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臨時 vol 98 「民主党案を支持する」

医療ガバナンス学会 (2008年7月22日 12:24)


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     ~厚労省案の総括と民主党案の分析~
         諫早医師会理事 満岡渉


 新しい死因究明制度に関する議論は、厚労省が第三次試案の通常国会への提出を見送ったことによって、一段落ついたように見える。しかし厚労省は、次の臨時国会への提出をにらんで、第三次試案を法案化したとする「大綱案」を通常国会の閉会直前に発表、同時期に民主党は「民主党案」を発表し、この議論は既に新たな局面を迎えている。本稿では、一連の厚労省案の総括ならびに民主党案の分析を行い、両者の優劣を考えてみたい。
筆者は、厚労省が法制化しようとしている医療安全調査委員会(=医療事故調査委員会、以後本稿では「事故調」で統一する)は、医療従事者の責任追及機関として機能すると確信している。厚労省案は、昨年10月の第2次試案、今年4月の第3次試案を経て、6月の大綱案に至るまで何回か形を変えてきた。しかし一貫して変わらないのが、診療関連死の届出を強制し、事故調が調査をして問題の有無を判定し、重大な過失があればこれを警察に通知するという枠組みだ。事故調査と責任追及を連動させているのが、厚労省案のもっとも本質的な問題点である。
以下に挙げるような問題点も、すべてこの「責任追及のための事故調査」という枠組みに起因している。簡単に述べる。(1)処罰を前提とした調査では科学的な事故原因の究明ができず、科学的な原因究明がなければ事故の再発防止もできない。(2)厚労省案では民事紛争が激化する。多くの識者が、厚労省案の本丸は刑事より民事だと看破している。厚労省案の枠組みでは、一定の条件の下で診療関連死が自動的に事故調に送られる。事故調は問題の軽重・過失の有無を判定して報告書を作成するので、この報告書は当然権威ある「鑑定書」として機能する。つまり診療関連死に対して自動的に鑑定書が発行される仕組みなのだから、少し考えれば、民事訴訟が激増するのは誰にでも想像がつく。(3)行政処分が増え、厚労省の権限が強化される。厚労省は、システムエラーという言葉を巧妙に医療機関の責任追及にすりかえている。しかし、システムエラーの根源には医療費削減とこれに伴う医療従事者の不足や加重労働という制度上の問題があるのは明らかであり、ここに目をつぶって安全対策の強化を求めても医療機関は疲弊するばかりである。
なお、第2次試案、第3次試案、大綱案と、厚労省案も次第に良くなっている、などという人がいるが、それはまったく見当違いである。大綱案は、第3次試案に寄せられた数多くのパブリックコメントをまったく反映していないどころか、かえって罰則が強化されているなど、医療紛争を緩和し萎縮医療を回避するという観点から見て、明らかに第3次試案より後退している。
これだけ多くの問題があるにもかかわらず、いまだに少なからぬ人が厚労省案に固執するのは何故か。これまでの行きがかりとか、メンツの問題があるのかも知れないが、それは措く。厚労省案で刑事の介入が減らせるだろうという、ただその一点を期待しているからであろう。それは正しいのか。
厚労省案では、医師法21条経由(A)で警察に行く代わりに事故調経由(A’)で警察に行く。事故調は、(少なくとも建前としては)医者が中心になって判断して悪質な事例だけを警察に通知するということになっているので、いわばフィルターの役割をする。警察側から言えば、『直接警察が入るのがイヤなら、自分たちでホシを挙げて、そいつを引き渡せ』ということである。日医執行部や一部の学会の幹部は、このフィルター機能に期待しているのであろう。
ここで忘れてならないのは、事故調経路(A’)とは別に、患者側の告訴から警察の捜査が始まる経路(B)や、警察自身の覚知から始まる経路(C)は温存されているということだ。では経路(A’)と経路(B)(C)との関係はどうなっているのか。第三次試案では、あたかも事故調経路(A’)の方がと(B)(C)よりも優先するかのように思わせる文言が書き込まれていたし、日医の木下常任理事も、「捜査当局は、委員会(=事故調)から通知された事例だけを刑事罰の対象とする」などという説明を繰り返してきた。しかしこの説明が、端的にいってウソであることが橋本岳議員らの国会質疑で明らかにされたのは、多くの方がご存知と思う。詳細はわれわれ諫早医師会の日医見解に対する意見書をご参照いただきたい(http://mric.tanaka.md/2008/06/12/vol_79.html)。事実は、経路(A’)のフィルター付の入り口の隣に、(B)(C)の入り口が大きく開いたままなのである。つまり、事故調の判断を警察が気に入らなければ、いつでもこちらから逮捕できるわけだ。捜査当局から見れば文句のつけようのない制度であろう。
