臨時 vol 79 「医療志民の会が発足します! (後編)」
■ 関連タグ
元白血病患者 大谷貴子
福島県立医大産婦人科名誉教授 佐藤 章
前回の配信でもお伝えさせていただきましたが、来る4月11日、閉塞的な医療の現状を打破するべく「医療志民の会」が発足いたします(http://iryoushimin.cocolog-nifty.com/)。人びとが健康に恵まれ、安心して暮らせる医療制度の構築を目指し、医師、患者、政治家など、様々な立場の人々が議論し、協力できる”開かれた場”として、社会に情報発信および政策提言を行っていくために活動を開始いたします。今回は、福島県立大野病院事件をきっかけに「周産期医療の崩壊をくい止める会」を立ち上げ、活動を続けてまいりました共同代表の佐藤章より、皆様へのメッセージをお伝えさせていただきます。●健康のもたらす「人力」こそ国の財産佐藤 章このたびの「医療志民の会」設立にあたり、我々が掲げているのは6つの「協働」です。国民と医療提供者の協働、コミュニティと医療提供者の協働、患者と医療提供者の協働、医療提供者間の協働、国際社会との協働、そして時代との協働です(詳細は、http://iryoushimin.cocolog-nifty.com/blog/main.html)。元来、日本は良質の医療を実現するための有利な条件に恵まれています。日本が昔から、「お互い様」「助け合い」といった精神のもとに、集落を運営し、コミュニティが形成されてきました。弱者にやさしい国でした。また、日本の医療提供者は能力の高さと献身ぶりで世界に知られています。なにより、医療や介護は無駄な浪費ではなく、人生において誰もがいつか必要とする価値です。雇用を生み出すものでもあります。こうした要素を活かしきれていないことに、おそらく現在の問題の根本があるのではないでしょうか。そして、この状況の打開に必要なのが上記6つの協働と我々は考えているのです。患者、医療提供者、各分野の専門家、政治家、マスコミ、その他あらゆる分野・立場の人々が、それぞれに活動しているだけでは、改革や発展は望めません。各自の問題意識と叡智を持ち寄り、分野の垣根を越え、ともに行動するとき、そこに新たな一歩が生まれるのです。さて、私が当面、実現したいことが、具体的に3つあります。ひとつは、医学的に根拠のある医療事故に関しては刑事訴追されないしくみを確立することです。もちろん、現在検討が進められている死因究明の第三者委員会である「医療安全調査委員会」設置法案の行く末も、厳しくウォッチしていく所存です。これに関して皆様のご記憶に新しいのはやはり、帝王切開手術を受けた産婦の方がお亡くなりになり、執刀していた産科医が逮捕・起訴された、いわゆる福島県立大野病院事件でしょうか。昨年、産科医の無罪が確定していますが、そもそもこの事件は、カルテの改竄があったり、未熟な医師が自らの都合で高度な医療を施したことが原因の医療過誤だったわけではありません。それでも警察は医師の裁量にまで踏み込み、業務上過失致死の罪を問いました。結果として、日本全国で産科医がリスクの高い医療行為への挑戦をあきらめ、多くが現場を離れ、産科医療の崩壊が一気に加速しました。また公判の過程では、130年前から変わっていない医師法21条が、もはや現代医療を規定するルールとして適切に機能していないばかりか、違憲と解されることも明らかにされました。法律の改正あるいは条項の削除には、国民の皆様のご理解が不可欠です。ぜひ「医療志民の会」という場で、さまざまな立場の人々が意見をたたかわせてコンセンサスを形成しながら、国民の皆様に呼びかけていくことができたらと考えています。そこでもうひとつ、上記とワンセットで必要になるのが、医療提供者による自律的処分制度の創設、自浄作用の徹底です。医療事故等の出来事に際し、警察、検察そして司法の介入を不服とし、拒むだけ拒んで何もしないのであれば、それこそ国民への信頼はますます遠のくばかり。その事態を避けるには、自律規範を確立し、「悪しき医師は去れ」(医療界からの追放)というような、刑事罰とは違うアプローチでの厳然たる処分も辞さないしくみが必須となります。ちょうど、弁護士が、弁護士法にもとづいて自律規範を有し、戒告から除名に至るまでの処分を行っているのと同じようなものが想定できます。こうした制度をつくっていく過程には、少なくとも現場で働く開業医と勤務医の双方、さらには病院団体や日本医師会、各学会等も参加し、医師全体と、そして国民に対しても開かれた議論を重ね、合意を形成していくことが求められるでしょう。その場をこの「医療志民の会」が提供できるのではないかと考えています。さて最後に、これはあくまで私の分野に関することになりますが、現在「周産期医療の崩壊をくい止める会」で行っている「妊産婦死亡した方のご家族を支える募金活動」を、国民レベルの活動に高めることです。福島県立大野病院事件は昨年、産科医の無罪が確定したとはいえ、この事件が我々に突きつけた多くの問題は、いまだ解決してはいません。その中のひとつが、出産に際してお亡くなりになられた産婦のご家族の救済です。悲しみの中、乳児を抱え大変なご苦労をなさっているにもかかわらず、今年1月に開始された周産期医療保障制度の網からも漏れてしまっているのが現状です。我々は、少しでもこうした方々の支えとなれば、との思いから、募金活動を開始したものです。これについては、先に「私の分野」と申し上げましたが、その意味するところは実はもっと大きいことを、ぜひご理解いただきたいと思います。この募金活動に関しては当初、「こうした方々の救済は、国など行政の行うべきことではないか」という疑問の声も寄せられました。しかし、それではいつまでたっても実現するようには思えません。そうではなく、周産期医療補償制度で救済されない方々のことに思いが至った我々自身が、声を上げるだけでなく、自ら先ず行動することが重要だと考えたのです。そもそも日本には、本当の意味での「公」が根付いていません。「公」といえば通常、国や地方公共団体、すなわち「官」を意味してしまいます。「医療志民の会」、すなわち志を持つ市民自らが、自らとその同志のために行動し、「官ではない公」の確立につなげたいという願いがあるのです。経済危機をはじめとして、日本の社会はいろいろな意味で厳しい局面に立たされています。右を見ても左を見ても、問題に囲まれているという閉塞感があります。しかし、例えば確かに経済問題は切実とはいえ、より大事なことをおろそかにしてはいないでしょうか。人々が健康でなければ、経済活動もままなりません。健康、それに支えられた労働、そのような基本に返り、立て直していくこと。それを、危機に立たされた日本国民一人ひとりが思い出し、そのために何をすべきか考える時が来ているのではないでしょうか。経済力、外交力、軍事力・・・・いろいろな力が国家には求められますが、心身ともに健康な人々のパワー、「人力」こそ、真に国の財産ということができるでしょう。我々は、現在の危機こそが時機であると考え、立ち上がりました。医療を必要とする人々に良質なサービスを遍く提供できるよう、そのあり方から見直し、大いに発展させる所存でおります。日本の医療を、そしてひいては日本全体を良くするために、皆様にも真剣にお考えいただき、ご協力賜れますよう、宜しくお願い申し上げます。