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MRIC vol 6 「医療/公衆衛生×メディア×コミュニケーション」

医療ガバナンス学会 (2008年3月20日 13:35)


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    第7回 糸とマッチと新聞2
林 英恵


 前回は、インドのHIV/AIDSの状況、メディアや教育に関するターゲットとなる人たちのバックグラウンド、また、そのような中でどのようにヘルスコミュニケーションが展開されているのかについて書きました。その中で、ユニセフインド事務所が、いくつかある行動変容モデルのうちの1つを使用し、そのモデルに従って、予防啓発活動の戦略を構築しつつあることをお話しました。
今回は、教育ということに焦点を当てて、具体的にどのような”メディア”(媒体)が使われているのかご紹介したいと思います。
【ユニセフのHIV予防教材セット】
前回お話したとおり、インドでは、電気を使用するメディアや、読み書きの能力が必要なメディア(この場合は媒体という意味)は、限られたターゲットのみがアクセス可能となってしまいます。ですから、どの地域でも、誰にでも幅広く使える教材ということで、ユニセフキットが作られました。対象は、中学生から
高校生です。
内容は、
・使用する地域の言語で書かれたテキストブック一式(教員・ファシリテーター用。紙)
・紙芝居
・性器の模型(コンドームの着用方法を実際に披露するため)
・男性・女性用コンドームそれぞれ
・3色の糸
・マッチ箱
・新聞紙
でした。
このキット、そして、フィールドでの活動から学んだことは、教材は、伝えること、理解をしてもらうことを「助ける」ために使用されるもので、まず教材ありきになってはならないということ。そして、教材を使いこなせる先生や、ファシリテーターの技量で、教材の持つ力をさらにパワーアップさせることができる
ということでした。
【糸、マッチ箱、新聞の具体的な使用例】
例えば、3色の糸は、一人との性交渉の裏に、どれだけの人の交わりがあるかということを目で見て伝えるために使います。人が輪になり(20から30人が理想的。しかし、人数が増えても糸が長めなため対応は可能)、毛糸のように丸められた長さ30メートルくらいの糸を、適当な人に向かって投げていきます。糸を誰かに投げたり、転がして渡したりという行為は、室内でするのに、割とエキサイティングで、参加者の集中を誘うのに役立ちます。3種の糸が輪になった何十人の間を飛び交い、最終的に、くもの巣のような糸と人の線ができます。
できあがった「くもの巣」をみて、ファシリテーターが伝えるのが、前述の物理的な人との交わり。つまり、自分の性交渉の相手が一人でも、実際は糸でつながっている人たち全てのリスクを負うことになるのだということを伝えます。人と人とのつながりが目で見えるので、教科書上だけで話すよりも説得力があります。さらに、3色の糸を使用したのにも意図があり、視覚的に、HIV感染の大まかな3つの経路といわれる、性行為での感染、母子感染、そして血液を介した感染を表します。この感染経路を頭に入れてもらうためにも3色の糸にしたということでした。
また、マッチ箱は、コントロールできないことに対する対処法や、ピアプレッシャー(周囲から与えられる圧力への対応)を学ぶのに使われます。土の上にいくつかの円を書きます。この円に向かって、マッチ箱を投げ、チームごとの点数を競います。遠いところに行くにつれ点数があがるような仕組みにします。(インドの農村部の集会場は、土間のような土でできているところが多いので、チョークや、固い棒などで、土の上に円を書いたりすることができます。)
先ほどの何十人かを、4~5人のチームに分け、チームで高得点を目指します。こちらは、直接的なHIV予防教育というよりは、ライフスキルエヂュケーションの一貫としての活動です。頭では遠くの円に入れるべきだとわかっていても、自分でコントロールしがたい状況が往々にして起こるのだということ(→間接的に、頭ではコンドームを使わなくてはいけないとわかっていても、できない状況が起こりうるのだということ)、さらには、周りから(高得点を狙ってほしいという)プレッシャーを与えられている情況で、自分の気持ちにどう変化が起こるのか(→周りがコンドームの使用を勧めてくれたらどう思うか、また、反対に、勧めなかったらどう感じるか、そして、自分がどのような対応をされたら嬉しいかなど)を実際に感じてもらうということを趣旨にしています。その体験を通して、ファシリテーターは、(カッコ)内にあるように、今ゲームを通じて行われた活動を、HIV予防のための行動に置き換え、参加者の自由なディスカッションを導くのです。
そして、最後に、新聞紙です。一枚の新聞紙を、先ほどのチームごとに、びりびりに破いてもらいます。この時点で、ファシリテーターは、破く目的は伝えません。とにかく、できるだけ細かく破くことを指示します。そして、破き終わった後、破かれた新聞紙をつなぎ合わせて元に戻すように指示するのです。どのグループもこの時点では、相当な勢いで破いた新聞紙を目の前に、一体全体どうしたらいいんだという表情でした。もちろん、指示に従って、できるだけ、元通りにしようと試みますが、完璧に元に戻すのは至難の業です。
こちらを通して、ファシリテーターは、一度HIVに感染してしまった後は、感染前と完全に同じ生活に戻るのは難しいことを伝えます。この新聞紙ゲームを通して、現在、ウィルスを除去する完全な治療法がないことなど、HIVの病気の特性に関する話を進めていきます。ゲームは、話を進め、実際に想像を膨らますための導入部分に使われるのです。
【これらの活動を通して学んだこと】
ボストンの大学院の最初の授業で、メディアは、テレビやWEB、ラジオや新聞などのみではなく、黒板や、鉛筆、つまり情報や教育を媒介するもの全てなのだということを学びました。さらに、テクノロジーの進歩から、最近よくありがちな、使用する目的を明確にしないままの「とりあえず」のWEBサイト作り、「とりあえず」のCDロム作成などは、学習者にとっても意味を持たないので、教育やコミュニケーション活動の戦略を練る側が、しっかりと、それぞれのメディア(媒体)に期待する目的と意図を明らかにしなければいけないということを教えられたことは以前書いたとおりです。
糸や、マッチ箱や、新聞は、どこにでもあり、誰にでも比較的容易にアクセスができる道具です。しかし、それぞれの活動を通して、ターゲットに学んでほしいことを明確にすることで、道具が、素晴らしい教材に変わっていきます。
教育やコミュニケーション活動は、作り手の創造力にかかっているのだという思いを強くしました。1つのシンプルな媒体に、どれだけの価値を込められるのか。教育やコミュニケーションの原点は、ここにあるのではないかと思います。
林 英恵(はやし はなえ)
早稲田大学社会科学部卒業。ボストン大学教育大学教育工学科修了後、株式会社
マッキャンヘルスケアワールドワイドジャパンにて、ジュニアストラテジックプ
ランナーとして勤務。2008年より同社のサポートを得てハーバード大学公衆衛生
大学院修士課程(ヘルスコミュニケーション専攻)進学。「臨床+α」広報・渉
外担当。

 
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