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Vol.059 新しい専門医制度で得する人、損する人

医療ガバナンス学会 (2015年3月27日 06:00)


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南相馬市立総合病院
藤岡 将

2015年3月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


0.専門医制度とは
MRIC(このメルマガ)をお読みの方々が専門医制度に精通しているとは限りません(私を含めて)ので、「専門医とは何ですか」という話から始めたいと思います。少し長いですが、お付き合いください。

皆さんは専門医というものにどのようなイメージをお持ちでしょうか?
以前、「ドクターX ~外科医・大門未知子~」というテレビドラマがありました。私は2回だけ見たのですが、番組冒頭と最後?に主人公紹介のナレーションが入ります。

ナレーションを一部引用。
“群れを嫌い、権威を嫌い、束縛を嫌い、専門医のライセンスと叩き上げのスキルだけが彼女の武器”
毎回このようなナレーションがあったのですが、これが皆さんのイメージではないでしょうか。
この専門医のイメージを一般化すると、
イメージ1:「専門医」という免許(=ライセンス)がある。
イメージ2:その免許は医師免許に上乗せの資格である。
イメージ3:その免許は取るのが難しい
イメージ4:その免許を得ると、(外科医なら、たとえば)難しい手術を実施することが許される。
ナレーションで、「ライセンス」と「スキル」という単語が対比されて用いられていたことからも、このようなイメージだと思います。私も学生の頃はこのようなイメージでした。

しかし、このイメージ、実は殆ど間違いなのですね。
・「ライセンス」「免許」「資格」という言葉の定義によるが、「専門医」という免許が有るわけではない。国家資格ではないし、また「専門医以外は○○をしてはダメ」という公的な規制があるわけでもない。
・医師免許に上乗せされる公的資格として、母体保護法指定医師(この指定を受けていない医師は人工妊娠中絶を行ってはいけない。母体保護法14条1項)と、精神保健指定医(この指定を受けていない医師は、精神疾患の患者さん本人の意思に反して入院させることなどが出来ない。精神保健福祉法18条1項)が有名だが、これらの資格は専門医(産婦人科専門医、精神科専門医)と独立した資格である。
・ただ一方で、「A医師は専門医、ということは○○が出来る技量は備わっているだろう」という推定は当たっていて、そのため「医師の能力を担保するため、医師採用時の要件に専門医を課している」「(公的ルールではなく、院内ルールとして)専門医持っていないと○○をしてはダメです」などの運用を行っている病院は有る。
・したがって多くの医師は専門医を取得する。また、専門医を取得していないと「みんな持っている専門医を持ってないB医師はヤバいのでは」という不利益推認を蒙ることはある。
・現時点では、専門医の称号(←資格ではないので)は国や都道府県といった公的団体、医師会といった業界団体ではなく、それぞれの分野の医師が作った学会が発行している。
・「ちゃんとした」学会、「あやしい」学会という違いは正直あるだろうが、学会は私的団体(会社、NPO法人などと同じ)なので、誰でも自由に設立することができる。たとえば私が明日「おだいじに学会」という学会を設立し、明後日から「おだいじに専門医」という専門医を発行することも可能である。
・したがって、専門医取得の難易度や要件も学会ごとに異なる。

つまり専門医は、テレビドラマに出てきたような「ライセンス」では無く、たとえばTOEFLや簿記検定のような、個人の能力を測るために広く使われている認定テスト、といったイメージがより正確だと私は思います。
このイメージをもとに、下に進んでいきましょう。

1.専門医取得への道~たとえば腎臓内科の場合~
では専門医を取得するための具体的な道のりを、腎臓内科のお医者さんを例にみてみましょう。
日本腎臓学会・腎臓専門医は、大きな条件3つを揃えれば専門医試験を受けられます。

http://www.jsn.or.jp/specialist/senmon_1276.php#sinsa

条件1:日本内科学会・認定内科医を取得
条件2:認定内科医を取得後、日本腎臓学会が指定した病院で(←ここが重要)3年間勤務し、研修する
条件3:過去5年間、日本腎臓学会に加入していること
この条件を揃え専門医試験に受かると、専門医が取得できます。

