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臨時 vol 31 「第6回 診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方検討会傍聴記」

医療ガバナンス学会 (2007年7月30日 14:45)


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~ 折り合えない理由が分かった ~

ロハス・メディカル発行人 川口恭


この日は、検討会のこれまでの議論を文書化し、それに関してさらに議論しようという議事次第。最初に10分ほど事務局から資料に対する説明があって、いよいよ議論開始。資料はいつものように厚生労働省サイトのものを見てほしい。

前田座長「前回積み残しになっていた『行政処分、民事紛争及び刑事手続との関係』について何かあればご意見をいただきたい」

樋口委員「では行政処分との関係について2点述べたい。先日、山口さんと一緒に医療系の学会のシンポジウムに参加したのだが、そこに日本人だけど米国で医師をしている人が来ていて、まさに米国で行政処分の手続きを身をもって経験したことがあるとのことだった。その経験を仄聞したところを。まず強調していたのは、行政処分というのが日本より色々な形で行われていて、ただし原則的に刑事処分がないので刑事処分と比べてどうかという視点があったかどうかは分からないが、どんな行政処分でも医師が必ず入っていて専門家の目から、これはどうだったんだ?ああだったんだ?と追及されるので、厳しいけれど納得できるということ。二つ目は、日本でも刑事処分の後に行政処分が行われるのはおかしいという話になってきているが、日本には特殊事情があると思う。医師28万人、歯科医9万人、合わせて37万人を相手に医道審一つで処分を行っている。こんなところは世界中みても日本だけではないか。米国だって州単位でやっている。で、ここからは厚生労働省への質問になるが、医師に対する行政処分を強化するような法改正が行われた後、そのためにどういう調査体制が取られているのか?

この検討会で議論している調査組織と一部でも連動するのか、調査報告書は使われるのか、お伺いしたい」

前田座長「非常に重要な観点と思うので事務局にお答えいただきたい」

栗山雅秀医事課長「これまでも独自に事務局で調査できる制度設計にはなっていたが、現実にはごく僅かだった。法改正で調査に法的根拠が加わったことになり、その調査をどうしていくのか、今回の件も含めて今後どうするのか検討していきたい」

前田座長「ということは、今回の制度に行政処分をつなげて考えているわけではないということなのか、それともこのまま使われる可能性が高いのか」

二川一男総務課長「今後検討会でご意見をいただいてということになるかと思うが、私どもの試案では6①として、仮に調査組織ができた暁には、仮に過失が指摘されるような報告書が出てくることもあるだろう、今までは刑事処分の後に行政処分を行ってきたが、それなりの組織がそれなりの調査をしているので刑事処分を待つ必要があるのか、どの程度まで関連づけるか、そこを含めてご議論いただければ」

厚生労働省の狙いが、かなり明確になってきたと思う。医療者に対する処分権限を強めたいのだが現状では調査能力をほとんど持っていない。「それなり」のメンツが集まって行った調査結果であれば処分の根拠となり得るわけだ。ただし、行政処分のための調査だけを持ち出すと医療者からの反発を免れないので、行政と刑事の処分順序を引っ繰り返せば刑事処分を減らせるというロジックを組み立てて医療界を引っ張り込んだわけだ。ただし、このロジックが空手形になるかもしれないことは以前の報告でも述べた。またたとえ成立したとしても、まだ落とし穴がある。この点については、後ほど委員の中から意見として出されたので、その時に改めて考察することにして発言採録を続ける。

高本委員「処分はあり得るだろうが刑事処分は本質を見失う気がする。医療は基本的に患者と医療者の共同作業、患者からは不満があるかもしれないが、特に過失責任を問うことがどうなのか。自動車事故とも対比されるが、車の場合は普通にやっていれば安全。しかし医療は全然安全でない。たとえば私が専門の心臓血管手術でも必ず何%かの方は亡くなる。それを患者さんにも説明して行っている。裁判官や検察官、警察官は治安を守るために非常に重要な仕事をしていると思う。でも誤審や誤認逮捕があるではないか。しかし、それを罪に裁かれることはない。罪に問われるようになったら誰もなり手がいないからで、公務だからそんなことになると国の一大事だ。それと同じように、医師も患者が来たら断ることができないし、しかも患者さんは命のギリギリのところで来ているのだから、公務に近い。公務であるにもかかわらず過失を問われる形だと医療崩壊になる。現実に危険な科、小児科、産科、外科はなり手が減っているし、地方にも医師が行かなくなっている。刑事で裁かれるのはマズイ。行政処分か学会の中で処分を整えて、刑事へ行かないような仕組みにするべきだ」

