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臨時 vol 51 小松秀樹氏「現場の医師のパブリックコメントが状況を動かす」

医療ガバナンス学会 (2008年4月26日 13:15)


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虎の門病院 小松秀樹
 

医療事故調(医療安全調査委員会)の第三次試案についての議論が続いている。
医療問題解決のための施策は、現実と乖離した規範の実現を目的とすべきではない。人間の特性と現実を踏まえて、実行可能性と結果の有用性を基準に制度設計を行わなければならない。
「正義」の実現が医療を壊滅させる可能性だってある。権力機構は権限と組織拡大の本能を有する。チェックがないと必ず暴走し、腐敗する。
【無理な規範は何をもたらすか?】
07年6月施行された新建築基準法は、耐震偽装という悪の撲滅を目的とした。厳格な規則の体系で現場を縛った。その結果、住宅着工は激減し、多くの優良な会社が倒産した。そればかりか、建築のコストが上昇した。世界基準からかけ離れた建築基準は風力発電まで撲滅してしまった。
世界の医療機器マーケットで日本のシェアは低下し続けている。日本では、治験段階から完全な本生産設備の整備を求められる。厚労省が、回収できるかどうかわからない投資を強いるため、実質的に、国内での開発が不可能になった。医療機器開発に対する厚労省の立場を、ある課長補佐が「私どもは、国民の安全のための審査をするところでして産業振興・育成は経産省の仕事と思っています」と表現した。自分たちの責任を問われないようにするために、医療機器を開発させないと言っているように聞こえる。厚労省の官僚は、彼らを攻撃するメディアの、リスクがあってはならないとする論理に同調した。国外にシェアを持つ例外的な会社は、開発拠点を国外に移しているが、国内販路しかもたない企業が生き残るのは難しいと予想されている。化学技術戦略推進機構の「医療機器開発の促進/活性化に関する調査報告書」では、企業の医療機器開発への参入意欲が低いこと、その背景として「行政の許可承認を事業の阻害要因と強く感じている」ことが明らかにされている。日本の医療機器メーカーは厚労省の責任回避体質のために、壊滅の危機にある。
【厚労省の言葉は誠実か?】
これまで医療事故調をめぐる議論に関わってきて、厚労省の言葉が誠実なものかどうか疑問を感ずるようになった。意図的に虚偽の発言をしている可能性すらあるのではないかと疑うようになった。具体的には、医療事故調がどのような役割を担うのかについてである。第三次試案は、文言上、医療の安全向上を目的としているが、どうみても、実質的には責任追及になっている。医療関連死究明の在り方の検討会が始まった当初、医療事故調の目的が、過去の責任追及なのか、それとも、未来の医療の安全向上なのかという質問が樋口委員から提起された。しかし、検討会では本格的な議論はなされなかった。私自身は、後述するように、医療を安全にするための報告制度はすでに実施されていると認識している。日本の医療が崩壊しかねない状況から、軋轢を小さくするための調査が必要だと思っている。私は、07年8月14日の讀賣新聞紙上で、検討会座長の前田雅英氏と議論した。前田氏の主張に付けられた見出しは「法的責任追及に活用」であり、私の主張の見出しは「紛争解決で医療を守る」だった。一般的傾向として、日本の省庁の審議会の委員、特に座長は、意見集約の責任を担うという意識が強く、事務方の意向に沿って発言する。「法的責任追及に活用」という主張は、厚労省の事務方との摺り合わせの結果とみるのが普通だろう。
世界で医療事故の報告制度について、どのように考えられているのか。1999年のアメリカ医学研究所の「人は誰でも間違える」の出版は、医療安全におけるパラダイムシフトをもたらした。医療事故調をめぐる意見は、これ受け入れるかどうかで、大きく分かれる。樋口委員の発言は下記のどちらの立場に立つのかという質問でもある。
旧思考:
「過失により人に傷害を与えたり死に至らせたりすることは、個人の罪であり、個人への応報はそれ自体が価値である。また、処罰により事故が防止され、社会の安全が向上する」
新思考:
「人間は間違いを犯しやすい性質を持っており、その性質を変えることはできない。人間の間違えやすいという性質を受け入れて、間違いが起こることを前提に、間違いを起こせない、あるいは、間違いがあってもどこかで修正できるようにシステムを構築する。そのためには、広く事故情報を収集して過去の失敗に学ぶ必要がある」
旧思考は、法律、行政、メディアに親和性が強い。
例えば、刑法学は、応報そのものに価値を見出す。犯罪の抑制効果も刑罰を正当化する論拠になっているが、刑罰とその決定までの過程に思考がとどまり、刑罰が社会全体にどのような影響を与えるのかについて、関心を持っていない。影響を計測するための方法を発達させていないし、実績も限定的である。旧思考には、過去の失敗を収集して学ぼうとする考え方はなかった。あるいは希薄だった。
これに対し、新思考は、現実を受け入れて適応しようとするものである。医療、航空運輸、原子力発電などの現場に広く浸透している。
