医療ガバナンス学会 (2007年4月27日 16:07)
「国会がん患者と家族の会」という団体が25日午後、「がん対策推進基本計画」に関する意見交換会を参議院議員会館の第四会議室で開いた。何をするのかよく分からないまま、ちょっと傍聴に行ったら大変感銘を受けたので、ご報告したい。
幅5メートル強、奥行き20メートル弱の会議室は、100人ほどの人でごった返していた。一番奥に入り口側を向いた「ひな壇」5席があり、左から公明党の福島豊代議士、自民党の尾辻秀久元厚生労働大臣、民主党の仙谷由人代議士、民主党の家西悟参院議員、自民党の鴨下一郎代議士。ほかにも何人か国会議員がいたらしい。ひな壇から入り口側にかけて長机が2列並んでおり、その両側に2列ずつ計4列座席があって、主に患者会の方々40人ほどが座っている。左右の壁際には傍聴・取材の面々と国会議員の秘書たち50人ほど。テレビカメラも2台入っており、なかなかの注目度である。
いったい何をする集まりなのだろう。
私自身は、この会合の趣旨を、最後の方にようやく理解したのだが、その状態のままでは読みづらくて仕方ないと思うので、最初に予備知識を入れていただこう。
4月に「がん対策基本法」が施行されたのは、ご存じの方も多いと思う。この法律は超党派による議員立法だったのも覚えているだろうか。ロハス・メディカル06年8月号のコラムで鈴木寛参議院議員が述べているのだが、がん対策基本計画に何が盛り込まれるかによって、法律が実効性のあるものになるか、単なるお題目に終わるか、大きな差が出る。
その基本計画の素案を厚生労働省が作り上げるにあたって、患者・家族、医療関係者、学識経験者で構成される「がん対策推進協議会」の意見を聴取することが法律で定められている。その協議会が5月下旬までの間に4回開催されることになっていて既に2回、4月5日と4月17日に開かれたらしい。
まったくフォローしていなかったことを反省しているのだが、どうも、その肝心要の協議会が、患者・家族からすると、議論したいことを議論させてくれないアリバイ的なものに映ったようだ。1回2時間と時間の制約もあり、さもありなん。その不満が立法の中心となった議員たちの耳に入り、厚生労働省の責任者を呼びつけての意見交換会となったようだ。
長机の向かって最も右側、奥に座っている5人が患者・家族として協議会に参加している方々で奥から順に
海辺陽子・癌と共に生きる会事務局長
三成一琅・島根県がんサロンNETWORK副代表
富樫美佐子・あけぼの会副会長
本田麻由美・読売新聞編集局社会保障部記者
埴岡健一・日経メディカル編集委員
逆に最も左側の列にいたのが厚生労働省の責任者2人
外口崇・健康局長
武田康久・がん対策推進室長である。
という辺りまで、頭に入れていただいたところで、どんなやりとりがあったかを追っていきたい。
冒頭の挨拶に立ったのは、仙谷由人代議士。「マイクが3時からしか使えない(事務方の秘書談)」とかで地声だったが、さすがに政治家は声が大きい(変な意味ではない。。。)。
「(自身が進行がんであると国会で明かし法成立の立役者となった)山本孝司参院議員が1週間の化学療法期間で国会に来られないため代わりに司会をする」
とのこと。なるほど。
