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臨時 vol 16 「『萎縮医療』、『たらい回し』をストップするための緊急提言 傍聴記」

医療ガバナンス学会 (2008年2月18日 14:18)


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ロハス・メディカル発行人 川口恭
 

 16日の土曜日、日本集中治療医学会の中に会場を設定して、「『萎縮医療』、『たらい回し』をストップするための緊急提言」なる市民公開シンポジウムが開催されたので行ってきた。  いわゆる医療事故調問題に関して、主要な方々が初めて平場で真摯に議論した。最後には、司会の自治医大・瀬尾憲正教授が感極まって涙を流していた。掛け値無しに素晴らしい集会だった。急ぎご報告する。  まず主催者で司会の森田茂穂・帝京大教授が挨拶。  「最初は医療側の方に問題があったのだという反省から始めないと、議論は進まないと思っている。我々60歳に近く間もなく御役御免になる人間がやらないと次代に負の遺産を残してしまう。今日、結論が出るとは全く思っていない。むしろ議論した挙げ句、さらに混沌とするかもしれない。強いていえば、そこを出発点に様々な方に議論を始めていただければよいと思う」  次に舛添要一・厚生労働大臣のメッセージが読み上げられる。  「医療に対する強い不信感と対立構図があるのには、過去にごく一部とはいえ、医療側の不誠実な態度があった。医師法第一条に定められた医師の職分を存分に発揮し、信頼を得る努力を続けていただかなければならない。一方、国民の側も限りある医療資源の適正な配分に向けた努力が必要である。医療側と国民側が直接対話するこのような場が設定されたことは極めて意義あることと考える」  最初の登壇者は佐原康之・厚生労働省医療安全推進室長。  「検討会でやっていることについて説明したい」とのことで、検討会の前提や現段階での考え方をさらっと説明する。これに関しては、すべての検討会をご報告しているので省略する。締めくくりの言葉が「これからどうするかは皆さんの議論次第。インフラ整備の面は立法府のご判断で、その後が我々行政府の仕事だが、たとえ制度ができたとしても、皆さんがやるのでなければ機能しない。その点も踏まえて、今後十分に議論いただければ」  続いて医療問題弁護団代表の鈴木利廣弁護士。  「論点整理をする。もともと危険な作業を伴う現場では日常的に安全対策が実施されるべきであり、しかしそれでも事故は起きるので、その報告・原因究明・分析が行われ、それがまた日常の安全対策にフィードバックされるというのが当たり前。改善のために行政処分が行われることもあるだろうし、さらに被害者がいた場合にはきちんと対応する、それと別に必要があれば刑事処分も行う、どこの領域でもこうなっている。ところが医療に関しては、このようなものが一切なく、こういう発想で整備しなければならないと政府が動き始めたのが99年。  医療事故のこの発想で言えば報告・究明・分析が行われ、被害救済、あるいは刑事処分が行われるべきだがほとんど行われていなかったために、被害者はやむなく医療訴訟に追い込まれていたのだと思う。だから医療事故に関しては長らく民事中心で、刑事手続が増え始めたのは99年以降。それまで年に2、3件だったのが10数件になって飛躍的に増えたと言われているのだが、これがどこの分野でもあるべき姿。  医療事故調をつくることに反対している医療者はいない。ところが、これが刑事責任へつながるからということで一部に反対の声が出ているのだと思う。医療事故は故意でないのだから刑事で処分するのはおかしいという意見もあるようだが、過失犯を刑法で裁く流れができている中で、医療事故だけ免責せよというのは法律家から見ると突拍子もないこと。運用の中で、最近は重大な過失へと限定するのが主流。これを故意のみ刑事犯とするというのでは、一般市民社会の中で受け入れられる考えではない。  刑事処分と事故調査との関係について、ぞれぞれが独自にスタートして互いに調整する方法、航空機事故調がその方式だが、それと事故調の方が先行して悪質なものだけ刑事へ渡すという方法、まったく別個に独立した運営という3パターンが考えられる。私は、まず調整型から始めたらよいのでないかと思う。試案の文案だけでは、この関係性が今ひとつ不明確になっているのでないかと思う」  佐原室長の話と鈴木弁護士の話と連続で聞いたことで、だいぶ頭がクリアになった。2人に共通しているのは、出発点というか描いている全体像が事故が起きた後どうするかというサブシステムでしかないこと。  