医療ガバナンス学会 (2007年9月30日 14:38)
この日の証人は、弁護側が病理鑑定を依頼した中山雅弘・大阪府立母子保健総合医療センター病理科部長。
ただでさえ素人には病理の話が難しいうえ、検察側病理鑑定者の証人尋問の際、所用があって傍聴を半分しかしてないため、ハッキリ言ってチンプンカンプンだった。いずれ周産期医療の崩壊をくいとめる会サイトに精密な傍聴録が載るはずなので、それまでのツナギとしてお読みいただければ幸いである。
この日は3カ月ぶりに地裁で最も広い1号法廷。直近2回を狭苦しいところに押し込められた甲斐あって、一昔前の映画館程度には座り心地の良い椅子になっていた。くつろぎながら待つが、開廷の午前10時になっても裁判官が入ってこない。
はて? と思っていたら、吏員が「三者協議を行っております」と告げた。何かトラブルか? 何のことはなかった。尋問に立つはずの弁護士が、資料一切をタクシーに置き忘れてしまったのだという。結局22分遅れで始まり、尋問の冒頭に弁護士が深々と頭を下げた。この時点では、そんなに長引かないと思っていたので笑っていられた。でも、あんなに長引くとはじめから知っていたら、傍聴席もきっと殺気立ったに違いない。
長引かないと思ったのには、それなりの理由がある。
病理鑑定は、検察側が立証すべき予見可能性、回避可能性のうち、現在までの流れでいうと予見可能性立証のパズルピースである。つまり、S講師が鑑定したように前壁にも癒着があったならば事前に危険を予見できたはずという理屈が成り立つが、前壁に癒着があったかどうか分からないということになると業務上過失致死が成立しなくなってしまう。
その意味で、弁護側はS鑑定の信用性を疑わせれば十分なのに対して、検察側は中山鑑定を完膚無きまでに葬り去ったうえで、S鑑定の信用性を守らねばならない。
だが、第一人者は中山部長の方である。確かに病理はクリアに線引きできる類のものではないので、因縁をつけようと思えばいくらでもつけられるらしい。とはいえ「そもそも病理に100%はないんでしょ」的な尋問をすれば、天ツバでS鑑定の信用性にも響く。だからグダグダと尋問することはないだろうと思ったのだ。しかし、検察には、そんな「一般人の発想」は通用しなかった。
前置きはそれくらいにして本題に入ろう。中山部長は、いかにも大阪の人という感じで、初めての証言台だと言うのに、緊張した色も見せずサービス精神旺盛に大阪弁で滑らかによく喋る。単に聴いているだけなら楽しいのかもしれない。でもメモを取る身からすると「もう少し端的に答えてください」とお願いしたくなる。質問の途中から答え始めるので、裁判長や検察官から何度も、「質問が終わってから答えてください」と言われていた。もし答えがぶっきら棒に読めたら、それは中山部長ではなく、メモ起こしをした当方の責任である。
弁護側の尋問に答えたところによると、中山部長は大学卒業後、いったん小児科の臨床医として4年ほど働き、その後、病理医に転身した。神奈川県立こども医療センターで研修を行い、英国留学を経て当時新設の府立センターへ。以後26年間ずっとハイリスク母体、ハイリスク新生児を扱う同センターに勤務。過去に病理診断した胎盤が5万例、子宮が710例ほどという。凄まじい経歴である。腫瘍全般を専門としていた検察側鑑定人のS講師とは、まさに見てきたもののケタが違う。
では、ポイントになりそうなやりとりを拾う。
弁護人 (顕微鏡で診断するための試料をつくる際に作業工程が試料に対して)影響を与えることはありませんか。
中山部長 もちろんあるわけです。
弁護人 そういう人工操作の影響をアーチファクトと呼ぶのですね。
中山部長 はい。
弁護人 具体的にはどのような影響がありますか。
中山部長 たとえば胎盤絨毛はバラケやすいです。
弁護人 と言いますと。
中山部長 パラフィン固定をする時、カセットに入れてやるんですけれど、他の臓器のカセットもいっぱい同時にやるので、絨毛が移動します。カセットに小さな穴が空いているからです。穴が空いていないと液体も出入りできません。
弁護人 アーチファクトの影響はどのように判断しますか。
中山部長 別の臓器に乗っている場合は、あり得ない場所に細胞があることになるので比較的わかりやすいです。しかし同じ臓器の場合は要注意です。
弁護人 子宮に絨毛があった場合、見分けるのはより慎重にすべきということですね。
中山部長 そうです。
弁護人 ほかにアーチファクトはありますか。
中山部長 手術操作もアーチファクトです。
(中略)
弁護人 残存子宮片について伺います。肉眼で分かったことは何ですか。
中山部長 後壁に対応する部分がザラザラで前壁は滑らかでした。
弁護人 胎盤が癒着していたのは前壁ですか後壁ですか。
中山部長 後壁です。
弁護人 前壁には?
