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vol 8 「医療/公衆衛生×メディア×コミュニケーション」

医療ガバナンス学会 (2008年4月20日 13:18)


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林 英恵
 


 前回は、インドのユニセフのHIV予防活動において、どのようなメディアが使われているのかについて書きました。電気がなく、全ての人が読み書きのできる状況ではない現地で最適な媒体として、糸と新聞とマッチが使われていました。計画的に準備された媒体使用の目的と熟練したファシリテーターにより、シンプルな道具が教材として価値あるものに変わっていくことについて説明をしました。
今回は、公衆衛生/医療分野のコミュニケーションに対する認識について話を進めていきたいと思います。
インドでは、公衆衛生の環境としては日本より恵まれているとは言いがたい状況の中、感染症の予防活動に力を入れていて、インドの保健省にも、広報とは別にコミュニケーション担当官として、IEC(Information, Education and Communication)担当という名前で、戦略的に予防教育・コミュニケーションを考える役人)が存在します。また、ユニセフ等の国際機関でも、ほとんどのプロジェクトの活動予算に「コミュニケーション」のための費用が捻出されていました。国家的な感染症予防のためのプログラム費用として、プロジェクト全体の3分の2の予算が、コミュニケーションのために用意されているケースもあります。
このバックグラウンドだけお話すると、インドではそれが当然の文化として成り立っているかのように聞こえてしまうかもしれません。私が現地でプロジェクトに参加した際には、当然のように予防活動のために戦略的にコミュニケーションを考える部署が存在し、毎年の予算も確保されていたので、なんて先進的な考えを持っているのだろうと感心しました。
ところが、自分の上司となった、インドのユニセフのプログラムコミュニケーションの局長や政府の役人らの話と行動をともにし、話を聞いていくと、それが並々ならぬ努力の賜物でできあがったもので、なおかつ、いまだに脆弱性を秘めているものだということがわかりました。
ユニセフには、途上国の各地にカントリーオフィスと呼ばれる国の事務所が配置されています。この、カントリーオフィスごとに次年度の予算の概略や、規模などを策定し、それをニューヨークの本部で承認を得るというシステムです。しかし、これだけヘルスコミュニケーションの重要性について理解がある(であろうために大規模なヘルスコミュニケーション活動を行っている)という組織でさえ、コミュニケーションに特化した部署の設立や、ヘルスコミュニケーションの専門性の認識に関しては、国ごとに大きく異なることがわかりました。HIVやポリオ、鳥インフルエンザのための予防活動や危機管理としてコミュニケーションを専門的に開発するための部署を、インド事務所のように独立して部署として設けているところもあれば、広報の一環として広報の部署が扱っている場合もありました。国によって扱いが異なるのは、その地域や国のトップの方々の認識の差によるということでした。また、本部の考えと予算によっては、ヘルスコミュニケーションの部署がまるごと次年度からなくなってしまうなどのケースもあり、とても不安定かつ脆弱的な状況でした。「コミュニケーションは水物(形として残るものではない)」という考えがあるのは確かだというのは、上司の言葉です。
ほとんどのスタッフは、期限付きの契約で更新していく雇用形態ですので、ある担当官は「全てのプロジェクトのチームの中で一番不安定な立場だ」と話していました。世界的にはそのような状況もある中で、インドでは、当時の上司やスタッフの必死の働きかけにより、ヘルスコミュニケーションの活動費用が安定的に確保されており、人員も各プロジェクト(HIV/AIDS、ポリオ、鳥インフルエンザ、母子保健対策等)に必ず一人以上がコミュニケーション戦略担当官として、配置されている状況です。
一方、アカデミアでは、公衆衛生/医療分野のコミュニケーションの専門性への認識は、国内外でも高まっています。同分野で著名なアメリカのジョンズホプキンス大学の公衆衛生大学院では、すでにヘルスコミュニケーションの研究や分析を行うセンターが存在しています。また、日本においても、東京大学をはじめ、その他大学において、学科や専攻が設立されつつあります。コミュニケーション領域内での分野や専門性(医師-患者間コミュニケーション、マスメディアを中心としたコミュニケーション、医療ジャーナリズム等)は異なりますが、専門分野として認識され始めていることがわかります。
2007年にHealth Communication Concentrationを設立した、ハーバード公衆衛生大学院のBloom学長は、「今なぜ」ヘルスコミュニケーション学科の設立に至ったかという問いに対し、以下のように答えています。
「Learning, Discovering and Communication-この3つは、公衆衛生分野において欠かせない要素である。しかし、過去、この分野において注目されてきたのは最初の二つ(LearningとDiscovering)のみであった。Learning(学び)とDiscovering(発見)を共有できるのは、医療従事者と研究者だけであった。しかし、公衆衛生は、大勢の人たちを対象にしている。これを踏まえると、学びや発見は、医療従事者や研究者という枠を超えて大勢の人の利益になるよう広めらることが大切だという結論に至ったからである」(Harvard School of Public Health Alumni Party in Tokyo 2007講演におけるコメントより要約)
このように、公衆衛生や医療分野において、多様な認識が存在していますが、全体の流れとしては確実に、専門分野としての認知が高まりつつあるといえるでしょう。
次回は、ヘルスコミュニケーションの専門性とはどういうことなのかということについて具体的な事例をあげながら説明していきます。
林 英恵(はやし はなえ)
早稲田大学社会科学部卒業。ボストン大学教育大学教育工学科修了後、株式会社マッキャンヘルスケアワールドワイドジャパンにて、ジュニアストラテジックプランナーとして勤務。2008年より同社のサポートを得てハーバード大学公衆衛生大学院修士課程(ヘルスコミュニケーション専攻)進学。「臨床+α」広報・渉外担当。

 
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