臨時 vol 103 「輸血による薬害の防止策」
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-安全監視体制構築のための制度改革の提案-
信州大学医学部附属病院 先端細胞治療センター
下平滋隆
「薬害の再発防止策の検討では、予算が必要(とりあえず)という結論。予算が取れなかったから薬害が防げなかったという点では一致したということ。では、何の予算が足りなかったのかの話はしたのだろうか」*
――薬害防止に関して、厚生労働省の審議会(薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会)はこのレベルの議論にとどまっている、それが日本の医薬品行政の現実です。
*「怒れ!日本国民」 川口恭 ロハスメディカルブログ 2008年7月7日http://lohasmedical.jp/blog/2008/07/post_1274.php
血液製剤によるウイルス性肝炎やHIV感染という過去を経てきた今、将来に向けた薬害の再発防止策は明確になっています。さらに地球温暖化とグローバル化により忍び寄るデング熱や鳥インフルエンザなどの病原による脅威に対して、輸血の安全性のために備えるべき道も、(とりあえずではなく)明らかです。本年1月16日に公布、施行された「汚染された血液製剤によるC型肝炎感染被害者を救済する薬害肝炎救済法」が、SD処理というウイルス除去不活化処理導入(フィブリノゲン1994年12月、第IX因子製剤93年9月)以前か以後かで対象が分かれているのも、その証左です。
輸血用血液による感染症に対しては、不活化という技術導入と、同時にヘモビジランス(輸血血液安全監視体制)構築という、献血から製造される血液製剤によって発生する副作用を収集・分析・情報開示する体制の整備という合目的な流れがあります。これらこそまさに輸血による薬害の再発防止策に他なりません。目に見える形として、5年の経過の見直しを要する「安全な血液製剤の安定供給の確保等に関する法律」に、不活化導入および実効性のあるヘモビジランスの構築を謳うべきでしょう。
現状では、全ての輸血副作用および有害事象についての総合的な報告・解析体制は、日本にはありません。連結可能匿名化を行ってしても、なぜできないのでしょうか。
輸血副作用についての報告・解析は今のところ、製造・供給元の日本赤十字社血液センターの自発的報告による原因検索および感染症収集にとどまります。それも80万人規模の輸血を受ける患者に対し、報告は約2,000件と、対象は副作用の一部に過ぎません。感染症、後遺症あるいは死亡に至る重篤な場合は厚生労働大臣に直接報告することになっており、また、ABO血液型不適合輸血などのインシデントおよびアクシデントは病院医療機能評価機構への報告となっていますが、氷山の一角に過ぎません。医薬品医療機器総合機構(PMDA)は生物由来製品感染等被害救済制度の窓口となっていても、実際のところ医療機関ではPMDAに輸血副作用の情報を挙げる習慣は全くありません。結局、こうした個別の情報収集では、医療機関、医療を受ける国民、輸血を受ける患者にとって、輸血副作用についての正しい理解は困難です。
米国ではバイオビジランスとして、輸血から臓器移植に至るまでの安全監視体制について、関係学会・団体および政府機関により組織されるネットワークの構築と、さらにはその国際的な連携を目指しています。フェーズIとしてヘモビジランス活動を開始すべく、バイオビジランスネットワーク運営委員会が整備されてきています。
日本でのヘモビジランスも、医療機関、研究機関や関係学会、日本赤十字社、政府機関におけるネットワーク構築は欠かせないと考えます。厚生労働省という”監督”が”選手”を兼任している体制では、現代の競技は成立する時代ではありません。例えばPMDAへの副作用情報の一元化を図り、こと輸血に関する”選手”として専門性の高い学識者の参画を求め、日本赤十字社が実施している遡及調査および副作用の原因分析を活かせるような制度改革が必要ではないでしょうか。
すなわち、冒頭の話に戻るならば、輸血による薬害を防止するために、不活化導入とヘモビジランス構築について予算措置を講じるべきです。薬害に関する委員会の検討が進み、さらには不活化導入も世論が活発化しており、これまでの停滞状況から大きく変革する機会が到来しています。今こそ、輸血による薬害の防止策の”あるべき姿”を見据えるターニングポイントなのです。