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Vol.054 被災地からのメッセージ ~在宅介護、南相馬では無理なのか

医療ガバナンス学会 (2015年3月20日 06:00)


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この原稿は朝日新聞の医療サイト「アピタル」より転載です。

http://apital.asahi.com/article/shinsai/2015022300007.html

小野田病院
院長 菊地安徳

2015年3月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

「地域の人口は半分になり、南相馬市は超高齢化の街になった。医療のかたちも変わらないといけない」(小野田病院の菊地安徳院長、2011年8月30日付「原発事故と地域医療㊤」)

東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故後、多くの人たちが県内外への避難をした福島県南相馬市。しかし、警察や自衛隊の巡回に気づかれないようにしながら、自宅に残った高齢者も多くいました。南相馬市原町区で、残った住民のために医療を提供しつづけてきた小野田病院院長の菊地安徳さんに、南相馬の今とこれからについて、全国のみなさんに向けたメッセージをもらいました。看護部長の但野圭子さんからもビデオメッセージをいただきました。アピタル編集部

◆病院外来にて
【朝の外来風景】
朝9時の病院外来。順番を待つ患者であふれている。ここは福島第一原発から30キロ圏内の南相馬市。待っているのはほとんどが高齢者だ。歩行が困難で車いすを押されてくる患者も多い。どの顔にも震災から4年を過ごした苦労がにじみ出ている。

ある人は津波で家と家族を失い、またある人は生き甲斐であった明るい家庭を失った。ある人は環境の変化から高血圧や糖尿などを患って健康を失い、またある人は喪失感からうつ病を患った。4年の月日が長いか短いか、思いは様々だが、放射線被害により農作業も制限されるこの地では、特に高齢者の健康は確実にむしばまれ、徐々に体も動かなくなる人が多いという現実がある。

【南相馬市の現状】
南相馬市は震災時の緊急時避難準備区域指定に伴い、人口が1万人以下にまで減少した。現在は他市町村からの避難者を含めて約53000人まで回復したが、元々の住民の5人に1人は今も仮設住宅や借り上げ住宅での生活を余儀なくされている。病院で見た高齢者の増加は深刻で、高齢化率33.5%となった。

震災後、崩壊寸前と言われた当地の医療環境は、病院病床数579床(43.6%)、医療スタッフ数845人(68.8%)、介護施設病床数591床(86.9%)、居宅系サービス施設数63施設(90.0%)まで回復した。しかし、この医療と介護の回復は震災から2年たった時から横ばいである。

医療介護の回復を阻むのはスタッフの減少だ。市内には今も居住が制限される避難解除準備区域を抱え、幼少児を持つ医療介護スタッフは震災後4年を過ぎても多くが地域外に避難したままなのだ。現場で最も活躍が期待される若手スタッフが絶対的に不足している。スタッフが7割近くも回復しているにもかかわらず医療病床が半分も回復できない理由がここにある。行政機関と民間が行った看護師紹介事業も、看護学生向けの育英資金事業も、ヘルパー養成事業も、何れの事業も十分な効果はまだ見えてはいない。

【小野田病院の現状】
一般病床98床、療養病床53床、 診療科13科。看護師不足から一般病床は32床しか利用できていない。透析センターを併設。外来棟を建築中。 常勤医師7人、看護師27人、准看護師30人、薬剤師2人、理学療法士1人、管理栄養士1人、ケースワーカー1人、看護補助20人。

【高齢化と医療介護】
ここでは市民の高齢化とともに、医療介護を施す側の高齢化も深刻な問題である。定年を延長するなど施策を講じても解決にはならない。若者が定住する魅力ある町作りが先決なのだが、放射能汚染がやゆされる当地では、良い方策がなかなか見出せない。4年という歳月はあまりにも短い。 震災後やっとの思いで帰郷した住民だが、幼少児を持つ若手世代の多くが地域外に避難し、老人を介護する親世代が居残るという新たな家族離散を生んだ。結果、高齢者のみの独居や老老介護を余儀なくされる世帯が目立って増加した。体の衰えによって入院や介護施設入所を希望しても現在の医療状況では到底かなわない。施設入所を希望しても数百人待ちの状況だ。このため、病院外来での連日の点滴で命をつなぐ例もしばしばである。

【高齢化時代】
高齢化率33.5%。3人に1人が65歳以上の町。日本の20~30年を先取りした町。

医療も介護も、受ける側も施す側もともに年齢を重ねている。寿命の延びによって介護を必要とする高齢者も急増し、多くの家族が在宅で介護している。日本は在宅介護の推進を国の方針としているが、中には介護する家族の幸福までもむしばんでいる例があるのではないか。特に、老老介護の家庭においてはなおさらであろう。

本来、家族の長生きと家族の幸福は等価であってしかるべきで、家族犠牲の上に成り立つのでは意味がない。在宅介護は、この地では無理なのではないか。これは南相馬市だけの問題ではない。近い将来、日本が必ず迎える状況なのだが。

【病院外来にて】
再び朝の病院外来。愛すべき故郷であるのにそこで生きるのが困難な状況。一体なぜそうなってしまったのか。取りも直さず東日本大震災の惨禍と、福島第一原発による放射能汚染事故のためだろう。

福島は今も12万人の県民が避難生活を余儀なくされている。高齢化は日本の将来像とはいえ、外来の風景と南相馬の現状は災害により生み出された住民の悲惨を映し出している。診察を待つ人々の背中には、立ち入りを制限され、ひっそりと静まり返った雑草の街並みや荒地が透けて見える。これほど多くの住民が故郷を追われ避難生活を続けているというのに、解決の先行きも見えない放射能汚染事故は、人々の記憶から薄れかけているのではないか。経済を優先した安易な原発稼働は新たな福島を生み出すのではないか。

4年前、私たちがあれほど恐怖した震災と放射能汚染被害の記憶を風化させてはならない。4年という時間軸だけをたどっても、どこにも区切りは見当たらない。なぜなら、家族や家庭や、幸福までも奪われ避難を続ける人々が今もおおぜいいるのだから。

きくち・やすのり
小野田病院院長。岩手医科大学卒。国立病院機構仙台医療センターを経て、1997年から小野田病院勤務。2010年から現職。
「アピタル」には、医療を考えるさまざまな題材が詰まっています。

http://apital.asahi.com/

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