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臨時 vol 95 「医療訴訟の現状と、医師賠償責任保険の課題・注意点について

医療ガバナンス学会 (2008年7月16日 12:26)


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             IMK高月(株)代表取締役
             医療経営コンサルタント
             高月 清司


 実際に働いている医師の実に2人に1人が、1年間に何らかの医療ミスを経験しているといわれる現代。私共が実際に携わった医療訴訟現場の傾向を探りながら、医師賠償責任保険の課題と加入後の注意点についてお話ししたいと思います。
【1】医療訴訟の現状(3つの傾向)
1)訴訟(賠償)金額の高額化
訴訟金額については単純な方程式(所得)×(働ける年数)+(慰謝料等)で計算されますので、所得も平均寿命も増えた現代では訴訟金額も増えるのは当然といえば当然です。
さらに、最近の訴訟で特徴的なのは、請求金額に近い金額で判決が出るケースが増えています。判決は世論に流されますので、患者=弱者救済の流れから、リッチ層と思われている医師にとって逆風は当分続くかもしれません。
2)刑事告訴の増加
いうまでもなく医師法第21条(異状死の届け出義務)の適用が背景にあります。医療ミスはあくまで「民事事件(損害賠償事案)」ですが、この法律の適用によって同時に「刑事事件」としても扱われ、さらに悪質と判断されると免許はく奪・停止といった「行政処分」という3つ目のペナルティーか科せられます。
衝撃的だった大野病院事件のように重罪を問われるケース(結果は起訴後保釈、現在係争中)でなくても、つまり一般的な事案でも、刑事事件は増えています。カルテの改ざんに代表される証拠隠滅や公・私文書偽造はいまだに後を絶ちません。同時に、日頃からカルテのつけ方に工夫をしておくことは、医師としてのご自身を守ることにつながると感じます。
3)研修医(または勤務医師個人)が訴えられる
以前レジデントと呼ばれていた時代は文字通り「住み込み」の身分で、頂く報酬も現在とはケタが1つくらい低いものでしたが、代わりにミスに対する責任もありませんでした。しかし、04年度から始まった新研修医制度により、職場選択の自由や身分・報酬が確立されたのに併せて、職務への責任も伴うようになったといえます。
一般の勤務医でも責任が課せられるケースが増えています。以前は(といってもここ10年程度前まで)、訴状の殆どは「被告:○○病院」とだけなっていたものが、最近では「被告:医師△△」と病院と連名で名指しされるようになっていて、弁護士数が増えるにつれ、こうした傾向はますます強まると予想しています。
新種クレーマー(モンスタークレーマーや、クレームペイシャントなど)の出現についても触れておきます。まだ正確な分析がなされていないので、新種がどういう層に属するのか定かではありませんが、見たところ「ごく普通の人」が突然クレーマーに変身している感じがします。「後から来た人が先に呼ばれた」から始まり、「言葉使いが気にくわない」「(脱いだ)靴がなくなったから買ってくれ」に至るまで、全ての責任を他人になすりつける自己中心社会を反映しているようで暗い気分にさせられます。
医療は単純なサービス業ではない、と私は思いますが、それでもこうした患者への応対には日頃から心配りが必要であることは間違いないでしょう。ただし、こうした新種クレーマーはクレームをつけること自体が生き甲斐のようですので、大変ながらも適切に応対さえしておけば訴訟化することは少ないのも特徴です。
【2】医師賠償責任保険の課題と注意点
