臨時 vol 102 「利益相反マネジメント」
去る3月31日、「厚生労働省科学研究における利益相反(Conflict of interest: COI)の管理に関する指針」が発表されました。平成22年度までに利益相反委員会(COI委員会)が設置されていない、あるいは外部のCOI委員会への委託がされていない場合、厚生労働省科学研究費補助金が交付されなくなるため、今後2年間で急速に利益相反マネジメントが進むことになります。
2004年6月、利益相反を世間に印象づけるアンジェスMG誤報事件がおきました。アンジェス MG社の未公開株を持った臨床研究担当者が、同社が開発した新薬の臨床試験をやっていたものです。そもそも利益相反のマネジメント体制ができる前の話であったこと、また、極めて限られた臨床あるいは病気の分野においては、全く第三者的な研究者というのを見つけることができない、あるいは自ら一生懸命新薬を開発してきた専門家本人を外して臨床試験をやること自体がそもそも患者にとって良くないという事情から、文部科学省、経済産業省ともに違法性なしという見解を出しています。しかし、新聞がこれを第二のリクルート事件であると1面トップで報道し、一時大騒ぎになったのです。
この時点で、全国89の国立大学法人のうち利益相反ポリシーを策定しているのは20カ所、利益相反マネジメント体制を運用しているのは11カ所に過ぎませんでした(文部省技術移転推進室調べ)。NIH(アメリカ国立衛生研究所)やNSF(アメリカ国立科学財団)などが「利益相反マネジメントの整備されていない研究機関に対する研究費拠出は行わない」と明言していることを踏まえ、利益相反マネジメントを一気に浸透させる目的でデッドラインが設定されたのです。
● 利益相反=患者への責務・科学者としての責務と、個人の利益との対立
利益相反とは何か、本指針冒頭で定義されています。「利益相反とは、外部からの重大な経済的利益等によって、公的研究で必要とされる公正かつ適正な判断が損なわれる、または損なわれたのではないかと第三者から懸念が証明されかねない事態をいう。公正かつ適正な判断が妨げられた状態としては、データの改ざん、特定企業の優遇、研究を中止すべきであるのに継続する等の状態が考えられ
る。」
そもそも利益相反は、1999年に米国でおきたゲルシンガー事件をきっかけに大きく問題になりました。ペンシルバニア大学遺伝子治療機構での臨床試験に参加していた当時18才でオルニチン・トランス・カルバモイラーゼ欠損症のゲルシンガー少年が臨床試験中に死亡し、[1]基準最低値を下回る肝機能であったにも関わらずゲルシンガーを被験者としたこと、[2]当該研究以前の複数の被験者に生じた深刻な副作用およびサルでの死亡事故例をFDAに報告しなかったこと、[3]複数の選択肢があったにもかかわらず危険なウィルスをベクターに使用したこと、[4]インフォームド・コンセントでリスクの説明が不十分だったこと、が問題となりました。FDAの調査により、この明らかなルール違反の背景に臨床試験主導医師と企業の金銭的な利害関係、つまり[1]主導的立場であったウィルソン医師が当該研究のスポンサーであるジェノボ社の株式30%を取得していた(臨床試験後は株式交換で1350万ドルを得る予定であった)、[2]ジェノボ社はウィルソン医師が設立したバイオベンチャーだった、[3]使用したウィルスの特許をウィルソン医師らが持っており彼らに特許使用料が入る、が指摘されました。つまりウィルソン医師は臨床試験完遂に対する強い金銭的モチベーションがあり、臨床試験の内容にバイアスがかかり、結果として患者さんを死なせてしまった。医師の個人的な利益が、医師の患者への責務・医師の科学者としての責務と対立する状況が利益相反であり、自分自身の経済的利益を優先させたために悲劇が起きたとの見解です。
● 利益相反は産学連携に伴い必然的に発生する状態であり、マネジメントすることで説明責任を果たす
産学連携は、研究成果を日々の生活に還元することが求められる現代において、国策として推進されてきました。1998年に大学等技術移転法(TLO法、Technology Licensing Organization:技術移転機関)が策定され、翌1999年には産業活力再生特別措置法(日本版バイ・ドール法)が策定されました。従来、国家の資金によってなされた研究の成果は公共の財産でありましたが、同法制定以降は研究成果・特許等の私有が認められ、積極的な商業的利用が進みました。また翌2000年には産業技術力強化法が策定され、承認・認定TLOの国立大学施設の無償利用、および、国立大学教員の大学発ベンチャー・TLOの役員等の兼業が許可されました。翌2001年には平沼プランで大学発ベンチャー3年1000社計画が発表され、2004年に1112社と目標を達成し、2005年には1500社を超えています。市場原理の導入により、大学からの技術移転・産学連携が促進されましたが、大学等と企業の関係が密接になるにつれ、研究者は複数の利害関係に挟まれ利益相反に悩むようになったのです。
