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臨時 vol 25 「『安心と希望の医療確保ビジョン』第三回会議 傍聴記(前)」

医療ガバナンス学会 (2008年3月9日 14:12)


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■□ この会議は本当に勉強になる □■
ロハス・メディカル発行人 川口恭


 すっかり傍聴に行くのが楽しみになってしまったこの会議。先月25日夕刻にも開催された。なかなか文字起こしする時間がなく遅くなってしまったが、この内容を知らせないのは実にもったいないと思うので、前後の2回で報告する。
会場について、ドキっとする。看板も資料も「第4回」。私の記憶では、たしか3回目のはずなのだが、知らないうちにどこかで1回開催されたのだろうか。だとしたら報告し漏れてしまったことになる。でも戻って事前の案内を確認したら、やはり3回目と書いてある。はて? 後で教えていただいたところによると、現地視察が1回あったらしい。
この日は残念ながら舛添大臣は欠席。陳述人は陳述順に、中川恵一・東大病院放射線科准教授、緩和ケア診療部長、桑江千鶴子・都立府中病院産婦人科部長、花田直樹・花田こどもクリニック院長、山本保博・日本医学大学救急医学主任教授。一足先に崩壊が始まったと叫ばれている産科・小児科・救急に、担い手が足りないという共通項で、がんの中川准教授が乗っかったというところだろうか。
では中川准教授の陳述から。
「本日は、医師が普段かかわる医療そのものではない部分を強調したい。日本ではがん死亡率が上昇を続けていて、欧米では下がっている。でも国民はあまりこのことを知らない。がん登録がないので粗くしか言えないが、日本人の3人に1人ががんで死んでおり、2人に1人はがんになっている。疫学の先生方は、日本のがん死亡率が上昇しているのは高齢化の影響であり、年齢調整死亡率を出せば欧米と変わらないという。しかし、昔の人と今の人とを単純に年齢だけで比べてよいか。昔の高齢者より今の高齢者の方が若々しい。たとえば磯野波平さんは54歳という設定であり、郷ひろみさんは53歳だ。磯野フネさんは48歳で私と同い年になるけれど、マドンナは50歳だ。このことを見ると、非常に粗いことを承知で言えば、年齢調整死亡率を下げることではなく、純粋にがん死亡数そのものを下げることを目標にしてもよいのでないかと考える。
世界一のがん大国でありながら、がん対策大国とは言い難い。毎日新聞の世論調査によれば、緩和ケアのことを知らない人が72%。がん登録に関しても、感染症には精密な数字があるのに、国民は否定的な考えで同意した人のみが62%、法制化に賛成が18%と非常に低い。この背景にあるのは、がんのことを単に知らないだけでなく、知りたくない、トドのつまりは死生観の消失ということなんだと思う。宇都宮さんという教師が小学3年から6年までの372名に『死んだ人は生きかえることがあると思いますか?」と尋ねたら、生き返るが34%、わからないが32%だった。なぜここまで死をバーチャル化してしまうのか。死を見たことのないライフスタイルも影響しているであろう。在宅死と病院死の割合が逆転して30年、今では9割近い方が医療機関で亡くなる。東大病院でもお子さんたちが来るのは、お祖父ちゃん、お祖母ちゃんが亡くなった後。こうして死が意識から消えていると思う。
お釈迦様が、生老病死と言ったように、本来、生きるとは苦しいことを伴うものだった。しかし生が快楽のみになってしまっている。現在の日本には戦争がないので、がんしか死のイメージを持つものがない。学校教育の中でなぜがんのことを教えないのか。小学生から英語を教えるという話があるけれど、そんなものよりよほど意義がある。それがひいては、いじめや自殺の問題を考えさせることにもつながってくる。
がんから目を逸らさないことが、がん医療を客観的に見つめることにもつながってくるのでないか。というのが、実はがんの死亡率が下がっているからといって、治療が劇的に進歩しているわけではない。進行度ごとに分ければ、30年前、40年前とほとんど変わっていない。単に早期発見が増えたに過ぎない。つまり、がん登録やがん教育のように周辺の寄与の方がより大きいことを強調したい。
