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臨時 vol 54 「第三次試案に対する麻酔科学会の意見」

医療ガバナンス学会 (2008年5月1日 13:12)


 「医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止等の在
り方に関する試案-第三次試案-」に関する日本麻酔科学会の意見について
※日本麻酔科学会の御許可をいただき転載させていただいております。

「医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止等の在り方に関する試案-第三次試案-」に対する日本麻酔科学会の意見「医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止等の在り方」は、医療従事者・患者遺族を含めた国民にとって重大な問題です。日本麻酔科学会としてもこの問題を大きくとらえ、検討するためのワーキンググループを設立し議論を重ねてまいりました。そして、ワーキンググループからの答申を受け、常務理事会、理事会で協議し、理事会全会一致で以下の結論に至りました。
 日本麻酔科学会は、第二次試案に対していくつかの問題点の指摘と提案をさせていただきました。この度改訂されました厚生労働省の第三次試案は、これまでの試案に対しての医療関係者からの批判に応え、医療関係者の懸念を取り除く表現や配慮がみられます。
 第三次試案の主旨が,「原因究明と再発防止にある」という点や「その目的成のために中立的な第三者機関を設ける」という点には賛同の意を表します。そして、その主旨に沿った「医療安全調査委員会(仮称)」の設立は、患者遺族側だけでなく医療者側にとっても望まく,異論のないところです。また厚生労働省が、その実現に向かってさまざまに検討を重ねてきていただいていることに対し、敬
意を表します。
 しかしながら、第三次試案を詳細に検討してみますと、このまま法律で規定するには余りに不透明な部分、あいまいな点、制度や法的な裏づけのない事項が存在します。現時点で、この試案に対しこのままの形では賛同をすることができず、今後さらに議論を重ねる必要があると考えます。
 幸い、パブリックコメントという、各分野からの意見表明を募集しておられます。医療の安全には特段の関心を寄せてきた日本麻酔科学会として、その意見を表明することが、国民にとってよりよい制度の確立に向けて有意義なものと考えます。私たちは医療を施す立場であると同時に、常に医療を受ける患者となる立場でもあります。私たちに課せられた責任は、私たちの後輩が安心して診療に携われるようにすることであり、それが患者さん、国民にとって望ましい医療体制の提供につながると考えます。
 以下に再度検討して頂きたい事項をまとめます。
検討事項
1.医師法21 条に関する点 :段落番号(19)他
2.医療関係者の責任追及に関する点 :段落番号(7)
3.届出に関する点 :段落番号(16)以降
4.重大な過失に関する点 :段落番号(40)
5.医療安全調査委員会(仮称)の設置場所に関する点:段落番号(8)
1.医師法21 条に関する点
 第三次試案の3 ページ(19)で、医師法21 条の改正に言及しています。医師法21 条の元来の趣旨は、犯罪に対し、捜査機関が迅速に対処するためのものであり、犯罪の発見の手がかりとして有用なため、明治時代から存続しています。現在問題になっているのは、本来の趣旨や目的から外れて、拡大解釈され、医療関連死にも当てはめられてしまっているため、現場の混乱を招いているものです。その流れの契機となったのが法医学会ガイドライン(1994 年)、外科学会ガイドライン(2002 年)、厚生労働省からの指示やガイドラインなどであり、これらのガイドラインを撤回すべきと考えます。しかし現行法の改正、ガイドラインの見直し等には時間がかかり、とくに現行法の改正には改めて国会の議決を要することから、今回第三次試案に見られる厚生労働省案を基に提出されようとしている法案の内容を十分検討し、国民に不利益をもたらすことがないようなものにすべきであると考えます。
 この混乱を解消するために麻酔科学会としては、医師法21 条に第2 項を設け、医療関連死は安全調査委員会に届け出ること、を明記する案を提唱いたします。
2.医療関係者の責任追及に関する点
 第三次試案(平成20 年4 月)の2 ページに(7)「委員会は、医療関係者の責任追及を目的としたものではない。」とありますが、元来、厚生労働省には、責任追求の権限はありません。責任追及は、警察、検察、および裁判所の業務です。第三次試案の文面には、警察や検察との議論や協議の結果、警察や検察から医療関係者の責任を追求しないという裏づけは、書かれてはおりません。委員会の結論が刑事訴訟、民事訴訟、行政処分につながる可能性は否定できないことになります。
 本当に委員会が責任追及を目的としない組織とするために、安全委員会の委員の守秘義務を明記すべきです。そして刑事訴訟法との関係(証言拒否権、押収拒否権や、民事訴訟法の証言拒否権、文書提出命令拒否権など)を明確にすべきです。
3.届出に関する点
 第二次試案では医療事故調査委員会に対する届出の主体が医療機関からに限定されていましたが、第三次試案では患者遺族側からも届出が可能になりました。この点は、調査委員会の中立性の面からも、患者遺族側に対する配慮の面からも、また、医療者側にとっても望ましいことであると考えます。しかし、届出に関する問題として、届出数が非常に多くなった場合に、迅速適正に調査委員会が機能できるかという疑問がでてきます。
 原因究明、再発防止のためには、届出の範囲を拡大し、匿名化した形で、できれば死亡例のみならず死亡に至りかけたような重大な事故例を含めて届出がなされ、データバンクに情報が蓄積されることが望ましいと考えます。つまり、原因究明、再発防止には、紛争解決とは別なルートを設けるべきです。紛争解決のためには、段階を踏んで届出を絞り込まないと、調査委員会での未処理件数の増大、判定のずさん化につながり、実効性に乏しいものになると考えます。
4.重大な過失に関する点
 試案の9 ページ(40)の(3)に重大な過失の定義が載っています。ただし、法律用語での「重大な過失」とは定義が異なっています。試案では、死亡という結果の重大性に着目したものではなく、標準的な医療行為から著しく逸脱した医療であると、地方委員会が認めるものとして、あくまで医学的な判断であり、法的評価を行うものではないとしています。
 しかし、「重大な過失」として捜査機関へ通知すれば、捜査機関は当然、法的評価(刑法でいうところの重大な過失)にもとづき、捜査が開始されることになることが予想されます。過失という言葉をひとたび用いたうえは、刑法211条の業務上過失致死傷罪が適用されます。しかし、これには過失が重いか軽いかの区別はありません。ちなみに、刑法211 条は、医師法21 条と連動しているものではありません。ミスがあったかどうかには刑法211 条があてはめられ、届出の有無についてのみ医師法21 条が用いられ、それぞれ法律としての目的(立法趣旨)が異なります。
 厚生労働省は今回の調査委員会の第一の目的は原因究明にあると言っています。しかし、自己に不利な供述を強要されないことを保障した憲法38 条1 項、刑事訴訟法146 条、198 条2 項等によって真実究明が困難になることが十分予想されます。加えてこの原因究明の名の下に事故調査結果が刑事処分に利用される可能性があるからこそ、上記の現行法による保証が必要かつ不可欠なものになると考えます。現実的には、事故発生初期の段階で患者遺族側に対して真摯な対応をすることが、相互理解を深め、紛争拡大を予防しうる最も重要なステップになると考えます。
5.医療安全調査委員会(仮称)の設置場所に関する点
 医療安全調査委員会(仮称)の構成員として法律家が入ることが予定されています。委員会の活動には法的判断・法的処分も含まれることが予想され、厚生労働省の管轄外の部分も出てくることが考えられます。そのため一省庁を超えた独立性・中立性・透明性のあるものにすべきであり、行政内に設けるとすれば、内閣府に設置するのがよいと考えます。

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