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臨時 vol 97 「未承認薬による重症合併症は如何にして克服されたか:ボルテゾミブによる肺障害を考える」

医療ガバナンス学会 (2008年7月18日 12:25)


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日本対がん協会 がん対策のための戦略研究推進室 室長補佐
成松宏人
 


●はじめに
ボルテゾミブは多発性骨髄腫に対する有望な新薬である。治験や個人輸入で投与された患者に致死的肺障害が生じ、社会に大きな波紋を呼んだことは記憶に新しい。しかしながら、最近公表された市販後調査の中間報告によると、市販前に問題となった肺障害の頻度は激減していた。本稿では本邦におけるボルテゾミブに関連した肺障害に関する学術報告・報道をレビューし、肺障害の頻度の推移と、それに関係する要因を調査した。
●ヤンセンファーマによる治験
ボルテゾミブは2003年5月、米国Food and Drug Administration(FDA)にて承認された。日本では2004年5月よりヤンセンファーマ株式会社によって、多発性骨髄腫に対するボルテゾミブ単独投与の治験が開始された。17番目の登録症例がボルテゾミブ投与後に肺障害を起こし死亡したため、症例登録が休止された。この後、第三者評価委員会での協議の結果、CT等の画像検査にて肺に異常が認められる患者を治験から除外することにして、症例登録を再開した。(1)
最終的に治験には34例が登録され、肺障害を発症したのは1例だけであった(3%)。全例で、ボルテゾミブ投与時にステロイドは併用されておらず、ほとんどの患者はkalnofsky performance statusが80%以上と全身状態が良好であった。(2)
●個人輸入薬の投与例における自主報告
2005年10月、虎の門病院血液科 宮腰重三郎医師(現東京都立老人医療センター血液内科)たちはボルテゾミブ投与時に肺障害を繰り返した症例を経験し、薬剤性肺障害の可能性を疑った。彼は友人の研究者にe-mailや携帯電話で連絡したところ、同様の症例が発生していることを知った。ただ、宮腰医師が勤務する施設以外では、肺障害を繰り返した患者はいなかったため、肺障害は薬剤よりも原疾患と関連すると考えられていた。
宮腰医師を中心とした研究グループが、2004年1月から2005年9月までの間に、個人輸入で入手したボルテゾミブを投与された13例の治療記録をretrospectiveに調査したところ、4例(31%)に重篤な肺障害が生じ、うち2例(14%)が死亡していることが明らかとなった。肺障害を起こした4例は、いずれもステロイドは併用されていなかった。この4例についてのPS、肺障害を発症しなかった9例の臨床情報は公開されていない。
2005年10月、宮腰医師らはボルテゾミブによる肺障害の可能性についての第一報を、医薬品医療機器総合機構(PMDA)、ヤンセンファーマ、輸入代行業者(RHCUSA Corporation, Tokyo, Japan)に送った。
PMDAは、ヤンセンファーマに対して、治験参加患者に重症肺障害が出現していることを公表し、医療現場に情報提供することを要請した。従来、治験登録患者に発症した副作用情報は治験参加施設以外には公表されなかったが、PMDAの要請をうけ、2007年10月24日、ヤンセンファーマは自社のホームページ上で情報を公開した。また、個人輸入代行業者大手のRHC Corporationは、2005年10月25日、同社の顧客である医師に対して、書面にて注意喚起をおこなった。さらに宮腰医師らは研究成果を2005年11月16日にBlood誌に投稿し、2006年1月12日オンラインにて公表された。また、2006年2月28日、宮腰医師は医療専門のオンラインメディアであるMRICのインタビューで個人輸入における情報公開の問題点を指摘した(3)。その後、同年8月と11月に米国よりAfrican-Americanにも同様な重篤な肺障害が発症したことが報告された(4, 5)。
●関連学会による全国調査
自主報告を受け2005年11月、日本血液学会、日本臨床血液学会は共同で、ボルテゾミブによる肺障害に関する全国調査をおこない、2005年12月6日に一次調査結果を学会のホームページ上で公表した。その後、12月11日に朝日新聞、12月14日には日経バイオテクで調査結果が報道された。
学会調査の最終結果は、2006年3月20日に両学会のホームページで公開された。また、この結果は、両学会の学会誌に掲載された(6, 7)。それによると、2003年1月から2005年7月までに、合計46人の患者が個人輸入で入手したボルテゾミブの投与を受けていた。彼らのKarnofsky performance statusの中央値は70%(範囲20-100%)であった。7人(15%)に肺障害が生じ、3人(6.5%)が死亡していた(8)。25人(54%)の患者がボルテゾミブ投与時にステロイドを併用され、これらの患者では肺障害の発症頻度が有意に低下していた(6)。
●ボルテゾミブの承認、そして市販後調査
ボルテゾミブは2006年10月に厚生労働省により承認され、2006年12月に市販された。市販に際し、厚労省はヤンセンファーマ株式会社に全例調査方式による特定使用成績調査の実施を義務づけた。一方、ヤンセンファーマ株式会社は「適正使用規準」を作成し、医師に対して、Karnofskyスコアーが60未満の患者や、胸部画像検査にて間質性病変を有する患者には投与を避けるように勧めた。
