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臨時 vol 75 「社会システム・デザイン・アプローチによる医療システム・デザイン」3

医療ガバナンス学会 (2009年4月5日 13:41)


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横山禎徳

(東大医科学研究所大講堂で2007年11月11日に行った講演に大幅加筆修正)


図9 http://medg.jp/mt/yokoyama.pdf

「社会システム・デザイン」の第一ステップである悪循環を定義するというと
ころから説明します。Payer, Patient, Providerの三者間に価格対価値に直接関
係するようなやりとりがないことから来る自己規律が欠如していることが基本的
な課題であると思います。その状況に対してControlもMass Mediaも前向きな対
応が出来ていないだけでなく、状況を悪化させる方向に持っていっているという
ように考えられます。

実際に、Payer、Patient、Provider、Control、Mass Mediaの間に存在する悪
循環というのを、色々拾ってみているわけですが、多くの悪循環がこれらの関係
者の間に発生しています。産婦人科医や小児科医が減るから就業環境が悪化し、
一層、医師が減っていくという悪循環はよく知られています。しかし、医療界の
他の多くの問題も悪循環という形で整理することが可能です。

例えば医療事故を捉えてみると、刑事介入をすることがいかに悪循環を作って
いるかという問題があります。亡くなった患者の遺族も裁判に勝っても、当然の
ことながら患者が生き返って来るとは思っていません。真実を知りたい、本当に
謝って欲しいというような素朴な感情に十分答えてもらえない不満から裁判に持
ちこみ、状況を一層こじれさせていくということです。

原告と被告という関係ではことがうまく進みません。刑事犯になる可能性があ
るのだったら出来る限り被告側である医者および病院は自己防御をします。素朴
に謝るわけには行きません。そうすると、真実の解明には結局なりません。患者
側はたとえ勝訴しても医師がちゃんと反省してくれていないと思って不満が残り、
他の手がないから司法によるもっと強い制裁を求めてしまうという悪循環が回っ
ています。

図10 http://medg.jp/mt/yokoyama.pdf

それから、「国民医療費」という発想とその増大を押さえ込む、すなわち、コ
ストを下げていこうという厚労省の努力が、実際には病院側に別の行動を誘発し、
実は結局、コスト高になるという悪循環があります。

図11 http://medg.jp/mt/yokoyama.pdf

同じく、厚労省も医療改革をやろうとするのだけど、そのやり方として諮問委
員会という現場感覚の欠けた委員を集めた委員会を設置して色々委員のご意見を
伺うのですが、これも結果的には悪循環を作ってしまうことが多いのではないか
と思われます。

図12 http://medg.jp/mt/yokoyama.pdf

委員に選ばれる「有識者」というのは多くの場合、ほとんど医療の実態に関し
て無知なように思います。「有識者」の意見を新聞で読んで、なんだかくだらな
いなといつも思います。例えば、金融で何か事件があると彼らの意見がのってい
ますが、「有識者」がどれだけ金融を具体的に知っているのかということです。
毎日、考えているわけではないでしょう。同じく、「有識者」が医療をよく知っ
ているのかというと、それほど知っていないわけです。そういう人達を集めて委
員会を作るわけです。現場感覚の無いものが出来ていきます。そのような答申が
実施されると、現場は煩雑さが増して一層忙しくなるわけです。もっと疲労困憊
します。どんなに優秀な医師であっても、30時間以上眠らないで治療していると、
ミスする確率は高いはずです。そういう悪循環が回っているということです。

マスコミというのは、物事のエコノミクス、すなわち、経済的に成り立つのか
ということは関心がないのか、あまり勉強していないようです。それから、時間
軸を短くする傾向があります。10年後の話ですというと誰も読まないので、来年
起こりそうに言うきらいがあります。マスコミを別に批判しているわけではなく、
要するにマスコミの好みというものがあるということです。

それだけではなく、医療の現場感覚に関して検察や裁判官がかなり無知である
ようにマスコミもやはり無知です。それに、統計的なことはあまり得意ではあり
ません。記事で取り上げているのは少数例だということはあまり語られません。
そうすると、医師全体の批判になっていきがちです。良い医師とそうではない医
師との差が見えないのです。医師は理不尽だと思うけどマスコミに対して対等に
反論する手段がありません。患者や世間の誤解の中で仕事をすることになり、報
われない気持ちが疲労感に繋がり、無理が蓄積し医療事故のリスクが高まります。
そうすると、またメディアが取り上げます。そういうような悪循環が回っていま
す。

