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臨時 vol 52 野村麻実氏「日本医師会は厚労省に騙されている!」

医療ガバナンス学会 (2008年4月28日 13:14)


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  ■□ 刑事捜査抑制の保障無し―法務省・警察庁は文書を明確に否定 □■
           国立病院機構名古屋医療センター 産婦人科 野村麻実


 医療安全調査委員会の第三次試案を、医師の皆さんは調査委員会の結論が出るまでは警察の捜査がストップされると、期待してはおられないでしょうか。そうお考えになるのも当然だと思います。第三次試案を読めば、そのように受け取れる記述があり、また日本医師会もそのような説明を会員にしているからです。ところが、そのような期待は医師側の勝手な解釈であることが、先日の国会質疑で明らかになりました。警察はたとえ調査機関の通知がなくても捜査することを、刑事局長が明言したのです。この答弁で、第三次試案には警察の捜査をストップさせるような法的根拠がまったくない事実を、私たちは突き付けられました。
国会質疑の模様をご紹介しながら、今浮かび上がっている問題点を述べてみたいと思います。
4月22日、決算行政監視委員会第四分科会において、衆議院議員で「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟」に参加している橋本岳議員が、第三次試案について国会質疑を行いました。その内容はインターネット上の録画(http://www.shugiintv.go.jp/jp/wmpdyna.asx?deli_id=39012&media_type=wn&lang=j&spkid=11744&time=02:39:37.1)で見ることができます。
質疑の相手は、法務省・警察庁の局長であり、主な論点は、厚労省と警察庁あるいは法務省の間で交わされた「文書」の有無です。なぜ文書の有無が論点になったか。それは、第三次試案の記載だけでは、医師が法的に守られるのかどうかが分かりにくく、調査委員会の結論が出るまで警察の捜査がストップされるということが文書で示されているかどうかを、省庁間の明らかな合意を明らかにするの
が目的でした。
橋本議員はまず、4月3日の日経メディカルオンラインの記事(http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/200804/505980.html)に、「法務局や検察庁などからは、この案の公表について了解する旨の覚え書きを得ている」との記載があったことを基に、省庁間で交わされた文書の有無を確認しました。すると法務省・警察庁は、この第三次試案について一切の文書を取り交わしたことがないと回答しました。
この記事内容そのものは記者会見場での出来事で、私たち現場医師に事の詳細を知ることはできませんし、大した問題ではありませんが、この答弁自体は非常に重要だと考えられます。実はこれまで「文書」の存在を匂わせ、警察の捜査がストップされるような両省の合意があると受け止められる記事が、日本医師会より何度か出されていたからです。
たとえば、日医ニュース第1117号(平成20年3月20日号)の中で木下勝之・日本医師会常任理事の名前で出された「刑事訴追からの不安を取り除くための取り組み ―その4― ―新しい死因究明制度に反対する意見に対して―」と題する記事の中に、文書の存在を示唆する「明文化」「明記」という言葉が2度出てきます。
1カ所目は、質問2の回答部分です。原文では「一方、委員会の判断に基づき警察に通知が行なわれない事例に関しては、訓告結果が調査報告書として遺族に渡って、遺族が警察へ行き刑事罰を主張しても、捜査機関は、調査委員会の医学的な判断を尊重して、原則として捜査を開始しないことが明文化されています」となっています。
2カ所目は、質問3、4に対する回答部分で「繰り返すまでも無く、医療関係者を中心とする調査委員会から捜査機関へ通知される事例は、極めて限定的な「重大な過失」事例だけであり、通知されない事案には、原則として捜査機関は関与しないことが明記されている」と記載された部分です。
このニュースを読んだ医師らは、「厚労省は法務省・警察庁との間で、調査委員会の通知なしには刑事捜査を開始しないという内容の合意の文書なり覚書を作成した」と受け取ります。しかし、このたび法務省と警察庁は合意文書の存在をきっぱり否定したのですから、上記は医師の勝手な希望的観測に過ぎなかったことになってしまいました。
