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臨時vol 58 諫早医師会理事 満岡氏 緊急投稿 「勤務医を守れ」

医療ガバナンス学会 (2007年12月2日 14:26)


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勤務医を守れ ~~日本医師会の進むべき道~~

諫早医師会理事
満岡内科・循環器科
満岡渉

 
わが国の医療は崩壊の危機に瀕しているといわれる。虎の門病院泌尿器科部長の小松秀樹氏の著書「医療崩壊・・立ち去り型サボタージュとは何か」によれば、医療を脅かしている二つの主な要因は、医療費の抑制と医療紛争である。医療紛争の圧力を強く受けているのは主として勤務医であり、今日の医療崩壊は病院診療の場で起こっているということをまず確認する必要がある。そのためか開業医を主とする日本医師会員の間では、診療報酬の問題には敏感であっても、医療紛争についての危機感が希薄であるようにみえる。医療専門サイトm3.com(<a href=”http://www.m3.com/index.jsphttp://www.m3.com/index.jsp”>http://www.m3.com/index.jsp</a>)に毎日のように書き込まれる勤務医の悲惨な状況と比べて大きな落差を感じずにいられない。

医療費の抑制と医療紛争とは密接に関連しているが、前者は医療財政の逼迫というハード面からの要請であるのに対し、後者はその多くに患者と医師との医療に対する認識のずれというソフト面の問題をはらんでいる。小松氏の著書から引用する。

「・・患者はこう考える。現代医学は万能で、適切な治療を受ければまず死ぬことはない。医療にリスクを伴ってはならず、100%の安全が保障されなければならない。善い医師による正しい医療では有害なことは起こりえず、もし起こったならその医師は悪い医師である。医療過誤は人員配置やシステムの問題ではなく、あくまで善悪の問題である。・・」

医師の認識はこの正反対であることはいうまでもない。この認識のずれの根本には現代日本人の死生観の変化(あるいは劣化ないし喪失)があると思われるが、いずれにしろこの問題は医師と患者の真摯な対話がなければ解決はできない。いま我々に必要なのはその対話の枠組み作りであろう。

小松氏の「医療崩壊」は、医療、法制度、死生観、社会について、具体的事例から概念的なことまで縦横に論じた知的刺激に満ちた好著である。筆者は11月17日、九州医師会医学会において小松氏の講演を聴くことができた。本稿ではその内容を当日配布されたレジメから再構成しつつ紹介し、日本医師会の進むべき道について筆者の考えを述べてみたい。

今年4月、厚生労働省の「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」(死因究明検討会)が発足した。「医療事故調査委員会(いわゆる医療事故調)」の設立のための検討会だが、小松氏によれば、各委員がキーワードの「医療関連死」という言葉さえ異なるニュアンスで使っているような状態で、議論が全くかみ合っていないという。ところが検討会の成果は今のところないに等しいにもかかわらず、厚労省は10月17日、死因究明検討会の議論を踏まえてという建前で「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する第二次試案」を発表した。試案の骨子は以下のようなものだ。

1)委員会(厚労省に所属する八条委員会)は「医療従事者、法律関係者、遺族の立場を代表する者」により構成される。
2)「診療関連死の届出を義務化」して「怠った場合には何らかのペナルティを科す」。
3)「行政処分、民事紛争及び刑事手続における判断が適切に行われるよう」「調査報告書を活用できることとする」。
4)「行政処分は、委員会の調査報告書を活用し、医道審議会等の既存の仕組みに基づいて行う」。

筆者を含む多くの医師にとって、この第二次試案のどこにどのような問題があるのかにわかにはピンと来ないと思う。以下に小松氏の説明をまとめる。

多くの医療関連事故にはシステムの問題が内在しており、事故の引き金を引いた直近の当事者をただ処罰しても再発防止にはつながりにくい。システム性事故の原因を究明するためには、独立性を持った機関が、人間工学的な背景分析も含めて科学的・客観的に調査しなければならない。ひるがえって厚労省の第二次試案では、「医療事故調」は厚労省に所属し、遺族代表者が参加し、届出を義務化してペナルティを科し、調査報告を行政処分、民事紛争及び刑事手続に活用するとしている。しかし遺族代表が参加していれば調査は感情に影響されるし、厚労省に所属していれば制度上の問題点がなおざりにされる可能性がある。またペナルティや処分をちらつかせられては当事者が真相を語れなくなるであろう。このような「医療事故調」では科学的・客観的な調査は望むべくもない。