国民が健康に安心して暮らすために何が必要なのか、その全体のシステムの中で医療はサブシステムであり、事故後の対応は、さらにそのサブサブシステムだ。サブサブシステムの中でどんなに整合性が取れていようが、より上位の医療というサブシステムがおかしくなるようなら、それは使えないと考えるのが正常な思考だ。皆善意なのに話が噛み合わない理由は案外これじゃないだろうか。  そして、医療者の言い分が時として独善的に聞こえるのも、医療というサブシステムを、あたかも最上位システムであるかのように扱おうとするからだ。  続いて登壇した集中治療医の西田修医師(愛知県厚生連・海南病院)の話を聞いて、その確信は高まった。  「勉強会で自民党議員の話なども聞いた。そのうえで今考えていることを述べたい。まず、現状のままではダメで、何らかの制度が必要とは思う。  ネット上で議論されていることなどは厚生労働省の第二次試案に基づいてされていることが多いが、ぞれと12月に出た自民党案とは本当に同じものか。かなり改善されていないか。そう思うところを列挙すると、まず事故調の名称が変わった、目的が医療者の責任追及のためでないと明記された、21条と重複する届け出は必要なくなるので21条が死文化するとの説明だった。また届出範囲が医療機関の判断に委ねられており、病院内の事故調査委員会の判断が尊重されるとのことだった。遺族が直接警察に訴えても警察は動かないという話だ。また事故調に患者遺族側の立場を代表する委員を入れるといっても、個別事例の関係者は省かれるということだった。この辺りは評価できると思う」  患者や家族がどう見るかという視点がスコーンと抜けている。もちろん考えていないわけではなく、患者家族にとっても当たり前に利益になるという前提だろうし、後から出る意見を際立たせるための前振りでもあるのだろうが、これは市民公開講演会である。きちんと説明しなかったら、任せて大丈夫なのか、と心配になる。西田医師の話の続きである。  「刑事罰ばかり注目されているが、全体の紛争を見れば民事の方がはるかに大きい。平成8年に大きな転換があって、判例の求める医療水準は僕らの考える医療水準と全然違う。規範的で、何か文献に1行でも書いてあれば後出しジャンケン的に敗訴する。再発防止のための提言が逆に仇になる。医療を後から採点した場合に100点になることなどありえなくて、必ずここをこうしておけばというマイナス点が出てくる。そのマイナス点を過失とされるのが現在の民事訴訟。事故調ができると、その報告書が100点満点で書かれるはずもないので、専門家が過失を認めたことになって民事訴訟がどんどん増え、さらに医療崩壊を進めることになりはしないか。既に医賠責が破綻しかけていて大手保険会社は撤退しは じめているとも聞く。  だから、調査委員会のメンバーに学会の監視が必要である。我々の考える医療水準を言える人でなければダメだ。専門家としてまつり挙げられて、『私なら救えた』などと言う人がならないようにしないと。  ただ、もしこの事故調を完全に民事とも刑事とも切り離して再発防止だけで運営した場合、誰がどうやってするのか、訴訟の際はもう一度最初からやり直すのか、という話になって、以上挙げたような議論がまだ十分にされていないと思う」  最後の登壇者は麻酔科の横田美幸医師(癌研有明病院)。麻酔科学会ワーキンググループの具体案を説明した。  WG案は、森田教授が「何もないと格好がつかないので短期間にひねり出した。弱点があって、真相究明のためには、もっと本格的なものが必要だと考えている。これが解決策とは思っていないので、ひとつの問題提起とお考えいただきたい」と述べたことと、多分、麻酔科学会のサイトに掲載されるのでないかと思うことから、ここでは触れずに先を急ぐ。真摯で味わい深い案なので、アップされたらぜひ読んでみてほしい。  壇上の準備が続く間、森田教授の話は続く。  「法曹界の人の言葉も、我々の言葉も一般の人からすると、同じように分からないと思う。我々は説明義務違反ということで糾弾されることが多いので、法曹界の方々にも我々にたいする説明義務を果たしていただきたい」  壇上の準備が整ってパネルディスカッションになるかと思いきや、いきなり会場から質問を受け付け始めてビックリする。  先陣は帝京大学麻酔科の福家医師  「佐原さんに伺いたい。21条は死文化するのか、なくすのか」  佐原  「改正はしないといけないと思っているが、21条自体はなくならない」  福家  「刑事告発しても警察は動かないというが、では遺族の方は告発の権利を奪われるのか」  佐原  「絶対に動かないとはならないと思う。現在は他にやるところがないから警察がやむを得ず動いている。第三者機関ができれば変わると思う」  西田医師に嘘を吹き込んだのは一体誰だろうか、と思っていたら、上昌広・東大医科研准教授が手を挙げ、一気に佐原室長の表情がこわばる。  