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臨時vol 68 ~福島県立大野病院事件 第14回公判傍聴記 後編~

医療ガバナンス学会 (2008年5月19日 13:01)


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    ■□ 堂々結審。司法だけでなく、立法にも覚悟を迫る弁論 □■
                 ロハス・メディカル発行人 川口恭

前編では、医師法21条が憲法31条違反であるとの主張まで記した。その後から最終弁論の報告を続ける。
「さらに医師法21条は、憲法38条に根拠づけられる黙秘権を侵害する違憲無効な法律であり、違憲無効な法律により処罰することはできないから、被告人は無罪である。
都立広尾病院事件最高裁判決は
1)医師法21条に基づく届出義務が、単に犯罪発見の端緒を得る目的のみでなく、被害の拡大防止措置を講ずるなどして社会防衛を図る目的の行政手続上の義務である点
2)届出の対象が、死体に異状があると認めたことのみであって、届出人との関わりなど犯罪構成要件に関わる事項ではない点
3)医師免許は人の生命を左右する診療行為を行う資格を付与するのであるから、それに付随する社会的責務としての合理的負担も甘受せねばならない点
4)公益上の高度の必要性がある点、を理由に、医師法21条が黙秘権を侵害せず、憲法38条に反するものではない、とした。
しかし後述の通り、本判決が根拠とする1)から4)の事由はいずれも妥当性を欠いている上、特殊な事例に対する事例判決というべきものであり、本判決を本件に適用することは適当ではない。
本判決は、医師法21条には社会防衛を図る目的を有する行政手続上の義務という側面、医師たる職業に内在する制約が存在するから、黙秘権を侵害することにはならないとする。
しかし、憲法38条が保障する黙秘権は基本的人権の根幹に関わる必須の権利であって、公益性を根拠にこれが安易に制限されるとすれば、憲法が保障する基本的人権の保障は画餅に帰す。
そもそも医師法21条は明治時代に制定された医師法施行規則9条をそのまま引き継ぐ規定であり、もとは内務省の所管法令であった。内務省は、警察事務のほか、現在の厚生労働省が所管する事務も所管していたため自然なことであった。
しかし内務省が廃止され、内務省が所管していた事項は、警察事務は警察庁および都道府県警察へ、衛生上の事務は厚生省へと移管された。これに伴い、『感染症の予防および感染症の患者に対する医療に関する法律』などが厚生省の所管法令として制定され、社会防衛のための医師の届出義務などは同法12条などで処理されることになり、医師法21条が有していた社会防衛を目的とする側面は大きく後退することとなった。
今や医師法21条は、主として犯罪発見の端緒を得る目的のために存在するものとなっており、本判決が述べるような衛生確保など行政手続上の目的は、副次的なものに過ぎず、このような副次的な目的を根拠に憲法38条に違反しないと結論づけられることはできない。
また、仮に衛生確保等の行政上の目的があるとしても、医師法21条による異状死体の届出により、捜査機関は犯罪捜査の直接の端緒を得ることになるし、その報告内容には単に異状死体が存在することに留まらず、死亡に至った経緯等の説明を求められることは必然であり、これらの業務と黙秘権により保障された権利が鋭く対立し、相容れないことは自明のことである。
本判決は、届出事項が犯罪構成要件を含まないので黙秘権を侵害しないとしている。しかし、医師法21条は届出内容を規定していない。従って、所轄警察署の運用次第では、診療医師や診療経緯を聴取される危険があるから、届出事項が犯罪構成要件を含まないとは言い切れない。
そもそも今日の医師法21条は主として犯罪発見の端緒を得る目的で届出をさせている以上、犯罪構成要件に該当する事項を聴取しようとするのが通常であり、届出自体に犯罪構成要件が含まれなくても、必然的に犯罪構成要件に該当する事項の聴取を招来するので、届出事項の内容を理由にすることは形式論理である。医師法21条の届出を行えば、捜査機関から死体検案書ないし死亡届の提出を求められることは容易に想像できる。本件でも被告人の過失を裏付ける証拠として、検案結果を記載した死亡届が提出されていることからも、医師法21条の届出が医療過誤の犯罪捜査に直結することは明らかである。