次に、腎臓専門医の条件1の「日本内科学会・認定内科医」の要件を見てみましょう。

http://www.naika.or.jp/nintei/exam/bor_01.html

条件:初期研修(医師免許取得後の最初の研修)2年+日本内科学会が指定した病院で(←ここが重要)1年間勤務し、研修する
そして認定内科医の試験に合格。

まとめると、腎臓専門医は内科学会の認定内科医(1階)と、腎臓学会の専門医(2階)の2階建てになっていて、初期研修2年を終えた後に、各学会の指定病院で(認定内科医1+専門医3=)4年間勤務、合計すると最短で医師免許取得後6年経過後に、専門医を取得できます。

他の内科も見てみると、たとえば日本循環器学会・循環器専門医、日本血液学会・血液専門医、日本消化器病学会・消化器病専門医、日本神経学会・神経内科専門医も同じ2階建ての、内科学会・認定内科医3+○○学会・専門医3=6年間、となっています。

2.若い内科医・病院にとっての専門医制度
これを裏側から眺めてみますと、医師免許取得後3から6年目までの内科医は、殆どが内科学会もしくは各専門分野の学会の指定病院に勤務するだろう、と考えられます(多くの内科医が専門医取得を目指すため)。
したがって、若い内科医にとっては、「学会の指定病院の中から就職先を選ばないといけない」、また病院側にとっては、「学会の指定病院になるか否かで、若い内科医が病院に来るか否かが決まる」、ということです。

3.当院の場合
当院の場合ですが、一昨年からの、「地方での勤務に関心がある若い内科医のために、当院も内科学会の指定病院になろう」という内科系の諸先生方のご尽力のお陰で、ついに昨年、内科学会の指定病院になりました(この詳細も機会を頂ければ、MRICに投稿させて頂きたいと思います)。

http://www.naika.or.jp/nintei/hospital/hos_002.html

つまり、当院で免許取得後3年目以降の内科医が1年間勤務すると、認定内科医の受験資格を得ることが可能になりました。
ここからは私事なのですが、私は現在在籍している当院が大変ステキなので、来年度も当院にお世話になることに致しました(南相馬の皆さん、来年度もよろしくお願いします)。「当院が内科学会の指定病院である」という点は、私の当院への就職希望を更に後押ししたものの1つではないかな、と自分でも考えています。

4.ところが~専門医制度の変化~
ところが、この専門医制度も変化が訪れるようです。
2015年のMRICに
Vol.022 ウーマノミクスに逆行する医療界、これ以上モラトリアムはいらない
Vol.011 専門病院でレベルの高い研修がしたい
という2本の記事がありました。著者は、仙台の麻酔科医・森田麻里子先生です。

森田先生の記事によると、
・2017年度から、医師の専門医制度が新しくなる。
・麻酔科学会では来年度から、新しい専門医制度に移行することになり、麻酔科学会の指定病院の要件が厳しくなる。
結果として19の県で、大学病院がメイン指定病院となったプログラムしか存在しない状況になる。したがって、これらの県で勤務したい若い麻酔科医は、大学医局に所属する以外の選択肢が無くなる。
・なお内科の新しい専門医制度では、初期臨床研修2年の後、さらに3年間かけて内科全般にわたる研修を行い、その後に各専門分野の専門研修を行うことになる。

森田先生は麻酔科医のため、記事では麻酔科専門医を中心に紹介されていましたが、内科系専門医も制度が大きく変わるようです。
日本内科学会の特設ページ

http://www.naika.or.jp/info/rireki/info141224.html

に記載されている、大きく変更される点を1つずつ見ていきたいと思います。

変更1:専門医取得に必要な年数が延びる?
現在の、1年間で認定内科医+3年間で内科系専門医、の2階建てが、3年間で内科専門医(新制度では1階部分も「内科専門医」と呼称)+x年間(xが明らかになっていない)で内科系専門医、の2階建てに変わる。
xに関しては、パンフレット「新・内科専門医制度に向けて」6ページ目に、x=1年にみえるような図(ただ明示ではない)が載っている一方、『内科専門医制度に関するFAQ』には、「専門研修等の条件につきましては、各専門分野学会の基準に拠ります。」とあります。つまり、内科学会のパンフレットにある、「x=1年にみえる図」は全く根拠がないのではないか、と私は思います。
また私の考えですが、各内科の専門分野で習得すべき内容が変わるわけではないので、現行の内科系専門医3年間は短縮することが出来ない、すなわち新制度でもx=3年なのではないでしょうか。すると、専門医取得まで期間が、現行の免許取得後6年から8年に延びるということでしょうか。