「舛添大臣は国会などで、まだこの案では不十分だと繰り返し言っている。まだまだコンセンサスを得るには程遠いと思う。このように多くの方を調整するのは役所主導ではなく政治主導であるべきでないか。問題の解決法はいくらでもあって、厚生労働省の示したのは一つの案に過ぎないのでないか。  医療は究極にはよく分からないことだらけだ。真相究明できるとは限らず、むしろ患者さんご家族の求めに応じて徹底的に情報公開していく考えもあるだろう。  厚生労働省案で特に問題だと思うのが二点ある。まず届出義務化。罰則とセットで義務化されたら、それこそ最低限のものしか出さなくなって、却って真相究明が遠くなる。それから事故調が法的判断をする点。欧米各国を見ても、そんな国はない」  佐原  「大臣から、いろいろと意見を聞いてやっていくよう指示を受けており、そのように進めていきたい。事故調は法的判断はしないと考えている」  上  「重過失とか故意を決めるのは法的判断でないのか」  佐原室長が答えようとしたところに鈴木弁護士が割って入る。鈴木弁護士も顔が険しい。  「法的判断は裁判所がする。その前段を法的判断とは言わない」  上  「それは理念であり、実際の運用とは違う」  鈴木  「事故調の判断に裁判所が従うとは限らない」  上  「唯一の専門家集団が下した判断を覆すことなどあり得るのか」  だんだん口喧嘩のようになってくる。  鈴木  「あなたはトラブル解決だけで良いと思っているのか。そもそも刑事捜査が動き始めたところが発端だ」  上  「それでは患者さんの納得度が低いから、メディエーションなどを組み合わせて・」  鈴木  「患者家族が納得すれば、たとえ刑事相当、民事相当のことがあっても、見逃して構わないのか」  もうお互いに相手の言葉を最後まで聞いていない。さすがに司会者の瀬尾教授が割って入り、医療再生議連の鈴木寛幹事長に発言を促す。  「議連には昨日現在で130人、すべての党派から参加者があった。これは歴史的なこと。それだけ我々議員も危機感を持っているのであり、今日も様々な方がおみえだが、このような場を作っていただいたことは非常に素晴らしく、今日をきっかけにさらに議論を続けていただきたい。  産みの苦しみで大変な議論になっているが、その議論に参加するとものすごく勉強になる。参加したすべての人々が学習を重ねているから、昨年秋に議論していたことと今議論していることとでは、ずいぶん質が高くなったし、また論点も絞れてきた。  立法者として一言だけ申し上げたいのは、法律の死文化とか空文化という議論、謙抑的な運用といった議論はやめていただきたい。立法の立場からすると、つくった法律が現実の中でどう解釈されるのか、できるだけその解釈の余地を少なく現場にフィットさせようと努力するのであり、現場の実態と条文とに乖離があるならば、それが法改正の動機になる。我々がつくった法律を権限のない方々が運用で緩めたりきつくしたりするのは法治国家ではなく人治国家ということになってしまう。  十分に議論を尽くして、日本語の形で合意を得ることが大切だ。今回の事故調に関しても大筋で反対する人はいない。しかし、医療に例えるなら特効薬であっても、その適用のタイミングと量を誤れば致死量になってしまうことはある。ディテールを丁寧に議論することが必要だ。  法律の得手不得手、教育の得手不得手、技術の得手不得手があり、その3者のベストミックスが必要。最後は現場がやると佐原室長は言った。その通りだ。そのために、ともに議論していければいい」  どんどん凄い人が登場する。次は、都立広尾病院事件で奥さんを亡くされた永井裕之さん。  「13日に舛添大臣に医療事故被害者5人で、医療事故調の早期実現をお願いしてきた。自分の経験の中で中立・公正な事故調があるべきと感じて、そして被害者の側から見て中立・公正なものが本当にできるのは極めて難しいと思っている。  この問題に関する議論を聞いていると、医師の権利・主張を通すことになり過ぎていないか。なんのためにやるのか原点に立ち返る必要がないか。それは、日本の医療をよくするためだろうし、そうであってほしい。  交通安全は国をあげてやっている。その結果、交通事故死亡者は9千人台から5千人台まで減った。じゃあ医療事故はどうなのかというと全く分からない。医師が自分達の回りだけで済ませようという動きに見える。  ヒト・モノ・カネ必要なので全部一度にやるのは無理かもしれないが、小さく産んで大きく育てるよう工夫してほしい」  森田教授  「医学と医療とは違うのだが、現在の医療のトップということで」  土屋了介・国立がんセンター中央病院院長  「森田先生が最初に医師の代表として反省すると言われたことが非常に良かったと思う。