臨時 vol 72 「計画配置反対!私たちが署名活動をする理由」
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医師のキャリアパスを考える医学生の会
竹内麻里子 嶋田裕記 森田知宏(東京大学医学部4年)
私たち「医師のキャリアパスを考える医学生の会」は現在、臨床研修制度改定の一環として厚生労働省が予定している研修医の「計画配置」に反対し、署名活動を行っています(http://students.umin.jp/)。計画配置とは、研修医の都市部集中を解消するため、都道府県ごとに研修医の募集定員を決めるものです。厚生労働省医道審議会医師分科会医師臨床研修部会が、2010年度からの医師臨床研修制度見直し案のひとつとして発表しました。これにより、研修を希望する全国の医学生8543人に対し、募集定員の全国合計は昨年1万1563人から9911人(厚労省推計)へと削減されます。全国の募集定員が実際の研修医数に近づけば、良い教育をする努力、研修医から高い評価を受ける努力をしなくても、決まった人数の研修医が毎年必ず獲得できます。懸念されるのは、このような決め方では、研修医を安い労働力としか考えない病院が増えるのではないかということです。そこで私たち「医師のキャリアパスを考える医学生の会」は、計画配置ならびに現在の臨床研修制度の問題点について分析を行い、今回、声を上げることを決意しました。分析内容および私たちの希望を提言にまとめ、署名と併せ、厚生労働省が募集しているパブリックコメント(http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyo
ku/isei/rinsyo/keii/030818/030818b.html、3月19日から4月17日まで)、舛添要一厚生労働大臣、超党派議連「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟」等に提出したいと考えています。以下、計画配置の問題点についてざっとご説明した上で、私たちの提言をご提示させていただきます。これを機に臨床研修制度に関心をお持ちいただき、是非とも私たちの活動にご理解ご協力賜れますと幸いです。●モチベーションを奪う計画配置現在の臨床研修制度では、医学部6年生が研修する病院はマッチングという方式で決まります。学生は希望する病院で独自に科される試験や面接を受け、その後、病院と学生がそれぞれ希望する学生と病院の順位をマッチング協議会に提出し、コンピューターがすりあわせをして結果が出されます。従来は各病院がそれぞれ募集定員を厚労省に申請し、ほぼそのまま認められていましたが、今年から厚労省が病院別・県別の募集定員を削減する方針が決まりました。マッチングから漏れた学生は、二次募集をしている病院で再度、面接や試験を受けて就職先を決めます。もちろん、学生にはわからないよさを見いだす可能性もありますが、研修医のために十分な研修プログラムを用意する努力をしていない病院に決まれば、十分な研修効果をあげられないのではという懸念があります。計画配置によって病院側の教育へのモチベーションが奪われた場合、病院ごとの研修プログラムの内容的な格差がさらに広がるか、あるいは全体的な質低下の可能性も否定できません。一方、研修医の間で「良い教育が受けられる」と評判のよい病院は、地方であっても人気があり、これまでも高倍率となっていました。沖縄県立中部病院、長野県の佐久総合病院などがその例です。しかし国が定員を決めてしまえば、こうした良い循環も絶たれる恐れがあるというわけです。厚労省のアンケート結果でも、医学生が研修先を選ぶ際に重視するのは、待遇の良さではなく研修プログラムや指導体制の充実度であるという結果が出ています。●本当によい教育環境とは?ここで、医学生にとって、よい教育環境とは、決して設備やシステムの問題だけではありません。そもそも医師は職人的な側面が強く、科学的な知識だけではなく、技術の伝承、チームの連携が不可欠です。そのためには、先輩・後輩・同僚などの医師たちとの信頼関係を築くことのできる教育環境の充実が必要であり、それこそが、未来の安心・安全の医療を実現する力となりえると思われます。具体的には、次のような要素を兼ね備えたものと私たちは考えます。1 かなり多くの医師が、地域を循環する中で、ある時期集中的に”同じ釜の飯を食う”環境にいること2 トップが中堅医師を教え、中堅医師が2年目医師を教え、2年目医師が1年目医師を教え、1年目医師が医学生を教えるといったような、何世代にもわたり命を支える連なりができていることこれは、厚生労働省が推奨している「屋根瓦方式」そのものです(平成15年6月12日、医政発0612004医政局長通知、http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/rinsyo/keii/030818/030818.html)。若い時代からの「屋根瓦方式」における人間同士の信頼関係があって初めて、その後も様々な病院を循環しながら、地域医療を支えていくために学び続けることができるのではないでしょうか。技術を先輩の動きから、心構えを先輩の背中から学び、同じ釜の飯を食った大勢の先輩や仲間と一生続く強い信頼関係で結ばれ、お互いを尊敬し、意見を交換し、お互いをチェックしあうことにより、高めあうことができるのでないでしょうか。ところが、このような「屋根瓦方式」を、現状ですら維持することができなくなっています。例えば、患者の生命にかかわる高度医療を担う外科系診療科では、先輩、後輩、医師同士の信頼関係が非常に重要です。