前田座長「気持ちは非常によく分かるが、過失を裁くべきかどうかと言えば、日本の規範としては裁くべきということになっている。刑事へ流れすぎる面があるとすれば、行政処分が機能していないからという見方もできる。その意味でも、今回の調査を行政処分に前向きに使う方向性があってもよいのでは」

理屈ではその通りだが、実は大事な前提が抜けていると思う。そして医療者たちも本能的に危険を感じ取る。

高本委員「そこに責任があるとしたらだが、刑事の場合100%その人に責任があるかのような処分がなされる。大事なのは実際の真相であって、真相に近づくなら結構だが、刑事だと実際の真相と違う、かえって真相から遠くなる。調査報告書が刑事で使われるのはよくない」

前田座長「刑事処分も決して単純な○×ではない。刑の軽重の部分に、過失の割合というのは配慮されている」

木下委員「高本委員の発言が医療者の基本的な考え方。刑事訴追されること自体が問題。刑事と行政の処分の流れを変えるには、過失があった場合、それなりの権威をもって医道審か学会か医師会かで処分を行う役割を果たせるような方向性はありうるのでないか。行政処分を誰がどういう風にするかという問題はあるだろうが、すべて刑事免責にはならないにしても、まず行政処分というのは一つの見識でないか」

これには豊田委員が耐えられないだろうと思ったら、やはり発言した。声が震えている。「そこまで先生方が言うなら、医療者が今まで隠ぺい体質だったことと、きちんと謝ってこなかったことを事実を認めていただきたい。被害者がなぜ刑事告訴するのか、その気持ちを分かっているのか。好きでやっている人ばかりではない。当該病院で向き合ってくれなかったから仕方なく告訴しているのだ。私の場合も、誤診されて放置されて息子は死んだ。でも病院が向き合ってくれないから、1年近く経って仕方なく刑事告訴した。でも不起訴になった。不起訴だから行政処分も行われず、その直後にその医師は小児科医の専門医資格を取って、今は小児科専門医と名乗って診療をしている。そういう人もいるということ、被害者がどういう気持ちでいるか、それだけは理解してください」。最後の方は涙声である。

前田座長「刑事が調査報告書をいじれないとなると、別に司法として動かざるを得ない。この委員会と別個の組織が必要になる。誤った刑事裁判を防ぐためにも、刑事と連動した方がよいのでないか。刑事処分と完全に切れてしまうという立て方がいいのか、行政処分がないから不必要な部分まで刑事が出ていたという面は間違いなくある」

高本委員「一番大事なのは真相がどうたったか。刑事でやった方が真相に肉薄するのならそれがいいと思うが、そんなことはない。たとえば女子医大の事件、あれに関して刑事とも行政処分とも関係なく学会で独自に調査委員会を立ち上げた。するとフィルターがたった1ccの水で詰まるということが分かって、それを学会で証明して鑑定書も出した。当然一審は無罪になったが、しかし検察はそれにも関わらず控訴する。裁判が検察と弁護側のパワーゲームに過ぎず、本当に真相とはかけ離れたところでやっている。アメリカではOJシンプソン事件で民事と刑事で判断が分かれてしまったけれど、日本でも間もなく陪審制になって、ますます真相の議論などされなくなるだろう。それよりは、モデル事業で専門家が
徹底的に議論している方がよほど真相に近いものが出てきている」