それから、私の分野である放射線治療は将来国民の4人に1人が受けるようになるであろうと予測されるにも関わらず、担う人材が極端に不足しており、それは緩和ケアにおいても同様。医療崩壊はがん治療の分野にも起きていることをお伝えしたい」
中川准教授は途中退席の予定があるとのことで
いったんここで質疑応答。
野中
「専門の先生が少ないのは分かった。放射線学会や緩和ケアの学会では、どういう形で育てようとしているのか。それから患者さんの地域での生活をどうサポートしようとしているのか聴きたい。在宅死が少ないという話だったが、死ぬまでのケアがないので、病院にいるしかないというのもあるのでないか」
中川
「大学に講座が少ないという問題はあるが、それよりどういうインセンティブを若い医師に与えるかだと思う。皆さんご存じのように、東大でも外科へ行く医師が減って、眼科や皮膚科が増えている。良い悪いでなく、こういうことは考えないといけない。患者さんの地域での生活ということに関しては、在宅緩和ケアが重要なので、ぜひ開業の先生方に担っていただきたい。開業医の方々にも、がんを診てほしい。急性期は病院でないと無理だとは思うが、そうでない慢性期にまで入院させているのが良いわけない」
矢崎
「実態の真のデータが少ないのはたしかにあるだろう。しかし、がん対策に関しては、中曽根内閣の時にがん撲滅10カ年計画が始まっており、今3期目だ。今日の問題がなぜもっと早くから入っていなかったのか、政策の問題なのか、がんをやっている先生方の問題なのか」
中川
「がん登録は避けて通れない。それができない理由は心理的抵抗の部分であり、これはもはや医療の問題というより日本人の資質を問われていると思う。我々全員死ぬのにもかかわらず死ぬ気のない人がこれだけいるというのは民度の問題だ。医療だけでなく教育の在り方まで含めて考えないといけない。がん分野の医師がしっかりやれよというご指摘はまさにその通りで反省している。ただ、その根底にあるのは死生観の喪失なので、これは行政も患者さんも巻き込んでいく必要があると思う」
辻本
「私も乳がん患者でフルコース治療をしたので、放射線のお世話にもなった。放射線に関しては、ご説明のあったように精密機械で、限られた医療機関にしかない。開業医で診ていただくがんの範囲とは、どの辺りになるだろうか。インセンティブの話では、たまたま私のお世話になった病院では1人しか放射線治療のお医者さんしかいなくて走り回っていたのが、人を増やしてもらえた。それで喜んでいた。だから給料を上げるだけが能ではないと思う。むしろ、きちんとしたやり甲斐を示してあげる方が大切でないか。教育の中でがんについて教えるという話、どうやって教えていったらいいのか」
中川
「放射線治療できる施設が全国に700ヵ所あり、放射線治療医は542人しかいない。どういうことかというと、明らかに医師が少ない。多くの施設がパートタイムの医師で回している。こういう分野はフリーアクセスとの兼ね合いはあるけれど、むしろセンター化すべきで、世界的にもそうなっている。それから診る範囲に関していうと、慢性期、終末期はむしろ開業医でやるべきだと思う。インセンティブはおっしゃる通りお金だけじゃない。医師が走り回るというのは、それだけ医師を支えるコメディカル、システムが足りないということだと思う。教育に関して言うと、学校の先生がやればいいと思う。渡海文部科学相に会った時にも申し上げたが、そうしたら学校の先生には教えられない、彼らも死ぬ気がないからということだった。でも、まず学校の中に仕組みをつくっていっていただければと思う」
辻本
「地域の中にいる患者さんが体験談などを話すというのはどうだろうか」
中川
「最高の先生だと思う」
西川副大臣
「先日、墨田区の緩和ケアをやっているクリニックにお邪魔した。医師があっけらかんと『死ぬ』という言葉を口にしているので驚いた。気づいたのは、看護師が大きな力を持っていること。どうやら医師と夫婦のようだった。お医者さんが全部抱えこむと何も出てこなくて看護師がポイントかなと思った。医学生が楽な方向へ行くって本当にそうなのかな。キツイと言われる診療科のやり甲斐を学ぶチャンスをもらっていないだけでないか。医師研修制度の中でやり甲斐に気づかないだけでないかと思う。その辺のところをお聴かせいただければ」
