臨時 vol 71 「医師に関するウワサ(3)」
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~卒後臨床研修制度の必修化によって地域医療は崩壊した?~
北海道大学大学院医学研究科
医療システム学分野 助教
中村利仁
医師と医療を巡る都市伝説のいくつかを、公開されている統計データによって検証して行こうという連載の最終回です。お付き合い下さい。第1回では、年齢別の病院勤務医師の割合がこの10年間まったくと言って良いほどに変わらず(第1回・図2)、近年の若手医師の開業医志向というウワサには根も葉もないことを明らかにしました。前回の第2回では、都市部の人口当たり若年層医師数はむしろ減少してきており(第2回・図9)、若手医師の都市部志向というウワサにもやはり根拠のないことを明らかにしました。今回は「卒後臨床研修制度の必修化によって地域医療は崩壊した」、つまり(ちょっと長いのですが)スーパーローテート式の臨床研修制度導入の影響で、大学病院からの研修医離れによる人手不足の補完と、それでも居残った研修医達の教育とのために中堅層の医師が地域医療を離れ、大学病院に集中したという伝説を検討します。使用するデータは、主としてやはり医師調査です。(図10) http://medg.jp/mt/NR10.pdf図10は、大学病院ではない、いわゆる市中病院の医師数の5歳階級別医師数の年次推移です。特徴的なことは、医師数として35~39歳層、40~44歳層、30~34歳層が多く、主として研修医が属する25~29歳層よりも多いということです。25~29歳層の占める割合は、平成8年で14.3%であり、その後、実数は15,353人から16,104人へと全国で751人増えているにも拘わらず、平成18年末ではさらに低下して13%に過ぎません。また、30~34歳層、35~39歳層は臨床研修制度が変わる遙か前の平成10年頃から既に減少傾向となっています。40~44歳層は平成16年までは増加傾向にありましたがその後は減少に転じています。平成8年から平成18年までの10年間で、30~34歳層は19,567人から17,644人へと1,921人の減少、35~39歳層は20,548人から19,022へと1,526人の減少が見られます。40~44歳層は16,226人から18,050人へとまだ1,824人の増加が見られていますが、既に天井を打った状況にあります。もう増えないのです。ただしこの変化は、医学部入学定員の削減によるものであって、臨床研修制度によるものではありません。また、医学部の入学定員の急増した頃の影響が、45~49歳層、50~54歳層、55~59歳層の増加という形で見て取れます。これら年齢層の増加の影響が強く出て、市中病院全体の医師数は107,036人から123,639人へと16,603人(16%)の増加が見られています。市中病院の年齢階級別医師数と年齢構成には、臨床研修制度の影響は観察されません。(図11)http://medg.jp/mt/NR11.pdf次に大学病院の5歳階級別医師数の推移です。やはりまず29歳以下層の減少が目につきます。やはり、この傾向は平成10年には既に生じている傾向です。平成14年では一時的に増加に転じていますが、むしろこの年だけが例外です。29歳以下層の大学病院離れは、臨床研修制度変更前からの長いトレンドであると言うべきでしょう。この10年間に拡げて見れば、純減は1924人です。しかも、25?29歳層の占める割合が多く、平成8年で26.7%と4分の一を超えていたのが減ったとは言え、平成18年でも20%と五分の一を占めます。減ったとは言え、大学病院は20歳台をはじめとする若年層の占める割合の大きい状況に変わりがありません。また、35?39歳層だけは、それまでの減少傾向が平成14年で底を打ち、その後は増加に転じています。ただし、平成14年から18年にかけての増加分は、全国で674人に過ぎません。現在、医師数として大きいのは30?34歳層です。しかしながら、ここではやはり、臨床研修制度の方向性が定まっていなかった平成10年から既に増加が始まっていることに注目すべきでしょう。…結局、臨床研修制度変更の影響が見受けられるのは、35?39歳層の700人足らずだけであると言えそうです。他の年代層の動きはより長期的傾向に過ぎず、臨床研修制度変更の影響ではありません。最後にもう一度見直してみれば、平成8年度には(数の極めて少ない24歳を除けば)若い人が多く、加齢と共に少なくなるというきれいなピラミッド型の年齢構成であったものが、平成12年の時点で既に25?29歳層と30?34歳層が逆転しているということにも注意が必要と思います。さらに考えれば、それでも25~29歳層の占める割合は市中病院の1.5倍です。指導医達の負担もまた市中病院の1.5倍であると考えるのが順当です。