それでもなお、21条の経路(A)に事故調というフィルターが付くだけマシではないかという人もいる。そうだろうか。厚労省案の届出基準を見てみよう(図1)。21条で曖昧だった届出範囲は、「誤った医療を行ったことが明らかな場合」「医療行為に起因した死亡で、予期しなかった場合」などという文言の入ったアルゴリズムによって一見明確にされたように見える。しかしこれらの文言は、相変わらず主観的な要件なので、どのようにでも解釈可能だ。一方、届け出なかった場合の罰則は著しく強化されているのである。届出基準が曖昧なままで、罰則が強化されるということが何を意味するか。少しでも迷う症例なら届けておこうという心理が働くから、届出数は間違いなく増えるということだ。一説には年間2000~3000件の届出になるという。フィルターが付いたといっても、入り口はとてつもなく広がるのである。刑事介入が減るという見通しは甘いといわざるを得ない。
今年6月、民主党が、厚労省案とはまったく発想の異なる「民主党案」を発表したことによって、この議論は新たな局面に入った。民主党案の最大の特徴は、第三者機関による事故調査と責任追及を切り離していることである。事故調査の目的には、「科学的事実の解明(何が起こったのか)」とともに、「再発防止(何が悪かったのか)」、「責任追及(誰が悪かったのか)」、これらすべての要素を含む「患者側の納得」などがある。WHOガイドラインに明記されているように、これらの目的を同一の枠組みで達成するのが不可能であることは、事故調査における世界的常識であるといっていいだろう。民主党案ではこれらを分離して、(1) 再発防止のための事故調査は、指定分析機関で「事故等分析事業」として行う。これは、現在の医療機能評価機構の医療事故情報収集等事業の拡充をイメージしているという。 (2) 責任追及のための事故調査は捜査機関に任せるが、医療事故が自動的に警察に行くことがないよう21条を削除する。(3) 患者側の納得のための事故調査をやるのが、院内事故調査委員会と第三者機関である医療安全支援センターである。
(3)についてさらに説明する。医療機関は、医療事故等の可能性がある場合や、死亡診断書に患者の納得が得られない場合などに、院内に事故調査委員会を設置し、患者・家族に調査報告する。この際、院内メディエーターを活用して、対話を促進する。患者・家族は、院内事故調査委員会の報告に納得できない場合などに、都道府県が設置する医療安全支援センターに調査を依頼でき、医療安全支援センターは、調査結果を患者・家族および医療機関に報告する。調査と平行して第三者ADR機関による解決を図ることもできる。医療安全支援センターから捜査機関への通知規定はなく、調査報告書をどう使うかは、患者・家族と医療機関に任される。この間、患者・家族が告訴する権利は制限されないし、調査報告書を民事訴訟に使うのも自由である。
民主党案では、刑事介入はどうなるのか。医療事故の立件送致数は、90年代まで年間10件以下だったが、21条が厚労省によって拡大解釈されて医療機関からの届出が急増したため、現在は年間90件前後となっている。したがって、21条が削除されて経路(A)がなくなれば、患者側からの届出が以前より増えていることを考慮しても、立件送致数は激減するだろう。民主党案でも厚労省案と同様、患者側の告訴経路(B)と、警察自身の覚知経路(C)は温存されている。しかし民主党案では、(3)に述べたように、患者側の納得のために、院内事故調査委員会と院内メディエーター、医療安全支援センターと第三者ADRを総動員しているので、経路(B)が減ることが期待できる(図2)。例えば、何が起こったのか知りたいので警察に駆け込んだという理由での告訴は減るであろう。こうして患者の権利を制限することなく、刑事の入り口を狭めるというのが民主党案である。
このように、民主党案は、事故調査と責任追及を切り離したこと、21条という刑事介入の大きな入り口を閉ざしたこと、医療側と患者側の対話を促進し、患者側からの告訴を抑制するための仕組みが盛り込まれたこと、さらに中・長期的課題として、医療を業務上過失致死傷罪の対象から見直す可能性について言及していることなど、多くの点で厚労省案より優れていると思う。
