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臨時 vol 63 「第三次試案に対する意見」

医療ガバナンス学会 (2008年5月14日 13:05)


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「医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止等の在り方に関する試案-第三次試案-」に対する意見について
帝京大学医学部附属病院副院長
森田茂穂(もりたしげほ)
 「医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止等の在り方」は、医療従事者および患者遺族を含めた国民にとって重大な問題であり、厚生労働省第三次試案に対して様々な考えがあると存じます。国民一人一人が次世代の発展のために将来のゴールを設定し、様々な意見を出すことは健全な立憲民主主義の基礎であります。今、個人としてそのために何をすべきか、意見を表明する時期であると考えます。
 医療安全調査委員会(仮称)の設立は、医療者側だけでなく患者遺族側にとっても、望ましいことであり、異論はありません。厚生労働省が、我々医療者や患者遺族の立場を十分に配慮し、様々な検討を重ね、医療事故の原因究明と再発防止を目的にする中立的な第三者機関である医療安全調査委員会を設立すると明言されたことに対して敬意を表します。
 第三次試案には、これまでの試案に対しての医療関係者からの多彩な意見に応え、医療関係者の懸念を取り除く表現や配慮をして頂いています。しかしながら、記載内容を詳細に検討してみますと、法的あるいは実務的な裏付けが欠けている記載が見うけられ、さらにいくつかの論議を要する問題点があると思われます。今後、これらの問題点に対し厚生労働省が法務省や警察庁など関連省庁と協議をされ、その結論を試案に明記して頂かなければ、このままの形では賛同できません。
以下に問題点をまとめますので、ご検討頂ければ幸いと存じます。
1 医療関係者の責任追及:段落番号(7)
2 届出:段落番号(16)以降
3 医師法21条:段落番号(19)他
4 重大な過失:段落番号(40)
5 医療安全調査委員会(仮称)の設置場所                :段落番号(8)
1)医療関係者の責任追及
 第三次試案(平成20年4月)の2ページに(7)「委員会は、医療関係者の責任追及を目的としたものではない。」とありますが、元来、厚生労働省には、責任追求の権限はありません。責任追及は、警察、検察、裁判所の業務です。調査委員会がまとめた調査結果に基づき、調査委員会が捜査機関へ通知すれば、その通知を捜査の端緒とし、警察や検察が医療関係者の責任を追求する可能性は否定できません。ということは、「委員会は、医療関係者の責任追及を目的としたものではない」に対する裏付けがないということになります。従って、この第三次試案では、医療関係者の責任追及が重要視され、本来の目的である「原因究明・再発防止」から逸脱したものとなる可能性があります。だからといって、医療関係者が責任追及を逃れられるわけではなく、公表結果をもとに患者遺族側が警察へ捜査を依頼したり、捜査機関が独自に判断し捜査を開始することで、現行法に基づき責任追及が始まることとなります。よって第三次試案の中で、医療関係者の責任追及を目的にしないと表現していても、それは厚生労働省の希望もしくは努力目標にすぎないのではないでしょうか。実際、河上和雄氏(元東京地検特捜部長、最高検公判部長)は、「厚生労働省に責任追及に関する権限を持たせるためには、現行の刑法、刑事訴訟法などの法体系を変えない限りありえないことで、第三次試案にあたかもそれが出来うることのように書かれているのは、医療関係者に対し大変な誤解を生じさせることになる。」と述べています(医療維新・インタビュー m3.com 2008年4月8日)。もし本当に医療安全調査委員会が責任追及を目的としない組織であるなら、委員は非常勤公務員ですので、守秘義務があることを明確にするべきです。ちなみに、航空・鉄道事故調査委員会設置法(最終改正 平成18年6月2日法律第50号)の第10条1項で委員長・委員、並びに第15条5項で調査等の委託を受けたものに守秘義務を規定しております。以上に加えて、第三次試案の中で刑事訴訟法にある証言拒否権、押収拒否権や、民事訴訟法の証言拒否権、文書提出命令拒否権などにも触れるべきです。
2)届出
 厚生労働省第二次試案では医療安全調査委員会に対する届出の主体が医療機関からに限定されていましたが、第三次試案では患者遺族側からも届出が可能になりました。この点は、調査委員会の中立性の面から、患者遺族側に対する配慮の面からも、医療者側にとっても望ましいことであると考えます。
