医療ガバナンス学会 (2007年9月25日 14:39)
1年ほど前にも本欄で警鐘を鳴らしましたが、日本の安価で均質な医療が崩壊しかけています。
世界的に見ても安い医療費をさらに抑制しようとする流れが止まらず、現場ではギリギリの人繰りを迫られています。それなのに患者さんの過剰な期待と、それゆえの軋轢、社会からのバッシングも止まりません。耐えかねて、中堅の医師や看護師が次々と急性期病院から去っており、維持できなくなった医療機関で診療科の閉鎖縮小が相次いでいるのです。
英国でサッチャー政権時代に同じことが起き、公的医療が崩壊しました。ブレア政権になって医療費を一気に倍増させましたが、医療供給は質量とも以前の水準まで戻っていません。日本でも、この流れに一刻も早く歯止めをかけねば大変なことになります。
現代の日本では「事実はこうである」という認知よりも、「事実はこうでなければならない」という規範の優先される場面が多くみられます。人を従わせるには規範が有効な場合もあるでしょうが、自然現象に対して「こうでなければならない」と言っても従ってくれません。人の方が自然に合わせるしかないのです。
医療は人体という自然現象を相手にしています。現実を無視した規範を社会やメディアから押し付けられたとき、医療者は黙ってその場を去るしかなくなります。
もちろん、医療者には全く責任がない、規範も全く必要ないなどと開き直るつもりはありません。問題行動を繰り返す医師、資質に欠ける医師がいることは事実です。このような医師に対して適切に処分を行うことは、多くの国では、プロ集団としての医師の責任とされています。ところが、日本では、医道審議会(実質的には厚生労働省)が処分を決めています。
国が一元的に医師の行動を支配すると、とんでもない弊害の生じることがあります。例えば、第二次大戦中、日本やドイツでは国の命令で医師に国家犯罪を強いました。96年まであったことですが、国は、終身刑とも言えるハンセン病患者の隔離政策を、医学的根拠がないことが判明した後も、患者の抵抗や一部の医師の身を挺した反対にもかかわらず、漫然と継続させました。患者に対する国民の強い差別感情、らい予防法という法律、療養所の組織維持が国の行動を縛りました。
医療者自らが専門家としての誇りをかけて、自律的に処分を行うよう早急に体制整備するべきです。全医師の加入した団体が医師を処分することは世界的に見ても珍しいことではありません。皆さんも、ぜひ医療者の自律をご支援ください。
(こまつ・ひでき)
1949年香川県生まれ。東京大学医学部卒業。83年山梨医大助教授、99年から現職。主な著書に『医療崩壊』(朝日新聞社)、『医療の限界』(新潮新書)。
この文章は、『ロハス・メディカル』(<a href=”http://www.lohasmedia.co.jphttp://www.lohasmedia.co.jp”>http://www.lohasmedia.co.jp</a>)07年10月号に掲載されているものです。