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臨時 vol 64 諫早医師会「医療安全調は百害あって一利なし!」

医療ガバナンス学会 (2008年5月15日 13:05)


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「医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止等の在り方に関する試案-第三次試案-」に対する意見について
社団法人諫早医師会
会長 高原晶    
 われわれ諫早医師会は、「医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止等の在り方-第三次試案-」(以下第三次試案)に下記の理由で反対する。
(1)第三次試案に計画される組織では、医療事故の原因究明が困難になる。
(2)第三次試案では、医療従事者の不当な刑事処分が減るという保証が全くない。
(3)第三次試案では、医療の民事紛争が激化する可能性が高い。
(4)以上により、患者・医療者関係の軋轢は増し、医療現場は萎縮・荒廃する。
 そもそも第三次試案の目的は「医療の安全の確保」であり、そのために「死亡事故について、その原因を究明し再発防止を図ること」だという。この点についてわれわれはまったく異論はないが、より重要なことはわが国の医療システムそのものを守ることであろう。医療が崩壊してしまっては、もはや医療事故の原因究明・再発防止の意味もないからである。ひるがえって現下のわが国の医療、とりわけ産科、小児科、救急医療等の現場が崩壊の危機に瀕していることは、誰の目にも明らかである。具体的にはこれらの医療現場では、十分な予算の手当てや人員配置もないまま、多くの医師が労働基準法違反の過重労働を強いられており、過剰な安全要求と理不尽な訴訟に萎縮し、士気を失って立ち去り続けている。さ
らに深刻なことに、このように過酷で訴訟リスクの高い医療分野の窮状を目の当たりにした新卒の医師がこれらの分野を忌避し、後継者が途絶えようとしている。
 いわゆる医師不足問題は、絶対数の不足のみならず、このようなハイリスク分野からの医師の立ち去りが大きな原因であり、厚労省はこの事実に目を背けるべきではない。したがって新設される組織の制度設計においては、不当な刑事訴追は言うに及ばず、民事訴訟についてもそのリスクが増えることのないよう、特段の配慮がなされるべきである。これは医療従事者の保身のために言うのではない。医療が崩壊して困るのは誰よりも国民である。われわれは、第三次試案に示された新しい制度が、医療事故の原因究明を困難にするばかりでなく、訴訟リスクを増加させ、わが国の医療崩壊を加速させる可能性が高いことを真剣に危惧する。
【1】医療事故の原因究明について
 第三次試案では、第二次試案に比べて医療死亡事故の届出の範囲を限定し、調査に対する関係者の黙秘権も認めている。これは、医療界から事故関係者の責任追及に対して懸念が表明されたことに配慮したものであろう。しかし計画されている調査機関(医療安全調査委員会)の目的は、「死亡事故について、その原因を究明し再発防止を図ること」であるから、その調査は、諸外国の経験や他産業の知見に照らしても、幅広い事例について行なわれる必要がある。もちろん医療の安全向上のためには、対象が死亡事例に限定されるべきでもない。
 よって、医療安全調査委員会の調査が本当に「医療関係者の責任追及を目指したものでない」のであれば、報告者の匿名化と免責を明記し、自発的な報告制度として、多くの関係者から幅広い事例についての情報提供を得るべきである。処罰と連動させた上で黙秘権を与えるのは、制度の目的からすれば本末転倒であろう。同じ理由で、調査委員会は、医療の監督官庁である厚労省から独立した運営がなされねばならない。このような指摘は、2005年WHOの「World Alliance for Patient Safety WHO Draft Guidelines for Adverse Event Reporting and Learning Systems(患者安全のための世界協調有害事象の報告とそれに学ぶシステムについてのWHOガイドライン草案)」に詳述されており、これに照らして、第三次試案で計画されている報告制度は明らかに不適格である。
