医療ガバナンス学会 (2007年10月27日 14:35)
前回取りまとめから2ヵ月半も間隔が空いて突如開催が決まった。しかも計ったかのように大野病院事件公判と同じ日。お陰で、抽選に外れた日も含め皆勤だった福島を欠席する羽目になった。釈然としない気持ちのまま、会場の霞ケ関ビル35階・東京会館へ到着。傍聴席はさびしい限り。200席程度あったと思うのだが全部で50人くらいしかいなかった。議論する側も堺委員、辻本委員が欠席。児玉委員も途中退席した。日程が急に設定されたからに違いない。
とはいえ、いつも通り、報告者としては興味深いことが多かったので順に拾っていくことにする。
前田座長「今回は参考人として国土交通省航空・鉄道事故調査委員会の八鍬隆企画調整課長にお越しいただいている。4月から7回の会議で濃密なご議論をいただいた。それを踏まえて10月17日に現段階での厚生労働省の考えを第二回試案という形で取りまとめていただいている。この試案について議論したい。また議題の2として、航空・鉄道事故調査委員会の体制・実情について、参考人からヒアリングを行いたい。では、まず事務局から試案について説明をお願いしたい」
医療安全室長が簡単に説明をする。試案の内容は、厚労省サイトをご覧いただきたい。ちなみに来月2日までパブリックコメントを募集しているので、何か思うところがあったら送ってほしい。
前田座長「各委員から幅広くご意見を伺いたい。それから加藤委員から組織に関する提案もいただいているので、今すぐに伺うことはしないが、加藤委員には説明も含めて適宜発言をお願いしたい。今までの議論の流れからいって問題だということがあればご指摘をお願いしたい。本日は試案全般について、全委員からご意見を頂戴したい。何かございませんか」
資料を出している委員がいるのに説明を求めないというのは、前田座長にしては珍しい運営だと思った。だが、すぐに理由はわかった。誰も発言しなかったために、結局「せっかくなので加藤委員から」となり、提案の中身が厚生労働省にとって容認しがたいものと分かったからだ。
加藤委員「試案の2ページ目、組織のあり方に対応する部分で、厚生労働省内に置くのでない案をお示しする。基本的に第三者委員会が試案の方向で成立することを望むものだが、これが実現するためにより良くするための提案としてお聴きいただきたいのだが、内閣府の下に独立行政委員会として置かれてはどうか」
のっけから、メガトン級の爆弾炸裂である。厚生労働省の検討会へ出てきて、厚生労働省内には組織を作るな、と。言いかたは穏やかだが、ちゃぶ台を引っ繰り返したに等しい。恐らく加藤委員は、この第三者委員会は成立しっこないと見極め、ならば落としどころなど気にせず、思ったことを言ってしまえと腹をくくったに違いない。
加藤委員の発言が続く。まことに正論である。「自治体病院は総務省の所管で、医学部定員や病院が受けている科学研究費の中には文部科学省の所管もある。医療事故に関しては、省庁をまたがる問題もあるだろう。もちろん厚生労働省設置の病院もある。となると第三者的に厚生労働省内に置くということは可能なのか。それから、厚生労働省は行政処分の権限も持っている。直接的に省内に設置するのはどうなのか。ということで、内閣府に置くということをアイデア的に提案させていただいた(後略)」
樋口委員「今回の取りまとめで議論の方向性として第三者機関を設置しようということは一致しているんだと思う。では一体何のために設置するのか。医療への信頼回復のためなんだと思う。そのためにはかつて医療事故に遭った方が、第三者機関があってくれたらと思うものになるべきで、全体にも遺族の代表、地方に遺族の代表が入るという方向はありがたい。それと同時に医療を所管していた厚生労働省への信頼回復もあった方がよい。良いこともやっているはずなので、その意味で、第三者機関を内閣府の中に置くのもひとつの考えだろうが、厚生労働省が自ら信頼回復のために行うというのが、厚生労働省のためでもあり、国民のためにも重大なことと思っている。そのうえで6点述べたい。①監察医制度と十分な連携と言うが、監察医務院が全国にあるわけでもないので、私自身の中にイメージが十分描けない。事務局に考えがあるなら聞かせてほしい。②届け出を義務化してペナルティを科すということだが、今回21条問題が背景にあったはずで、代わりに刑事罰として脅かしても信頼回復にはつながらないような気がする。ペナルティの科しかたに工夫があっていい。義務化するからにはペナルティが必要だとは私も思うが。③21条の整理はどうするのか。今後の運用で、という考えもあるが、ここは大きな観点から手をつけていただいた方がよいと思う。ハッキリした枠組をつくった方が方向性もハッキリする。④報告書をプライバシーに配慮しながら公表するというのは賛成。この機関は当事者のためでもあるが、全体の信頼回復が共通の願いだと思う。⑤すべての事案を第三者機関が引き受けるのは、人的・予算的・時間的に不可能と思う。となれば、院内調査委員会の位置づけが行く末としては重要になる。第三者機関には、言葉としては、院内委員会の指導、実際には助言が大切な業務になると思う。そのことを明記した方がよい。⑥行政処分とのつなぎ方、現状より膨らみを持たせた方がよい」