こうした訴訟やトラブルに対応するヘッジのひとつとして、医師賠償責任保険(以下、医賠)が存在します。後段ではこの保険の仕組みを解説し、使用上の注意などを述べてみたいと思います。
(1)扱う保険会社は5社のみ
この保険は昭和40年代後半に発売開始となった比較的新しい種類に属し、扱う保険会社は推定シェア順に損保ジャパン(SJ)、東京海上日動(TN)、三井住友(MS)、日本興亜(NK)の4社で、最近アリコ社が始めていますので計5社に限られます。
補償内容も、一部を除いて一般的には各社ともほとんど違いはありません。また、どの保険会社も必ず代理店を経由した販売形式をとっています。
(2)4つの特徴
補償内容は、医師本人の医療行為(使用人=勤務医師の医療行為や、医師により指示を受けた看護師などコメディカルの医療行為も含まれます)に起因する事故をカバーし、4つの特徴があります。
1:日本国内の医療行為に限る
2:対人賠償のみ(対物は、別の保険でカバーします)
3:法律上の賠償事故に限る(=勝手に示談したり、法律上悪くない行為は対象外)
4:事故を認識(発見)した日が、保険期間内であること(事故発見日ベース)
ただし4では、SJ社のみ違った解釈をしていて、「患者から賠償請求のあった日が保険期間内であること(賠償請求ベース)」としています。
(3)補償範囲
次のように2つのタイプに代表されます。(各社共通)
1:一般的なタイプ:1事故・1億円/期間中(通常1年)・3億円
2:最大補償タイプ:1事故・2億円/期間中・6億円
なお2は、事故の少ない良好な病院や、勤務医師の団体向けに限られています。
「期間中」が付いている意味は、これは医療事故は交通事故のような普通の事故と異なり、いつ・どこで・誰が起こしたなどが即座には不明であるという特徴があるからです。原因となった過去の手術について(事故日)、患者側が数年経ってから訴えてくるというケースが多く、私共の扱ったケースでも1人のドクターが、7年前の事故と昨年の事故の2例を同じ年に訴訟になった、というケースもありましたが、そういった過去の事故が重なった場合にも対応できるよう、「期間中」が付けられています。
この他、1億円を下回るタイプも出ていますが、保険料的なメリットは少ないので、一般的ではありません。
(4)保険料
病院向け保険料は各病院ごと個別に保険料が設定されますので、ここでは勤務医が加入するタイプの保険料を示します。
1の一般的なタイプで、50,830円(20%の割引が効けば、40,660円)/年
2の最大補償タイプで、66,030円(20%の割引が効けば、52,820円)/年
となっていますが、皆さんはどのようにお感じになるでしょうか?
実は、日本の医賠保険料は世界的に見ても大変安く、米国では診療科により異なるものの、年間1千万を超えるものすらあるくらいです。当然ビジネスとして成り立たなくなり、扱う保険会社が撤退し始めた時期もありましたが、このまま高額賠償化が続くと日本でも同じ現象が起きると懸念されています。
(5)加入の経路
次に、どのような医師が、どのように加入しているかを見てみましょう。
まず開業医が中心に組織されている日本医師会に加入した医師は、医師会費と同時に強制的にこの「日医の医師賠償責任保険」に加入させられます。これを一般に強制保険と呼んでいて、内容は後述する一般の補償内容と殆ど変わりませんが、免責(自己負担分)が100万円あるという、懲罰的な要素が含まれているのが特徴です。
一方、一般の病院や医師会に所属しない診療所などは、この「医賠」に、施設としての賠償責任(例:「消毒液で患者さんの高級バックを汚してしまった」や、院内感染など)をカバーする「医療施設賠償責任保険(以下、医療施設賠)」を加え、「病院賠償責任保険」と名前を変えて加入しています。これを、医師会の強制保険に対し、任意保険と呼んだりします。
(6)なぜ、勤務医も加入する必要があるのか?
