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Vol.061 群馬大学腹腔鏡事件の報告書は小学生レベル ~過失の安易な認定で個人責任にすり替え~

医療ガバナンス学会 (2015年3月31日 06:00)


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この原稿はm3.comより転載です。
(https://www.m3.com/news/iryoishin/306018)

坂根Mクリニック院長
坂根みち子
2015年3月31日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


3月6日に群馬大学医学部附属病院は記者会見を開き腹腔鏡下肝切除術で死亡した8例全例につき過失を認め謝罪し、事故調査委員会は報告書をホームページ上に公開した。世間では医師個人の責任追及が始まり、さっそく「医療問題弁護団」が訴訟の準備を始めている。本件については、群大の腹腔鏡下肝切除術の死亡率の高さが問題視されているが、今回は医療事故調査について、医療現場の視点からこの問題を考えてみたい。

1.驚くべき稚拙な「責任追及型報告書」

医療事故が起きた時の報告書は、今まさに厚労省の医療事故調検討会でも争点となっていたが、故意による犯罪でもない限り個人の責任追及をしてはいけない。医療は日進月歩であり、その分野の専門家で、かつ医療現場を良く理解し、その背後にあるシステム要因を見極める訓練を受けた者でない限り行った医療行為につき判定するのは難しい。

医療者は合法的に人に侵襲を加えることが許されている職業であるために、事故が障害や人の死に結びつきやすく、現在の法体系では通常の医療行為が容易く犯罪扱いになってしまう。未熟な手技を「犯罪」として扱ってしまえば医療は成り立たなくなる。WHOドラフトガイドラインにあるように、医療安全を推進するための報告制度は、失敗から学ぶためのものであるというのが世界の常識である。

ところが、今回の報告書では、「~の可能性があった。~の可能性もあった。~も検討すべきであった。以上のことから、過失があったと判断される」というように極めて安易に過失を認定し、病院のガバナンスの不備を個人の責任に問題をすり替えている。「可能性があった」ことと「過失」の因果関係がはっきりせず、過失があったのか否かさえ、さっぱり分からない。小学生並みの論理展開である。

私達医療者は通常、難しい症例や亡くなってしまった症例はカンファランスやピアレビュー(同分野の専門家による評価)することで、行った医療を検証し次につなげていく。その際はありとあらゆる可能性を俎上に挙げ検討する。これは医療の中の問題である。そこで言われる「こうすればよかった」「こんな可能性もある」ということに対して、いきなり過失だとか予見義務違反だとか言われてしまえば医療は成り立たないし、医療の進歩もなくなる。

今回の群大の対応は、医療の中で対応しなければいけなかったことをやらずに、いきなり体系の違う法のシステムに話を持ち込んでしまったような違和感を覚える。この報告書を作成した事故調査委員会の外部委員には、日本医療安全調査機構のメンバーも入っているが、この機構は過去にも責任追及型の報告書を出している(1)。その結果、現場の医師の「立ち去り」を誘発していると聞く。日本医療安全調査機構は、今年の10月から施行される医療事故調査・支援センターの候補の一つだが、機構の幹部が関与していながら、このような報告書を出すようでは医療現場にいる者としては、機構の能力に不安を感じざるを得ない。

さらに今回の群大の事故調査委員会には名前を公表していない委員が2人いる。既に当事者である医師の個人情報は週刊誌ネタとなり、家族は自宅に住むことさえできなくなっているような事態を引き起こしている報告書を出しておきながら、委員の名前さえ明らかにしないとはいったいどういうことだろうか。報告書公開には当然責任を伴う。

遺族も国民もメディアも会見内容と報告書が真実と思うからこそ、とんでもないことをした医師と、それを放置した大学という視点で語られ、医療に対する不信感が増大しているのである。