前田座長「OJシンプソン裁判に言及があったがアメリカの例はちょっと違う。そもそも日本では陪審制ではなく参審制になるので、そこは分けて考えてほしい。で、女子医大の件を例に出されたが、裁判は最後は法律の問題になるので、報告書のどこを信用するかは法律家の仕事。それでも昔に比べれば真相に近くなっていると思う。この調査委員会の議論が刑事の判断に反映される方がよほど健全でないか。そうでないと刑事でエイヤーになるがそれでは済まない。医学から見ても納得のいく刑事裁判が患者から見ても幸せだと思う。先生と思いがそんなに違うわけではない。刑事に一切使えないということになると、今までと何も変わらないことになり、医療界としても良くないと思う。先生から見たら、そんなの問題外だというようなレベルの低い事故が現実に起きているのだから」

楠本委員「看護の立場からすると、近年行政処分は倍増しているが、そのうち半数は医療過誤事案。しかし、その多くはシステムエラーや管理体制の問題。横浜市大の件にしても京大の件にしても、我々が支援する中で訴えてきたシステムエラーや管理体制の問題に関して、全部認定するけれど医療界の取り組みを変えなさいというのは司法の役割でないという判決が出ている。だから、まず医療界の取り組みを変えるような報告を出して、それを刑事の方へも活用していくというのは、医療者と患者との対立の文化を変えるきっかけにはなるかと思う」。対立の文化を変えるという観点は非常に重要だと思う。それが制度設計で透徹されていないと、後に児玉委員が指摘する落とし穴にはまりかねない。

前田座長「徹底的に背景を解明する重要性を排除するつもりはない。判決の中には、本当はシステムの問題なんだという世の中に対するメッセージも込められている」

鮎澤委員「近年、病院レベルの事故調査委員会から報告書が外へも出ていくようになった。九大でも事故調査委員会に弁護士2人、患者側の弁護士と医療側の弁護士に入ってもらっているのだが、調査報告書を出すとどういうことに使われるか分からない、調査に協力してくれた人に不利益を与えるのでないかということをだいぶ議論した。その時に弁護士の方々からは、きちんと調査することが、調査報告書を出した後で思いもよらない使い方をされないことにつながっていくと言われ、それは確かにそうかなと思った。どう使われようとも大丈夫というところまで調査をやり抜くことが大事で、そういったプロセスを制度設計できればと思う」

前田座長「議論が全体的なことになってきたので、ここからは特にテーマを絞らず、全体についてご意見があれば」

堺委員「この検討会ではいつも本質論に話が戻ると思う。それだけ本質的な議論が大切だという現れなんだとは思うが、我々に与えられたミッションは一定の時間内にどれだけ使える組織を作るかだと考えている。その立場から申し上げる。目的の何をどこまでの部分なのだが、一番最初のステージではスピードも大事だと思う。遺族の気持ちを考えると、ある程度の段階、資料に即して言うと、純粋に医学的問題とシステムの問題までまず出して、いったんそれを報告すべきと思う。その後に、同じ調査機関でやるかどうかはともかくとして、背景調査を行ったり、多例解析したりすればよいと思う。それから当然のこととして、遺族に十分説明をするシステムは必要だろう」

前田座長「堺先生への質問だが、家族への説明はその委員会が行うという想定か」

堺委員「調査した組織として説明する方が納得が得やすい。組織の中に説明する役割の方がいた方がよいだろう」

山口委員「処分の問題に関して。結局、調査機関が院内の事故調査委員会や医療安全の取り組みを阻害しないことがかなり重要だと思う。院内で活動に携わる人たちが何を気にするかというと、彼らの報告書が刑事にどのように扱われるかということ。それが脳裏から離れない。現在の医道審と刑事処分のように一対一対応してしまうと、たとえ順序が逆になっても、医療者たちは自分たちの活動が刑事処分に手を貸すことになるのかと思って活動が鈍ることは免れない。納得できるプロセスがあれば、調査機関の報告書を行政処分に活用するのは避けて通れないと思う。また、そのことが刑事へ向かうことに謙抑的に働くなら、限られたものがつかわれるのはやむを得ないかなという気がしている。行政処分に関しては、必ず専門家とのやりとりの結果行われるものとするべきだろう。医道審のように何十件も1日で決まってしまうものではなく、もっと時間をかけて専門家が議論をし、本人ともやりとりして、その結果で処分すればよい。処分の方は別の組織でも構わないと思う。原因究明は医療の専門家、活用する段階で法律家や遺族など様々な人が参加する形が望ましいのでないか。そうであれば院内の安全活動も納得しやすい。もう一つ、医療安全を考えるうえでシステムエラーの問題は避けて通れないが、刑事に対して違和感があるのは特定の個人の責任を追及してくることで、既存の行政処分も同じ線上にあると感じている。

