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臨時 vol 55「医療安全調査委員会は刑事司法を制御できるのか」

医療ガバナンス学会 (2008年5月2日 13:11)


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―厚労省第三次試案の法的弱点(その1)
井上清成(弁護士)
 


1 刑事司法における医学鑑定
(1) 鑑定による刑事裁判の制御は?
4月28日、東京地方裁判所で、東京都渋谷の夫殺害(その後に死体をのこぎりで切断し、路上に放置したため、殺人・死体損壊・死体遺棄の罪に問われた)事件で、妻に対し完全な責任能力を認めた有罪判決があった。この事件が注目された点の一つは、弁護側のみならず検察側推薦の精神鑑定でも「心神喪失状態」とされたので、刑事責任能力無しとして無罪になる可能性が強かったことである。しかし、裁判所は鑑定の結論を採用しなかった。
医学鑑定は、必ずしも刑事裁判をコントロールできない、という一例であろう。
(2) 鑑定による検察の制御は?
3月21日、福島県立大野病院の刑事事件で、検察官は、加藤医師に関し「基本的な注意義務に著しく反し、過失の程度は重大」だと論告求刑した。それまでの証拠調べの中で、弁護側推薦の3名の医師がいずれも適切な鑑定をしていたにもかかわらず、である。
これも、医学鑑定が必ずしも検察をコントロールできない、という一例であろう。
(3) 「刑事訴訟法講義」では?
いわゆる死因究明制度の検討会の座長である前田雅英氏(刑事法学者)の池田修氏との共著である「刑事訴訟法講義(第2版)」(東京大学出版会)の290頁には、鑑定に関する説明がある。
「鑑定は、裁判所の知識経験の不足を補充するためのものであるが、あくまで証拠資料の1つにすぎないから…、その証明力は裁判官の自由心証に委ねられるのであり…、裁判所の判断は鑑定の結果に拘束されない」
「精神鑑定は、被告人が心神耗弱か心神喪失かという法律上の判断を求めているように見えるが、その前提としての医学的知見を求めているのであり、法的評価は裁判所が行う」
(4) 鑑定による制御は不安定
以上は、鑑定に対する刑事司法(刑事裁判所、検察、刑事法学)の態度を示す一例に過ぎない。しかし、医学鑑定による刑事司法のコントロールは、極めて不安定なものであることがわかるであろう。
2 刑事司法コントロールの不安定性
(1) 調査報告は医学鑑定
平成20年4月に公表された厚労省第三次試案(医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止等の在り方に関する試案)では、医療安全調査委員会は医療死亡事故の「評価」を行って調査報告書を作成・公表することになった。「評価」の際には、医学的観点からの死因究明を行うのである。なお、「重大な過失」かどうかの判断も行うが、ただ、この判断はあくまで「医学的な判断」であり、法的判断を行うものではない。
そうだとすると、医療安全調査委員会の作成・公表する調査報告書は、まさに「鑑定書」である。つまり、医療安全調査委員会は、医学鑑定をする機関として構想されているのであろう。
(2) 医療安全調査委員会の限界
医学鑑定をする機関として創設される医療安全調査委員会は、刑事司法を法的にコントロールすることができない。当然、「重大な過失」かどうかの法的判断や、警察・検察の捜査の開始の肯否など、刑事司法における何らかの決定をすることも無理である。
したがって、医療安全調査委員会による刑事司法のコントロールは、極めて不安定なものと評せざるを得ない。
著者略歴
昭和56年  東京大学法学部卒業
昭和61年  弁護士登録(東京弁護士会所属)
平成元年   井上法律事務所開設
平成16年  医療法務弁護士グループ代表
病院顧問、病院代理人を務めるかたわら、
医療法務に関する講演会、個別病院の研修会、
論文執筆などの活動をしている。
現在、日本医事新報に「転ばぬ先のツエ知って得する!法律用語の基礎知識」を、
MMJに「医療の法律処方箋」を連載中。
著書「病院法務セミナー・よくわかる医療訴訟」(毎日コミュニケーションズ)

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