医療ガバナンス学会 (2007年11月9日 14:32)
1.病理診断とは?
まず、例えば胃がん手術の場合、胃カメラ検査で発見された病変組織の一部を採取し(生検)、病理検査技師が顕微鏡標本にしたものを病理医が顕微鏡観察して、癌との確定病理診断をする。外科医はこの診断に従って胃切除を行う。さらに切除された胃組織について、癌の進行度や手術による根治性などの評価を病理医が行う。これを胃手術組織の病理診断といい、これによって術後の経過観察の仕方が決まり、必要に応じて制癌剤などの追加治療が選択される。以上のように、病理診断は治療法の選択や治療の評価に欠くべからざる検査である。
2.病院に常勤病理医がいるということは?
近年、乳がんなどで普及が見られる機能温存縮小手術は、手術中の迅速病理診断によって実現するものである。手術中に採取された問題の組織を直ちに標本とし、病理診断や所見を手術室に電話連絡して手術の方針が決定される。したがって、常勤病理医の存在により初めて可能となる。またかかる迅速な手術の結果、入院期間は短縮され、患者は早期に社会復帰が可能となり、ひいては医療費を必要最小限に抑える効果がある。
3.病院の病理医が忙しくて困っているのはなぜ?
病院が高次の医療を行えば行うほど、病理医が忙しくなる。上記の縮小手術は、切除断端面の全てに癌がないことを確認しなければならないために多くの標本を作製し、顕微鏡観察する必要が生じる。また、入院期間短縮のためには入院前の術前生検診断と退院前の手術組織の診断ともに急ぐ必要があり、その結果として病床利用率が上昇すれば病理診断を必要とする延べ患者数の増加ともなる。こうして増大する業務量は、病理医一人ひとりの負担増として重くのしかかってきている。病理医を増やせば解消されるが、病理検査は診療報酬上、採算を取ることは難しいため、病院は病理医よりも臨床医を雇う方を選択する傾向がある。
4.増大しつつある病理検査需要に病理医は対応出来るのか?
病理検査の需要に対応できる病理医の育成が遅れているのが現状である。病理医の診断能力水準を認定する目的で、日本病理学会は1995年に専門医認定制度を発足させ、現在に至っている。2007年現在、この基準を満たす病理専門医数は1996名に過ぎない。この数字は欧米と比べ極めて少なく、米国と比較すると人口あたりの病理専門医数は1/3以下、全医師数に占める病理専門医の割合も1/2以下である。専門医となった時点でも、全身の疾患を適確に診断できるとは必ずしも言えず、研鑽を積みつつ業務にあたることとなる。この点、臨床医も専門医認定後の自己研鑽が求められるとはいえ、狭い専門領域をマスターすればよいのに対し、病理専門医は臨床全科の診断に対応しなければならない。現在、病理医の年齢分布を見ると、40歳代以降にピークをもつ偏った年齢分布を示している。すなわち、来る20年間は減り続けることが予想される。しかるべき医療施設に勤務している病理医が定年退職していくスピードに若手病理医の充足が追いつかない状態と言える。常勤病理医の業務が今後更に増大するなか、数少ない常勤病理医がオーバーワークをすることは病理診断上のトラブル誘発も懸念され、ひいては診療に影響を与えかねない。となれば国民にとっても重大な問題である。
5.では対策はないのか?
医療施設に常勤医として勤務できる病理医は直ちに増やせないので、病理検査は外注検査に委ねざるを得ない医療施設が今後増加していくと思われる。これを請けるのは衛生検査所である。しかし、そこでの検査業務の大半は血液検査、細菌検査、生化学検査などの検体検査(患者から分離されたもの)で、陽性・陰性あるいは数値データが検査結果であり、臨床医が診療に必要なデータを読み取り、診療に反映させるものである。しかし、病理検査は病理組織標本作製(技師業務)と病理診断(医師業務)で完結するもので、上記のごとく治療方針の決定根拠となる医療行為である。したがって、「臨床検査技師等に関する法律」により規定されている衛生検査所の業務をはるかに越えている。今後、病理診断施設(仮称)を整備し、経験豊富な病理医の診断に委ねざるを得ないと考える。この施設では正規の診療報酬に基づき、精度の高い病理診断がなされることになる。同時に、経験豊富な病理指導医が若手病理医の効率的な育成を行う機関としても機能すると考えられる。
御略歴:
1971年群馬大学医学部卒業,1975年東京大学大学院修了,1978年DAADにてドイツエッセン大学留学.病理医として虎の門病院,東京大学医学部に勤務,1996年より現職.日本病理学会認定病理専門医,日本病理学会学術評議員.1999年から東京都衛生検査所精度管理専門委員,2005年から2007年まで同精度管理検討委員会委員,2005年日本病理学会医療業務委員会精度管理小委員会委員長