利益相反は産学連携を進める上で必然的に生じるものであり、適切なマネジメントが社会への説明責任として重要なのです。適切なマネジメントとはつまり、被験者を守り科学的中立性を守るという大前提の上で、研究のスピードを落とさずに研究者がどこまで企業と関わってよいのかを定めるということです。ゲルシンガー事件は明らかにクロです。マネジメントとは、今まで法的には問題が無くグレーだった部分を、どこまでシロでどこからクロか決めるものなのです。各大学等がマネジメントポリシーを定め、どこまでが当施設で認められているか明確にすることで、社会から追及を受けたときに適切に説明でき、研究者を守ることができるのです。そのためには何が金銭的利害関係に含まれ何が含まれないか(株式、顧問料、物品の提供etc)、いくらまでならよいか、など極めて具体的な規定を作る必要がありますが、具体的な規定内容の検討はひとまず置いておいて、ここではもう少し大きな目でマネジメントを考えます。
● 研究の種類により利益相反マネジメントを変える必要がある
1.臨床研究ではない医学研究における利益相反
2.臨床研究の際の利益相反
3.行政側(研究を審査する立場、研究費を配分する立場)の利益相反
以上の3つは、3>2>1の順で厳密なマネジメントが必要です。
被験者の生命に直接かかわる臨床研究は非臨床研究よりも厳密なマネジメントが必要となります。行政側の研究を審査する立場というのは、例えば新薬承認時の米国FDA、日本の薬事・食品衛生審議会を指します。治験の結果の公正なチェックこそ存在意義であり、広く世の中に普及するか否かを決める影響力の大きさから、不正やバイアスはより厳密に避けねばなりません。また、研究費を配分する立場、例えば日本での厚生労働省や米国のNIH等は、社会の研究の方向性を決める立場で中立・公平性が期待され、臨床研究よりも厳密なマネジメントを必要とするのです。
● 利益相反マネジメントの基本=開示ルール
開示とは「誰が」「何を」「誰に」するのでしょうか。それは、「厚生労働省科学研究費を申請しようとする研究者が」「研究者に加え、研究者と生計を一つにする配偶者・一親等のもの(両親、子供)の経済的利益関係」を「各機関のCOI委員会に」開示・提出するのです。
そしてCOI委員会の審査を受けます。開示しっぱなしではなく実効性のある審査、そしてCOIが解決しない場合の対応を定めなければなりません。審査の内容としては、各機関が一定の基準を設定し、それを超える経済的な利益関係の報告を求め管理することになり、基準設定は各期間の実情に合わせて設定できるように任せられています。基準の一例として、ひとつの企業等からの収入が年間100万円を超える場合、産学連携にかかる受け入れ額(共同研究・受託研究・ポスドクフェローの受け入れ・奨学寄附金・機器の提供など)が同一組織から年間200万円を超える場合、が示されています。
COI委員会で問題があるとみなされた場合、経済的な利益関係についての一般への開示、独立した評価者による研究のモニタリング、研究計画の修正、COIの状態にある研究者の研究への参加形態の変更、当該研究への参加の取りやめ、経済的な利益の放棄、COIを生み出す関係の分離などの対応をとることになります。なお、本指針は2006年3月に示された文部科学省21世紀型産学連携手法に係るモデルプログラム「臨床研究の利益相反に関わるポリシー策定に関わるガイドライン」の内容を踏襲した上で(200万円、100万円のカットラインetc)、より具体的な内容になっています。
● より厳しい禁止ルール
上で述べたように、行政側(研究を審査する立場、研究費を配分する立場)の利益相反にはより厳密なマネジメントが必要で、開示(届出)ルールよりも一歩厳しい、禁止ルールが検討されています。
実際、NIH職員の利益相反規定は2005年8月に改定され、「製薬企業やバイオベンチャー、医療機関、業界団体、および保険関連の非営利団体に対する顧問活動の禁止」「上級職員およびその家族の製薬企業やバイオベンチャー株式の15000ドル以上を保有することの禁止」「上級職員が200ドルを超える賞・贈与を受け取ることの禁止」などが盛り込まれています。
新薬承認や承認撤回に強い影響力を持つFDA諮問委員会メンバーの利益相反についても、昨年(2007年)3月のドラフトガイダンスにおいて、[1]過去1年以内に5万ドルを超える不適切な経済的利害関係があった場合、その委員は委員会に参加できない、[2]5万ドル以下の場合、参加はできるが投票権はない、という禁止ルールが示されています。日本で薬承認に関わる薬事・食品衛生審議会委員の利益相反マネジメントも、医薬食品局「審議参加と寄付金等に関する基準策定ワーキンググループ」で、FDAと同等ないしそれ以上の禁止ルールが検討されています。
● COI委員会が機能不全に陥る時