この集まりの代表世話人である尾辻元厚労相の挨拶を挟んで武田・がん対策推進室長が「過去2回の協議会の経過を説明するように」と促され立つ。資料が配られたのだが残念ながら入手できず、声もよく聞き取れずで、今イチ内容は分からなかった。だが「残る2回の協議会は5月7日に4時間、5月18日に4時間という長丁場の議論の場を設定した。5月末までの間に枠にとらわれず議論していただく」ということを非常に強調していたので、おそらくそこがキモだったのだろうと勝手に理解した。
このあと患者の立場で協議会に参加している方々が順々に意見を述べた。
まず海辺さん。先ほど説明したようにマイクがないので、ほとんど聞き取れなかった。分かったのは「基本法というものが、どういうものか国民によく知られていないのでないか。協議会は何を目指しているのか。 幹が太く枝葉が茂るような基本計画にしたいと思っている。もっと議論の時間がほしい」。
続いて三成さん。「地域の医療格差が是正されるのか、それが担保される基本計画でなければならない」。私自身がこの段階では事情を飲み込めていなかったので、1年前と要望していることが変わっていないな、程度にしか受け取れなかった。そもそも患者として入っていると言っても、協議会メンバーの人選をするのは厚生労働省で、落とし所も決まっているのだろうから、暖簾に腕押しにされて歯痒いのだろう。そんな風にしか受け取っていなかった。
マイクが使えるようになって富樫さん。ここまで来て、おや?なにか今までと違うぞ、と思うようになった。
「意見交換会、協議会、と回を重ねて、とても泣きたい気持ちになる。ドクター、国、患者それぞれの主義主張がとても強くなっている。もっと寄り添ったすばらしい内容にしたい」
本田記者は「がん対策基本法をつくったときの趣旨を、もう一度思い出してほしい。がんにならないようにする対策ももちろん必要だろうけれども、それでもがんになってしまう人は出る。がんになっても安心して地域で治療を受け生活できる、そこが目的だったはず。そのための方策というのは一省庁だけではできないのだとは思うが、最初から議論を避けて通るのは違うと思う」。そこを避けているのか?健康局だから、予防重視?
患者代表たちの発言が以前とハッキリ変わっていると認識したのは、最後の埴岡さんの話で、である。
「今、この会場に敵が潜んでいる」といきなり言うので大変驚いた。「敵は僕たち一人ひとりの心の中にある。 法律を作った人に感謝しただろうか。徹夜でプランを作った役所の人に感謝しただろうか。僕らはできることをしてきただろうか。今まで、僕たち患者は、厚生労働省を敵のように責め立てるだけではなかったろうか。 でも本当は厚生労働省は目的を共有する味方なのであって、僕ら自身も厚生労働省と同じベクトルになって、財務省などとの交渉を後ろから支えるべきなのでなかろうか」。
ロハス・メディカル4月号で養老孟司先生が「日本は自立して自律する市民を作ってこなかった」と述べていたが、これこそ責任ある市民の発言だ、と鳥肌が立った。
海辺さんが話を引き継ぐ。「今まで、がん対策が進んで来なかった責任は、私たちがん患者会にもあると思う。それぞれの思いが強すぎて一つにまとまれず時間を浪費し、その間に多くの仲間を失った。個々の要望を言うだけでなく利害を超えて集結したい。こう考えて全国20団体の意見をまとめてある」
まさに驚いたとしか言いようがない。こんな素晴らしい会合に偶然立ち会えるとは!!