 第三次試案の3ページ(19)で、医師法21条の改正に言及しています。今国会の4月4日の厚生労働委員会で、厚生労働省医政局長が医師法21条の改正に触れ、関係省庁の間で調整を行い、できれば今国会中の法案提出を目指すと答弁しています。しかし、4月22日の国会質問で法務省と警察庁は「法務省は厚生労働省と協議をおこなったが具体的な文書によるすり合わせはなかった。」との答弁があったと報告されています。もし関係省庁の間で調整が行われたのなら、その結果を試案のなかに文章化して示し、それを基に法案提出を目指すのが本筋です。「すでに関係省庁間で協議を行なったのであるから、試案の中にまで文章としてその内容を盛り込む必要はない」と主張される方がいらっしゃるかもしれませんが、元来、賛同する・賛同しないという判断は、文章に書かれたことを基になされるのが一般的です。事実、日常診療の際、診療内容について、医療者側から患者側に対してまず口頭で説明をしますが、その説明した内容が診療録に記載されていない場合には、裁判所はその説明がなされなかったとし、説明義務違反と判定され、裁判では医療者側の主張は認められません。
 届出に関するもうひとつの問題は、上記の厚生労働委員会でも議論されたとおり、届出数が非常に多くなった場合に、迅速適正に調査委員会が機能できなくなるのではないかということです。警察庁刑事局長は、「万一、調査委員会での検討結果の発表が遅れ、患者遺族側から早期の解決を望むという提案があれば、当然警察は捜査に乗り出さざるをえない」と答弁しています。また調査委員会が迅速に活動するためには、相当数のマンパワーと予算が必要不可欠であるはずですが、それについては試案の中で何ら記載がありません。予算については、まず財務省が深くかかわるはずですが、財務省との協議調整については、全く言及されていません。
 原因究明、再発防止のためには、届出の範囲を拡大し、匿名化した形で、できれば死亡例のみならず死亡に至りかけたような重大な事故例を含めて届出がなされ、データバンクに情報が蓄積されることが望ましいと考えます。つまり、「原因究明・再発防止」のためには、より多くの届出がなされ、より多くのデータの蓄積があることが好ましく、責任追及などの紛争を解決するものとは別な届出ルートを設けるべきです。紛争解決のためには、段階を踏んで届出を絞り込まないと、調査委員会での未処理件数の増大、判定のずさん化につながり、実効性に乏しいものになると考えます。ちなみに、2005年に発表されたWHOのガイドラインWorld Alliance for Patient Safety: WHO draft guidelines for adverse event reporting and learning systems においても、患者の安全を維持するためには専門家によって構成された独立した組織が匿名化した形で迅速に報告することが重要であるとしています。
http://www.who.int/patientsafety/events/05/Reporting_Guidelines.pdf
3)医師法21条
 医師法21条の元来の趣旨は、犯罪に対し、捜査機関が迅速に対処するためのものです。犯罪の発見の手がかりとして有用なため、その文言は医師法施行規則9条として明治時代から存続しており、昭和23年医師法施行の際、21条として盛り込まれたものです。現在問題になっているのは、本来の趣旨や目的から外れて拡大解釈され、医療関連死にも当てはめられてしまっているため、現場の混乱を招いているものです。その流れの契機となったのが法医学会ガイドライン(1994年)、外科学会ガイドライン(2002年)、厚生労働省からの指示やガイドラインなどです。法律の改正はすぐにはできないため上記ガイドラインなどを撤回すべきだと説いている法律家は少なくありません。それは刑罰法規(医師法21条も刑罰を規定している)には、罪刑法定主義が徹底されるべきであると考えているからだと思われます。現行法の改正には時間がかかり、改めて国会の議決を要すること、且つこの21条の立法趣旨は現代社会においても有用と考えることから、むしろ厚生労働省による試案を基に提出されようとしている法案の内容を検討し、国民に不利益をもたらすことがないものにすべきと考えます。拡大解釈によってもたらされた諸問題を解消するためには、たとえば第2項として、医療関連死は医療安全調査委員会に届けることとし、委員会に届出をすれば届出義務を果たしたとみなす(すなわち警察に直接届け出なくてもよい)などとすることが考えられます。
4)重大な過失
 第三次試案の9ページ(40)の③に重大な過失の定義が載っています。ただし、法律用語での「重大な過失」とは定義が異なっています。加えて、試案では、死亡という結果の重大性に着目したものではなく、「標準的な医療行為から著しく逸脱した医療であると、地方委員会が認めるもの」としており、さらに「あくまで医学的な判断であり、法的評価を行なうものではない」としています。しかし、「重大な過失」として捜査機関へ通知すれば、捜査機関は当然、法的評価(刑法でいうところの重大な過失)に基づき、捜査が開始されることになると予想されます。法律家によれば、「重大な過失」とは、わずかな注意を払えばその結果の発生を防止できたのに、その注意を怠ったもの、とされています。試案においては「重大な過失」とは結果の重大性に着目したものではないとしておりますが、犯罪として取り扱うかどうかを判断する上で通常は結果の重大性も考慮されます。例えば、窃盗では、ティッシュ1枚を盗む場合と、ダイヤの指輪を盗む場合とでは、窃盗罪を立件する上で取り扱いが異なることが予想されます。調査委員会座長が提唱する可罰的違法性理論によれば、前者の場合は立件しないことになるでしょう。過失という言葉をひとたび用いた上は、刑法211条の業務上過失致死傷罪が適用されますが、これには過失が重いか軽いかの区別はありません。ちなみに、刑法211条は、医師法21条と連動しているものではありません。医療過誤があったかどうかには刑法211条があてはめられ、届出の有無についてのみ医師法21条が用いられ、それぞれ法律としての目的(立法趣旨)が異なります。