医師はとかく厚生労働省が悪いとか何とか言いがちだが、まず医師に原因があるとの反省がないと公正・中立で医療をよくするような事故調はつくれない。事故調をつくるのが目的ではなく、それによって信頼関係を回復することが目的だ。  医療の現場に問題が起きた時の自己解決能力や対応能力が欠けていた。小さく産んで大きく育てるためにも、まず現場が自分達のことは自分達で解決する気概が必要だし、また透明性を確保するために公開が必要で、外部の人も院内調査委員会に入れなければならない。それをやらないと患者国民の信頼を得られない。その院内でどうにもならなかった時に初めて第三者にお願いすべきである。第三者といっても、たとえば都内のがん領域なら、国立がんセンターと癌研有明と駒込が連携して互いに査察しあうような形もあるだろう」  医療過誤原告の会事務局の宮脇氏(会長の宮脇正和氏か?)  「一点だけ案に注文をつけさせていただきたい。再発防止が一番の目的になっていて、被害救済は目的でないように読める。過失の有無によって救済されるかどうかが分かれると、C型肝炎であったように被害者が分断されてしまう。過失の有無にかかわらず救済されるんだということを医療者側からも提案していただければ、一緒にやっていけるのでないか」  帝京大学の大村昭人教授(前医学部長)  「反省をもって出発しなければならないという点、身に染みて感じる。私もいとこが明らかにがんのミスジャッジメントで亡くなった。佐原室長の言われた理念も大変よろしいと思う。ただ、このようなものを新しくつくるというのは何十年に一度のことであり、遺漏のないよう慎重にやっていただきたい。  今回の案では再発防止は難しかろうと思う。なぜそう思うのか、米国で成果を挙げている方法をご紹介したい。米国ではデータをたくさん集めて解析するのをしっかり行っている。たとえば麻酔事故について、裁判が結審したものデータを匿名化して保険会社から情報提供を受けて、それが6000件にもなっている。その結果、麻酔の事故が激減した。退役軍人病院でも同じようなことをしている。いずれにしても匿名でないとデータが集まらない。  今回のテーマに『たらい回し』という言葉が入っているが、あれはたらい回しではなく受けるだけの医療供給がないということだ。昔は、脳卒中で運ばれてきても寝かせておくくらいしかなかったが、今は3時間以内にCTを撮って場合によったらt-PAを入れてというように、昔と今とでは行っている医療が質量ともに全然違い、その業務量は激増している。無過失補償も絶対に必要。今は産科でしか議論されていないが、過失がないと補償されないというのでは、私がもし患者の立場なら、必死になって医療側のアラを探すだろう。そういうインセンティブが働くのはシステム上よくない。それから、米国では犯罪的な意図がない限り、すべて民事で取り扱っている。  こういったいくつかのシステムが複合的に必要であり、おそらく今の事故調のシステムは機能しないのでないかと懸念する。拙速でなく十分に議論していただきたい」  鈴木弁護士  「米国で故意でないものを刑事犯として扱わないのは、制度としてそうなっているのでなく、運用でそうなっていると理解している。それは医療者の自治を反映している。運用という意味では、日本の捜査機関の場合も、この言葉を使ったら怒られるが、謙抑的に運用されてきた。  真相究明に力点を置いて話がされているが、これは紛争解決も同時にめざす連立方程式の解を解いていくことであり、その努力をしていかなければ、医療者が専門家としての責任を逃れようとしているように見えてしまう。真相究明も再発防止も広い意味では被害救済だ。素人に指摘を受けるということは専門家集団として反省しなければならないし、小さく産んで大きく育てるためにも、どこからか始めないと。要素が全部そろわないと一歩も動かないというのは、いかにも日本的だが、ぜひ一歩を踏み出していただきたい」  大村  「日本の捜査機関の現実は謙抑的でない。私は捜査機関の相談に乗っているので実情を知っている。現場ではとにかく立件したがり、それが医療資源を脅かしている。  連立方程式というのは分かるが、現場でうまく機能するような設計でなければ解とは言えない。我々が自浄作用を持つのが大切であると同時に、たとえば無記名のデータベースを日本でもつくろうとしたのに保険会社の協力が得られなかったりした。少なくとも国民の利益になるよう議論は尽くさねばならない。最初につくってしまった法律は独り歩きして、後からはなかなか変えられない」  本田宏・済生会栗橋病院副院長  「こういう議論は非常に大切だと思うが、ヒトもお金も少なくして、そのように事故が置きやすい現場の状況を置いたまま、なぜ事故が起きた後のことばかり進めているのか大いに疑問だ。