図13 http://medg.jp/mt/yokoyama.pdf

では、良循環は何かと言いますと、色々な考え方があります。何度もいいます
が、良循環は悪循環の裏返しではありません。創造的な発想が必要です。これは、
ちょっとユートピア的なことを私は考えています。

まず、貴方が「医者に会う時はすでに患者である」というのは、結構辛いもの
があるのではないでしょうか。この会場に私の健康診断担当の先生が座っておら
れるけど、あの先生に最初、お目にかかった時はすでに私はある意味で患者であっ
たわけです。生活を変えないとメタボ症候群が悪化しますよといって叱られるの
ではないかと、すごい引け目な言い訳がましい感情になってしまいます。立場が
悪いのです。そういう関係が「患者」を非常に複雑な心境にさせるわけです。そ
れが、例えば、医療事故のようなことが起こるとこじれる一つの要因ではないで
しょうか。というわけで、「医師に会う時にはすでに患者」という状況を変えた
いと思います。

患者ではなく、健康な普通人として医師に出会うようなことがもっと出来ない
はずはないのです。そのような状況が出来てくると、抽象的で一般的な「医師」
というのはありえず、実際には医師も我々と同じような普通人なのであり、様々
なタイプの医師がいるのだという当たり前のことがわかる組み立てが出来ないの
かということです。

図14 http://medg.jp/mt/yokoyama.pdf

少しユートピア的な良循環の発想なのですが、最初はこういう発想からスター
トします。デザインですから何度でも繰り返して、改良していけばいいのです。
皆さんが「こんな馬鹿なこと出来ないよ、ありえないよ」と言われれば、もう一
工夫します。ということで、今の所は馬鹿なことというか、非現実に近いことを
考えています。とはいえ、医師と一般人が出会う場が本当にあると、失礼ながら、
やはり医師にもピンからキリまであるということもわかります。自分とケミスト
リーが合う人も、そうではない人もいます。そして、気の合いそうな医者が意外
と自分の住んでいる近くにいるのだということが段々と分かっていくというよう
なことを組み立てられないかということです。

厚労省はある種の施策は導入するけど、それに当然伴うべき施策の導入は欠落
しています。インフォームド・コンセントとかセカンド・オピニオンとか言いま
すけど、そのために必要な医師のコミュニケーション・スキルはどこで訓練して
いるのか。全然やっていないではないかということです。要するに、最近の医療
における司法の介入のように、自分が刑事犯になる可能性がある状況では、コミュ
ニケーション・スキルのないまま、ものすごい腰の引けた話をたくさんするはず
です。

この手術をすると、成功確率はどうこうでというようにリスクを散々聞かされ
たうえで、手術を受けることに同意しますかといわれても困るというような問
があります。だから、インフォームド・コンセントやセカンド・オピニオンとい
うことを言うのであれば、相手の感情を理解しながら説明できるようにメディカ
ル・コミュニケーションということをちゃんと訓練すべきではないか。それは、
厚労省の管轄ではなくて、文科省の管轄です。

文科省の「医療教育の10年像」とう報告書が出ていますから、御覧になるとい
いです。メディカル・コミュニケーションを一言も言っていません。全くゼロで
す。だから、腕は立つが口は立たないという医師ばかりになってしまうのではや
はり困ります。

図15 http://medg.jp/mt/yokoyama.pdf

特に、心の病気が体に影響するような時代に、心のケアというのはかなりの部
分、コミュニケーションであって、それが出来るような訓練というのは別に精神
分析医だけではなくて、医師のすべてがやるべきではないかと思います。しかし、
文科省にはそういう観点はないようです。でも、そういうコミュニケーションの
訓練がされていれば医者対患者の関係がこじれてしまうことが少なくなり、そう
するとまたそのサブセットとして健康人と医師との対話関係がコミュニティでの
かかり付け医の役割を醸成し、気心の知れたお医者さんにもっと行くようになり、
そうすると、勤務医の労働時間が減り、また健康人との対話が増えるという良循
環が出来ます。本当かと言われそうですが、例えばこのようなことを良循環とし
て組み立てるのだということです。

