臨時 vol 31 「輸血の悲劇を繰り返さないために(7)」
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■□ HIV感染者増加の対応策 □■
信州大学先端細胞治療センター
下平滋隆
現在、日本の輸血患者数は100万人以上。国民の100人に1人は輸血していることになります。たとえば国民の3分の1ががんで亡くなる時代ですが、輸血が最も必要とされるのもがん患者で、輸血血液の45%が使用されています。このように身近な輸血医療の安全性について、昨年来より国民意識が変わってきました。安全な血液製剤の安定供給が急務の課題となると同時に、5年先10年先の血液供給について、安全面と資源の確保という観点から対策を講じる必要に迫られています。
2007年献血者数は500万人を切る中で、献血者のHIV感染者が増加の一途を辿り(102人、2人/10万)、先進国の中で唯一HIV感染者が増加しています。人口10万人あたりのHIV陽性者(累積)では、第1位が東京都(25.5人)、第2位に茨城県(13.8人)、著者在住の長野県は第3位(10.3人)となっています。増加率の著しい都市部では青年男性(同性間)に多く、地方では中年男性(異性間)が主たる感染者となっています。HIVの感染経路として、女性から男性への感染は1/700~1/3,000、男性から女性へは1/200~1/2,000ですが、性感染症である淋病やクラミジア感染があると男性で10~50倍、女性で50~300倍に感染リスクが高まります。性感染症のある女性では、HIV感染の確率が1に近づくことになります。また、HIV感染者にはB型肝炎(HBV)合併例も多く、HIVの標準的な治療であるHAART(Highly active anti-retroviral therapy)に含まれる抗HIV薬のラミブジン(3TC)はHBVの治療に効果があるので、混合感染が表に出ていない可能性もあるのです。
こうした状況において、日本赤十字社では合理的な運用により、献血者のHIV感染症の1次検査を凝集法から化学発光酵素免疫法(CLEIA法)に6ヶ月の移行期間を経て全面的に変更します。HIVのCLEIA法では感度が高まる分、0.3%の偽陽性があると言われているので、ウイルス陰性なのに血液が不適になる方が0.3%出る計算になります。
若者の献血離れだけでなく、20歳代のうち4分の1の人が献血という言葉さえ知らないという社会的責任、さらにHIV感染の増加という深刻な事態に、繰り返し献血してくださる中高年の方々への負担も無視できません。日本赤十字社ではHIV検査目的の献血を禁止する啓発活動を張っていますが、その一方で献血者減少に歯止めをかけるべく、今夏から献血者の健康サービスとして血糖検査を加えるという苦しい対応策があるのです。
「安全な血液製剤の安定供給の確保等に関する法律」では、1980年代の輸入原料血漿による薬害エイズ禍により、血液製剤の国内自給率100%を目標に掲げてきました。2007年度の血液製剤のうち、アルブミンが63%、人免疫グロブリンの95%が国内血漿由来となっています。国内で採血ができるのは日本赤十字社のみなので、献血された血液のうち116万リットル(約95億円相当)の原料血漿が製造販売業者等へ分配されています。原料血漿は国内献血が安全で、輸入血が危険という前提の措置ですが、HIV感染者の国内背景や遺伝子組換え型アルブミン製剤が供給される時代では、その法的な根拠が大きく変わることになります。
欧州や東南アジア諸国で実施されている血小板や血漿に対する病原体不活化技術は、2004年に日本赤十字社から出された安全対策8か条の中に謳われていましたが、実施までにはさらに長い時間を要します。2008年にはフィブリノゲン製剤等による薬害C型肝炎救済制度が実施され、薬害エイズ事件では、元厚生省課長の不作為の過失による有罪が確定し、参議院予算委員会における田中康夫参議院議員の質問に対する舛添大臣、福田総理の回答から、安全対策の推進および督促が出されるなど、不活化導入に向けて急展開をみせています。しかし、米国の不活化導入の動きだけでなく、中国や韓国までもが承認間近となって、日本が大きく遅れてしまったことは明らかです。一歩でも前進するためには、感染症動向による輸血感染のリスクを明らかにし、輸血安全監視体制(ヘモビジランス)の整備を進め、不作為とならぬよう不活化導入の工程を早急に策定し、供給者の原理ではない国民の目線で安全対策を考える必要があるのです。