以下に筆者が考える民主党案への疑問・注文を2,3挙げる。
(1) 再発防止のため「指定分析機関」が行なう「事故等分析事業」への医療機関の情報提供は、WHOガイドラインに則った匿名かつ自発的なものなのか。また指定分析機関へ提供した情報が捜査に使われることはないのか。
(2) 医療安全支援センターで組織される「調査チーム」の構成は医療関係者その他の有識者とされているが、この中に法律家や患者代表が含まれるのか。いうまでもなく、科学的な事故調査に法律家や患者代表は不要である。
(3) 医療安全支援センターが作成する報告書はどのような性格のものなのか。厚労省案のように、「重大な過
失」あるいは「標準的な医療から著しく逸脱した行為」であるなどという判定はしないのか。文言を読む限り、民主党案の報告書は厚労省案とは違う性格のものと理解しているが、この点は是非はっきりさせてほしい。
民主党案は、これでベストと呼べるようなものではないかもしれない。しかし前述のように厚労省案と比べれば格段に優れており、議論の出発点としては十分合格点に達していると思う。最近発表されたm3.comの1万人以上によるアンケート(このうち医師は6877人)でも、「民主党案」の支持が41.5%で、「厚労省案」支持の14.3%を大きく上回ることが明らかになった。しかし残りの44.2%が「どちらともいえない」と態度を保留している。筆者は、今後の議論が民主党案をベースに展開されることを切望する。
最後に医師法21条に触れておく。民主党案を批判する人の中に、21条は必要な法律だ、廃止するなんてとんでもない、という意見がある。筆者にはこれが理解できない。犯罪を疑わせるような異状死体を見たら警察に届けろというのはいい。問題は、医師なら誰でも常識的にそうしていることを、何故わざわざ刑罰を設けて強制しなければならないのかということだ。医師以外の一般人にはない刑罰の規定を医師に対してのみ設けるのは、そうしなければ、医師が犯罪がらみの異状死を隠すかもしれないということなのか。医師の倫理が一般人のそれよりも劣っているというのでないなら、医師の倫理に任せれば十分ではないか。もちろん証拠隠滅については別に罰則がある。そう考えてみれば、21条はなんら合理性のない、いわばデキの悪い法律であって、廃止か、少なくとも罰則を削除しても何の不都合もあるまい。詳しくは弁護士の井上清成氏の「大綱案に対する意見について」をご参照いただきたい。(http://mric.tanaka.md/2008/07/04/_vol_88.html#more)
これまで、日医の木下常任理事や自民党の西島議員、厚労省の佐原氏など厚労省案推進派の人々は、口をそろえて、21条を改正してほしければ捜査機関への通報規定を持った医療事故調を設立するしかないと主張してきた。現実に捜査の端緒として機能している21条と引き換えにするのだから、事故調に責任追及の機能を持たせないわけにはいかないというロジックだ。このような説明を繰り返し聞かされて、われわれはみな、現状の21条の存在を前提としなければ議論をしてはいけないというように呪縛されてしまったのだが、しかしこれにはまったく正当な根拠がない。
そもそも21条が、現在のように医療事故に対する刑事介入の端緒になった経緯として、法医学会のガイドライン(1994年)、厚労省の拡大解釈(2000年)、広尾事件の最高裁判決(2004年)などがある。しかしこれらはすべて、「21条を医療事故の捜査の端緒とする」ことを目的として、立法の場で開かれた議論を経て行なわれたものではない。あくまで、誰が意図したわけでもなく、なし崩し的にそうなってしまったのである。もともと理不尽な異状死の罰則付きの届出義務が、正当な議論を経ることなく、いつの間にか診療関連死の届出義務に変わり、医療への刑事介入の入り口に変わり、今や医療事故調の設立理由になろうとしているのだ。
民主党案は、21条を削除するという。なんだ、そんなことができるのか。だったらそれで医療への刑事介入が大幅に減らせるじゃないかと膝を打った人もいるだろう。井上清成氏はこれをコロンブスの卵といった。われわれは今こそ、呪縛からみずからを解き放って、わが国の医療の未来のために徹底的に議論すべきである。
なお本稿は、長崎県医師会報の平成20年8月号に掲載予定の記事に加筆したものです。
(2008年10月1日に再加筆しております。)

 

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