前田座長「先生のイメージする委員会象というのは、調査する機関と処分する機関と二つに分けるものか。院内委員会との関係はどうなる?」

山口委員「死因究明の場合、院内調査委員会の協力が必要だ」

前田座長「モデル事業の位置づけは?」

山口委員「モデル事業では、そもそも調査権限がないので、院内委員会の助けをいただいてやっているし、助けがないと動けない」

加藤委員「今医療者の方々から、医療事故が起きて調査して真相解明した時に不利益がかかってくる懸念があるとのお話だった。しかしながら、基本的に医療者の取るべき態度は決まっていると思う。隠さない、逃げない、ごまかさない、そういう誠実な態度だ。最初の段階でそういったポイントをちゃんとできているかが、その後の推移も左右するのだろう。私の経験からすると、医療事故で刑事告訴される例というのは本当に少ない。つまり刑事告訴にまで至るのは、よくよくのことで、豊田委員の言う通りだと思う。また起訴するかどうかだが、これは事案の悪質性、その後の対応、被害者感情、制裁を受けているかといったことを複合的に見ているだろう。その中には事故調査に誠実に取り組んでいるかどうかも含まれると思う。理論上は起訴できる事案であっても起訴しないという運用ができる、これを起訴便宜主義というわけだが、調査機関ができて今後謙抑的に見ていくことになるかは、誠実に正直に調査に対応したということを被害者や司法に受け止めてもらえるならば、十分に機能すると思っている。刑事で処分される可能性が残るという抽象的な恐れで遮断するより、運用上で刑事処分を減らす方が妥当だと思う」

理屈は何も間違っていないと思うが、この相場感というか法律家の運用に対する信頼感というかが、部外者からすると、どうにも気持ち悪い。結局のところ、医療不信に対して医療者の反論する相場感と同じでないか。医療者より法律家の方が必ず社会に善を為すというような保証はあるまい。医療者にしても法律家にしても、立派な人は立派だし、ふざけたヤツはふざけてるのではないか?

前田座長「いかに医療への刑事の適用を減らすかという観点でも構わないと思っている。刑事的なことを問わないという議論をすると、司法の側も謙抑的というタガが外れる。国民からの信頼が勝ち得られれば刑事処分などあり得ない。信頼に足るように見えるかどうかが非常に重要だ」

どこかで刑事との関連をつけるしか落とし所はないのかなあとボンヤリ考えていた時に児玉委員が発言した。そして医療者と法律家との間で、どうしても折り合いをつけられない理由がようやく分かった。

「医療界もこの10年、医療安全に関して様々な努力をしてきた。そして刑事処分が非常に大きな痛みを伴いながら、医療界が道を切り開いていくのを後押しする役割を果たしていたのは間違いないと思う。その役割というのは『嘘の暗闇に光を当てる』ことだったのだろう。暗闇を隠してきた医療界には、刑事手続の大ナタによって戒めが与えられた。しかし、この10年医療現場に即して、身近に処分される人を見てきた経験から言えることがある。刑事手続は本当に悪い者を、その悪さに応じて裁いてきただろうか。むしろ裁かれたのは、正直に申し出た人々でなかったか。そのように誠実であろうとした人々に対して見せしめが行われた。このことを見てきた医療界から刑事に対して反発が出ることはご理解い
ただきたい」

まさに暗闇に雷光がきらめくように、医療者たちが求めているものが本当は何なのか見えた。そして、なぜそんなことで厚生労働省に泣きついたのかと、少々憤りを覚えた。「本当に悪い者」退治を医療界が自分たちでやってこなかったから司法に介入されたのだ。外部の人間が正確に悪い者を把握できるわけないではないか。ピント外れの見せしめが行われるに決まっている。それなのに、まだ外部の人間に頼ろうというのか?