私も母親が病院で事故にあったことがある。でも、まず事故が置きにくい状況にしないとおかしいと、医療者としてでなく国民として思う。  何より日本人が医療を受けられて事故が少なくなるというのが大切なのであって、事故が起きた結果のことだけ先にやってどうするのか。医療者だって人間なので、寝ないでやっていればミスだってしやすくなる。この先もっと日本は高齢化して医療需要が増大する。医療を充実させる方が先じゃないか。最低限のレベルまでヒト・お金を入れないでいて、医師がだらしないと言われても素直には聞 けない」  高橋(?)医師  「これから2年も3年も費すべきとは思わないが、少なくとも4月に云々というレベルではないと思う。鈴木弁護士は99年からやっていると言われるが、我々も医療安全については同じくらいやってきたが、少なくともこの法案については知らされてから、まだ数ヵ月しか経っていない。もう少し問題点を話し合うこ とが必要だろう」  朝日新聞・出河雅彦編集委員  「医療側、被害者側、どちらの意見も聞いたことがあり、どちらのおっしゃることもよく分かるし、厚生省が医療現場に信用されていないのも事実であり、理解できなくはない。ただ思うのは、皆さんも反省されていたように病院が誠実に向き合ってくれば、これだけ大きな問題にはならなかった。それこそ隠蔽が日常茶飯だったのであり自浄作用がなかったと言われても仕方ない」  瀬尾教授が「日常茶飯は言い過ぎだ。新聞社よりマシだ」と言ったのが聞こえて吹き出しそうになる。  当の出河編集委員は聞こえたか聞こえなかったか淡々と続ける。  「死因究明に関して言えば、学会の求めでモデル事業をやっていたはずだが、その成果や課題が検討会にフィードバックされていないのでないか。それからデータベースが再発防止に有効だと言うけれど、データベースは既にいくつもある。これまでの医療事故の報告書もたくさん出ている。そのようなものをどれだけ生かしてきたのか。まったく生かしていないのでないか」  良くも悪くも、徹底して自分をシステム外の評論家の立場に置き、当事者意識ゼロ。今のメディア人の人種とレベルがよく分かる。  日経メディカル・野村和博記者  「ドクターがミスをしたという時の話になっているが、では司法や警察がミスを全くしていないのか。その部分に対する医療側の不信感も根底にある。司法の判断ミスに対する救済策も同時に議論する必要があるのでないか」  安福謙二弁護士(福島県立大野病院事件・加藤医師の弁護人)  「もともとは医療過誤の患者側代理人が多くて今もやっている。医療というのはレトロスペクティブに考えればああすれば良かったというのは必ず出てくる。しかし、それを瞬間芸で判断しなければならない。その辺りを事故調でどこまで判断できるのか。というのが、検察だって起訴段階では専門家の鑑定を取っている。しかし、これが本当に専門家の意見なのかというようなものも多い。モデル事業に関して、山口先生(事務局長の虎の門病院院長)に聞いたところでは、病理医も専門があって専門外のことはなかなか分からないという。究明するも何も、現段階ではインフラが全くできていない。病理医がいない。法医学の先生はみじめな状態に置かれている。監察医制度は事実上死んでいる。そんな状態で事故調を始めて本当に医療が発展するのか。  もう一つ。医療側に過失がなければ改善しなくていいのか。それこそ医学ではないのか。その不断の検証作業が今の制度で行われるか、むしろ阻害されないか。 過失なきところに賠償なし。だからアラを探す。民事はそれでもシステムの中にアラを求めるけれど、刑事は医師や看護師個人の中にすべて収斂させていくしかない。バカなことを言ってくれるなという声をよく聞く。  加害者がなくても被害者は生まれる。過失がなくても被害者は生まれる。亡くなった方のデータは医学の発展に役立つはず。それは国民社会に還元されるし、それなくして改善もないのだから、無過失補償する根拠となるはずだ。  最後にもう一つ。刑事責任を追及しても構わない。それで一体何を得たいのか。刑事責任を追及しないというのも考え方。それで何が得られるのか。どちらを選ぶのか決めるのは国民だ。その前提として医療者の方々にお願いしたいことがある。トンデモない医者も本当に多い。それは事実だ。皆さんが自らの手で、そのトンデモない医者を医療の制度の中から放逐していただきたい」  割れるような拍手が沸き起こり、閉会となった。  この傍聴記は、ロハス・メディカルブログ(<a href=”http://lohasmedical.jp”>http://lohasmedical.jp</a>)にも掲載されています。

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