中山部長 肉眼ではありません。
(中略)
弁護人 顕微鏡で見て分かったことは何ですか。
中山部長 全体としては大体肉眼と合いました。
(中略)
弁護人 絨毛は、どこに観察されましたか。
中山部長 結構いろいろな所に見えました。
弁護人 それは胎盤が癒着していたということですか。
中山部長 先ほども説明しましたようにアーチファクトの可能性がありますので、癒着がないところでも見えます。
弁護人 S博士の鑑定では、絨毛があるということは、胎盤があったことになるというのですが。
中山部長 肉眼での所見と合わせてみれば、ちょっとムリな想定だと思います。絨毛があっただけで、そこに胎盤が乗っていたというのは乱暴です。
弁護人 癒着胎盤の場所は、肉眼所見と一致しましたか。
中山部長 ほぼ一致しました。
(中略)
弁護人 まとめますと、癒着は後壁のみで前壁には認められないということでよろしいですか。
中山部長 はい。
第一人者にここまで言われてしまったら普通はバンザイするしかないはずなのだが、本日も登場のS検事、静かに淡々とネチネチと粘るのである。それも4時間以上。正直に白状すると、その4時間、また因縁をつけているとしか思えず、メモをほとんど取れなかった。何を4時間質問していたかは、「くいとめる会」サイトを見てほしい。だが、証人が疲れてからの最後の10分にやはり見せ場を用意していた。それも懐かしのそり込み検事と同じイリュージョンだった。どうやら検察の伝統芸らしい。
その最後の部分である。
検事 平成18年の8月に試料を見て、11月に最初の鑑定書を書き、ことしの8月に追加の鑑定書を書いたということでよろしいですね。
中山部長 そうです。
検事 当初の鑑定書ではアーチファクトの可能性について言及がされていないこと、前壁の一部から絨毛が観察されていることはよろしいですね。
中山部長 はい。
(中略)
検事 最初の鑑定書は本文2枚と経歴、参考資料でしたが、追加鑑定書は本文が10枚になりましたね。それから写真の説明も当初は手書きで上下左右などと書いていましたが、最初のものは一人で作成されたのですか。
中山部長 基本的には一人です。
検事 ワープロ書きもご自身で写真添付もご自身でやられた。
中山部長 (うなずく)
検事 追加鑑定書は随分立派になりましたが、どなたかに手伝ってもらったのですか。
中山部長 弁護士さんに手伝ってもらったりしました。
検事 どの辺りを弁護士さんに手伝ってもらったのですか。
中山部長 写真の向きを変えたりといったことです。
検事 具体的にどのような作業ですか。
中山部長 写真の並び換えなどです。
検事 S博士の写真との対照なんかもコンピュータでやっているようですが。
中山部長 ええ、やってもらいました。写真と説明があっているかの確認も、一部はやっていただきました。
検事 要職にあられるわけですから、ご自分でおやりになる時間はありませんよね。
中山部長 いえいえ、基本的には私が自分でやりますよ。
検事 職場の府立母子保健総合医療センターの部下の方に手伝ってもらったりはしなかったのですか。
中山部長 ほとんどなかったと思います。
検事 すると手伝っていただいたのは弁護士の方々だけということですね。
中山部長 写真の並び換えなんかをですね。
検事 書式も最初と追加のものとでは随分変わりましたよね。
中山部長 少し細かくなりましたので。
検事 最初のは単なる箇条書きだったのが、追加のものは大1、1、(1)、①という風になりましたね。
中山部長 内容に即してですね。
検事 この書き方は、法律家が使う公文書のものと同じですが、ご自分で考えられたのですか。
中山部長 どうでしょうか。
検事 どうでしょうかと言いますと。
