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vol 23 米国南カリフォルニア大学留学体験記その9

医療ガバナンス学会 (2006年12月10日 16:20)


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南カリフォルニア大学に学んで
(ヘルスコミュニケーション事業設計支援ツールCDCynergy3.0)

別府文隆
南カリフォルニア大学(USC)
医学部附属健康増進・疾病予防学際研究所(IPR)客員研究員
ならびにHollywood, Health & Societyリサーチインターン

○ はじめに

ご無沙汰しております。筆者の不手際から原稿を皆さんにお届けするのが1ヶ月遅くなってしまいました。この場を借りて遅延をお詫び申し上げます。 本日は、前々回の原稿で少し紹介したCDCynergy3.0というCD-ROMソフトウェア(市販価格24ドル)の紹介です。

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○ CDCynergy 3.0とは

CDCynergy3.0は、Flashアニメーション・音声ファイル・ビデオファイル・文書ファイル等を含むHTMLベースのソフトウェア(CD-ROM)です。その指示や流れに従って順に作業していくと、健康教育やメディア・キャンペーンを含む地域介入健康プログラムの設計・実施・評価についてプランを立案できるようになっています。文字だけでなく過去のキャンペーンのマルチメディア素材を参照できる点と、ウェブを通じた情報源が網羅されている点が特徴的です。健康事業実施者の支援ツールとして米国疾病管理予防センター(以下CDC)を中心に設計されました。数ヶ国語に翻訳されているようですが、残念ながら2006年12月現在、日本語版はありません。
○ 歴史

簡単に開発の経緯を見てみましょう。そもそもこのCDCynergyの発案・作成は、1992年にCDCのスタッフであるRoper博士によって始められた「CDCの今後のコミュニケーション施策の方向性を検討するための専門調査会(Task Force)」に端を発しています。この調査会の調査結果で、今後のヘルスコミュニケーション上の諸問題解決のための有効な方向性が見出せなかったそうです。そこでCDC内の資源開発を兼ねて、これまでのヘルスコミュニケーション研究の成果や知見を統合し、各臨床家だけでなく保健行政や学術研究の関係者を含む関係者全てに有効な実践的支援ツールとして機能することを目的に開発されたのです。

その後、様々な関係者や組織の尽力と経緯を経てCDC内のツールという枠を飛び越え、扱うテーマや対象によって複数のバージョンが開発され組織や国を問わず広く活用され現在に至ります。今回紹介しているCDCyergy3.0はBasic Editionという別名ですが、筆者の理解では基礎的なだけでなく最も包括的で核になる情報を集めた最新バージョンという印象です。

このソフトウェア内に含まれる歴史に関する資料では、「今やCDCynergyはヘルスコミュニケーション事業デザインの支援ツール兼情報源としてブランドを確立した」と謳っています。
他のバージョンについてはこちら

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○ ソフトウェアの構成要素

2枚組みのCD-ROMから成り(メインと付録)、メインのソフトウェアはインストールしても、CD-ROMからでも使用できます。私見ですが、CD-ROMから直接使用したほうが使いやすい印象がありました(筆者の知る限りウィンドウズ限定でマックでは使えないようです)。

後述するメインの作業プロセスに関するテキスト部分のほかに、補完的に「コンサルタント」という位置づけで経験豊富な専門家の補足コメントがビデオで視聴できますし、文書やウェブ上の情報源が豊富に紹介されていますし、リサーチのためのツールに使える豊富なTipsもあります。実際に自分が作業を進めていくためのテンプレートと自分が書いた内容を評価する評価リストもついています。また、「メディア・ライブラリ」として過去のメディア・キャンペーンのメッセージ事例が豊富に視聴できます。ポスター(30以上)・ラジオ音声(20以上)・テレビCM(50以上)といった具合です。
○ 各フェーズの内容