2007年の1月に、Performance status 4の状態でベルケイドが投与された2人が肺障害で死亡していたことが明らかとなった。この結果は、ヤンセンファーマが主宰する第三者評価委員会で検討された。この協議の結果、ヤンセンファーマは、PS3-4の患者に対する投与の自粛を更に強く呼びかけた(9)。また、2006年5月には米国おいて発売元がボルテゾミブの添付文書にアジア人における肺障害を
記載した。
2007年12月に、市販後から2007年11月までにベルケイドを投与された666例を対象とした市販後臨床試験の中間集計がヤンセンファーマのホームページ上で公表された(10)。この報告では、24人(3.6%)が肺障害を発症し、3人(0.5%)が死亡していた。PSに関する情報は公開されていないが、約70%の患者でステロイドが併用されていた(11)。
●なぜ、肺障害が激減したのか
個人輸入でボルテゾミブを使用していた時期と比べて、市販後臨床試験での肺障害の発症頻度、および致命率は減少している。この原因として、幾つかの可能性が考えられる。
まず、ステロイドの併用が普及したことが挙げられる。個人輸入患者の54%がボルテゾミブ投与時にステロイドを併用されていたが(1, 12)、市販後臨床試験では、この頻度は70%に増加した(11)。ステロイドは多発性骨髄腫に対して抗腫瘍効果を有するため(13)、多くの薬剤と併用することが多い。後藤らはボルテゾミブ投与時のステロイドの併用が肺障害のリスクを低下させる可能性を示したが(6, 7)、この報告を知った臨床医がボルテゾミブ投与時の肺障害予防目的にステロイドを併用した可能性がある。
次に、ボルテゾミブによる肺障害の報告が増えるに従い、医師は慎重に患者を選択するようになった可能性が考えられる。治験にて、肺障害の既往を有する患者に重篤な肺合併症が生じたこと、また、肺合併症が続発した宮腰らの研究は、未承認薬使用患者という一般的に全身状態が不良な患者を対象としていることが広く知られるにつれ、多くの関係者がその潜在的リスクを認識したのであろう。特に、ヤンセンファーマは市販後に肺障害の既往と患者のPSについて厳密な基準を作成し、医療者への啓蒙を徹底した。このことは市販後臨床試験での有害事象の減少に大きく寄与したであろう。
●様々な経路による情報開示
本例ではボルテゾミブの肺障害の発見から対策確立までに要した期間が短い。宮腰らがボルテゾミブの肺障害の可能性に気づいてから、市販後臨床試験が開始されるまでの僅か14ヶ月の間にその対策が医療現場に周知徹底されている。本例の経過は、医療情報の伝達を考える上で幾つかの興味深い点がある。
まず、この合併症に最初に気付いた宮腰医師が、携帯電話やメールで周囲の施設に問い合わせたことが挙げられる。これは、IT機器の普及により、研究者同士が容易に情報交換できたことを反映している。もし、このような手段をもたず、定期学術集会などで出会ったときに情報交換をするだけであったら、臨床医がボルテゾミブの肺障害に気付くのはもっと遅れたであろう。情報機器の発達が、医療者間の情報流通を変えていることがわかる。
次に、宮腰医師たちがボルテゾミブの副作用の可能性を、PMDA、ヤンセンファーマ、学術団体、輸入代行業者に速やかに伝えたことが挙げられる。我が国では未承認薬の有害事象収集制度は確立しておらず、未承認薬の副作用情報を受けつける機関はない。しかしながら、宮腰医師が複数の組織に副作用の可能性を伝え、それぞれの組織が独自のルートを用いて情報を開示したため、医療者全体に網羅的に、かつ速やかに情報を伝達できたと考えられる。
第三に、メディアが早い段階でこの問題を取り上げたことが挙げられる。朝日新聞のようなマスメディアは、医療者だけでなく、患者・家族がボルテゾミブの副作用を認識することに貢献したと考えられる。広く国民全般への情報提供を考えた場合、マスメディアと医療界の有機的な連携は必須である。一方、MRICや日経バイオテクのような医療専門のメディアは、多くの業界関係者に配信される。これは専門分化した医療界に分野横断的に情報を伝えるため、既存の学会誌や学術集会を介した「縦割り」の情報流通システムを補完する可能性がある。
●結語
ボルテゾミブの肺障害の副作用は短期間のうちに関係者の間で情報共有され、ボルテゾミブの投与至適化が行われることによって克服された。その過程にあたっては、従来の学会や製薬会社を介するもの加えて、メールやインターネット、そして新聞など多様な媒体の関与が大きな役割を果たしたと考えられた。
References
1. 審議結果報告書 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構. [cited;Available from: http://www.info.pmda.go.jp/shinyaku/g061004/800155000_21800AMX10868000_A100_3.pdf
2. Ogawa Y, Tobinai K, Ogura M, Ando K, Tsuchiya T, Kobayashi Y, et al.Phase I and II pharmacokinetic and pharmacodynamic study of theproteasome inhibitor bortezomib in Japanese patients with relapsed orrefractory multiple myeloma. Cancer Sci. 2008 Jan;99(1):140-4.
