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臨時 vol 39 「医療の法律処方箋―第12回・医療事故調査制度」

医療ガバナンス学会 (2008年4月2日 13:26)


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法案提出前に法的リスクの告知を
弁護士  井上 清成
 

1 医療者に法的リスクの説明を
死因究明制度としての医療事故(安全)調査委員会制度創設の作業が、急ピッチで進んでいる。確かに、医師法21条(異状死届け出制度)の診療関連死への適用の悪弊は、直ちに改めねばならない。この点には医療者に異論がないように思う。患者団体や患者側の代理人を務める弁護士も、医療事故(安全)調査委員会制度創設に賛成している。
しかしながら、医療者の中には事故調創設反対論も根強い。納得が得られないからである。因みに、事故調創設賛成論の医療者の中にも、事故調の法的リスクを十分に理解していないまま賛成してしまった者も多いらしい。
制度創設が混迷している大きな原因は、厚生労働省が医療事故(安全)調査委員会制度創設に伴う法的リスクを説明していないことにあるように思う。最近は、厚労省の担当者も各所の会合に出席して制度創設の説明に努めている。しかしながら、それでも制度創設のデメリットやリスクに言及していない。
医療者にとって重大な意味を持つ制度創設なのだから、メリットだけでなく、デメリットやリスクも十分に説明しなければならないはずである。もし不利益な面を医療者が理解しないままに賛成してしまったとしたら、それは医療者のインフォームドコンセントが得られたことにはならない。
厚労省が医療者に対して十分に説明すべき、制度創設の法的デメリットないし法的リスクには、どのようなものがあるのか考えてみた。
2 責任追及は目的ではなく機能と結果
厚労省第二次試案にはなかったが、いずれは試案に「責任追及を目的とするものではない」と明示されるであろう。しかし、明示したからといって、医療者の責任追及が制度の目的ないし意図でなくなるだけである。責任追及の制度として機能するであろうし、制度が責任追及の結果をもたらすであろう。
そもそも将来に向けての医療安全・再発防止と過去の医療事故の責任追及とは指向性が異なる。安全対策と事故処理対策とでは指向性と共に、方法論も異ならざるを得ない。現在想定されている制度は、事故処理の面が強く打ち出されている。
3 刑事責任は現状維持
診療関連死の届け出範囲は、医師法21条の異状死の範囲とほとんど異なるところがない。届け出違反に罰則が伴うのも同様である。たとえば、医師法19条の応招義務には罰則がないにもかかわらず、何故に、届出義務には罰則を付けることにこだわらねばならないのであろうか。
重大な過失その他悪質な事例に絞り込むと表明はされている。しかしながら、薬剤取り違えを代表とする単純ミスはやはり「重大な過失」と扱われるらしい。証拠隠滅・カルテ改ざんなどの反倫理的な挙動が伴えば「悪質な事例」とされ、「軽い過失」であっても刑事立件される。これらの取り扱いは、今までの警察・検察の実務運用と何ら異なるところがない。
4 行政責任は拡大強化
厚労省は診療関連死の網羅的強制的届け出に固執している。それは、行政処分を迅速に発動するために、医療事故情報収集が必要だからであろう。今までは、情報収集システムがなく、民事事件は捕捉できず、せいぜい刑事事件しか情報が入らなかった。しかし、今後は、診療関連死の届け出義務化により、行政処分の拡大が可能となるであろう。
行政処分の強化についても、医師・看護師個々人だけではない。医療機関自体に対しても、システムエラーを理由として、業務改善命令の発令が可能となる。
5 民事責任は放置
民事の医療過誤損害賠償の訴訟レベルについては、まったく触れるところがない。ADRをいくら活発化させても、根幹に当たる法的医療水準(注・医療過誤の判断基準のこと。医療自体の水準のことではない。)を修正しない限りは、限界がある。刑事についてもそうだが、民事についても、法の根幹である実体法(刑法や民法)をまったく放置してしまった。刑事のみならず、民事も現状維持なの
である。
6 責任追及機能のインフォームドコンセントを
厚労省は、すでに制度創設のメリットを医療者に説明済みである。しかしながら、法案提出に先立って厚労省は、改めて医療者に対して法的デメリットやリスクをきちんと正確かつ詳細に告知しておくべきであろう。
著者略歴
昭和56年  東京大学法学部卒業
昭和61年  弁護士登録(東京弁護士会所属)
平成元年   井上法律事務所開設
平成16年  医療法務弁護士グループ代表
病院顧問、病院代理人を務めるかたわら、
医療法務に関する講演会、個別病院の研修会、
論文執筆などの活動をしている。
現在、日本医事新報に「病院法務部奮闘日誌」を、
MMJに「医療の法律処方箋」を連載中。
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