないのです。もちろん、特定の食品の排除は、簡単なことではないでしょう。むしろ、喫煙や飲酒、薬物使用を抑える方法が適応できると思います」と話しています。
■参考文献
Michigan News(University of Michigan)「Highly processed foods linked to addictive eating」
http://ns.umich.edu/new/releases/22693-highly-processed-foods-linked-to-addictive-eating
日本でも肥満の割合は年々高くなってきています。依存性の観点からも、これからはつい手が伸びがちなスナックやファストフードを控え、なるべく自然な食品を摂るように心掛ける必要がありそうです。
大西睦子(おおにし・むつこ)
医学博士。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて、造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月より、ボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。2008年4月より、ハーバード大学にて、食事や遺伝子と病気に関する基礎研究に従事。著書に『カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側』(ダイヤモンド社)。