せっかく樋口委員が幅広く提言したのだが、議論は内閣府か厚生労働省か問題に戻る。
前田座長「置くところについて、他の委員の異見はどうか。身内的な感じになるから内閣府という考えもあるんだろうが」それだけ加藤委員の提案は厚生労働省にとって容認できないということなのだろう。
実は、2ヵ月半休んでいる間に、委員たちが厚生労働省の飴やムチで懐柔されてやしまいかと少し心配していたのだが、それは杞憂だったようだ。この後、それぞれ大切な意見で、しかし、互いに噛み合わない陳述が延々と続く。公約数のない素数の集団のようだ。
山口委員「内閣府に置くのがよいのか、厚生労働省に置くのがよいのか、ちょっと分かりませんが、実際に医療事故の数とボリュームを考えると非常に多い。現場はブロック単位では回らず県単位まで細かいところまで手が届かないといけないだろう。保健所のような組織のある所の方がよかろう。少し抵抗があったのは『医療事故調査委員会』という名称。「医療事故」というと、一般的なニュアンスとして「医療ミス」。この委員会を活用する時に現場の医療者が積極的に協力する気になるか心配だ。医療安全向上につながることなので、加藤委員のご提案のうち『医療安全委員会』という名称だけいただければ医療軍者も積極的になれるのでよろしいのでないか。それから行政処分を担うのは医師の集団が独立して行うべきで医療審査委員かいのようなものができるのが良いのかもしれない」
山口委員から思ったほどの援護射撃をもらえなかった前田座長、さらに踏み込んで大失言をしてしまう。「内閣府に新たに組織を立ち上げる資源があるかは疑問。人にしても寄せ集めていくものが厚生労働省にはあるが、内閣府に置いたとしても、結局厚生労働省から引っこ抜いていくしかないと思う。今作らないと、このタイミング失してしまうとできないと思いますので、厚生労働省の方が現実的かな、と。(後略)」
前田座長というのは本当にいい人なんだと思う。ついポロっと本音が出てしまう。国民が真に欲しているものを作ろうとしているのなら「今を失するとできない」などと口が裂けても言うはずがない。先日の日経メディカルオンラインで小松秀樹・虎の門病院泌尿器科部長が書いちゃったので、もう隠す必要もないだろうが、この第三者機関は社会保険庁が解体された際に浮く人員を回すために作る組織でないか、そのために急ピッチで作る必要があるのでないか、というのが、実はかなり前から関係者の間では囁かれていた。それを語るに落ちてしまったなという感じである。
そして、この状況を見極めたからこそだと思うが、加藤委員も引かない。「(前略)ロマンとして申し上げたい。医療安全を高めていく国民的営みは、質量において一省庁のレベルではなさそうだと思っている。原因を探ったら、診療報酬の問題に突き当たるかもしれないし、研修プログラムの問題に当たるかもしれない、スタッフの配置だって影を落とすのでないか。場合によると厚生労働省の施策が問題と指摘できる機関でないといけないのだが、厚生労働省内に置くのでは、本質的にそのことを担保できないのでないか。すべての要素を厚生労働省だけで賄っているのではない。関連省庁と一線を画して、それぞれの行政に対して独立した立場からモノ言っていける権限を持つべきだ。国家行政組織法上の機関としてありたいと考えている。最初は小さくとも、一省庁の下に置いて育てていくようなものではないだろう」
児玉委員「全体の組織の構造・つくりについて、モデル事業と比較して感想めいたことを言いたい。構造は四層になっていると理解した。最も上が当該大臣であり、二層目が委員会、三層目がブロック単位の分科会、最も下が実際に調査にあたるチーム。それぞれの関係について色々な読み方ができる。まず委員会について、大臣が調査を「依頼する」となっている。内部なら「指示する」と書くだろうから第三者性があるかなと思うと、一方で「行政機関内に置く」と書いてあって内部の位置づけになっている。どちらなのか。(略)モデル事業の場合、チームに相当するのは地方調査委員会で、それを改めてチェックする仕組みは取れていない。チームの調査結果を分科会が承認・決定するまで遺族に対して説明できないのなら、その遅延によって遺族の不興を買う恐れがある。それからモデル事業の場合、各地方の評価には学会との緊密な連携でやっている。学会との連携も明確化する方がよい」