尾辻元厚労省が引き取って「厚生労働省に感想を聞きたいのだけれど、その前に患者の皆さんに確認を。協議会で十分な議論が行われるのか心配していた。先ほどの事務局の説明ではスケジュールに工夫の跡がみられる。これでよいだろうか」と患者代表たちに語りかける。
本田記者が受けて「非常にタイトなスケジュールの中、お忙しい方々の時間を割いていただいたことに感謝している。十分かといえばキリがないけれども運営の仕方次第で意味のある議論はできると思う」。
白状すれば、この段階で、ようやく「4時間」に大変な意味があったことに気づいたのだった。
後を継いだ外口・健康局長が非常に朗らかな口調で「感想」を述べる。
「流れは良い方向に進んでいると思う。目的は一緒なのだから、あとはいかにうまく進めていくか。基本計画を作るのが最終目標ではなく、その先がある。基本計画は協議会で話したから終わりではなく、閣議決定を受けなければならないので、国民全体の理解を得るものにしなければならないし、どの地方でも実現できるものにしなければならない。その意味で急遽、国民の意見も募集することにしたのは、国民全体の支持を得るために18人の協議会メンバーのコンセンサスだけでは弱いと考えたから」
国民の意見を募集することにしていたらしい。知らなかった。不勉強を棚に上げて言わせてもらえば、霞ヶ関はこの手の「意見の窓口は開いておいた」という『手続きだけ民主主義』が多すぎる。がん患者さんたちも、よほどキッチリ動きを追いかけていた人でなければ知らないのでないか。
鴨下代議士が、マイクを取った。「がん対策推進法の最終段階で協議会に患者さんが参加することについて、かなり真剣に悩んだ。うまく廻るんだろうかと心配していたのだが、それぞれの方が責任を感じて参加していることに感銘を受けた。頼む側ではなく作り上げる側になっている。局長は自分たちで作るような口ぶりだったが、皆さんが主体になって責任を担ってほしい」
福島代議士が続く。「当事者の意見を医療政策に取り入れる初めての取り組みだった。日程がタイトなのは申し訳ないが、いいことを決めても予算がつかないと意味がない。夏には概算要求しないといけないから。それから、この議論は予算編成全体にもかかわってくる。先ほどから声の上がっている医療提供の地域格差の問題は、日本の医療の在り方全体にぶち当たるので、健康局の立場では、どこまで責任取れるかというのはあると思う」
政治家と官僚と庶民とが、ここまで本音で平たく話したというのは過去にもあまり例がないのでないか。
こんな興奮を覚えているとき仙谷代議士が、その他の方々に何か言いたいことはないかと問い、そして4つの患者会の代表が話した。ところが、これが見事なまでに今までと同じ「これをしてほしい、あれをしてほしい」。。。
埴岡さんが「我々5人がお互いに話しているのは責任が取れるだろうかということ。5年後に不作為の罪に問われるんじゃないかとすら思っている。「今までの協議会の議論では患者側も十分汗をかいていないし、議論の内容 が偏っているんじゃないか」と受けて立っているのを見ながらも、変わったように思ったのは錯覚だったのだろうか、と少しガッカリした気持ちを覚えていた。でもすぐに「当然だ」と思い至った。協議会に入った5人は自ら議論を動かせる立場になったからこそ、責任も感じ自律するようになったのであって、かつては5人も似たようなことをしていたはずだ。「自己主張しかしないから患者には任せられない」のでなく、「任せないから患者は要求ばかり言う」の見事な証明になっているのではないだろうか。その意味では裁判員制度なんかも、やってみれば案ずるより産むが易しなのかもしれない。
さらに救われた気持ちになったのは、埴岡さんの後でマイクを握った患者会代表者の発言だ。看護師でもあるそうで、「誠実にやればやるほど疲弊していく医療現場をサポートすることなしに、患者の望むものを得ることは難しい。私たちにもできることはあるはず。医療費がちゃんとあって、現場が保証されなければ、基本計画はあっても絵に描いたモチに過ぎない」。その通り!と膝を打ちたくなった。
そこで仙谷代議士が「協議会を傍聴して感じたのは」と話を引き取った。「がん治療が質的、体系的に変わる、そんな方向性だけでもないと国民に失望を与えるだろう。その意味では医療費の問題も重要で、実は最近こんな話を聞いた。未承認薬の早期承認を一生懸命やっているけれど、実はそういう薬は高いので、DPCの病院だと赤字になってしまって使うことができないという。こんな話は健康局だけではどうにもならず保険局を巻き込まないといけない話だ。一事が万事この調子で、がん対策をきちんとやろうとするとすべて大きい問題になってしまう。だから事務方にも、今日言いたいのは、局の範囲、省の範囲に配慮しないで建設的な話をするようにしてもらいたい」
尾辻元厚労相が締めの挨拶として「事務方は予算措置を伴うことのないよう各方面からプレッシャーを受けているはずで、だからこそ我々政治家が頑張らないといかん、と決意表明させていただく」と述べ、実に密度の濃い1時間が終わった。
なお、この傍聴記は、ロハス・メディカルブログ(http://lohasmedical.jp)にも掲載されています。