変更2:内科学会の指定病院の要件が厳しくなる
説明資料『新しい内科専門医の研修に関する捉え方』p20によると、内科学会の指定病院に対して新たにランク付けがなされ、「基幹施設に指定された病院」、ないし「基幹施設と提携する病院」でないと、1階部分の専門医(現行制度の認定内科医)を育成できなくなる模様です。現行制度でも、指定病院は「教育病院」と「教育関連病院」の2本立てでありますが、「教育関連病院」は「教育病院」と連携しなくてもよい、という点が新制度と異なる点です。

また、「基幹施設」の指定ですが、p21に指定要件が載っているのですが、現在の基準(教育病院)

http://www.naika.or.jp/nintei/kijyun.html

より更に厳しくなっていて、新制度では大学病院のような特に大きい病院でないと、「基幹施設」に指定されないのではないか、と私は思います。

変更3:病院ごとの募集定員上限が設定される
更に、『新しい内科専門医の研修に関する捉え方』p21によると、新制度では病院内の専門医の人数を超えて、若い内科医を募集できなくなる模様です。すなわち、専門医が2人在籍する病院では若い内科医は2人まで採用可、専門医50人の病院では50人まで採用可、となるようです。

5.専門医制度変更で得する人、損する人
もし、このような変更が行われたら、誰が得して誰が損するのでしょうか。考えてみましょう。

得する人:大学病院、もしくは都市部の大規模病院が得ではないか。
大学病院は専門医の人数(=新制度の下で募集できる若い医師の人数)が多いですし、また基幹施設の指定も大学病院以外の病院(以下、市中病院)に比べたら比較的容易に取得することができます。すると、現行制度では、若い医師が大学病院と市中病院に分散していますが、新制度では大学病院に若い医師が集中する(すなわち、大学病院の医師不足が解消する)のではないでしょうか。おまけに専門医取得までの年数が延長すれば、より長く大学病院に若い医師をとどめておける、という利点もあります(極端な例を挙げると、師匠「まだまだ修行が足りん!!」と言って、弟子を卒業させず、こき使う、の図)。

損する人:(都市部に比べお医者さんの少ない)地方部で働きたい若い医師や、地方部の病院が損ではないか。
上の理屈の裏返しで、現時点で専門医の人数が少ない地域・病院では、若い医師を少人数しか雇うことができなくなります(専門医の人数で採用人数の上限が設定されているため)。すると、地方部で勤務したい若い医師にとっては「専門医取得の枠が無い」、地方部の病院にとっては「募集できる枠が無いから、若い医師が来ない」となるのではないでしょうか。

6.まとめ
最初に触れましたが、本来の原理原則からすれば、専門医制度は「医師の能力を測る・証明するための認定テスト」のはずです。それが、その「認定テスト」が医師の間で人気が高いために、大学病院・都市部の大規模病院が得、地方部の病院が損、といった、認定テストの枠を超えた副次的効果を今後生んでしまうのではないか、と私は予想しています。

医療界には似たような例が他にもあって、2004年の「より良い卒後教育を」といった趣旨での初期研修制度の変更でも、地方部の医師が減った(地方部にある大学の卒業生が、出身の大学病院ではなく、より魅力的な研修プログラムを提供する都市部の病院に就職+そのため医師不足になった地方部の大学病院が、地方部の市中病院から医師を大学に呼び戻す)という予想外の副次的効果が生じました。
また、別の業界ですが、「司法試験の一発試験という『点』の教育から、法科大学院→司法試験という『線』(プロセス)の教育へ」といった教育の見地から行われた法曹養成制度の改革も、色々な要素が重なり、「法科大学院へ行く授業料・その間の生活費がないと弁護士になれない」「何とか授業料を支払って弁護士になっても、弁護士が激増していて就職口がない」という大変なことになっているようです(詳細は私には不明)。
まとめますと、教育という大義名分を掲げて制度を変更したとしても、教育とは関係のないところに思わぬ影響が出ることが多いなぁ、と私は危惧しています。

番外.妄想
これは私の妄想ですが(当事者の人、スミマセン)、この「新しい専門医制度」は、初期研修制度の変更で「負け」てしまった大学病院(若い医師が大学から市中病院へ逃げ出した)の、反撃の一手、なのかもしれません(根拠は有りません)。

著者紹介
藤岡 将(ふじおか しょう)
1986年に東京で生まれる。以後、大学生活も含め東京で過ごす。2013年より福島県浜通りに引っ越し、南相馬市立総合病院に勤務中である。

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