前田座長「樋口委員から質問の出た監察医制度との連携との問題も併せて、事務局にコメントできる範囲でコメントいただきたい」
医療安全室長「監察医との関係については、この委員会では解剖に加えて臨床経過も重要なので、別の制度だが、これまでもたくさんの経験をお持ちであるし、実態を十分踏まえながらやっていく。ブロックを担う医師として十分勉強させていただく(?)。医療事故調査委員会の名称は、航空・鉄道事故調査委員会をモデルにした仮称なので、こだわるものではない。よりよい名称があればご議論いただきたい。21条に関して、試案では全例受理すると提案しているので、改正問題について各方面とも協議しており関係省庁とも引き続き検討して参りたい。組織に関しては、いわゆる8条委員会として構想しており、一般の審議会と同じなので大臣が諮問するというのは依頼というのがニュアンスとして正しい。モデル事業との対比、個別評価はチームが行うにしても委員会として議決していただくにあたって、その上の分科会で承認が8条委員会として作るには必要なので。内閣府かどうかに関しては、私が医療安全室長という職名であるように医療安全をやってきたのは厚生労働省なので、内閣府にも向こうの事情があると思うのでいろいろなご意見をいただきながら考えていきたい」
見事なまでに中身のないコメントだが、ここでも、組織を作りたいだけというのを語るに落ちている部分がある。「8条委員会として作るには、チームでは報告を承認できない」って、組織の姿によって本来あるべき機能が失われるのでは本末転倒でないか。今は関係者しか注目していない話だけれど、一般大衆が気づいたら絶対に怒るはずだ。こんな大事なことを省利省益のタネに使うのか、と袋叩きに遭わないうちに態度を改めなければ、省の存亡にかかわると思う。
高本委員が口を開く。流れは無視しているが、胸を打つ内容だった。「内閣府に置くかどうかは、厚生労働省の方が保健所があったりして身近ではある。医療のいろいろな問題は身近なところで起きている。内閣府に行ったことがあるが、入口の警備が厳重だったという記憶がある。そういうところは国民のためというのとは乖離があるのでないか。(中略)医療への信頼回復が大きなテーマだというご指摘だが、東大病院で満足度調査をやってみたら5点満点で4・5になった。最低半分は5の人がいないとこの点数にはならない。調査したほとんどの人が満足だと言っている。一部の人が不満だと言う。いろうろな社会においてもそういうことはあるのでないか。ここ数ヵ月は、医療の不祥事より警察の不祥事の方が記事が多かった。しかしだからといって警察不信だという話にはならない。国民全体として医療不信というのはマスコミの取り上げ方も含めて考えすぎ。反省すべき所はあるにしても、もう一度皆さんに分かっていただきたいのは、性善説でやらないと社会は動かないということ。一部の悪いところに対してはプロフェッションとして対処する。性悪説でモノを語らないでいただきたいというのが願い。刑事事件が大きな問題になっているのはまちがいない。以前の検討会で刑事事件は下手人を吊し上げるだけで問題解決に役立たないと言ったら、座長に「下手人を吊し上げることも大切だ」と一言で片付けられてしまったけれど残念だった。刑事処分の限界をもっと議論していただきたかった。システムエラーは取り扱えないし、誤審も誤認逮捕もある。罰を与えれば人間良くなるという単純な捉え方だ。医療というのは、人間の喜び・悲しみ・不確実性と共にあるのであって、刑事事件で裁くのは基本的にふさわしくない。もちろん故意のものは別で、それは警察へ届ければよい。今回も警察へ届ける範囲を極端に絞るべき。医療不信というが、それが国民すべての意見ではない」
前田座長「後半の点は、この場ではなかなか議論が尽きない問題。性善説で行くべきだというのは私も全く一致するのだが、それを国民が取るか取らないかで動く。性善説に立てる前提としての制度を意図してやっている。内閣府に置くか厚生労働省に置くか、最後は法律屋としての感覚として私も内閣府にも出入りしてますが、予算を取って組織を動かす、来年動かすのは内閣府には無理。イージーな発想として内閣府に作るより厚生労働省に置くべきだと思う」
この傍聴記で繰り返し指摘していることだが、来年動かさなければならないと誰が要望したのだろう。無理を通さねばならない座長は大変だ。