2.問題のある報告書が引き起こす医師の人権侵害

だが、前提となる報告書に問題がある場合、それを基に糾弾するのは大変危険である。過去に、佐藤一樹氏の東京女子医大事件、加藤克彦氏の福島県立大野病院事件、いずれも病院側が作った報告書が原因で、冤罪事件に巻き込まれ、両氏は年余にわたり辛酸をなめキャリアを失った。特に福島県立大野病院事件は、これをきっかけに産科から撤退する医療機関が続出し、産科医療の崩壊のきっかけになった。佐藤氏は報告書の作成において、形ばかりの聞き取りはあったが、報告書が作成されていたことも知らないうちに遺族に報告書が渡されており、欠席裁判だったと述べている(2)。加藤氏も本人への聞き取りは2、30分程度だったと述べている(3)。

またこのような場合、医療者は裁判に巻き込まれる可能性があるにも関わらず、当事者が自分を守る術は無いに等しい。患者側弁護士に対して出てくる医療側弁護士とは、通常病院側の弁護士を指すが、病院と現場の医療者の対応方針が異なる場合は利益相反があり、現場の医療者の人権は大抵無視される。紛争化を引き起こす報告書なら、当事者には黙秘権があるはずで、聞き取り調査への協力も不要だし、前もって本人の不利益とならないように法的な権利を告げなければならない。逆に当事者への聞き取りのない欠席裁判をするなら、患者と現場の医療者、双方から訴えられることを覚悟しなければならない。責任追及のための報告書はこのような末路を辿るのである。

本来ならこのような時こそ、医療界が現場を守るべきだが、医師会も学会も医療団体としての自律からはほど遠く、今回のようなことに対して全く対応できない素人集団である。またこのような過失認定型報告書を出されたら、全ての医療者は、ある日突然石持て追われるように犯罪者として扱われる可能性があるにも関わらず、現場の医師達が事の本質を理解せずに、この医師を非難する言葉を発していることに愕然とする。技術的に未熟な時期は誰にでもある。そこをカバーするのはシステムの問題であり、個人の責任ではない。

3.事故調査には専門的なトレーニングが必要

勤務医中心の団体である全国医師連盟は3月8日に緊急声明を出し(4)、医療従事者は、医療機関設置者・管理者・運営者および院内・院外医療事故調査機関が、医事紛争を可能な限り避けられるような事故報告書を作成し得る能力と見識を有し、信頼に値するか否かを見極めた上で、事故調査機関への協力、非協力を判断する必要あるとしている。

また「医療崩壊”立ち去り型サボタージュとはなにか”」の著者である医師の小松秀樹氏もMRICで以下のように述べている(5)。

「院内事故調査委員会はこれまで、多くの二次紛争を引き起こし、いくつかの紛争は裁判所に持ち込まれた。いずれも、医療システムで安易に規範を扱ったこと、すなわち法的正しさに関わる判断に関与したことによる。医療と法の言語論理体系は大きく異なる。法システムを医療システムに持ち込むことには大きなリスクがある。(中略)

多くの医療機関の医療安全管理の担当者は、事故調査の訓練を受けていない。公平性担保や権利擁護のための手続きについてほとんど知識を持たない。二次紛争から病院と自分を守る必要性も、そのために何をすべきなのか、何をしてはいけないのか理解していない」(以上抜粋)

群大は、自分達のガバナンスのなさを現場の医療者の首を差し出すことで問題の本質をすり替えようとした。その近視眼的な対応と無知が医療現場全体を大きな危機にさらしている。

【参考】
(1)厚生労働省「医療事故調査制度の施行に係る検討会」第5回 大磯義一郎構成員の提出資料 P7
(2)厚生労働省「医療事故調査制度の施行に係る検討会」第2回 田邉昇構成員の提出資料 P14
(3)m3 大野病院事件スペシャル対談◆加藤医師 vs.安福弁護士『警察は利用するものは何でも利用◆Vol.7 』
(4) 一般社団法人全国医師連盟 医療事故調査と刑事捜査に対する緊急声明
(5)MRIC Vol.038 院内事故調査委員会報告書の危険性 ~医療システムの内部に司法を持ち込むことのリスク~ 亀田総合病院 小松秀樹

坂根みち子
現場の医療を守る会代表世話人、日本医療法人協会 現場からの医療事故調GL検討委員会委員長、坂根Mクリニック院長

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