臨時 vol 33 「医療事故調に対する見解」
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元東京地検特捜部長
弁護士
医療と法律研究協会 副協会長 河上 和雄
※今回の記事は医療と法律研究協会の許可を頂き転載させていただいております。
医療安全調査委員会が医師を中心として組織されることは、医療の発展のためには決して否定的に考えるべきものではないが、この委員会において、医療事故の過失まで最終的 に認定するというのは、如何なものか。過失概念は法的概念であって、医学的概念ではない。医師を中心とする委員会の委員で真の意味の過失概念を法的に理解している人物を多数そろえることはまず不可能であろう。更にいえば、委員会の構成ばかりでなく、調査の方法についても日医ニュースでは患者の立場を考慮しようとする考えが欠如しているようである。全体的に医師を刑事責任から逃れさせる点に重きが置かれており、社会的見地からの医療という観点に乏しい。社会の理解なくして医師のみ刑事罰から解放されるかのような印象を与える厚労省の考えでは医師の独りよがりの感をぬぐいきれない。
医療安全調査委員会の結論が刑事法上の責任追及の責務を負っている警察、検察に対して拘束力を持たない以上その結論を尊重するといっても、具体的事件においては無視される可能性が高い。委員会の構成そのものが上記のように過失概念を法的に構成し得ない欠陥を持つばかりでなく、厚労省の過去の政策の失敗や医師間の助け合いによって事実がゆがめられてきたあまたの事例に対する苦い思い出が捜査当局に潜在的に存在することも忘れるべきでない。とりわけ厚労省がこれまでの医師会に極めて弱いこと、多くの新薬訴訟に見られる政策が杜撰なことなどに対する国民や捜査機関の疑念が払拭されたという証明はない。委員会の結論が無視されて刑事訴追が行われ有罪判決が確定するような事例が頻発すれば委員会自体権威を失い存在価値がなくなる危険性がある。
問題は医師法による届出が犯罪捜査を使命とする刑事課に為されている現状が刑事捜査優先の風潮を呼んでいることであって、その点を改善して捜査から切り離されていて、社会からその客観性について信頼される公的な部門において届出を受けて、法的にも尊敬されるだけの委員をそろえた委員会に対してできる限り捜査前にその見解を聴取する仕組みを作り、むやみやたらに犯罪捜査に移行することのないようにすることである。つまり、医師の医学的見地からの助言を捜査段階以前に反映させるようにするべきであろう。ただ過去の事例のように書類の改竄など関係者による証拠隠滅を防ぐために捜査機関が証拠物件の押収などを急ぐ場合があるため、とりあえず捜査を開始することもあり得よう。
とはいえ厚労省がこの問題に前進した点は評価したい。
著者ご略歴
1958年 – 検事任官。札幌地検、旭川地検、東京地検、法務省などで勤務。東京地検ではロッキード事件の捜査にあたった。
1981年 – 法務省公安・会計課長
1983年 – 東京地検特捜部長
1984年 – 佐賀地検検事正
1986年 – 最高検検事
1987年 – 法務省矯正局長
1989年 – 最高検公判部長
1991年 – 退官、弁護士登録(第一東京弁護士会)
1991年 – 北海学園大学教授(~1996年)
1994年6月 – 株式会社ニチレイ監査役
1995年3月 – 株式会社京都ホテル監査役
1996年 – 駿河台大学法学部教授(~2004年)
1998年2月 – キユーピー株式会社監査役
2004年 – 駿河台大学法科大学院教授(~2007年)
2007年6月 – 石油資源開発株式会社取締役
2008年4月 NPO法人医療と法律研究協会 副協会長