だが、加藤委員も引き下がらない。「内閣府に置くイメージが湧きにくいということだが、たとえば食品安全委員会というのがある。これは所管が厚生労働省と農林水産省にまたがるので内閣府に置かれた。いくつかの省庁にまたがる分野の場合は考え方・知恵としてあるんだということと、勧告や建議を実効あらしめることになってほしいと願う。厚生労働省だけでなく他の省庁に対しても同様だ」
木下委員が頭から湯気の出そうな勢いで割ってはいる。「内閣府に置く置かないはトータルで運用面でのメリット・デメリットを考えるべき話で、現状は厚生労働省がやってきているので、この話はここまでにした方がよいと思うがいかがか」
厚生労働省に貸しができた、というところだろうか。
「国民の立場から見ても刑事処分に対する不安感を払拭していただくのが極めて大事。せっかく診療関連死は原則第三者機関へ届けることになったのだから、遺族から警察へ行ったとしてもそこで現在と同じような動きになるのでは意味がない。役割分担を明確にして、仮りに警察へ届けがあったとしても、警察に代わる第三者機関なんだという位置づけにして安心して仕事ができるんだという風にしてほしい」
前田座長「『ペナルティを科す』というのは刑事罰前提ではない。しかし刑事に代わるとなれば全部届け出ないといけないし、大野病院事件のようなことが起きないようにする大前提にしても、現在と同等に司法のチェックは受ける必要がある。医療をこの委員会に全部回すという合意をするには、どのように中身をどう積めていくのか今後の課題だと思うのですけれど(後略)」
事務局と座長でゴニョゴニョと掛け合いをしている所へ、鮎澤委員が相変わらずチャキチャキと出てくる。「ようやく日本でこういう委員会ができるということで、大変感慨深く思っているし、非常に重要だと思って議論している。今ここを逃したらできなくなるという発言があったが、そういうものでは」
前田座長、最後まで言わせずに慌てて打ち消す。おそらくここで先ほどの大失言に気づいたと思われる。「もちろんそんなものではありませんよ。ただ、やっぱり盛り上がっている時に作らないと」
加藤委員がちゃぶ台を引っ繰り返したので、鮎澤委員も委員会の成立そのものには若干あきらめがあるようだ。それでも検討会の意義づけを試みる。「そこをきちんと立ち上げることをゴールとして、この検討会のアウトプットを明確にしておいた方がよいのでないか。大体どれ位にできあがる、そこまでにどういうスケジュールになって、次の取りまとめなり最終報告書に書き込むべきこと、国民からの期待に応えられるための、これからの在り方として、それをハッキリさせて、そのうえで届け出とか21条とか刑事訴訟法の問題とか検討しなければいけないことのベースを定めることが必要だろう。この辺りのことを見える形で議論していくことが大切な役割だと思う。全体像としてきちんとできあがっていくんですよということを示す必要がある。(中略)たとえば何が届け出事例か見えない。その辺りが見えてくれば徒に疑心暗鬼になることも少なくなる(後略)」
前田座長「全体の流れは現段階で」
総務課長「届け出事例に関しては、第三者委員会の置かれる行政当局で具体的なガイドラインを詰めていくことになるのかなと考えている。そのために判例の積み重ねとか、警察とも協議している。明らかにしていく必要はあるだろう(後略)」
運用は、後で厚生労働省が行政内部のネゴでやるので、検討会では議論してもらわないで結構だよ、という話である。もし私が委員なら「バカにするな」と席を蹴ると思うのだが、委員たちは誰も怒らない。よほど厚生労働省から声がかかるというのは居心地がよいらしい。
前田座長「いつ動き出すのか」
総務課長「(ああだこうだと前提を述べたうえで)順調にいけば組織的な必要と調査権限を付与する必要があるので法律事項、法改正か新法かが必要になるので、来年の通常国会提案を想定しながらの作業になる。組織を立ち上げていくことになると政府全体で行政改革や財政面・予算措置などの調整も必要なので、できるだけ早い段階で骨格を固めていきたい、そのためにご意見を事前にいただいておいてというスケジュールでいきたい」
繰り返す。あなた方に期待しているのは議論したという実績だけ、だと言っている。ここまでコケにされても、しかも既にちゃぶ台を引っくりかえした人もいるのに、おとなしく座っているのだから、みなさん本当に人格者だと思う。
でも、ちゃんと議論してないのは、傍聴者全員が知っている。最初に「全員の意見」と座長は言ったのに、結局欠席者も含め6人が発言していない。これで通ると思ったら、あまりにも国民と国会を甘く見過ぎである。
この傍聴記は、ロハス・メディカルブログ(<a href=”http’//lohasmedical.jp”>http’//lohasmedical.jp</a>)にも掲載されています。