臨時 vol 71 「妊婦と喫煙」
妊婦の喫煙による胎児への悪影響として、流産しやすくなる、低体重児が生まれやすい、等がよく知られているが、これに加えて手指の障害や口蓋裂のある子どもが生まれやすいことも最近報告されている。妊娠中は禁煙しているが、子供が生まれた後だからと安心して喫煙を始める母親がいるが、それも大きな問題で、喫煙が母乳の分泌量を減少させる、乳児が気管支炎や肺炎を起こしやすい、乳児の睡眠時間を短くする、こと等が知られている。最も問題なのは、乳児突然死という悲劇の原因の一つとして、乳児の受動喫煙が挙げられていることである。 母親の喫煙だけでなく、父親の喫煙も同様に悪い影響を子供に及ぼす。乳幼児に接する機会が多い母親の喫煙の方が問題であることは言うまでもないが、どちらの親が喫煙しても乳児が受動喫煙にさらされることには変わりがなく、その意味で父親の喫煙の影響も無視できない。 妊婦の喫煙の影響が、子供がある程度大きくなって現れてくることが最近相次いで報告されている。いずれも長期間にわたる息の長い研究の結果であるが、例えば妊娠中に1日1箱以上のタバコを吸っている母親から生まれた子供が大人になった時に喫煙者になる割合は、タバコを吸わない親から生まれた場合と比べ2倍高いことが、アメリカのボストンの研究者によって報告されている。このほか妊婦が喫煙すると、子供が11歳になったときの知能が平均の子供より低下している、あるいは成人後、暴力犯罪者になる割合が高いこと等も明らかにされている。さらに最近、両親の喫煙が、女児が成人した際の妊娠に影響を与えるという報告が注目されている。この研究を行ったのはアメリカのミシガン大学公衆衛生学教室の研究者で、彼らは2,162人の非喫煙の妊婦を対象にして調査を行い、親が喫煙していた妊婦は流産する割合が高く、両親ともに喫煙していると最も高いとのことである。その機序は不明であるが、子供の生殖系がその成長の過程でタバコの中に含まれるさまざまな有害物質にさらされることが、将来の流産の原因になると推測されている。両親の喫煙が子供だけでなく、孫にまで悪影響を与えることを示唆する知見と言えるであろう。 上述のように妊婦の喫煙が胎児にさまざまな影響を及ぼすことが知られているにもかかわらず、妊娠中や授乳中に喫煙を続けている女性が少なくない。タバコの中毒性が強く、禁煙が特に困難な人がいることは間違いない。このことに関連して、喫煙している妊婦には軽いうつ状態の人が少なくないということが最近の調査で判明している。一方、タバコの中に含まれているニコチン等化学物質の中には抗うつ作用、すなわち、うつの状態を改善する効果があり、そのため、うつ状態の妊婦にとって喫煙がうつの状態の改善をもたらしている可能性がある。これは私の推定にすぎないが、授乳中に喫煙している女性にも産後のうつ状態の人がいるのかもしれない。うつ状態にある妊産婦に対しては禁煙と、うつ状態に対するカウンセリングを同時に行うことも必要である。