本判決は、医師が人の生命を左右する診療行為を行う資格を有するがゆえに、その代償として黙秘権の放棄を伴う社会的責務を負うべきとする。
しかし、応召義務を前提として、今日の医療現場における医師の過重な負担を見るにつけ、医師が人の生命を左右せざるを得ないことが、医師の社会的責務とさえいえる。責務の代償に責務を負わせることはできないのであって、本判決の論理は現実を理解しない空論である。
また仮に医師が本判決の指摘するような特権を有しているとしても、特権を有しているからといって、基本的人権である黙秘権を奪われる理由にならないことは言うまでもない。
本判決は、医師法21条の届出に公益上の高度の必要性があることを合憲の理由としている。しかし、公益上の高度の必要性等という抽象的な理由によって、黙秘権という重要な基本的人権を軽視することはできない。
以上の通り、都立広尾病院事件最高裁判決が医師法21条を合憲であるとした判断には重大な誤りがあり、受け入れることができないものである。
そもそも本判決の事案は、看護師が点滴薬剤を取り違え、血液凝固防止剤をとうよすべきところ誤って消毒液を投与したという明白かつ初歩的な医療過誤に関するものである。
さらにこの事件は、病院長について医師法21条違反の有無が問われた事件であったが、病院長にとっての黙秘権の重要性は、二重の意味で希薄化されている事案であった。
まず過失行為を行ったのは看護師であるから、検案医師でもある主治医は監督過失を負うに過ぎず、主治医の監督過失は立件すらされていない。次に医師法21条違反の直接行為者は検案医師である主治医であるから、病院長は共謀共同正犯の限度で関与するに過ぎないうえ、主治医は医師法21条違反を認めていた。
つまり都立広尾病院事件では、問題となっているのが病院長の黙秘権ではなく、看護師と主治医の黙秘権であるに過ぎないうえ、病院長は主治医との共謀について医師法21条の責任が問われているに過ぎなかったのである。
このように本判決は、特殊な事例についての事例判決というべきものである。
これに対し本件は過失の有無が激しく争われている事案であるうえ、被告人は主治医かつ検案医師として業務上過失致死罪および医師法21条違反双方で起訴されており、黙秘権の重要性が激しく問われる事案である。このような事案の相違を無視して、安易に本件に都立広尾病院事件判決を適用することはできない。
憲法38条は、国民に対し黙秘権または自己負罪拒否特権を保障し、国民は刑事手続きにおいて自己に不利益な供述を強要されない権利を有する。しかるに、医師法21条は、必然的に罪状の有無のみならず犯罪構成要件に該当する事実の供述を強いる結果となる場合が多い。このような検案医師の不利益は、行政届出上の義務であるという理由や、医師の社会的責務、公益上の必要性によって排斥される性質のものではない。従って、医師に一義的に医師法21条の義務を課すことは黙秘権を保障した憲法38条に反して違憲である。
たしかに病院に運び込まれた他殺死体を検案するような検案医師の黙秘権が問題とならないようなケースがあるとしても、少なくとも医師が自ら主治医として診療した患者が死亡した場合で、同じ医師が検案を行うときに医師法21条を適用することは、当該適用の限りにおいて検案医師の黙秘権を侵害することになり、憲法38上に反し違憲と言える。
以上の通り、医師法21条は憲法31条および38条に反して違憲無効である上、仮に有効であるとしても、被告人の行為は医師法21条の構成要件に該当せず、かつ、犯罪の成立を阻却する事由があるから、医師法21条違反の点についても被告人は無罪である」
繰り返すが、難題に真正面から正々堂々と挑んだ実に立派な弁論だと思う。弁論の間、弁護人が声を張り上げる度にニヤニヤしていた検事も、このくだりは真剣な顔をして聞いていた。
この弁論を聞いてしまうと、厚生労働省事故調設置の検討会の場で盛んに聞かれた「医師法21条だけ改正するのは国民感情が許さない」という意見が、いかにも薄っぺらくご都合主義のように思えてくる。第三次試案もこの点には向き合っていないし、それより何より医師法21条をこのように宙ぶらりんの状態で放置した立法府の責任もまた重い、こう言わざるを得ない。「医療現場の危機打開と再生をめざす議員連盟」の鈴木寛・幹事長も午後から傍聴していて、この弁論を聴いていたので、何らかの動きがあることを期待したい。
最後に総括。