中川
「緩和ケアの中心はナース。医師は最後に責任取ればいいだけ。世界的にもそうなっている。真の意味でのインセンティブは先生のおっしゃる通り。ただ現状で足りない部分への人の配置の強制力をどうするのか。今から始めてもその医師が育つまでに10年かかる」
続いて桑江部長の陳述。
「古今東西、お産とは危険な営みである。棺桶に片足を突っ込んでするものと言われてきた。世界の妊産婦死亡を見ると、アフガニスタンのような医療介入の全くないところでは、対10万出生あたり1900人の死亡があり、実に2%の妊産婦が死亡している。世界平均では対10万出生あたり400人、つまり250出生に1人の死亡である。では日本はどうかと言うと、対10万出生あたりわずかに5人でしかない。ただしハイリスク妊婦はむしろ増えており、それだけ医療の介入も増えている。日本の妊産婦死亡が下がっていったのは1960年ごろからのことで、この時に何が起きたかというと自宅分娩がどんどん減って施設分娩が増えた。その施設も、病院50%強、診療所50%弱、助産所1%という世界でも独特の配分になっている。
分娩費用はヨーロッパ、カナダなどでは全て公費負担というところが多く、日米は自費である。ただし日本は健康保険から出産一時金が支給される。米国はかなり高額で日本は低額である。例を挙げると、実際にかかる費用の平均は51万円であり、都立病院の場合、受け取っている費用は29万円で、1分娩あたり22万円、医療側が赤字になっている。
この50年間の日本の周産期統計を見ると、分娩数は半減、母体死亡は80分の1、新生児死亡は40分の1に減った。人工妊娠中絶は減ったとはいうものの、いまだに年30万件ある。早産が増え、超早産は約2倍、低体重出生児も増え、超低体重出生児は約30倍に激増している。その背景として、高齢出産が約2倍に増加している。
ちなみに1人の妊産婦死亡の背後には約73倍の超ハイリスク妊産婦が存在すると考えられており、その人たちは医療の介入で死亡を免れている。その数は年間4000人から4500人くらいになる。
産婦人科というのは特に女性医師が多い。産婦人科医会の会員で見ると、30代の50%、20代の75%が女性である。ところが女性医師は分娩を取り扱わなくなる率が高い。男性の平均が82.6%であるのに対して66.0%。卒後11年目には45.6%まで落ちる。平成19年度に産婦人科新専門医にアンケートしたところ大学病院や分娩取扱機関での常勤が82%おり、分娩を取り扱わない施設の常勤は1%、非常勤またはパートというのも10%であった。ところが5年後の希望を聴取したところ、大学病院や分娩取扱機関での常勤が49%まで激減し、代わりに分娩を取り扱わない機関が18%、非常勤やパートが20%もいた。我々も非常に衝撃を受けた。で、勤務を継続するために一番重要と思われる項目を挙げてもらったところ。一番大きかったのが『多様性のある就労条件』であり、次が『配偶者の理解と協力』だった。
産婦人科臨床現場の3つの問題を挙げる。(1)劣悪な労働環境と待遇。長時間継続労働を強いられ、その割に低賃金で、休めない体制になっている。先ほども話が出たが、やはり給料の額も問題だけれど、それ以上に休みたいという声が多い。(2)医療事故と訴訟への恐怖。これは福島県立大野病院事件で大きく噴き出してきた。(3)医療者への暴言・暴力(モンスターペイシャント)の存在。説明に長時間を要するので1人いるだけで時間を取られ、医師としての誇りもズタズタにされ仕事に対するモチベーション、誇りが保てないという現状がある。
こうした問題に対して各地で様々な取組がされている。まず、東京都立病院における産科医待遇改善の試み。これは全国の公立病院でも最低の賃金を全国平均まで引き上げるというもので、果たして十分かといえば決してそんなことはないだろうが、しかし私たちの提言に対して都が応えてくれたという、そのことの方がはるかに重要で嬉しく、また頑張ろうという気になれた。次が秋田県における妊婦検診無料化の試み。これによって突発的にハイリスク妊婦が飛び込んでくるというリスクはかなり下げられるので精神的には助かる。ちなみに産婦人科医に人気の病院というのもあって、研修内容や待遇で集めているのが亀田総合病院や府中病院。女性医師に働きやすい環境を整えたのが厚生年金病院、オープン病院の試みをしたのが愛育病院。また遠野のように地域での連携の模索も行われている。