児玉委員の発言は続く。「医療界はまじめに医療安全の取り組みを自主的にしてきた。その姿勢はまじめな医療機関では貫かれてきたし、モデル事業でも本当に真剣にやってきた。調査機関の報告書を単に刑事の事実認定に使うだけなら、その自浄作用が強まることは期待できないと思う。調査機関に参加していることそのことをもって姿勢を評価していただけるようにならないものか」

前田座長「私もまったく同感。裁判所との間に信頼関係を築ければよい。ただ事実認定に一切使わせないということを言うと誤解を招く。クローズドで議論したうえに免責を与えてしまうと、外からは隠していると見られてしまう。本当に誠実に謝ってくれる医療現場なら刑事手続きなんて必要ない。それが初めのボタンのかけ方で言質を取ってしまいたいというのが見えてしまうとうまくいかない。思いにそんなに距離はない。この委員会にかかっていれば刑事にいかないという実質的なシステムを作ることだった可能だ。ただし、そのためには最初から刑事を排除してはうまくいかない」

堺委員「何を行うかの指針を作ることを考えた方がよろしいのでないか。医療事故に遭うというのは、ほとんどの患者家族にとって初めての経験だし、医療者にとっても初めてのことが多いだろう。調査機関でどんなことが行われるか分かっていた方が安心できる。だから行政処分、刑事手続き、民事に利用できるのかは分からないが、それに利用できるにはここまでチェックしてほしいというような指針を作るべきでないか」

鮎澤委員「先ほどの姿勢の話だが、結果的にそこまで至れれば素晴らしいと思うけれど、今現実にこの調査機関が扱えるのは亡くなった例だけ。実際には、死には至らなかったけれど非常につらい思いをしているという方も多いので、その方たち全体が救われていくようには、当面はならないのでないか」

そうなのである。引き受けられない人がいれば刑事へ行ってしまうのを止められないのである。前回も述べたが、死亡例しか引き受けられないなら、モデル事業以外に慌てて制度を作る必然性に乏しいのである。

前田座長「たしかに制度から残ってしまう人がいれば刑事手続きを求めざるを得ないが、ただ前回当面は亡くなられた方から始めるのが現実的という話だったので、あるいはその点については、もう一度議論しても」

南委員「現場の方の思いは児玉委員の言った通りだと思う。これまでの処分が果たして妥当であったかという思いはあると思う。しかし国民の視線に引いて考えてみると、その委員会の報告書を刑事には指一本触れさせないというのは、今の社会システムでは容認できないことだと思う。国民の中に現在の医療に対して不満があるからこそ、こういう議論を持っている。刑事手続きから遮断するのは得策でない。日弁連のような強制加入の職能団体で自浄作用を持てればよいが、そういうものが存在しないという現実があるので、本来は職能団体としてということはあるにしても、刑事と遮断しては国民の信頼を得られない。この委員会としてできるギリギリのところは、医療版の事故調をつくることで、それが社会か
ら求められていると思う」

必ずしも社会全体から求められているとは思わないが、今現在の落とし所を探るとこの辺りになるのかもしれない。ただし、「今現在」と誰が決めたのかは注意が必要だ。

そもそも「社会」なら辻本委員の方がよく知っている。「私どもの電話相談でも、僅かだが『医者を殺したい』というものが増えつつあり、そういった方の話を聞いてみると、一つや二つの問題ではなく、長い長い経過があって、もはや怨念のようになってしまっている。一方で院内調査に関与して医療の不確実性に触れると、医療者の言うこともよく理解できる。二律背反の両方の気持ちが分かる。この議論が刑事手続きと切り離すと言ってしまうと、一部そういう人の納得を得られない、反発を食らうということを、座長でありながら随分発言されているので、もう少し噛み砕いて分かりやすい説明をしていただくと鮮明になるのかと思う」

