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臨時 vol 106 「特養ストレッチャー転落事件と医師法21条」

医療ガバナンス学会 (2008年8月5日 12:10)


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               済生会宇都宮病院 院長 中澤堅次


2008年7月末、変な記事を見つけたというメールが知り合いから届きました。特別養護老人ホームに入所中の女性が、入浴に際しストレッチャーから転落、死亡した事件で、搬送された病院の医師と副院長が虚偽診断書作成と、警察へ届出を怠ったという医師法違反で書類送検され、医師だけに罰金30万円の略式命令が簡易裁判所から出されたというものでした。自分の施設でおきた事故ならともかく、他施設でおきた医療事故を救急で引き受けた病院の医師が届け出違反の罪を負うのは変じゃないか、というのが友人の意見でした。
具体例があると事故報告制度の問題が明らかになります。良いチャンスなので、ネットにある情報をしらべ、以下のような事件を知りました。
具体例があると事故報告制度の問題が明らかになります。良いチャンスなので、ネットにある情報をしらべ、以下のような事件を知りました。
ある特養で85歳寝たきりの方を介護師が入浴につれて行き、ストレッチャーの柵をおろしたまま反対側に回ろうとしたとき、入所者が転落し頭部を打撲、系列病院に搬送後死亡。病院は診断書に「病死又は自然死」と記載した。特養では10日後、規定により市に報告し、市は”警察に通報なし”の記載を気にして、警察に届け出るように施設に指導、特養から警察に届けが出された。警察は捜査により病院副院長および医師に診断書虚偽記載と届け出義務違反の容疑をかけた。結局簡易裁判所は担当医の届け出義務違反に罰金30万円の略式命令をだし、そのほかは不起訴になったというものでした。ネットIBというwebニュースで集中的に4回にわたって報道されています。
医師の届け出義務違反は21条の拡大解釈によるものです。現場では外傷があり死亡したところまではわかりますが、転落死の事実がわかっていても過失かどうかを判断することは不可能で、過失が犯罪かどうかもはっきりしない。見込みだけで人を訴えることはよほどのことでないと出来ないし、現場の医師一人ひとりで判断は異なる。普通は施設が警察に報告をすると思うが、介護保険法では届け出先は市町村と決まっていて、警察通報は明記されてはいない。細かい事情がわからないのでこれ以上は話を進めないほうがよいでしょう。ただ、救急には救命処置という重要な役割があり、警察や検察が救急の医者を手下だと思って届け出に注文をつけ、勝手な解釈で処罰までされるのはたまんねーなと思います。ともかく特養はこの事件をすみやかに市にとどけ、自らの手で原因究明を行えば、現在の介護現場の問題が浮き彫りになったのに残念な事件です。
第三次試案は介護施設の事故は想定しておらず行政や警察の役割ははっきりしていません。もし病院で同じことがおきたとしたら、地方委員会が調査に入り、たちの悪さを判定することになるでしょう。当然重大な過失として警察に通報し刑事事件の取調べとなります。中央委員会の対応は、”命を預かるという自覚が無い”と常識的に糾弾し、行政指導を県や市を通じて行なうことになります。処罰はしっかり行なわれても事故が減るのは労働条件の改善だったりするので効果があるかは疑問です。現場の状況は無視され、また事故は繰返されるという図式です。
ニュースでは介護士のことは書かれていないので、肝心なところが判りませんが、そのうちに業務上過失致死の量刑の発表があるのかもしれません。家族ももてないくらい安い給与で、人手の足りない現場で働き、寝たきり要介護度5の人のケアの中で事故を起こし、業務上過失致死の罪科を着て、「重症の人の命を軽くみた」とメディアに糾弾される、これでは介護に身を投じる人はいなくなります。
介護士の弁護は誰がやるのでしょうか、労働条件の調査を行い、立場を弁護してくれる人はいないように感じます。第三次試案が出来ると、同じ事故でも起きた場所が医療か介護かにより21条の適応が異なるのが気になります。また介護施設で起きたほうが厳しく詮索されることが予想され、司法本位の届け出法のいい加減さを感じます。
医療や介護の団体の理想的な関わりを考えて見ました。普段から法令順守の指導を行い、事故が起きたら、真相究明、過失の検討と賠償の支払い、報告書の作成、遺族への説明、労働条件のチェック、再発防止策を練って実行する。職能を代表する団体は、こういった一連の作業を指導し、現場がしっかり家族への対応が出来るように支援する、事例を蓄積し問題の根本を尽きとめ、改善を国や保険者にも要求できるというプロの団体がイメージされます。厚労省にまかせてやってもらったのではこういう効果は発揮できません。
介護の現場にも急性期の医療が関係しています。経済的な理由で医療と介護は分断されていますが、人のお世話という意味では一緒で、事故も似通ったものが生じ、急性期のつけが介護に回ることも少なくありません。医師の職能団体は、介護師の現場にも責任があることを認識し、彼らの労働環境を確保することに注意を払い、政府に働きかける力を持つ必要があると思います。(完)

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