それから、開業医と勤務医は昔程人間関係が繋がっていないということを聞き
ます。日本人の人間関係の特徴として、知らない人にはつっけんどんだけど、ちょっ
とお互い知っていると対応が丁寧になるというのはありますよね。だから、勤務
医と開業医がお互い知らないよりはちょっとでも知っていた方がいいわけです。
知らない医師同士電話で話をするのはちょっとまずいのです。「電話で失礼しま
す」とよくいうように、日本社会ではいまだに相手の顔を見ないまま話すのは失
礼なのであり、まずは顔を合わせるというのが付き合いの基本です。そういう社
会的風習を考慮したうえで、地域コミュニティの集まりなどを通じて開業医や勤
務医は顔見知りなる機会を増やすことを工夫します。

図16 http://medg.jp/mt/yokoyama.pdf

このようにして、医師同士が顔見知りであることで可能になるインフォーマル
な連携プレーが必要だと思います。最近では、「救急医療システム」とか「周期
医療システム」とかシステムという形で表現されているようです。しかし、これ
らのフォーマルなシステムだけで全部やろうというのは、こと医療に関する限り
私は無理だと思います。インフォーマルな部分をどれだけ活かすかということが
医療システム・デザインでは大変重要です。それが、医療の生産性に繋がり、勤
務医の時間の余裕が出来るという良循環が出来あがることになるのです。「社会
システム・デザイン」というのはこのような側面をデザインしていくように発想
します。

このようなことです。まだ良循環のデザインの最初の段階ですから、ここでの
べた良循環に関しても、そんなものはほんとうにできるのかと思われるかもしれ
ません。もし、そう思われるのでしたら周りから批判しているのではなく、実際
にデザイン・プロセスに参加して、自分の医療分野、あるいはその他の分野での
経験を通じて、もっと現実的に成り立つように改良していただきたいと思います。
今の段階ではまだまだいくらでも多様なより効果的なデザイン出来るということ
です。

まだ、第一ラウンドの作業が終わりかかっている段階であり、本当は第二、第
三ラウンドをやりながら良循環とそれを支えるサブシステム群をもっと発見、創
造し、練り上げていく必要があります。ということですが、途中段階である第一
ラウンドの最後のステップに今、いるわけです。このステップは何かと言います
と良循環を駆動する「エンジン」としてのサブシステム群を見つけ出しアクショ
ン・ステップに落としてみる作業です。今、考えているサブシステムとサブサブ
システムをここで説明してみます。サブシステムとしては三つを考えています。

図17 http://medg.jp/mt/yokoyama.pdf

「医者と医者、医者と市民が出会い交流するシステム」から説明しましょう。
地域コミュニティ意識の希薄な日本の地方都市という文脈の中で考えています。
特に、先程、松田さんの話にありました「健康都市」宣言をしている市川市のよ
うなところで何かできないかと考えています。

日本の都市に消えかかっているコミュニティ的なものを再生しようと言ったか
らといって、いまさら簡単に出来るわけではないのが現実です。コミュニティ的
な連帯感を持つためには何かの取っ掛かりが必要です。それには市民の多くの関
心事である健康というものを中核にしながら組み立てる方法が無いのかという議
論をしています。それには日本特有の人間関係ネットワークの活用ということか
らスタートすべきでしょう。例えば、高校の同窓会とか野球クラブとかの形で色
々な地域的人間関係を作っているわけです。これまでよく言われてきた、日本人
は自分の勤めている会社を「地縁社会」にしているという状況は終身雇用の崩壊
と共にほぼ終わりかけて、別の人間関係を日本社会は作り上げようとしている途
中だと思います。そこの中にはめ込んでしまえば良いというようなことです。市
川市であれば市川高校の同窓会が活用できるのではないのかと思っています。

それから、「医療基金を収集・蓄積し運用・配分するシステム」、すなわち、
医療「価値」に応じた価格設定をし、払える人にはその全額、あるいは、寄付と
いうことでそれ以上払ってもらい、その増加した収入を貧富の格差是正のために
使う「医療基金」としてプールするサブシステムです。

要するに膨大な財政赤字を抱えて貧乏な日本国政府は借金返済に当分忙しく、
たとえ、景気が多少回復して歳入が増えたとしても、それは借金をより多く返済
する方に回り、医療予算を増やすというように面倒見てくれる可能性はほとんど
ありません。従って、国の予算を当てにするのではなく、医療に使うための基金
としてプール出来るようにするということです。この基金の仕組みは払える人か
らは高くいただくことによって基金を積み上げていきます。だから、お金の無い
人は完全無料にすることが可能になります。お金持ちだけが得をするのではない
のです。そういうことを十分議論しないで、混合診療をやれとか言ってもだめで
しょう