前田座長「座長のくせにしゃべり過ぎだとお叱りを受けてしまったが、しかしながら自分の言いたいことをきちんと言ってきたわけでもないので、少し時間をいただいて話をしたい。医療訴訟をずっと追いかけ、判例を読んでくると、ある時期まで昭和30年くらいまではたとえ医師がミスをしても、医師は社会全体に
とって大切な存在だから刑罰を与えるよりも、それを機に研さんに励んでもらって社会に還元してもらおうという判断が出ている。しかし昭和40年代から流れが変わってきて、裁判というのは結局国民の声の反映にすぎないので、医師が信頼されていれば判断が変わることもなかったと思うが、転換点はどうやら心臓移植の問題が大きいようで、医師に対する信頼感が失われてきている。もちろん命の価値が重くなってきたとか、刑事処罰を広げる方向とか、マスコミが大きく扱うようになったとか様々な要因が絡み合ってはいるだろうが、要は医療不信なんだと思う。その医療不信の流れが留まらない中で、この調査委員会がすばらしいカギだと思った。医療者から見れば刑事がズカズカ入り込んで来ない、国民側か
ら見てもその判断が信頼できる、そういったベストプラクティスができるのでないかという夢を持っている。思いは医療者の皆さんと同じ、医療崩壊も勉強させてもらって、何とかしなければいけないと思っている」

夢を持っていただくのは結構だが、制度や法律の限界をわきまえてもらいたいと思う。制度や法律は人間が決めたルールに過ぎず、それこそ運用次第でどうにでもなる。対して、人間には動かしようのない厳然たる自然法則があり、医療者たちは日々それと対峙しているのだ。法律家や一般国民が、自然法則に敬意を払って、人間の限界を理解しない限り、医療者とはいつまでたっても折り合いがつかないと思う。根本にある思想のズレが埋まらない限り、医療者も患者も満足する運用などあり得ない。

と苦言を呈しておくが、とはいえ、この日の議論は非常に意義深かったと思う。そして最後に制度の限界を一番わきまえていないのが誰か、明らかになるやりとりがった。

前田座長「まだ委員会は続くのだが、次回中間とりまとめをできないかなあと思っている。というのも議論はすごくまとまってきている。ここで何か結論を出すということではないけれど、この段階で中間とりまとめしたい」

加藤委員「どういう組織をつくっていくのか、もう少し議論が必要なんだろう。独立委員会方式なのか、あるいは別の形態なのか。その辺を探るためにも航空機事故調査委員会でどういう問題が起きているか、あるいは食品安全委員会での実践的・実験的な取り組みなどヒアリングした方がよいのではないか。そういう議論は中間とりまとめに前にやってしまうべきだろう」

前田座長「中間とりまとめの位置づけだが、最終報告につながるものというよりは、こんなことを言うとまた事務局の言う通りに動いていると言われちゃうが、事務局、今のご議論について、どのような見解か」

佐原康之・医療安全推進室長「事務局としては既に6回議論いただき第三者機関の必要性といったような大きな方向性については各委員一致している。ご異論のない部分をまとめて次回中間報告としたい」

前田座長「ヒアリングをやって仕切り直しになると、予算が間に合わなくなる?」

二川総務課長「加藤委員からそういう発言もあったということも中間とりまとめには書かれていれば最終的には問題ないのでないか。いろいろと今後のことを考えると予算の概算要求を念頭におく必要もあるのかなあということで」

前田座長「加藤委員の言うことはよく分かるのだが、作ること自体に異論はない。意見の幅が縮まってきている。社会に対して投げていく時期であると事務局がそう判断するのなら、ここはやや強引な議事運営かもしれないが、次回に中間とりまとめをすることとしたい」

松谷有希雄医政局長「ご議論ありがとうございました。今後どうするかは引き続き委員の方々に議論いただくとして、来年度予算の概算要求が8月末なので、今までの議論で同意された部分ついて取りまとめていただきたい」

どうやら、まだ予算要求するつもりらしい。そのお金、いったい誰の役に立つのだ?

と、楠本委員(日本看護協会常任理事)「予算要求するということであれば、人材養成に関して医師だけに言及されているが、他の職種も書き込んでほしい」

(この傍聴記はロハス・メディカルブログ<a href=”http://lohasmedical.jp ”>http://lohasmedical.jp </a>にも掲載されています)

 

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