しかし2004年に現行のいわゆる新臨床研修制度が導入されると、臨床研修を終えた2年後の2006年にも、外科系を選ぶ医師の数はかつての水準の4分の3近くまで減少してしまいました(平成20年7月30日、厚労省「安心と希望の医療確保ビジョン」具体化に関する検討会、厚労省提出資料http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/07/dl/s0730-22b.pdf)。このことからも、「屋根瓦方式」崩壊による医療現場の人間関係の変化が想起されます。私が審議会を傍聴した際にも、教育論から考えようと発言する委員はいましたが、何がよい教育なのかという議論は十分に聞かれませんでした。●私たちは計画配置に反対します!臨床研修を受けるのは、私たち医学生です。その受け入れ先の病院についても、一人ひとりにあった十分なバックアップが受けられるか否か、自分の目で見て、納得してから選びたい。これは一般の就職活動では、ごく当たり前のことであるはずです。なぜ新臨床研修制度の下で医師の地域偏在が顕在化したのか、その理由をきちんと評価しないまま研修医の頭数のみを考えて、厚労省が全国レベルで決めて計画配置するのは、あまりにも短絡的といわざるを得ません。私たちは、一日も早く地域医療や専門医療を支えられる医師になりたいと願っています。そのために必要なものの1つは教育環境の充実です。医師教育の目的はそれぞれの地域で医療を支える人材を育てることであるはずであるため、医師の教育制度の充実は、地域医療の充実につながると思われます。だからこそ、現在、検討が進められている臨床研修制度について、もう一度、どのような制度であるべきかを考える必要があると考えています。そこで、私たち「医師のキャリアパスを考える医学生の会」は、厚労省の進めようとしている研修医の計画配置に対し、下記のとおり提言します。【提言】 1 プログラムについて全員が身につけるべきという到達目標が厚生労働省によって詳細に設定されています(http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/rinsyo/keii/030818/030
818b.html)。その到達目標を達成するためにベストと考えられるプログラムは、地域ごとの住民と医師との関わり方、医師コミュニティのあり方等によって変わります。従って、厚生労働省が必修科目やその研修期間を一律に決めるのではなく、医療機関自身がその地域の実情を勘案して作成するべきであると考えます。医療機関が作成したプログラムについて自ら徹底した情報公開を行うことで、地域住民の納得に基づいた臨床研修を実現でき、住民と医師との信頼関係も保てるのではないでしょうか。2 臨床研修病院の指定基準について臨床研修病院は、研修医が研修を行うに際しての十全な教育環境を整えていることが前提です。その際、厚生労働省も述べているとおり「屋根瓦方式」で信頼関係を構築できているかという点が重要ですが、これは一概に医師数だけでは評価できない側面もあります。そこで厚生労働省が画一的な基準を押しつけるのではなく、徹底した情報開示によって住民や医学生による十分なコミュニケーションを経た上で、医師・医学生が選択できるシステムが検討されるべきではないでしょうか。これにより地域の実情に即した医療、つまり住民にとっても医師・医学生にとっても望ましい医療が実現できるはずです。3 研修医の募集定員について厚生労働省のアンケート(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/12/dl/s1217-11a.pdf)によると、「初期研修を行う(行った)病院を選んだ理由」という問いに対し、医学生の52.7%が「初期研修のプログラムが充実」、37.4%が「指導体制が充実」と答えています。このように、臨床研修病院を選ぶ決め手となるのは、研修プログラム・教育環境です。臨床研修病院は医学生による選択を通じた評価を毎年受けてきました。そのため研修医の確保に向け、各医療機関が研修プログラムの改善および教育環境の整備を行ってきました。しかし、今回の改定のように、全体の募集定員を減らし、それに基づいて都道府県別の募集定員と病院別の募集定員を設定するとなれば、これまでその教育努力が評価されて研修医が集まっていた病院まで定員を減らされ、より良い研修を受けられる研修医の数が減ってしまうでしょう。また、医療機関が努力せずとも研修医を確保することが可能となり、教育環境の整備をなおざりにする研修病院が出てくることが懸念されます。その結果、医師の質の低下がおき、ひいては日本の医療界全体の質の低下につながる危険を孕んでいます。国民の皆様にとっても、安心・安全の医療を崩壊させることにつながるといっても過言ではありません。以上より、研修医の募集定員については、各医療機関が教育環境等を考慮した上で、住民の納得のもと自律的に研修医を募集し、医学生によって選択を受けるのが健全なあり方ではないでしょうか。以上、私たちの活動および提言につきまして、何卒ご理解ご支援賜れますと幸いです。またご賛同いただける皆様には、現在進めておりますご署名にもご協力いただければと存じます(http://students.umin.jp/)。また、今回の計画配置問題に限らず、「医師のキャリアパスを考える医学生の会」では、今後も先輩医師の先生方のお話を聞いて自分のキャリアについて考えるとともに、医学生の希望や考えを発信し、政策に直接つなげていくべく活動していく所存です。皆様ご指導ご支援のほど、何卒宜しくお願い申し上げます。