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vol 20 「医療/ 公衆衛生×メディア×コミュニケーション 第三回 ”理解する”は使えない?」

医療ガバナンス学会 (2007年10月20日 14:36)


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林 英恵

 
【前回のあらすじ】

“経験したことありませんか”ということで、以下の例を紹介しました。

その①
「疾患Aの啓発活動を行うことを目的に、ウェブサイトを作りました。疾患Aの領域では日本有数のキーオピニオンリーダーである医師の監修を得て立ち上げた、内容にはかなり自信があるウェブサイトなのですが、ページビューが芳しくありません。立ち上げ当初から年月を経るごとに訪問者の数は減り、ウェブサイトはほぼ放置された状態となってしまっています。」

その②
「ある学会で、自宅で疾患について学べるCD-ROMが配られていたので、もらってきたけれど、一度見てみただけで、その後は全然使わない状態でデスクの引き出しの中に入っています。」

どのようにすれば、よくありがちな、①や②のケースを防げたのでしょうか というのが、前回の課題でした。そして、技術が進んでいる場所では特に、何か人に伝えたり教育をしたりする際に、あまり深く考えずに”とりあえず”ウェブサイトを作ろう、”とりあえず”PCで学べる教材を作るからCD-ROMで配布しようという例が多々見られるということをお伝えしました。
【改善するには?】

まず、考えなければいけないことは3つあります。

一つは、ターゲットの分析。カリキュラムデザインの世界で著名なウォルターディックらは、必要なターゲットの分析として以下の7つをあげています。

①ターゲットの行動様式
②扱われているトピックに関する知識
③内容や、その伝達の方法に関する姿勢
④学ぼうという教育的なモチベーションの有無
⑤教育や能力のレベル
⑥一般的な学習に対する姿勢
⑦(情報を与える)組織に対する感情
⑧ターゲットとなるグループの特徴
(Walter Dick, Lou Carey, James O. Carey: The Systematic Design of Instructionより抜粋。訳は林)
例えばAのケース。ターゲットは疾患に対して何も知識を持たない一般の人でしょうか?もしくは、ある程度知識をもった層でしょうか?Bも同様のことが言えます。Bの場合、学会で配られていたということから、対象者が医療従事者であることは考えられます。しかし、例えば、ハードなスケジュールをこなす医師に、帰宅後、もしくは病院で「CD-ROMを見るためにPCを立ち上げること」という作業をさせることが可能なのかということを考える必要があります。

作業自体は3分あればできることでもあるので、「CDがあれば見てくれるだろう」と考えてしまいがちです。しかし、上の分析基準としてあげたような④学ぼうという教育的なモチベーション(インセンティブの有無など)、⑥一般的な学習に対する姿勢(情報収集に積極的かどうか)、⑦(情報を与える)組織に対する感情(世界的に著名な研究団体である、権威のある機関であるなどの信頼度など)、教育、特に自主的なものに関しては、感情が影響を与える度合いがとても大きいのです。

※こちらも、もっと詳しく分析するには、開業医か勤務医なのか、またどの診療科なのかで生活スタイルなども変わってくるので、望ましい分析をするにはできるだけターゲットの特性を絞り込んだほうが懸命です。
例えば、そういった時間がとりにくい医師にとっては、”CD-ROMを見るため”のPCを立ち上げる3分の時間も惜しいと感じてしまうかもしれません。彼らにとっては、手元でいつでも見られる紙媒体の資料が便利ということもあるでしょう。もしくは車での移動が多いターゲットの場合は耳から情報を入れられるように配信するという方法のほうが、教材が生活に無理なく取り込める可能性があります。

二つ目は、テーマの性質の分析です。例えば、疾患の性質を動画で見せたほうがわかりやすいのか、もしくは、音声や動画がなくても理解できるものなのか。ターゲットの知識レベルにも関わってくることですが、それぞれのメディアが一番得意としている分野(音、画像、動画、持ち運びの手軽さ など)と、テーマの性質が合っているということは非常に重要なことです。

 

【そして、もう一つの改善点。】

最後に、考えなければいけないことがあります。それは、「この教材を使って何を達成したいのか」という目的です。
大学院での教材作りやカリキュラムデザインの授業では、「目的(とそれに対する評価)設定の重要性」は常に教育工学者が考えるべき課題として提示されます。「いい教材やカリキュラムには、明確な目的がある」というのが大前提なのです。
最初の目的設定に関する授業の際、日本で教材作りの経験があった当時の私は、いつものとおり、早速小・中・高校の通信簿や、大学(日本の大学でした)のシラバスなどに見られる言葉を書き連ねました。
<この教材を使うことで、学習者が達成可能なこと>

・~を理解することができる
・~について深く考えることができる
・~を身につけることができる
・~を説明することができる
・~を工夫することができる

答えあわせの時間がやってきます。ふたを開けてみると、5問中、答えとして受け入れられるのは「~を説明することができる」の1つだけで、あとは、ばっさり切られてしまったのでした。
【その評価は誰がしても同じか】

5問中正解1問???

ショックを受けながらも解説を聞いていくと、以外にも、×になった理由、つまり目標となる評価基準を考える際に必要なことはたった一つのことでした。それは「誰が評価しても目に見える形で同じ結果が出ること」ということでした。

例えば一番使いがち、でもおすすめできない単語として有名な”understand(理解する)”があります。これは、人によって”理解する”の定義は異なるからという理由です。感染経路が5つある疾患について、3つを述べられたら”理解する”という判断を下す人もいれば、全部答えられないと”理解する”とはいえないと感じる人もいるでしょう。

この場合、
「○○の感染経路を理解することができる」から「○○の感染経路5つを書き出すことができる」に変えることで、誰が見ても正解、不正解をはっきりさせることができます。
教科書として使われており、また英語も難しくないのでお勧めの本である「Preparing Instructional Objectives ?A critical tool in the development of effective instruction (Robert F. Mager)」では、以下の例を挙げています。
<解釈が多数できてしまう単語の例>

To know(知る)
To think(考える)
To really understand (深く理解する)
To appreciate (評価する)
To grasp the significance of (重要性を把握する)
To enjoy (楽しむ)
To internalize (習得する)
To believe (考える)
<解釈を狭められる(人によって差が起こるのを上よりも防げる)単語の例>

To write (書く)
To recite (暗唱する)
To identify (識別する)
To sort (分類する、区別する)
To solve (解く)
To construct (作図する、組み立てる)
To compare (対比して違いを見出す)
もちろん、科目やトピックの性質上、完全にどの人が評価しても同じという基準は作りにくいものもあります。そういった場合でも、前述のように「解釈を狭められる」単語を使用したり、最低限カバーする必要がある基準などを明確にすることで、教材(またはカリキュラム)によって達成したいことを、より明らか
にすることができます。

教材作成や、メディアの選定においても、作成したということで満足するのではなく、教材が形になっていない時期からそれが自分の手を離れた後までのことを考える必要があるということが大切です。これは、決して難しいことではありません。学習者がどんな生活をしているのか、彼らが効率よく学べるには何が必要かといったことを考えることは、「常に相手(情報を届けたい人)のことを考える」という、どこの世界でも通じるルールに従っているだけのことなのです。

林 英恵
早稲田大学社会科学部卒業。ボストン大学教育大学教育工学科修了後、株式会社
マッキャンヘルスケアワールドワイドジャパンにて、ジュニアストラテジックプ
ランナーとして勤務。2008年よりハーバード大学公衆衛生大学院修士課程(ヘル
スコミュニケーション専攻)進学。

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