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臨時 vol 32 「福島県立大野病院事件論告求刑公判 傍聴記」

医療ガバナンス学会 (2008年3月25日 13:33)


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□■ この求刑は、『故意』や『重大な過失』ではないのか ■□
ロハス・メディカル発行人 川口恭
 

先週金曜日の標題公判で、被告人である加藤克彦医師に禁固1年、罰金10万円が求刑されたのは皆さんもご存じのことと思う。求刑を聞いて驚いたのは、論告の言葉の厳しさと裏腹に、求刑がとても軽いことだった。業務上過失致死の法定最高刑は懲役5年だ。
論告は160枚にわたるという長文のため、メモが追い付かず、きちんと紹介しきれない。が、逐一紹介する必要もないのでないかという気がしている。起訴事実は正しく公判で弁護側が立てた証人は信用できないということを繰り返し述べたに過ぎず、これまでの公判報告を読んだ方には何も新発見がないからだ。詳しくお知りになりたいという方は、『周産期医療の崩壊をくいとめる会』の<a href=”http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi”>サイト</a>をご覧いただきたい。唯一紹介すべきは、加藤医師のことを『自己の責任を回避するため、真摯な反省や謝罪が見られない。医師と患者の信頼関係の確保が強く要請されているのに、我が国の患者の医師への信頼を失わせる、事実を曲げる被告の態度は許し難い』と罵倒したことぐらいだろう。
ここまで罵倒しておいて、しかしこの求刑の軽さ。どう解釈すべきか。
一般常識的な解釈としてあり得るのは、検察が加藤医師の罪を軽いと考えているか、検察が今回の公判そのものを誤りと考えているかだろう。この解釈に立てば、そもそも公判取り下げをせず求刑すること自体、許されないのではないのか。それを許されると考えているとしたら、司法の一般常識との乖離は、医療と一般常識の乖離より大きい、と言わざるを得ない。
この事件を契機に厚生労働省が設置へ邁進している医療事故調では、「故意もしくは重大な過失」による診療関連死は、警察へ通知が行われ刑事処分相当として扱われることになっている。
1人の医師の運命と1地域の周産期医療をメチャクチャにした(それが結果的に全国に波及したが、それはともかく)ことを『診療関連死』になぞらえた時、誤りに気づきつつ求刑まで行ってしまったということに(そうとしか考えられない)、「故意」も「重大な過失」もないのだろうか。検察がそれで何のペナルティも受けないのなら、医療界にのみ自浄作用を求めるのはダブルスタンダードというものだ。
以後、論告求刑の要点のみ、ご紹介する。
検事
「公訴事実は
ア)福島県立大野病院に専門医として勤務していた被告は、平成16年12月17日、被害者の帝王切開手術において、児娩出後、子宮内壁に癒着した癒着胎盤を、クーパーを使うなどして無理に剥離し、大量出血により被害者を失血死させた業務上過失致死にあたる。
イ)被告人は医師法21条に定められた届け出を怠った医師法違反である。
しかるに、被告人弁護側は
ア)被害者の癒着胎盤は局所的であり、程度は子宮壁の5分の1の嵌入胎盤にすぎなかった。
イ)癒着胎盤の予見可能性はなかった。
ウ)剥離中止義務なく、クーパー使用も相当な医学的処置であった。
エ)死因は特定されておらず、癒着胎盤剥離との因果関係は不明である。
オ)被害者は異状死にあたらない。
カ)被告人には医師法違反の故意はなかった
キ)医師法21条は憲法違反である
から、被告人は無罪であると主張している。
しかし以下に述べるように、被告人の主張には理由がなく、業務上過失致死と医師法違反に該当することは証明十分である。
(中4時間半ほど省略して結び)
被告人は産婦人科専門医であり、被害者は健康な29歳の女性であった。被告は癒着胎盤をクーパーを用いないと剥離できないほど癒着していたにもかかわらず、無理に剥離した。この過失は、専門医の基本的な知識に反し、過失は重大である。被告は癒着胎盤を十分に予見しながら、剥離を中止する注意義務に違反し大量出血させた。前回帝王切開の既往がある全前置胎盤では、24%の確率で癒着胎盤が生じることは基本的な医学書に記載されている。胎盤が前回切開創に付着している危険性は予見できた。手術の腹壁切開時に子宮前壁の表面に静脈の怒張がみられており、術前の超音波診断でも胎盤が前回帝王切開創にかかっていることは診断可能であった。