さらに一般の勤務医については、個人単位で加入することも可能ですが、多くは任意の団体を経由してこの医賠に加入しています。しかし、先述の通りこの「医師賠償責任保険」は使用人=勤務医師の事故もカバーできるにも拘わらず、なぜ勤務医の加入が増加しているのでしょうか? その理由には、次のような背景があると思われます。
1つは、勤務する病院の経営状態に影響されていると考えられます。以前は、医療事故による賠償金は全て病院が負担する(=加入する病院賠償責任保険で全てカバーする)ところがほとんどでしたが、最近は全国で7-8割の病院が赤字経営といわれているなか、この賠償金まで負担しきれなくなっている、という現状があります。
「保険で支払うのだから、病院の懐は痛まないのでは?」とお考えの方もいらっしゃるかと思いますが、実は病院の加入する病院賠償責任保険は、自動車保険と同様、事故の有無や規模により次年度の保険料が増減する仕組みなのです。これに対し勤務医が加入する医師賠償責任保険は、事故の有無に拘わらず保険料は今のところ一定となっているので、「なるべく勤務医師の加入する保険から負担してもらう」ために、勤務する医師に保険加入を勧める病院が増えていることも、経営上は無理からぬところです。
また、医師が単独で訴えられるケースも増えており、そうした報道はかなりセンセーショナルに行われますから、勤務医師のリスクに対する自己防衛意識も高まっていることも、医賠への加入が増えている要因でしょう。
(7)団体加入の窓口
勤務医が個人単独で加入するケースはほとんどなく、大概は団体を経由して加入しています。団体を経由するメリットは、加入人数により保険料割引が最大20%まで効くからです。では、どういった団体があるかというと、
1、医師会系:開業医中心ですが、勤務医師も加入できます。
2、学会系:外科学会など
3、同窓会系:医学部の同窓会が募集しています。
4、任意団体:病院や医局単位、または研究グループなど。
に大別されていますが、どこを経由して加入するかが、実は大変重要なポイントになります。
(8)過失割合の重要性と、加入時の注意点
最後に、事故時の過失割合と、医賠加入時の注意点についてお話します。
事故が起き、いったん示談なり訴訟が完了しますと、前述したように保険会社から病院側に保険金として賠償金が支払われて一応の結着をみます。しかし、実務上はまだ大変重要な手続きが残っています。
それは、医療側の「過失割合」を認定する手続きです。判決などでは、「医療側は1億円支払いなさい」という大枠の内容しか述べられませんが、その1億円につき医療側内部で過失割合に沿って負担額を決めるという作業です。
具体的には、病院側とドクター側とにどれだけの過失があったか、その割合について、過去の実績から保険会社が査定を行います。先ほどお話ししたように、最近では100%病院の保険で負担するなどという所は減っていますので、医師がどれだけ悪かったか、を決めなくてはなりません。
医師個人の過失割合は、米国などへの留学や国内の転職において医師を評価する大変重要なポイントとなっており、私共にも留学先から免許の更新毎に「過去10年の事故履歴と過失割合」を聞いてくる州があるくらいです。ところが、この過失割合の査定作業をキチンと専門的に行っている団体(あるいは代理店)は、日本医師会と私共を除くと、大変少ないのが現状です。ほとんどは保険会社任せの状態ですが、これは勤務医師個人にとって大変危険なことなのです。
例を示してお話ししますと、私共にご加入のあるドクターは、事故の後、勤務先病院の事務長氏から、「A先生、例の事故は保険ですべて片付きましたからよかったですね」といわれ、安心し切っていらっしゃいました。ところが、病院側保険会社から私共に通知のあったA先生の過失割合は50%と不当に高かったため、私共がその保険会社と再交渉した結果、15%にまで下がったというケースもありました。(20%までなら、単純ミスとして大きな赤点にはなりません)
ですので、保険加入後もしっかりとフォローしてくれる団体(あるいは代理店)を経由して加入するか、もしくは事故手続きが完了した後、自分の過失割合がどう査定されていたかをしっかりチェックしておく必要があるのです。まして保険未加入であれば、過失割合はすべて賠償金を支払った病院側の指示に従わざるを得ません。
判決が弱者(=患者)サイドに流れ、賠償金額が高額化する傾向が多くみられる中、現在進められているADRなどの新紛争解決手段は、医療サイドのみならず患者や保険会社サイドにとっても賠償額低減が可能となる有効な手段だと思われますので、私も今後の制度化に大変注目しています。
「自分の身は自分で守る」はキーワードですが、守れなくなったりご不安に思われた時には、ご遠慮なく何なりとご相談下さい。ご質問なども大歓迎致します。
(以上)
高月さまのメールアドレスは以下になります。
kei「あっと」kouzuki.biz
(「あっと」を@にしてお使いください)
著者ご略歴
高月 清司
S52年 慶應義塾大学商学部卒
国内外において会社勤めの後、東京海上勤務を経て医師賠償責任保険を専門とし
た代理店・IMK高月として独立。
現在公認医業経営コンサルタントとして、病院や勤務医向けの医療訴訟防止に向
けて活動中。

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