まともな初期・後期研修制度を考えるならば、市中病院であれば事務職員がやっているような仕事を研修医や中堅層以下の常勤・非常勤医師に押しつけるのはもうやめて、研修医も今の三分の二程度までもっとずっと減らす必要があるでしょう。さて、では、大学病院の二つの傾向、すなわち臨床研修制度変更による35?39歳層の増員と、それ以前からの20歳代の減少、30?34歳層の増員は何を説明し、何に由来するものなのでしょうか。(図12)http://medg.jp/mt/NR12.pdfこれは病院報告(厚生労働省大臣官房統計情報部)の平成9年から18年までの各年データから、大学病院と市中病院(その他の病院)の年間退院患者数をグラフ化したものです。縦軸は左側が大学病院、右側が市中病院であり、市中病院の軸が大学病院のそれの十倍となっています。大学病院の退院患者数は、10年間で955,939人から1,490,396人へと、56%増えました。市中病院の方でも患者は減ったわけではなく、11,031,290人から12,833,381人へと16%増えています。市中病院では、一見、全体として患者数が増えたのとほぼおなじだけの医師数増がえられているようにも見えますが、それはウィークデイの昼間に限った話です。夜や休日の病棟と外来を担当する医師数は、30~34歳層で10%の純減、35~39歳層では7.4%の純減となっており、患者増を考えると各々2割以上の業務負担増となっています。大学病院はとなると、ほぼ同じ時期の10年間では全体でも8.6%増ですし、30?34歳層でも16%、35?39歳層では2%しか増えて居らず、そもそも患者増に全く追いついていません。他のことを全て度外視したとしても、市中病院でも大学病院でも、医師達の窮状は容易に想像がつくと言えるでしょう。ただし、医師一人当たりの退院患者数で見れば、平成18年の大学病院の医師一人当たり退院患者数は33.4人、市中病院のそれは103.8人です。実に3倍の開きがあります。やっている医療の内容が違うということも考えられますから一概には言えませんが、市中病院と大学病院の医師の業務内容の見直しは必要不可欠でしょう。やり方を変えねば、持ち堪えられません。さて、もう一度、医師数の話をまとめれば、大学病院と市中病院の数字を見比べると、大学病院側で臨床研修制度の影響が伺われる35?39歳層の平成14年から18年にかけての約700人の増員は、市中病院側では19,591人から19022人への569人の減員と相対します。また、25?29歳層の配分変更は同じ時期に大学病院で1,444人の減、市中病院側で1,307人の増ということになります。が、しかし、これは少なくとも大学病院側の長期低落傾向の一部を切り取っただけのことであって、おそらく大半は臨床研修制度の影響ではありません。もし臨床研修制度によって地域医療が崩壊したと主張するなら、それは35?39歳層の全国で(敢えて言いますが)たった700人の移動によるものであるということになります。臨床研修制度の影響が4年間で700人という、ただこれだけのものであるならば、大学病院の長期低落傾向の影響による配分変更は10年でおよそ1,400人前後であり、医学部入学定員削減の影響による純減は10年間で3,000人です。何が主因であり、その次が何であるのかは言うまでもないだろうと思います。医師不足による地域医療の崩壊は、臨床研修制度の影響があったとしてもごくわずかであろうということが分かっていただけたかと思います。対策としては、現在はまだ医療界の外にいる30歳代の人々およそ3.700人に、いますぐ、最短期間で医師となる道を提供しなければなりません。また、こうしてみると、特に大学病院が考えるべきなのは、なぜ自分たちが卒後まもない若い医師達から見放されたかであって、如何にして強権を以て縛り付けるかではないと考えます。院内での医師の業務を分析して役割分担を見直し、いま手許にいる30~34歳層、35~34歳層にまで見放される前に必要な制度変更を整える必要があります。そうでない限り、研修医からは見放され、忙しいばかりで臨床決断の経験に乏しい医師を市中病院での戦力とすることもできずに、大量に抱え込むことにしかなりません。効率化の余地は、おそらく大学病院の医療にこそあるのではないでしょうか。人間は無限の資源であるが、無駄遣いするとすぐ足りなくなると言われます。選択と決断が必要と考えます。厚生労働省は研修医をはじめとする若年層の医師の計画配置ということを主張しています。しかしながら、それは見当違いです。そもそも都市部から引き剥がすことのできる若い医師などいないからです。(第2回参照)やはり患者の増え続けている夜間と休日の市中病院から引き剥がすことのできる医師もまた、30歳代以下の年齢層には最早いないのです。もし、このまま厚生労働省の施策が強行されれば、それこそ都市部でもその他の市部・郡部でも地域医療が急速に崩壊することとなるでしょう。止めるべきです。もし、このまま予想通りの結果が出た場合には、この政策を推進している特定数人の官僚の責任は厳しく問われる必要があるだろうと思います。政治家の責任は言うまでもありません。