さて女性医師が働きやすい体制について述べる。私が今まで続けれこれたのは、個人の資質というよりも幸運だったから。つまり、家族が健康で、夫婦の両親がともに健在で関東近辺に住んでいて、しかも女性が働くことに協力する意識を持っていてくれて、職場の上司の理解があって、関連病院がそれぞれの実家の近くで、夫が肉体的にも精神的にも最大限の協力をしてくれたから。これだけの条件が揃わずに泣くなく臨床の現場を去っていった先輩たちを何人も知っている。これほどの苦労をしなくても女性が辞めずに済む良い方向にできないだろうか。特に育児など考えると、『近くの家族』に代わるべき社会的な資源が絶対に必要である。ただし、では『近くの家族』に代わる社会的資源があれば働きやすいのかと考えてみると、現在の長時間労働を前提とする限り、費用がずいぶんかかるうえに、家庭的なことを全て他人まかせにすることになり、潤いのない家庭になりそうだ。むしろ労働時間を一般労働者なみに短くするならば、費用はそれほどかからないし、家庭も健全だろう。
実は女性医師対策というよりも、男女がともに働きやすい体制をつくってもらえれば、それでいいのだと思う。具体的には、シフト制や十分な定数確保によって長時間労働を改善する、職住接近、院内保育施設の確保、主治医制の見直し、上司の意識改革、プロ意識の熟成、ワークライフバランスの推進など。
意識改革の提案を行いたい。女性医師に支持される病院は患者増、分娩増で発展する。女性医師の妊娠出産による一時撤退はたかだか4ヵ月、出産を経験すれば患者さんの気持ちが一層分かるようになるのだから、研修と思えばよい。女性医師と働くことに慣れてほしい、特に子供のいる女性医師と働くことに慣れてほしい。特別扱いは望んでいない。男性医師と同じように叱咤激励してほしい。私たちは特別にいたわられたくもないし、甘やかされたくもない。ごく普通に働きたいだけである。であるから、仕事は仕事なので責任も平等に担わせてほしい。それを嫌がる女性医師は論外で性別以前の問題だ。施設の長には、男性も働きすぎているのでないかという視点を持ってほしい。
男女共同参画社会の実現を阻むものを考察したい。まず、お金がかかることが挙げられる。シフト制や妊娠・出産をカバーする人的余裕を得るには医師定数増と確保が必要だ。院内保育施設の充実には、施設と保育師が要る。職住接近にも病院負担が増すだろう。これらには医療費削減が問題となる。病院経営が赤字であったり医師不足があったりでは、いかんともしがたい。ただしお金がかからないこともある。上司の意識改革であり、プロ意識の熟成であり、男女共同参画社会への納得であり、主治医制の見直しである。これらをまず医療に携わる人へ周知することが必要だろう。
これまでは、医師が男性、助産師・看護師が女性という図式があった。しかし現在は違う。医師と看護師は車の両輪であり専門家同士であり臨床を支えあう同志である。将来は司法による過剰な介入がないことを前提に、それぞれの専門性を生かした働きかたができないか。適正な責任を取ることはやりがいになる。というのも安全を担保するには人手が必要であり、産科医、助産師の不足解消には時間がかかる。周産期専門の認定看護師制度をつくれないか。
最後に産婦人科女性医師の願いを述べる。
・仕事の上で誰の犠牲の上にたつこともなく
・自分の人生を生きる時間を持ち
・子どもの成育を損なうことなく
・医療の質を落とすことなく
・母性の発現を妨げることなく
・経済的自立をするに充分な報酬を得て
・継続して仕事に打ち込め
・医学の進歩や社会への貢献ができるような労働環境を整備することである。この中で母性の発現以外は男女共通の事柄であり、男性にとっても働きやすい職場となる」
この傍聴記は、ロハス・メディカルブログ(<a href=”http://lohasmedical.jp”>http://lohasmedical.jp</a>)にも掲載されています。

 
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