被告人は臍帯を持ち上げた時点で胎盤が剥離せず子宮が内反した時点で胎盤が癒着していることを認識し、無理な胎盤剥離により大量出血によるショックを生じることを認識し、止血操作をはかるとともに直ちに子宮摘出すべきところ、これを怠った。
これは教科書や学会の冊子などに書かれている基本的な知見である。本件手術前に医局の先輩からも、同様の症例で大量出血が生じた症例があることを被告人は聞かされている。被告人は本件手術前や手術中の検査からも被害者の生命の危険が予見可能にもかかわらず、クーパーを使用したら剥離できる、出血しないこともありうるだろうと、安易かつ短絡的な判断により、10分間の長時間にわたって胎盤を剥離し、出血を生じさせた。無理な剥離により、剥離面から次々に湧き出る出血となり、剥離開始15分後には5000 ml、16時10分には10285 ml、最終的には20445 mlもの大量出血を生じさせ、血圧を50弱/30弱まで低下させ、出血性ショックから失血死にまで至らしめた。これは基礎的な注意義務違反であり、その過失は重大である。
被害者は29歳であり、夫と三歳の第一子と暮らし、第二子の誕生を待ちわびていた。家族と共に充実した生活をおくっていた。ほんの短時間、生まれてきた女児と対面し、『ちっちゃな手だね』と述べたその後で、予想もせずその命を奪われ、家族は言葉をかけられないまま、二度と会えないこととなってしまった。子供を残して、何ものにも代え難い命を奪われてしまったのである。予期せぬうち、突然生を断たれた心情は察するにあまりある。それにも関わらず、被告からは遺族に対し示談や慰謝も講じられていない。さらに、公判で自分のとった処置が適切であったと被告が言っている事実からは、期待もできない。被告に対する遺族感情は厳しい。遺族は4時間経過した後で蘇生中であることを知らされ、被害者が失血死した事実を突然突きつけられ、悲痛な生活を送っており厳しい感情を抱いている。被告の発言に衝撃を受けた。亡くなって悲しい気持ちや長男が言葉で母親が死んでしまったことを理解するかと、心痛は察するにあまりある。幼い子を遺して死なざるを得ない母親の気持ちを思い子供を見ると不憫でこの思いは一生続くのであり、被告に重罰をと述べている。また、当時の心境として天国から地獄が当てはまる、来る日もつらい思いと言っている。言い訳をしても一人の人間の命が消えたことは事実であり眠れない日が被害者の家族に続いている。亡くなった命は元に戻らない。長男は『お母さん起きて、サンタさんが来ないよ』、と泣け叫んだと言う。被告は院内外の忠告を無視した、命を奪った被告が許されないと綴っている。遺族の思いは当然である。
被告は自己の責任回避で信用できない供述を行ったことに反省を示していない。過失の重要な事実について、血圧低下の認識、出血量の認識、胎盤の剥離困難、クーパーの使用目的など、捜査時に供述や遺族に対する説明とも変えて、信用できない供述をしているので信用できない。自己の責任を回避するため真摯な反省や謝罪が見られない。医師と患者の信頼関係の確保が強く要請されているのに、我が国の患者の医師への信頼を失わせる、事実を曲げる被告の態度は許し難い。
医師法21条違反について、被告は自身の過失により死なせたという異状死の認識がありながら、届け出を怠った。医師法21条は主旨から、医師が警察に協力すべきである。警察が本件を知ったのが3ヶ月も経った3月31日であり、事故調査が公表され、ミスが新聞で公表されたからである。24時間以内に捜査を開始できず、関係者の記憶の散逸、胎盤などが破棄されており証拠の散逸が起こってしまったが、これは届け出義務の不履行によって生じたことだ。
よって被告には厳正な処罰が必要である。医療は侵襲を伴い生命に影響を与える。産科医療は母児の危険を内包する。よって産科医は高度な注意義務を負う。医師は社会的な信頼、患者の安全を全面的にゆだねられ、重い責任が課されている。被告は安易な判断で医師に対する社会的な信頼をも失わせた。不十分なインフォームド・コンセントしかおこなっておらず、家族は帝王切開の内容を殆ど理解できず、死後の説明も不十分で遅れた。最悪の知らせ方が遺族の悲しみを増した。被告は大量出血も家族に報告できないと言いながら一方で、応援要請に対して応援を依頼する必要はないとしており不可解である。重い医師としての責任認識が甚だ乏しいとしか言いようがない。被告は地域の社会的な重責を担ってきたとしても、過失は重大である。
よって、求刑は、禁固一年、罰金10万円 とする」
この傍聴記は、<a href=”http://lohasmedical.jp”>ロハス・メディカルブログ(http://lohasmedical.jp)</a>にも掲載されています。
 
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