中山部長 自分で書いたか覚えてないです。
検事 書いたものを弁護士の方々に見せてから清書したりはしませんでしたか。
中山部長 ディスカッションとか確認をしたことはあります。
検事 ディスカッションとは何ですか。
中山部長 写真の並べ方とかです。
検事 結論の相談とかではありませんか。
中山部長 結論は僕が書くんですけど。
検事 下書きをあらかじめ見て(メモ不完全)
中山部長 自分で見て書きます。
検事 あらかじめ目を通してもらったことはありませんか。
中山部長 ああ、まあ見ておられるとは思いますけどね。
検事 その結果、これを書いてくださいとか、削ってくださいとかいうことはありませんでしたか。
中山部長 それはありません。
検事 じゃあ、なぜ相談したのですか。
中山部長 写真の向きとかですね、それから表現が分かりやすいかどうかなんてのは相談しないと。
(中略)
検事 追加の鑑定書は、体裁も資料もたいへん立派ですね。どうして最初から作らなかったんですか。
中山部長 すみませんね。
検事 終わります。
弁護側が自分たちに都合の良い鑑定書を書かせたのでは、と中山部長本人の信用性を疑わせる手法であり、それが社会正義にかなうかどうかは別にして、なかなか見事な追及である。しかし繰り返しになるが、この、みんなグルだぞイリュージョンショーは、過去に二回見たことがある。
5分の休憩をはさんでN検事による補充尋問。このN検事、第二回公判でチョンボをして、そり込みT検事の最初のイリュージョンを台無しにしたことがある。
(前略)
検事 アーチファクトの考え方は、いつ頃から変化してきたのですか。
弁護人 異議。アーチファクトに関して1回目の時に考えていなかったとは証人は答えておらず、考えが変わったというのは誤導です。
検事 1回目の鑑定書に書かれていないことが出てきた経緯を聴いているのです。
裁判長が裁定を下す前に中山部長が答えてしまう。
中山部長 いつぐらいからかは分かりません。段々とで、きっかけがあってということではありません。
検事 きっかけはないのですか。
中山部長 どんなきっかけですか。
検事 きっかけになるような出来事です。
中山部長 こうひらいめいたということではないですよ。それとも何ですか。誰かから吹き込まれたということでしょうか。それはありませんよ。ハッキリ言って。
(中略)
検事 一回目の鑑定でアーチファクトに言及していませんよね。
中山部長 書かなかっただけで、一回目に書かなかったからといって、まったく考えてこなかったわけではありません。
検事 (略。自然科学の研究手法について滔々と述べ)仮説が変わっているなら、実際に試料に戻って検証するべきではありませんか。
中山部長 でも、絨毛のある場所といった基本的なところは一回目と追加の鑑定書とでほとんど変わっていませんよ。
ここでさらに滔々と追及を続けようとした検事に対して
裁判長 ちょっと待って。何が聴きたいの? 端的に聴いて。
法廷に失笑が漏れ、この後は、中山部長が、検事に対してケンカを売る感じになった。
S検事が寸止めで思わせぶりに質問して、証人に言いたいことを言わせず、なかなかの幻影を浮かべたのに、またしてもN検事が聴かなくていいことまで聴いて墓穴を掘ったようにみえる。これは果たして偶然か? 検察側が勝手に失点するのを、こちらが心配する必要はないのだが、大きな手が画を描いているような薄気味悪さを感じた。
(この傍聴記はロハス・メディカルブログ<a href=”http://lohasmedical.jphttp://lohasmedical.jp”>http://lohasmedical.jp</a> にも掲載されています)