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臨時 vol 48「言葉に出した方が心が安まる」

医療ガバナンス学会 (2007年10月31日 14:33)


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自治医科大学学長 高久 史麿

悲しい時や怒っている時、その感情を言葉にすると自分の感情がおさまることは皆がよく経験するところである。なぜ自分の感情を口に出した方が気分がおさまるのか、その機序についてアメリカのカリフォルニア大学の研究者が機能的磁気共鳴画像法(fMRI)という造影法を用いて調べているのでご紹介したい。

彼らは18歳から36歳の正常な男女30人を対象にして、怒った顔、悲しんでいる顔、驚いた顔の写真を見せ、そのおのおのの顔について怒っている、悲しんでいるなどと言葉にして表現してもらい、その時の脳の変化をfMRIで調べている。その結果、被験者が怒った顔を見て「怒っている」と表現した際には脳の扁桃体と呼ばれる部分の活動が低下することを認めている。脳の扁桃体は恐怖、パニックなどの異常事態に際して反応し、この活性が低下したことは脳の中の感情の回路が抑えられていること、すなわち心が安まっていることを示している。感情を言葉に出した場合、扁桃体とは逆に右側の前頭前野脊外側領域活性が上昇していることもこの研究によって明らかにされている。大脳皮質のこの部分は感情を調節していることが既に証明されており、この部分が活性化していることも、上述の扁桃体の変化と同じように、感情の調節がうまくいっていることを示している。このような一連の実験の結果から、言葉で表すことによる気分の落ち着きは、人間に元々備わっている本能的な一種の防御反応のようなものであることを示している。しかし、自分の感情を言葉にすると気分がおさまるといっても、相手を選ぶ必要があることは言うまでもない。その研究では、話す相手として心理療法士や場合によっては気の合った友人を挙げている。怒りの対象となっている人に直接話したら、喧嘩になって一層気分が悪くなるであろう。また大勢の人の前で話したら、場合によっては最近の例のように、重要な職務を辞めざるを得なくなることになるかもしれないであろう。
今回は医療の安全のことについても触れたい。医療過誤の中で最も多いことの一つに、投薬の際のエラーがある。世界的にも入院患者の25%が何らかの形の投薬ミスの被害にあっていると報告されている。投薬ミスの例として、誤った量を投与される、間違った薬を処方される、投与時間を間違えられる、投与すべき薬を与えられない、などが挙げられる。このような投薬ミスを防ぐより良い方法として挙げられているのがIT化である。コンピューターを用いた投薬のオーダーリングシステムを利用することによって投薬ミスを66%低下させたということが、アメリカの病院団体から報告されている。わが国でも規模の大きい病院を中心に、コンピューターを用いたオーダーリングシステムが幅広く採用されるようになっている。このことが日本でも投薬ミスの防止に役立つことは間違いないであろう。しかし、オーダーリングシステムの構築にはお金がかかるため、現在のような長期にわたる医療費抑制策の下での実施は困難になっている。また、オーダーリングシステムを導入しても、医師が間違った薬を処方するエラーを防ぐことはできないことを指摘したい。

著者紹介
高久 史麿
たかく ふみまろ
1954年東京大学医学部卒。
1972年自治医科大学教授
1982年東京大学医学部教授
1988年東京大学医学部長
1995年東京大学名誉教授
1996年自治医科大学学長
‘04年日本医学会会長。医療の質・安全学会理事長。

 

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