「人は誰でも間違える」以後の考え方は、05年WHOの「World Alliance forPatient Safety WHO Draft Guidelines for Adverse Event Reporting and Learning Systems(患者安全のための世界協調 有害事象の報告とそれに学ぶシステムについてのWHOガイドライン草案)<a href=”http://www.who.int/patientsafety/events/05/Reporting_Guidelines.pdf”>http://www.who.int/patientsafety/events/05/Reporting_Guidelines.pdf</a>」によく表れている。この冊子の存在は「ななのつぶやき」というブログへのコメントで知った。この草案の第6章には報告制度を成功に導くための7つの条件が提示されている。これはあらためて指摘されるまでもなく、医療安全に関わる専門家の常識である。
7つの条件
1 Non-punitive
報告者や関係者が、報告の結果、処罰を受ける恐れを持たないようにすべきである。
2 Confidential
患者、報告者、病院の個別情報は決して明かされてはならない。
3 Independent
報告制度は、処罰権限を持つ当局から独立していなければならない。
4 Expert analysis
報告は、医療がおかれた環境を熟知し、背後にあるシステムの問題を理解できるよう訓練された専門家によって分析されなければならない。
5 Timely
報告は即座に分析され、勧告は迅速に関係機関に周知されなければならない。特に、重大なリスクが発見されたときは迅速性が重要である。
6 Systems-oriented
勧告は、個人の能力ではなく、システム、プロセス、最終結果がどのように変えられるかに焦点をあてるべきである。
7 Responsive
報告を受けた機関は勧告を周知させる能力がないといけない。周知された関係機関は勧告の実現を責務としなければならない。
この冊子には、他に、用語の標準化、医療安全を阻害する要因の分類の統一な、重要な提案が記載されている。これらの提案からは、憎しみ、応報などの感情や規範から離れて、事故を冷静に科学的に扱おうとする態度がうかがえる。
実は、上記条件の多くを満たしている報告制度は、すでに日本に存在し、医療事故情報収集等事業という名前で動いている。事故情報は、医療機能評価機構におかれている医療事故防止センターに集められ、匿名化された上で分析されている。情報が不十分な場合には追加調査が行われることもある。報告書が3ヶ月に一度出されている。医療安全情報も1ヶ月に一度のペースで医療機関に周知され
ている。
WHOが推奨している安全のための医療事故報告制度と、第三次試案とはかけ離れている。第三次試案は安全向上のための報告制度としては、世界基準に照らして、明らかに不適切である。厚労省が考えていることは、以下の3つの場合のいずれかと想像される。
場合1 厚労省が、WHOの考え方を認識しており、かつ、正しいと判断していたとすれば、厚労省が虚偽の説明をしたという推測を可能にする。この場合、巷間ささやかれている、責任追及の制度化で、厚労省の権限強化と組織拡大を図ろうとしているとする推論が、説得力を持つことになる。
場合2 WHOの考え方を認識しており、かつ、正しくないと判断していたとすれば、厚労省はその根拠を説明する義務がある。安全向上と責任追及の両者を一つの制度で実施することには無理があると、多くの専門家によって指摘され続けてきたが、厚労省からは、納得のいく説明は今までなされていない。
場合3 WHOの考え方を知らなかったとすれば、厚労省には医療安全政策を立案する資格がない。
【現場の医師はパブリックコメントを提出すべし】
厚労省の言葉の誠実性に問題があるとすれば、言葉での議論は成立せず、厚労省は議論の主体たりえない。そもそも、医師法21条問題の発端は厚労省の拡大解釈にあった。役所は過去の過ちを認めず、しばしば、焼け太りのきっかけとする。しかも、医師法21条は、警察と検察が関係しているため、厚労省の所管範囲を超えている。厚労省の所管範囲を超えた議論ができなければ、医師法21条問題の全体を扱うことができない。医師法21条がらみで医療事故調について議論することを、厚労省が取り仕切ることは、常識的には不適切なことであろう。第二次試案-(自民党案)-第三次試案と、厚労省が一貫して主張してきた案を、議論のたたき台とすべきではない。新たに、別の主体が立案した別の案を、別の場所で議論すべきである。幸い、医療事故調をめぐる議論に政治家が関心を持ち始めた。現在の医療の状況をみれば、責任ある政治家なら誰でも関心を持つ重大案件である。「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟」が新たな議論の場になる可能性が高い。これまでサイレント・マジョリティだった現場の医師が声をあげたことで、厚労省をここまで追い込んだ。
あと一歩である。この文章を読まれた方は、下記資料を参考に、是非、第三次試案に反対するパブリックコメントを厚労省に送っていただきたい。現場の医師の生の声が、状況を動かす大きな要素になっていることに自信をもつべきである。
※現在、死因究明・再発防止等の在り方に関する第三次試案について、厚生労働省がパブリックコメントを募集中です。
<a href=”http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=495080001&OBJCD=100495&GROUP=”>http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=495080001&OBJCD=100495&GROUP=</a>
(4月26日現在)
 

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