前々回の原稿でも紹介したように、CDCynergy3.0は6つのフェーズからなります。フェーズ1は「問題の記述」ステップ(Describe Problem)で、フェーズ2は「問題の分析」ステップ(Analyze Problem)、フェーズ3は「介入方法の立案」ステップ(Plan Intervention)、フェーズ4は「介入内容の構築」ステップ(Develop
Intervention) 、フェーズ5は「評価方法の準備」ステップ(Plan Evaluation)、フェーズ6は「実行」ステップ(Implement Plan)、という具合です。封筒を模した画面のテキストの指示に従って、資料やビデオを参考にしつつ順にフェーズ1から自分の事業に関する作業を進めていきます。文書を記述する際のテンプレー
トもついていますし、具体的に何をどうすればいいのかが学べるだけでなく、自身の書いた内容を評価する評価ツールまでついています。非常に緻密な指示のもと作業を進めていくので、フェーズ6が終わる時には「さあ実行good luck!」という状態になっています。こういった介入事業の初心者や学生は勿論、経験はあるが体系だった教育を受けたことが無い実践家(日本には多いと推測します)にも非常に学習効果が高いと思います。また、最初にCDCynergy3.0の存在を教えてくれたUSC医学部のCruz教授によると、米国で専門教育を受けた経験豊富な実践家にとっても基礎的な事項の確認ツールとして機能しているそうです。以下、各フェーズの概要を見ていきましょう。
フェーズ1「問題の記述」(Describe Problem)
あなたの事業が解決すべき「問題」とは何か明確にするステップです。必要に応じて問題の詳細を把握するために調査や情報収集を実施します。事業に関係するであろう要素や変数について検討します(マーケティングや企業戦略立案ではおなじみのSWOT分析*の活用が提唱されています)。

*SWOT分析とはStrength(強み)、Weakness(弱み)、Opportunities(機会)、Threats(脅威)の頭文字をとったもので、自分や解決すべき問題を取り巻く内部環境(S・W)・外部環境(O・T)について総合的に評価する手法のこと。
フェーズ2「問題の分析」(Analyze Problem)
フェーズ1で抽出した問題を列記し、その原因を分析・検討します。問題それぞれについて明確なゴールを設定します。先のSWOT分析を元に倫理上の課題も含めて検討し、1)すでにある資源の操作・調整、2)コミュニケーションまたは教育、3)政策や法整備、4)地域サービス、などの視点から各問題の解決に適切なアプローチを検討することで、より深くその問題の意味や本質を理解することが重要です。疫学調査のノウハウや知見、ヘルスコミュニケーションでは著名な行動科学の諸理論やモデルが活用できます。
フェーズ3「介入方法の立案」(Plan Intervention)

問題解決のためにどのアプローチ方法をメインにするのが適切か、また補完的なアプローチ方法として何が適切かを決定します。コミュニケーション手法(キャンペーンその他)をメインにするのであれば、想定する対象者は誰か明確にします。コミュニケーション手法を補完的な位置づけにするのであれば、メインになる他のアプローチ(フェーズ2で紹介した、資源の操作・調整/コミュニケーションまたは教育/政策や法整備/地域サービスなど)の想定対象者を明確にする。そして想定対象者の属性や特性について詳細に調査する。想定対象者のセグメント(層)を特定・選定しそれぞれに応じたコミュニケーション施策の目的を明記する。適切なコンセプトやメッセージ、セッティング、活動、素材を選べるように自身の創造力を発揮して概要をまとめます。
フェーズ4「介入内容の構築」(Develop Intervention)