3. MRIC 臨時vol 5 「インタビュー 治験と個人輸入、情報断絶のワナ」.[Home page on the internet] 2006 February 28 [cited 2008 June 28];Available from: http://mric.tanaka.md/2006/02/28/2006_mric_vol.html
4. Ohri A, Arena FP. Severe pulmonary complications in African-Americanpatient after bortezomib therapy. Am J Ther. 2006 Nov-Dec;13(6):553-5.
5. Boyer JE, Batra RB, Ascensao JL, Schechter GP. Severe pulmonary complication after bortezomib treatment for multiple myeloma. Blood. 2006 Aug 1;108(3):1113.
6. Gotoh A, Ohyashiki K, Oshimi K, Usui N, Hotta T, Dan K, et al. Lung injury associated with bortezomib therapy in relapsed/refractory multiple myeloma in Japan: a questionnaire-based report from the “lung injury by bortezomib” joint committee of the Japanese society of hematology and the Japanese society of clinical hematology. Int JHematol. 2006 Dec;84(5):406-12.
7. Gotoh A, Ohyashiki K, Oshimi K, Usui N, Hotta T, Dan K, et al. [Lung injury associated with bortezomib therapy in relapsed/refractory multiple myeloma in Japan: a questionnaire-based report from the "Lung Injury by Bortezomib" Joint Committee of the Japanese Society of Hematology and the Japanese Society of Clinical Hematology]. Rinsho Ketsueki. 2006 Dec;47(12):1521-7.
8. 日本臨床血液学会. [Home page on the internet] 2005 December 6 [cited 2005 December 12]; Available from: http://www.rinketsu.jp/
9. ベルケイド肺障害第三者評価委員会. [Home page on the internet] [cited 2008 July 24]; Available from: http://www.janssen.co.jp/sickness/velcade /pdf/discussion-result_070119.pdf
10. ヤンセンファーマ株式会社. ベルケイド 特定使用成績調査中間集計結果 (2007年12月作成). [Home page on the internet ] 2007 December [cited 2008 June 5]; Available from: http://www.janssen.co.jp/inforest/portalex ternal/diviewitemeventdatafiledownload?paf_gear_id=2200032&cid=cnt45112
11. ベルケイド発売1周年記念講演会 (東京) 講演会資料 ヤンセンファーマ株式会社. 2008.
12. Miyakoshi S, Kami M, Yuji K, Matsumura T, Takatoku M, Sasaki M, et al. Severe pulmonary complications in Japanese patients after bortezomib treatment for refractory multiple myeloma. Blood. 2006 Jan 12.
13. Richardson PG, Barlogie B, Berenson J, Singhal S, Jagannath S, Irwin D, et al. A phase 2 study of bortezomib in relapsed, refractory myeloma. N Engl J Med. 2003 Jun 26;348(26):2609-17.

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