この基金はどれ位必要かといいますと、多分数年で数兆円以上の所まで持って
いくということだろうと思います。現在、医師にお礼として支払われている額が
年間5000億円はくだらないという試算もありますから不可能ではないと思います。
それでも運用益は現在の低金利の状況ではたいしたことはありません。従って、
基金という性格ですが、一定量はフローとして毎年使えるという仕組みが必要で
しょう。

三番目は「新たな公的機関によるADR等支援システム」です。今、多くの関係
者が医療事故に対する司法介入のやり方の改善策として刑事裁判のみでない多様
な紛争解決を図るべきだと考えていると思いますが、これは今議論されている
ADR(Alternative Dispute Resolution)ということで出来て来るでしょう。す
でに地域ごとに草の根的に出来上がりつつあるようです。しかし、国がADRを法
律的に固めると本当にADRが機能するのかという大きな疑問がいくつかあると思
います。だから、本当に効果的に動くような仕組みというのを作らないといけま
せん。それこそ、デザインなのです。それには何でも「お上」任せにしないで、
医師自身が集団として自己規制をする仕組みを自発的に作るというのがいいので
はないかと思います。

「官」と「民」という表現がありますが、それとは別に「公」いう概念が独立
してあるはずです。あまりみんな気がついていないのですが、最近まで貧しい発
展途上国であった日本は効率の観点から「公」を「官」に任せたというのが本当
のところでしょう。しかし、日本はすでに貧しい国ではないのですから、「官」
にたよることなく、自分で自己規律の仕組みを作る試みをする、すなわち、自分
たちで「公」を確立する時代ではないでしょうか。このような議論も色々なとこ
ろで出始めています。医師のようなプロフェショナルが率先して「公」的機関を
確立することをやるべきでしょう。ちなみに「日本医師会」は私の定義するとこ
ろの「公」ではなく、一般的に利益団体とか圧力団体といわれる職能団体でしか
ありません。

それから、これら三つのサブシステムの他に、このような新たな活動全体を支
える基盤としてだけではなく、日常の患者とのやりとりを効果的にしていくため
にも、先程述べたように医師のコミュニケーション能力を向上させるサブシステ
ムも別途必要であるかもしれません。文科省はほとんど関心がないようですが、
インフォームド・コンセントの効果をあげるためにはそれを患者の心理状態を理
解しながら納得感のある形でつたえるためにコミュニケーション能力が伴ってい
る必要があります。しかし、これは学問というような高級なものではなくスキル
であり、医師は高度な訓練を受けているのだから、当然そのようなスキルなら身
についているはずだと考えているのか、その重要性の認識に欠けているようです。
しかし、医師を初めとしてあらゆるプロフェショナルが体系的に訓練しきちっと
身につけるべき重要なスキルなのです。

これまで述べたような、これらのサブシステムはサブサブシステムに分解され、
それぞれ細かく具体的にどう行動すればいいかを示すステップを書き込んでいき
ます。

図18 図19 http://medg.jp/mt/yokoyama.pdf

「こんなことを喋っているのを聞いていてもやはり虚しいよな。お前はたかが
引退した経営コンサルタントだろう、どれだけの力があるのだね」と皆様から言
われそうな感じがします。そのとおりかもしれません。だから、本来「社会シス
テム・デザイナー」というのは、官僚の中から出てくるべきなのです。縦割り行
政といわれる世界にいる官僚の中から視野が広く志があり、キャリア・リスクに
少々「鈍感なタイプ」を35歳位からピクアップして40歳までに「社会システム・
デザイン」の訓練したうえで首相官邸に医療・健康システム・デザイナーとして
置きます。マスターという立派な名前を付けまして、「マスター医療・健康シス
テム・デザイナー」と呼ばれる人物とその人を支える20人程度のチームを置きま
す。彼のアカウンタビリティの対象は消費者です。だから、消費者が価値を感じ
満足するようなシステムをデザインし実行すれば、日本中主婦が「何々さんがマ
スター医療・健康システム・デザイナーなのよ」と言う位、次官などよりも余程
顔が知れている人になるだろうということです。