また木下理事は日本医事新報No.4381(2008年4月12日)p11の記事で「故意に準じる重大な過失、隠蔽、改竄、リピーター以外は捜査機関に提出されず、それ以外の報告書も刑事処分には利用しないことを警察庁、法務省も了解済みであることを説明」と明記し、日本医事新報No.4381(2008年4月12日)p12-15においては「報告書は遺族に返すので民事訴訟への使用を制限するのは難しいが、刑事処分には持っていかないことを警視庁、法務省も了解している」と説明しています。これらは、前述した警察庁の答弁とはまったく合致しません。
木下理事の説明は客観的には誤りであると言わざるを得ませんが、これは医師会の責任なのでしょうか。 まさか、医師会が意図的に会員医師らを欺くとは思えず、医師会が厚労省から虚偽の説明を受けて、誤解してしまったとしか考えられません。つまり医師会は騙されたのではないでしょうか。医師会は特に法的な問題点に関して説明を受ける立場にありますが、法務省・警察庁から説明を日医は受けてきたのでしょうか?受けていなければ、関係省庁との調整を行う厚労省の怠慢、いや欺罔だと言ってもいいでしょう。
そもそも、仮に第三次試案の別紙3「捜査機関との関係について」が法務省・警察庁との合意に基づいて発表されたものであるとしても、その内容は実のところ「遺族から告訴があった場合には、警察は捜査に着手することとなる」(別紙3問2の答え)わけで、現状と何も変わらないことを明記してあるだけです。22日の国会質疑においても警察庁米田刑事局長は「遺族の方々には訴える権利があり、警察としては捜査する責務があり、捜査せざるを得ない」「(委員会が通知に及ばないという結論を出した場合にでも)個別の事件の判断で遺族の方々の意思というものがもちろんあるから、捜査するしないについては言及できない」旨の答弁を行っています。つまり別紙3は医師に過剰な期待を抱かせるべく、形式上「文書」にしてあるに過ぎません。
厚労省は「文書がある」と日医には嘘をついてきたはずだと思うのです。だから冒頭の日経メディカル記事の記者会見でわからないなりに「文書」「覚書」なりとにかくそれ風のことを嘘ではないけれどいわねばならなかったのだと思います。さすがに嘘は言わなかったでしょう。しかし勘違いさせることのできる言葉を並べたはずです。言いもしないことが、メモされるはずがないのです。報じられたことそのものよりも重大であったのは現場医師にとって「厚労省は誠意がない」と心から確信できる事実そのものだったと私は考えています。
医療安全委員会に関わる関係省庁は厚労省だけではありません。次回試案からは、法務省・検察庁に加えて、日医も入った形での試案作りをすべきではないでしょうか。でなければ、今後も同様のこと、つまり日医や医師が騙されるような事態が起きる可能性が否定できず、あまりにも危険すぎて論議の対象にさえできません。
医療安全委員会をその理念どおり運用するためには、刑法を改正または特別法を制定して、医療過誤に関する業務上過失致死傷罪[刑法211条1項]を親告罪にするとともに、刑事訴訟法を改正または特別法を制定し、医療過誤案件に関しては、医療安全調査委員会の「刑事手続き相当」の意見がない限り、捜査機関は捜査に着手できず、また検察官は起訴できないようにすることが必要です。法務省・検察庁の協力をオブザーバー程度で終わらせないようにするためにも、また厚労省が「自らの権限拡大を狙っている」と勘繰られないためにも、三者の間で協議をより密におこなうことが課題であると考えられます。
同様に、民事訴訟の乱発抑制のためには、民事訴訟法を改正または特別法を制定して、医療過誤案件に関しては、訴訟提起前に裁判所の民事調停ないし認定ADRの手続きを経ることを義務化し、そこでは医療安全調査委員会の報告書をもとに紛争解決を図るものとすることなど、法的な対策を講じていただきたいと考えております。
著者ご略歴
平成4年4月 名古屋大学医学部入学、平成10年3月同卒業
平成10年 岡崎市民病院勤務
平成13年 名古屋大学附属病院勤務
平成14年 名古屋大学大学院医学研究科産婦人科学入学
平成17年 名古屋大学大学院医学研究科産婦人科学卒業
平成17年 津島市民病院勤務
平成19年 国立名古屋医療センター勤務
産婦人科認定医 医学博士

 
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