「本件起訴が、産科だけでなく、我が国の医療界全体に大きな衝撃を与えたことは公知の事実である。産科医は減少し、病院の産科診療科目の閉鎖、産科診療所の閉鎖は後を絶たず、産む場所を失った妊婦についてはお産難民という言葉さえ生まれている実態がある。
産科だけではない。危険な手術を行う外科医療の分野では萎縮医療の弊害が叫ばれ、その悪影響は救急医療にまで及んでいる。
医師会をはじめ、医学会、医会、全国医学部長・病院長会議等100に近い団体が本件事件に抗議する声明等を出している。医師の業務上過失致死事件について、各種医療団体から多数の抗議声明等が出されたことは、我が国の刑事裁判史上かつてないことである。
このような事態が生じたのは、検察官が公訴事実において、我が国の臨床医学の実践における医療水準に反する注意義務を医師である被告人に課したからに他ならない。
検察官が、本件裁判において度々言及しながら遂に証拠請求すらしなかった県立大野病院医療事故調査委員会作成の報告書は、起訴前から広く医療界に知られていた。抗議声明等を出した医療団体は、被告人が術前には癒着胎盤の認識を持っていなかったこと、胎盤剥離中に癒着を認識したこと、剥離を継続して完了させたが止血ができず患者が死に至ったことを知ったうえで、それを前提に抗議声明等を出しているのである。
検察官は論告において、『胎盤の剥離を開始した後、癒着胎盤を認めた場合には止血捜査に努めると同時にただちに子宮を摘出するという知見は、基本的な産婦人科関係の教科書、基礎的文献に記載されている産婦人科における基礎的知見』と主張する。証拠となっていないものも含め、胎盤剥離開始後に剥離を中止して子宮を摘出するという記述はない。
また前述の通り、本件で証拠となったすべての癒着胎盤の症例で、胎盤の用手剥離を開始した場合には、胎盤剥離を完了していることが立証されている。これが我が国における医療の実践である。胎盤剥離を開始して、途中で中止し、子宮を摘出するという医療が、我が国の臨床医学の実践における医療水準や標準医療でないことは証拠上明らかである。
(中略)
被告人は、厳しい労働環境に耐えて、地域の産婦人科医療に貢献してきた優秀な産婦人科医である。
懸命の努力にもかかわらず、担当した患者を死なせてしまった被告人の無念さと悲しみは、当公判廷で被告人が供述する通りである。
被告人は真摯に本件患者の死を悼み、度々本件患者の親族に頭を下げ、本件逮捕に至るまで月1度の墓参を欠かしたことはなかった。このような事実は、被告人の医師としての誠実な態度と真摯な姿勢とを如実に表すものである。
本件患者が亡くなったことは重い事実ではあるが、被告人は、我が国の臨床医学の実践における医療水準に即して、可能な限りの医療を尽くしたのであるから、本件に関しては、被告人を無罪とすることが法的正義にかなうというべきである」
この後、加藤克彦医師の最終陳述。
「Aさん(亡くなった方)に対して信頼して受診していただいたのに、お亡くなりになるという最悪の結果になりましたことに、本当に申し訳なく思っております。
初めて病院を受診された時から、お見送りさせていただいた時の、いろいろな場面が現在も頭に浮かんで離れません。あの状況でもっと良い方法がなかったのかとの思いに、いつも考えがいきますが、どうしても思い浮かばずにいます。
ご家族の方に分かっていただきたいと思っているのですが、なかなか受け入れていただくことは、難しいと考えております。亡くなられたという事実は変えようもない結果ですので、私も私なりに非常に重い事実として受け止めています。ご家族の皆様には大変つらい思いをさせてしまい、まことに申し訳ありません。
今回できる限りのことは一生懸命行いました。精一杯できるだけのことを行いましたが悪い結果になり、一医師として非常に悲しく悔しい思いをしております。
私は、真摯な気持ち、態度で、医療、産婦人科医療の現場におりました。再び医師として働かせていただけるのであれば、また地域医療の一端を担いたいと考えております。
裁判所に対しましては、私の話に耳を傾けてくださいまして、また真剣に審理してくださったことに深く感謝しております。
改めまして、Aさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。」
これで結審。判決公判は、8月20日午前10時からである。
この傍聴記は、ロハス・メディカルブログ(http://lohasmedical.jp)にも掲載されています。

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