そもそも「医療事故調」が議論されるようになった背景として、医師が患者の無理な要求や、それを支持するマスコミ、警察、司法から不当に攻撃されていると感じるようになり、士気を失い病院を離れ始めたことがある。いわゆる「立ち去り型サボタージュ」であり、今日の医師不足の大きな原因となっている。これを食い止めるための方策の一つとして、患者と医師の軋轢を小さくするという文脈で「医療事故調」の議論は始まった。科学的調査を行って事故原因を究明することは医療の安全向上に不可欠であり、その調査結果を患者側に説明をすることは紛争解決に不可欠である。「医療事故調」の目的は真相究明および医療の安全向上であり、紛争を解決して医療を崩壊から守るということでなければならない。

ところが、死因究明検討会の座長の前田雅英氏はなんと刑法学者であり、氏の主張は「法的責任追及」である。厚労省の第二次試案のスタンスもあきらかに前田氏の主張に沿ったもので「医療関係者の中に悪いことをしている奴がいる。そいつらを見付け出して罰してやろう」というものである。しかし「医療事故調」を責任追及の場とすると、事故の原因究明を冷静に行えず、医師と患者の対立が悪化し、かえって紛争解決が遠のく。原因究明と責任追及は制度上切り離すべきであるというのが小松氏の主張である。

以上のように厚労省の第二次試案に重大な問題があることを指摘したうえで、小松氏が強く非難したのは、この試案に日本医師会が賛成したとされる点である。氏によれば第二次試案発表後の11月1日、自民党が医療関係者をよんで厚労省の第二次試案についてヒアリングを行った。日本医師会副会長の竹嶋康弘氏、日本病院団体協議会副議長の山本修三氏、診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業事務局長の山口徹虎の門病院院長(立場としては学会代表)が出席し、全員第二次試案に賛成したというのである。

筆者にはその真偽を確認するすべはない。が、もしそれが本当なら大変なことである。このままでは、医療制度の中心部に行政と司法と「被害者代表」が入り込み、医師は監視され、処罰が日常的に検討されることになる。これは医師全員にとって大問題であるはずだが、当面開業医よりも勤務医にとってはるかに深刻な問題である。なぜなら開業医は高いリスクを積極的に冒すような医療にあまり関与しないが、勤務医の多くはより複雑・高度でリスクの高い医療を担っているからである。

日本医師会には多くの勤務医が加入している。しかし大多数の勤務医は、日本医師会は開業医の利益を代弁する団体であって勤務医の利害には関心がないと考えている。実際日医会員の半数近くが勤務医であるにもかかわらず、代議員のほとんどは開業医で占められ、勤務医には実質的に発言権がない。今回の一件で勤務医は「だしにつかわれた」と小松氏は言った。第二次試案に日本医師会が賛成していることが確かならば、すべての勤務医は日本医師会を脱退して勤務医医師会を創設すべきであるとすら述べた。

筆者はそれは容易ではないと思う。多くの勤務医は、過重勤務に疲れ訴訟の恐怖に脅かされて、時間的にも精神的にも政治活動を行う余裕などない。日本医師会にとっても、彼らが膨大なエネルギーをつかって勤務医医師会を創るのを見ているのではなく、彼らの政治的力を日本医師会に糾合した方がはるかに有益であることは論を俟たない。勤務医医師会と対立する日本医師会が、国民の理解を得られるはずはないからである。とはいえ、そのためにクリアすべきハードルは多い。代議員の数に象徴されるように、勤務医の発言権がほとんどない現状では、勤務医が本気で日本医師会に協力することはありえない。日本医師会は、勤務医をあくまでイコール・パートナーとして迎え入れるべきである。

勤務医の窮状を放っておいてはいけない。勤務医を守らなければ日本の医療に未来はなく、それができるのは日本医師会以外にない。

 

満岡渉(みつおか・わたる)

昭和59(1984)年  九州大学医学部卒業、九州大学医学部循環器内科入局
平成01(1989)年 佐賀県立病院好生館内科医員
平成03(1991)年 愛媛県松山赤十字病院循環器科副部長
平成06(1994)年 父のあとを継いで、満岡内科・循環器科を開業(同院副院長)
平成14(2002)年 満岡内科・循環器科院長兼理事長
平成18(2006)年 諫早医師会理事

 

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