臨時 vol 9 高久通信 「妊婦はお魚を摂るように」
われわれの食事中のタンパク源として、肉よりも魚の方が良いことはよく知られた事実である。同じタンパク質でも肉類は心筋梗塞等の冠動脈疾患の頻度を高めるのに対して、魚の中に多く含まれているω―3不飽和脂肪酸は、逆に上記の心疾患に対して予防的に働くことが今までに数多く報告されている。またω―3不飽和脂肪酸は血圧を下げる作用も有していること、さらには脳の発達にも良いこと等が報告されている。 ω―3不飽和脂肪酸と脳の発達と言えば、当然胎児の脳の発達との関係が問題になるが、本年2月にイギリスの有名な臨床医学誌であるLancetに、妊婦の魚の摂取量と生まれてきた子供の知能の発達、たとえば言語能力、社会性、運動能力との関係を詳しく調べた論文が掲載されていたので、その内容の概略をご紹介したい。 この臨床研究を行ったのは、イギリスとアメリカの研究者たちであるが、実際に調査の対象となったのはイギリスのブリストルに住んでいる1991年4月から1992年12月までの間に出産予定の妊婦11,879人で、これらの妊婦に対して妊娠32週目における魚の摂取量のアンケート調査を行っている。 上記の妊婦から生まれた新生児の生育の状況を生後6、18、30、42、81カ月目にアンケート調査し、さらに8年目に知能指数を調べている。81カ月目までの調査が可能だったのは、結局8,801人の子供で、知能指数の測定までできたのは5,449人であったとのことである。1万人以上の妊婦を対象にし、期間も10年近くというまことに息の長い大規模な臨床疫学的な研究であるが、得られた結論は極めて単純で、1週間に340g以下の魚類を摂っていた妊婦から生まれた子供は、340g以上摂っていた妊婦からの子供に比べて、言語能力、運動能力、社会性、すべての面で発達が遅れていたということである1)。この結果を反映してか、本年10月の初旬に、アメリカの14の産科医、栄養士の団体が、妊婦は1週間に340g以上の魚を食べるように推奨する声明を出している。アメリカでは従来、魚の中に含まれている水銀による胎児の脳への悪影響に対する懸念から、妊婦は週340g以上食べないようにという警告が政府から出ていた。しかし、魚の摂取による水銀中毒の科学的な証拠はほとんどなく、それよりも魚の中のω―3不飽和脂肪酸摂取の利点の方がずっと勝っているということで今回の声明になったようである。欧米人に比べて魚を多く摂る日本人にとっては週340gという量は日常の食事で十分補給できる量で、週2回青魚を食べれば良いと言われている。青魚とは背が青い回遊魚のことでイワシ、サバ、ニシン、ブリ、カツオ、マグロ、サケ等がこの類に属する。一方サメ、メカジキ等の大型魚には水銀等を多く含んでいる可能性があるので、妊婦はその摂取を避けた方が良いとされている。しかし、われわれが日常口にするのは青魚の方であり、この点は、それほど気にする必要はないであろう。 参考文献 1) Hibbeln, JR., et al. Lancet369:578,2007