図20 http://medg.jp/mt/yokoyama.pdf

大きな権限があるわけではなくて、縦割り省庁に同じような権限と年次の課長
がいますから、省庁に横串を通すためにはそれら課長と全てネゴシエーションな
のです。オーバーライドする権限はありません。あくまで大臣だけです。疲れな
がらも忍耐強く一生懸命やるだろうと思います。なぜかと言いますと、消費者が
見ているからです。そういうことなのです。そのようなデザイナー・チームを、
独立性を保つため、首相官邸に置きます。今すぐでも出来るはずです。

なぜ民間人でなく官僚なのかと言いますと、官僚の持っている限界と、その中
での細かい具体的な官僚の動かし方を知り尽くしているということで、官僚が良
いだろうということです。要するに、逆に彼らをうまく使うのだということです。
志を変えてもらうということです。そのためには「社会システム・デザイン」と
いうことに関して、知識、技能、知恵の徹底訓練し、デザイナーとしての皮膚感
覚を獲得させるということです。

言い換えれば、ことデザインに関しては「優秀なのに無能」という今の官僚の
状況を抜け出し、「優秀でかつ有能」にするということです。同年次の官僚と同
等の権限だが、違うのは「社会システム・デザイナー」として消費者から発想し
た新たな「社会システム」を組み立てる志を持っていることです。ここでとても
重要なことは、出身官庁に帰ることを原則不可とし雑念をなくさせることです。
そして、まあ、5年くらいは同じポジションでやってもらう必要があるでしょう。

では、この後の彼らのキャリアは何ですかということですが、この「社会シス
テム・デザイン」と「社会システム・デザイナー」の説明を各省庁から集まった
課長クラスにしたら、「面白いです。やりたいです」と言われたのです。ところ
がある課長が「で、この後の私のキャリアはどうなるのですか?」と質問したの
で、私は「ありません。これであなたの官僚としてのキャリアは終わりです。日
本中の主婦に顔が売れているのですから、民主党からでも立候補して下さい」と
いいました。このように、国民に幅広く成果を問い、個人的認知を得て官僚とし
てのキャリアは一旦完結するわけです。すなわち、この「社会システム・デザイ
ナー」が官僚にとって次官志向でない多様なキャリア・パスの一つになるという
ことです。

以上です。どうもありがとうございました。

Q&A

Q会場(鈴木寛:民主党参議院議員)私は、質問というのは早くサブシステムの
あの表に穴を埋めていきましょうということだと思います。

A(横山)私が5時間説明するのにかかると言ったのは、民主党の議員の方々有志
10人位に説明したのに5時間かけたわけです。その時、よく理解していただいて
頭が良い人だなと思ったのですが、多少がっかりしたのは「これで政権が取れる
のかな」と言っていたことです。政権を取るのか取らないかではなくて、こうい
うことを組み立てるということです。要するに、自民党なのか民主党なのかそん
なに差がないと皆思っているのですが、どちらが「超高齢化社会」を経営するシ
ステムで、実現性のある良いものを先に出したかということです。そういう競争
をしてもらいたいというように私は思います。

Q会場(鈴木寛)そこも、政権を取るデザインすればいいんですよね。

A(横山)ナチュラルな結果として、自然な結果としてそうなるというようにし
ていただきたいです。

Q会場(国立大学工学部准教授)大変貴重で面白い話をありがとうございます。
こんなに明るい話をここで伺えるとは思っていませんでした。 実は、私は昨年
ビジネスチャンス発見というタイトルで確かここでお話ししたと思うのですが、
実はやりたいことというのは、去年お話したようなデータの可視化ということで
はなくて、社会のシステムとかそういういわゆるシステムがずっと循環的に良
なっていくようなそういう仕組みを作りたいなというのが一つのドリームです。
そういうことをやろうとする時に、私個人のローカルな話に陥って申し訳ないの
ですが、ステークホルダーの声を集めてそれを私の専門的な話にすると、そこか
らシヒ変数を見つけるということが結構本質なのかなと思います。どんなシヒ変
数かと言いますと、ステークホルダーというのは、いろんな島があってその間を
何か結ぶような新しいシヒ変数というものを見つけていくと、シヒ変数はどんど
ん変わっていきますけど、恒常的に次から次へと見つけられるようなプロセスを
作ると、回っていくのだなというのが私のビジネスパートナー達とのコラボレー
ションの結果分かったことかなと思います。今ちょうど亀田総合病院さんとか、
医科研の田中先生とかとコラボレーションさせていただいて、やっています。ど
うも、患者さんの発言はいくら堆積しても、あまりにも悲惨なのです。仰ってい
るような夢のあるサイクルというのはなかなか描けないような気が実感として少
しあります。ビジネスピープルであれば、お客さんの声を可視化するとかなり回っ
ていきそうなコンセプトが取れてかなり出てきます。サイクルは回っていきます
し、利益にも繋がっていきます。しかし、なかなか医療という場合に、それが難
しいです。実は、仰っているお医者さんが、患者さんとコミュニケーションする
能力にも掛かってくるのではないかと思います。要は、患者さんが明るい気持ち
になって話が出来るような場を作ってやっていかないといけないのかなという気
がします。

