vol 5 「医療安全調査委法案成立すれば救急医療は崩壊します」
救急車はすぐ来てくれたのに、搬送受入病院が見つからず、時間がどんどん経過し、亡くなられてしまうといった救急医療の惨事が全国各地で起きています。
背景にあるのは、産科・小児科も含めハイリスク医療での圧倒的な医師不足、不足ゆえの過重労働、昨今の訴訟・訴追のリスク増大、さらなる医師立ち去りの悪循環です。
ところが、この悪循環を食い止めるどころか加速させる「医療安全調査委員会(仮称)法案」が、厚労省によって準備されています。私の元には、「法案が通ったら、救急医を辞める」と悲鳴のようなメールが各地から続々届いています。
私も、親族の不慮の死に遭遇した家族や後遺症を被った患者が、真相究明のため専門家のサポートを受け、納得いくまで医療者と対話できるよう、行政が支援することは不可欠だと思っています。
しかしこの法案には間違いがあります。診療関連死を全件、厚生労働省の傘下の調査委員会に届け出させ、行政処分や刑事処分につなげる点です。
診療関連死の解釈如何では、後から届出義務違反で摘発される可能性がある以上、医師や病院側は、ほぼ全件届け出ざるをえません。担当した医師なりに時間制約の中で最善を尽くしたつもりでも、振り返れば誤りや改善点を指摘できるケースはあるでしょうから、調査次第では処分の可能性も否定できません。
また、調査委員会の立入検査、事情聴取には、担当医だけでなく医長や看護師も診療時間を削って応じなければならず、翌日からの患者対応に支障が出ます。
法案成立後は、重症患者を引き受け、もしものことがあれば、担当医は医師人生を絶たれ、病院も当分機能停止に陥る可能性が増します。よって、万全の受入体制がない病院は、患者の受け入れを拒まざるを得なくなり、救急医療は完全に崩壊してしまうのです。
最善を尽くした医師を結果次第で権力が罰する制度は、医療を萎縮させるだけです。
ただ、医療界も、医師が最善を尽くしたか否かを、厳正かつ公正に判断し、必要あれば懲戒する自主規律機能を強化し、患者・社会からの信頼獲得に尽力してもらわなければなりません。
この記事はロハス・メディカル3月号に掲載されています。
著者紹介
鈴木寛(通称すずかん)
現場からの医療改革推進協議会事務総長、
中央大学公共政策研究科客員教授、参議院議員
1964年生まれ。慶應義塾大学SFC環境情報学部助教授などを経て、現職。
教育や医療など社会サービスに関する公共政策の構築がライフワーク。