 厚生労働省は今回の医療安全調査委員会の第一の目的は原因究明にあると言っています。原因究明を最優先するのであれば、当事者である医師、看護師、助産師、臨床工学士、薬剤師などの医療関係者が、自己に不利益であるかもしれないと考えた情報でも偽りなく提供できる制度(1で述べたデータバンクに類するもの)を、今回の第三次試案に提示されたものとは別に設ける必要があると考えます。提供した情報が自分に不利益なように判断されたり、それをもとに刑事訴追される恐れがあると感じれば、正確な情報が集まりにくくなり、再発防止策を立てにくくなります。なぜなら、自己に不利な供述を強要されないことを保障した憲法38条1項、刑事訴訟法146条、198条2項等があるからです。
 現実的には、事故発生初期の段階で患者遺族側に対して真摯な対応をすることが、相互理解を深め、紛争拡大を予防しうる最も重要なステップと考えます。信頼される医療は患者側にとっても、医療者側にとっても共通の目標であります。その目標達成には患者側および医療者側が共同して相互の信頼関係を築くことが必須と考えます。そのためには、医療過誤があったと考えられる場合にはまず医療者側が正直に事実を告げ、納得するまで説明し、謝罪すべき時には謝罪するといった真摯な対応をすることが、第一歩と考えます。
5)医療安全調査委員会の設置場所
 医療安全調査委員会の構成員として法律家が入ることが予定されています。よって委員会の活動には法的判断および法的処分も含まれることが予想され、厚生労働省の管轄外の部分も出てくることが考えられます。委員会は一省庁を超えた独立性・中立性・透明性のある位置におくべきです。
 医療は国家の柱とも言うべき重要なものです。現在、失業率の増大、ワーキングプアの増大等、社会不安の原因となる現象が出現し、加えて日本は世界に先駆けて、高齢者社会に突入しようとしております。これらの問題に対処するため、医療関連産業を国家プロジェクトの一つとして育成することが考えられます。そのためには厚生労働省のみでなく経済産業省、法務省等各省庁を統括できる機関に医療というものを位置づけ、次世代の雇用を増大し、若い世代に活力を与えることを考えなければならないでしょう。高齢者がますます増大する時代にこそ、医療関連産業を伸ばすチャンスがあるものと考えます。もし医療安全調査委員会の活動が、結果的に医療を萎縮させる方向に向かわせてしまうとすれば、医療関連産業の育成をさまたげる可能性があると予想されます。
 長期的展望を視野に入れて、上記の医療安全調査委員会を行政内に設けるとすれば、委員会の一委員が提案しているように、内閣府に設置するのが良いと考えています。
 総じて、第三次試案を含み、今まで示されてきた試案には、上記に挙げた点を含め、不透明な部分、あいまいな点、制度や法的な裏付けのない事柄が少なくありません。現在の新臨床研修制度(スーパーローテーション)においても、当初の目標とは異なり、現場の混乱を招き、地方での医療崩壊を加速させております。新しい制度を構築、運用するにあたっては、長期的な展望から、一省庁を超えた国家的レベルでの検討がまず必要と考えます。
 現時点では、この試案に対し、このままの形で賛同することはできません。幸い、パブリックコメントという、各分野からの意見表明を募集しておられますので、個人としてもいろいろな意見を含めて表明することが、より良い制度の確立に向けて有意義なものと考えます。私達は医療を施す立場にあると同時に、医療を受ける患者にもなります。全ての患者が安心して医療を受けられると同時に、私達の後輩達が働きやすい環境で診療に携われるよう努力することが私達の責務であり、国民全体にとっても望ましい医療体制を構築することにつながると考えます。
著者ご略歴
森田茂穂(もりたしげほ)
1974年東京大学医学部医学科卒業
ハーバード大学マサチューセッツ総合病院麻酔科レジデント、ICUフェロー
1986年より帝京大学医学部麻酔科教授
ハーバード大学、スタンフォード大学、エモリー大学、ワシントン大学の客員教授、
帝京ロレットハイツ大学学長(コロラド USA)を歴任
現在  帝京大学医学部附属病院副院長
東京地方裁判所:医療機関弁護士会及び裁判所との協議会の幹事会委員
千葉地方裁判所:千葉県医事関係裁判運営委員会委員
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