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臨時 vol 105 「診療関連死の死因究明制度創設に係る公開討論会」に参加して

医療ガバナンス学会 (2008年8月4日 12:14)


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                       弁護士 木ノ元 直樹


平成20年7月28日(月)14時から17時まで、日本医師会館大講堂において「診療関連死の死因究明制度創設に係る公開討論会」が行われた。討論会を傍聴した感想を述べたい。
私自身は、あらかじめ質問書を提出して、質問をしようと準備していたのでだが、なかなかその機会に恵まれそうもない状況で、会場から患者側のS弁護士がいきなり発言を始めたのに反応し、S弁護士と少しやりあって終わってしまった。残念ながら不完全燃焼であったが、それはひとまず置くとして、総括した結論を述べれば、厚労省が公開した「法案大綱」反対論の説得力が明らかに優勢であったということに尽きる。医療側の推進論の基礎がどこにあるのかもよく理解できたが、残念ながら、推進論の根拠は客観性に乏しいとともに、積極的に重大な問題を発生させるということがより鮮明となった。
何がより鮮明になったのか。それは、医師法21条を改正すれば事足りるという誤った考えが、多大な副作用、悪反応をもたらすということである。「医師のみが刑事司法の対象で弱い立場」という発想を転換し、検察・警察に対しても堂々と対峙しないと所詮何をやっても駄目である。「法案大綱」推進論の路線ではこれが全く見えていないのである。
大野病院事件における警察の逮捕は、逮捕した警察官、勾留を続けた検察官らに「特別公務員職権濫用罪」(刑法194条)が成立するという前提で、積極的に医療側が刑事告発をしていくべきなのである。これで捜査機関がまともに動かなければ、捜査機関の不公正な怠慢を糾弾していくことが必要である。勿論、民事的には国賠法の問題も出てくる余地がある。何が業務上過失の「過失」なのかという議論とセットで、何が特別公務員の「職権濫用」となるのかという議論を突き付けるべきなのだが、日本救急医学会の堤先生の発言を除いては、この本質論にまで意識された発言はなかった。
ところが、大野病院事件ショックと言うべきか、医師のみが捜査のターゲットだという過剰反応が、藁をもつかむ意識を蔓延させ(これは医師会をはじめ、各医学会共通のコンセンサスであったのではなかろうか。)、医師法21条をいじれば大野病院事件のような悪夢はなくなるなどという迷信を生んでしまったのである。我々法律家は、警察・検察の現実の姿を医療界にある人たちよりも理解していると思うのだが、一言でいえば、「そんな甘いものではない」に尽きる。
医療界の上層部の一部の人と法務省、警察庁の一部の人の談議では、何も保証されていないと理解しなければ、あっという間に梯子を外されてしまう可能性がある。厚労省が第三次試案に添付した、警察庁・法務省幹部との確認内容を見ても、「警察・検察に法律上与えられた捜査権・逮捕権が医療事故について制限される」などという記述は全くなく、このままでは従来通り、捜査機関側が目の前の医療事件について、「担当医師らに逮捕の要件があると判断すれば、警察は逮捕に至る」という基本的構図には何も変わっていないのである。警察・検察が、患者家族からの刑事告訴を最優先することを否定できる根拠も、厚労省のペーパーには一切記載されていない。
ガイドラインを医療界が示せば逮捕や刑事訴追はないかのようなことを述べる一部の法律家もいるが、これはとんでもない謬論である。このような誤魔化し発言が一部法律家サイドから語られることから、それが正しい法律解釈のように医療側に誤解され、今回のような制度設計によって刑事免責が事実上保証されるのではないかとの妄想が生まれるのである。
大野病院事件について私が一番問題であると思うのは、大野病院事件における検察・警察の捜査手法が違法・不当であること、犯罪(特別公務員職権濫用罪)に等しい手法であることを、法律家の立場としては声を大にして言うべきであったのに、そのような声が殆ど弁護士会全体から出てこなかったという点である。それをせずに、一部の弁護団体が、「このままだと、またいつ逮捕されるか分かりませんよ」「調査委員会を立ち上げて医療界の基準を示すべきですよ」などと盛んに医療側に吹聴し、厚労省がこれに安易に乗ってしまったことから、ボタンの掛け違いが生じたのではないか。一部の弁護団体では、「調査委員会の報告書をどのようにして民事裁判の証拠として使うか」という内容での議論が始まっているやに聞くが、違法捜査に対するチェック機能を懈怠し、しかも基本的人権を侵害する可能性の大きい制度設計に加担して、自己の業務対策に精を出すようでは、自由と正義を実現する弁護士の姿からは程遠い。
7月28日の討論会では、ある産婦人科の開業医の方が切実な立場を訴え、多少なりとも制度を前進させて欲しいという話をされていた。勿論、切実であるとの心情は理解できる。しかしながら、誤った制度の見切り発車による弊害の大きさを考えると、そのまま同情論によって法案大綱に対する賛成論を展開することはとてもできない。このような感情論は大変危険である。今回の制度設計の一連の流れにおいて、このような切実な医師の気持をうまく利用して、漁夫の利を得ようとしている者がいるのではないかということを、もっと真剣に疑ったほうがよい。
ここで、法案大綱の内容について、一点のみ、極めて重大な問題があるので指摘したい。それは、大綱では新たな刑事処罰規定が登場しているという点である。第30の(1)~(5)である(他にも刑罰規定はあるが、この規定に絞って述べる)。
これらは、虚偽報告罪、検査拒否罪、虚偽陳述罪、関係物件提出拒否罪などと呼称してもよい新たな刑罰規定であるが、明らかに憲法上の基本権を侵害する憲法違反の規定なのである。現行憲法上、供述を強制されないことは基本的人権として保障され(38条、黙秘権保障)、また、所有物をむやみに捜索押収されないことも基本的人権として保障されている(35条、令状主義)。「何人(なんびと)」に対しても保障された権利である。大綱のこれら新たな処罰規定は、このような憲法上の基本権を正面から否定するものと言ってよい。
憲法上のこれら基本権は、何人にも保障されているのであるから、極端なことを言えば、組織的暴力集団やテロリストにも保障された権利である。なのに、何故、医療者だけがこれら憲法上の権利を制限されるのであろうか。黙秘権保障、令状主義が、医師・医療関係者については格別保障されなくてもよいと考える理由を昨日のシンポで、是非とも法案大綱に賛成される立場の方に尋ねたかったのである。
大野病院事件の悪夢が亡くなるという根拠のない安易な妄想によって、組織的暴力集団やテロリスト以下の立場に医療者を置こうとしていることに気づいているのであろうか。まさに本末転倒、「角を矯めて牛を殺す」の類である。
なお、討論会では、医療者側から、「医療不信、医療不信」という言葉が連呼されていたが、これも根拠ない誇大妄想に医療界全体が陥っていると言えないか。我が国において、圧倒的に多数の患者(=国民)は、医師から受けた医療に満足し、感謝して帰っている。このような日常の「声なき声」を聞き取れない人たちには新たな制度設計など任せられない。極端な病理的現象上の議論をもって、通常の生理的現象に当てはめようとすることは、容易に生理を病理に変質させるという、大いなる誤ちを招来することになる。医療崩壊という現象を助長することは明らかである。
医療を受ける一市民の立場に自らを置いたときに、討論会における法案大綱賛成論を聞いていて寒々とした思いになった。どうにかしないと、このままでは日本の医療は崩壊どころか完全に沈没してしまいかねない。
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