A(横山)患者も消費者ですから、私はいつも言うのですが、消費者は賢いけど
イマジネーションはそんなに豊かではありません。だから、このクラム・シェル
でワンプッシュ型の携帯電話が出て来るまでに、消費者は「パッと押すと開く携
帯電話が欲しい。だから作ってくれ」とパナソニックに言ったわけではないので
す。常に企業が仮説をして、これは良いということで作っているわけです。だか
ら、いつも言いますのは「浜崎あゆみが出て来たら嬉しい」と言った高校生はい
ないよということです。出て来る前に「出て来てくれ」と言った人はいません。
出てきてはじめていい悪いのという評価はできるのです。消費者は賢いけどイマ
ジネーションは無いのです。だから、見せてやらなければいけません。そこが一
番難しいと思います。

Q会場(国立大学工学部准教授)何が言いたいのかと申し上げますと、結局スキ
ルというのが必要だと思います。それは、おそらく今おっしゃった意味で患者さ
んに対してそれを求めるのはおもらく極めて難しいと思います。そういうことは、
医療者の方に例えば仰っているような意味でのイマジネーションであるとか、お
そらくイマジネーションを育てるにはアナロジー思考に育っているとか、わりと
細々とした生きるレベルの教育ということがおそらく必要なのだとすれば、それ
は一体どこでやったら良いのかというのが私の最終的な質問です。

A(横山)皆、クリエイティビティとかイノベーションとおっしゃるけど、イノ
ベーションはそんなに簡単に出て来ないし、そんなクリエイティブな人は世の中
にはいません。ほとんどの人は、リソースフルなのです。要するに、いろんなこ
とを知ってうまく整理し、記憶しておけばいいのです。この問題にはこれ、この
問題にはこれというふうに答えをだしていくと「クリエイティブだね」と言われ
るだけです。要するに、誰かがすでにやっているわけです。

それから自分で勝手に無意識な世界で自己規制をしていることもあります。特
に規制のきつい世界は、こういうことはやってはいけないという自己規制がもの
すごく無意識なレベルにあって発生しているのです。それを、何が無意識な自己
規制なのかということを意識にのぼせることが必要です。私はコンサルタント時
代、お上が規制を与えていないのに自己規制しているのを銀行で大量に見ました。
誰もやれと言っていないことをやっているのです。いつからやっているかと言い
ますと、要するに30年、40年前からで何故やり始めたのか覚えている人はもうい
ません。

そういうことがあるので、無意識の自己規制をリストアップしてそれを外して
いくということをやると、パッと思考が広がります。こういうことを沢山調べて
本を出版しているのはスタンフォードプレスです。もう、30年程前に大量に創造
性に関する本が出ていますから、もし興味があったら数冊は日本語に訳されてい
ます。日本語の本は魅力の無いタイトルでほとんど売れていませんから、絶版に
なっています。

私が良いと思ったのは、「コンセプチュアル・ブロック・バスティング」とい
う本です。要するに、自分でどういう所で自己規制をして思考を停止しているの
かというのを、一般的にこの位ありますというのが書いてあります。それで、自
分の世界はどれかなとやっていただけるだけで、かなり足しになります。

Q会場(国立大学工学部准教授)分かりました。ありがとうございます。今の話
は、お医者さんの卵である医学生ではなくて、私の所にいる工学部の学生達にも
言えることだと思いますので、参考にさせていただきたいと思います。

(以上)

MRIC Global

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