 医療の安全向上のための情報収集と責任追求とは、別の仕組みで行われるべきであって、両者を同一組織で行おうとすれば、一方でハイリスク患者や救急の患者を忌避するなどの萎縮医療を招き、他方で事故情報の収集と分析も困難になって、安全向上も損なわれるであろう。医療安全調査委員会(医療事故調査委員会)の創設が検討されたこの1年間で、副作用・合併症の報告が激減しているという事実がこのことを雄弁に物語っている。(http://expres.umin.jp/files/genba/ishuku071211.pdf)
【2】医療従事者の刑事処分について
 故意・悪意をもって行なわれたのではない医療事故は、刑事罰の対象から外すべきであるというのは、われわれ医療従事者にとって究極の願いであるが、これには大きな議論を経た上での国民的合意を必要とする。したがってとりあえずの目標として、捜査機関が最大限に謙抑的に対応することを望みたい。ここでいう謙抑的な対応を担保するのは、法的な根拠を持つ何らかの歯止めであり、関係者の解釈・裁量に任せるべきものではない。福島県立大野病院の産科医の不当な逮捕が、今日の産科医療崩壊の直接の引き金となったことは明白であり、このようなことは二度とあってはならない。
 日本医師会は、第二次試案による医療事故調査委員会を「刑事訴追からの不安を取り除くための取り組み」と位置づけ、「診療関連死の場合に、原則として刑事司法の介入を避ける、新たな仕組みを法制化することがこの試案の最も基本的な目的である」と説明している。これを受けて第三次試案では、調査委員会の結論が出るまでは警察の捜査が開始されない、あるいは、調査委員会から捜査機関への通知がなければ捜査が行なわれないかのように受け取れる文言が別紙3に書き込まれた。しかしながら、先日の国会質疑で、調査委員会の結論が出るまで警察の捜査が開始されないという厚労省と捜査当局との間の合意文書は存在しないことが明らかにされ、また、警察はたとえ調査機関の通知がなくても独自の判断で捜査することを刑事局長が明言した。すなわち、第三次試案には警察の捜査を抑制する法的歯止めはまったくない。
 このように調査委員会の報告がどうあれ、捜査機関が悪質・重過失と判断すれば刑事介入が行なわれることになるが、何が悪質で、何が重大な過失なのかは捜査機関の裁量次第となっている。われわれが安心して医療を行なうためには、犯罪とされるものが、医療従事者にも納得できるものであり、かつ自分が行う行為が犯罪になるのかどうかが、事前に分かるようなものでなければならない。しかし現状において、刑事司法は結果
の重大性を重視しており、実際に大野病院事件の論告求刑において被告医師は、重大な過失を犯し悪質だと糾弾されている。以上より、第三次試案に示された制度では、大野病院事件のような不当逮捕を防ぐことはできず、われわれは受け入れることはできない。
【3】医療の民事紛争への影響について
 医療安全調査委員会は、医療死亡事故の調査を行い、行われた医療に問題がなかったか否かを事後的に判定する機関である。したがって届出をした段階で、医療に納得していた遺族にすら不信感を植え付け、医療従事者と患者側を否応なく対立関係に引き込むという性格を持っている。
 一方医療従事者にとって、患者が亡くなったとき、医学的にまったく何の反省点もないということはあり得ない。むしろ医療従事者は自ら行った医療行為について、あらゆる観点から積極的に反省点を見出すよう求められている。これは医療の向上のために当然の作業であるが、反省点と過失の区別は容易ではない。調査報告書に「この時点でこのように判断した方が良かったかもしれない」という類のことが書かれたとき、遺族から見れば医療過誤を犯したものとして、応報感情が高まることが容易に予想される。
 さらにもし調査委員会のメンバーとして予定されている法律関係者に、患者側に立つ弁護士など間接的な利害関係を持つ者が参加することになれば、このような医学上の反省点が、調査報告書において「過失」と同等に扱われ、民事紛争を有利に進めるために利用される可能性がある。
 以上のように、医療安全調査委員会の制度そのものが、患者・医療従事者を対立関係に引き込んで応報感情を煽り、調査報告書が権威のある「鑑定書」となって民事紛争、場合によっては刑事告訴を誘発することを、われわれは強く懸念する。訴訟リスクの高まりこそが医療現場の萎縮と荒廃の大きな原因であると指摘されている今日、このような制度が施行されれば、医療崩壊に拍車がかかることは必至であろう。医療事故の原因究明が重要であることは論を俟たないが、その制度設計は患者と医療従事者の間の軋轢を減らし、わが国の医療システムを崩壊から守るものでなければならない。
以上
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