これから各施設COI委員会が適切な基準を作成しマネジメントしていくことになりますが、そもそもCOI委員会自体がうまく機能しなかったら意味がありません。例えば、COI委員会と「審査」という点で類似した組織に治験審査委員会(IRB)がありますが、IRBはうまくワークしませんでした。その失敗例からCOI委員会のあり方を学ぶことができると思います。IRBがうまくワークしなかった状況には大きく2つ考えられます。
第一に、研究機関自身が利害関係に関与している状況(組織における利益相反)です。
例えば、ゲルシンガー事件において、治験主導医師の経済的利害関係が金額的(30%、約1350万ドル)にも第一の利益相反であり、本事件の直接的な原因であったと考えられますが、大学自身がスポンサーであるジェノボ社の株式を5%(約140万ドル)所有していたために、IRBの審査プロセスが機能せず、結果として臨床試験が暴走したことも一因として考えられています。実際、ペンシルベニア大学ではConflict of interest Standing Committee (CISC)が設置され、ジェノボ社とウィルソン医師の臨床研究についてCISCでは強い懸念が示されてはいたが、長時間の検討が行われながら、この利益相反を的確にマネジメントできなかったのです。研究機関自身が金銭的利害関係を持っていると、内部に何らかの圧力が生じCOI委員会・IRBの判断の公平性が保たれない可能性があると考えられます。
第二に、COI委員会委員・IRB委員に経済的利害関係が存在する場合です。
2001年にジョンス・ホプキンス大学で喘息治療を対象にした臨床研究においてE.ロシュが死亡した事件が起こり、調査委員会によりIRBが十分に機能していなかったことが当該事件を引き起こした背景にあると指摘されました。IRBの人数的、能力的な不足に加え、IRBの複数のメンバーが金銭的利益関係にあったことが明らかになり、IRBへの不信感はより一層募ることになりました。連邦厚生省のCommon Ruleによれば「IRBメンバーが利益相反にある場合には審議への参加を差し控えなければならない」のですが、このIRBメンバーはこのルールを破り、投票に参加したのです。
IRB委員の利益相反管理がいかに適当かについての研究があります。米国でランダムに選ばれた100研究施設893人について調査し、67.2%から回答を得た所、36%のIRBメンバーが過去に企業となんらかの経済的利害関係があった、と答えました。また、15.6%が、経済的利害関係によりバイアスがかかった方法でプロトコルが示されたことがあると答えました。
日本のIRBメンバーも同様に利害関係を有しています。全国574の国公私立大学付属病院、国立病院機構、地方自治体医療機関等についてアンケート調査し75.6%(434)から回答を得た平成16年の厚生労働省科学研究によると、IRBの構成人数は9人以上20人以下が約85%を占める(9人:5.5%、10人:11.8%、11~20人:67%)。これに対し、利害関係を有しない人数は1人:37.1%、2人47%である。つまり9人~20人のIRB委員会の中に、たいていは2人しか利害関係がない人間がいないという状況が明らかになりました。
● COI委員会機能不全に対する処方箋
ひとつにはCOI委員・IRB委員の利益相反規定を作ることです。新薬承認に関わる薬事・食品衛生審議会では、当該案件に経済的利害関係のある委員は退出したり投票権を失ったりする規定があります。チェック機能たるCOI委員・IRB委員には、行政側の利益相反に準じた厳しい利益相反規定が求められるのではないかと思います。実際、ペンシルベニア大学のCOI委員会たるCISCのメンバー規定には、当該事項に関して経済的利害をもたないことが明記されています。さらには、外部メンバーを増やすことです。IRB同様、COI委員会には外部メンバーの1人以上の参加が義務付けられていますが、公平性の担保、社会への説明責任を考えると、一人では不十分だと考えられます。利益相反が問題になった時に、内部非公開のCOI委員会を通している、しかもそのCOI委員にCOIがあるというのでは、納得されないでしょう。
● 終わりに
利益相反は、もはやその是否を問う段階は終わって、実際の運用・細則を考える段階にあります。IRBとCOI委員会の関係をどうするか、経済的利害関係のインフォームド・コンセントの義務はどうするか、組織の利益相反はいかにするか、利益相反について判断が下せるだけの専門性をもった委員をどう育成するかなど、問題は山積していますが、デッドラインが定められたことで、全国でノウハウが蓄積され、飛躍的に議論が深まるでしょう。
医療崩壊が叫ばれる中で医療不信が起こっていないのは暗闇の中の一筋の希望です。医学・医療への信頼を失わないために、自分たちの手で自分たちを律していくこと、律していけることを示すことが大事なのではないかと思います。
著者ご略歴
北海道大学医学部医学科5年2003年開成高校卒業。
現在、北海道大学医学部医学科5年。
寒い北海道でサーフィンをしながら、医療について考える日々