コミュニケーション介入の計画を決定しまとめます。計画には以下が内包されていなければなりません。背景と根拠(SWOT分析結果と倫理上の検討を含む)、想定対象者、コミュニケーションの目的、メッセージ内容、セッティングとチャンネル(メディア媒体)、活動(普及戦術、素材、具体的な方法論など)、課題とスケジュールの設定(課題それぞれの責任者の設定、課題それぞれの達成期限、チェック方法などを含む)、内部・外部双方のコミュニケーションプランの策定、予算管理、など。事業計画に関する情報普及のためのプレスリリースなどを準備します。
フェーズ5「評価方法の準備」(Plan Evaluation)
事業の関係者や影響を受ける人全て(Stakeholders)が求めている情報は何か検討します。どういった評価方法が適切か決定します。データ収集や情報収集の方法を決定します。信頼に足る情報を集められるような評価方法の全体デザインを決定します。データ分析と結果発表の方法について検討します。事業の評価計画について決定しまとめます。この計画には以下が内包されていなければなりません。Stakeholdersの質問や求めている情報、介入方法の基準、評価方法と全体のデザイン、データ分析と結果発表の仕方、課題とスケジュールの設定(課題それぞれの責任者の設定、課題それぞれの達成期限、チェック方法などを含む)、内部・外部双方のコミュニケーションプランの策定、予算管理、など。
フェーズ6「実行」(Implement Plan)
これまでのステップを統合し、実施する。そしてコミュニケーション事業全体を管理運営し、評価計画を実施する。得られた反応(フィードバックや調査結果)や学んだことを記録・整理する。それに従ってメッセージの修正や事業全体の見直しを行う。事業全体を通して得た学びや発見、評価調査結果を発表し普及させる。

 

○ 実際に使用した感想
体験してみて印象深いのは、その緻密さです。実に6フェーズほぼ全てがさらに10程度の細かいステップから構成されていて、詳細に実際に健康介入事業を準備・設計・実施する上での注意点やアドバイスが丁寧に記述されています。過去の実例や専門家の意見もビデオ等で視聴できますし、作業する側としては自分の計画の妥当性や意義について大いに勇気付けられます。体験するだけでなく実際にキャンペーンや事業計画を作成してみたいと思いました。

お気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、CDCynergyでは事業自体だけでなく評価方法そして評価調査結果の公開・普及についてのウェイトが大きいことが注目されます。USCでお世話になっているValente助教授は「全予算の10~15%以上を評価調査に使うべき」と言っていました(日本ではメディア・キャンペーンの予算配分はどうなっているのか気になりますね)。質の良い評価調査が出来ればそれはそのまま学術論文と成り、社会知として公開・共有されますし、この領域の事業評価はそうあるべきだと考えます。

また、CDCynergyは前述したように、ヘルスコミュニケーション研究の蓄積や知見を統合し実践的なツールとして開発されたものです。よって(上記では割愛していますが)これまで筆者がMRIC上で紹介してきたソーシャル・マーケティングやメディア・アドボカシーなどの方法論やキャンペーン事例が随所に出てきます。学習ツール、支援ツールとして非常によく練られていると思いました。

さらに、思いつきですがヘルスコミュニケーション事業設計に関する常識や基盤の異なる日本では普及にあたって導入部に日本独自の背景を踏まえたシリアスゲーム的な要素(導入や理解を助ける)を新たに付加してもいいかもしれません。
○ CDCynergyがヘルスコミュニケーション研究・実践に与える影響と日本でのニーズは?

前回、前々回お伝えしたように、米国ではウェブ上の無料で入手できる情報源に加え、今回ご紹介したCDCynergyのように安価(ver3.0は24ドル)で誰でも入手できるツールもあります。学生も臨床家も行政関係者も活用できます。CDCynergyで全てが解決できるわけではありませんが、概念や語彙といった「常識」の共有が出来て実施者の知識のボトムラインが揃うだけで事業内容の質やコストに大きな違いが出てくるはずです。

翻って日本ではどうでしょうか。ニーズはあるのに供給が追いついていないというのは筆者の思い込みでしょうか。もしくは非常にニッチなニーズ過ぎて具体的なアクションが起きないのでしょうか。または社会構造的に現状(情報が少ない)を維持したい誰かがいてそういう力学が働いているのでしょうか。文化的・歴史的問題なのでしょうか。

たとえニッチ(もしくはマニアック?)でも、他の理由があっても、メディア・キャンペーンや地域レベルのコミュニケーションデザインといった、国や地域全体の情報普及度や「世論」形成に関わる領域では、経済効率から言っても倫理面から言ってもトップダウンで情報インフラを整備する必要があると考えます。次回はその辺を含めた内容で原稿を書きたいと思っています。
○ 次回予告
次回は前々回予告したように、ヘルスコミュニケーション事業を含めた、メディ
ア・キャンペーンに関係する情報リソースの日本での現状について考えたいと思
います。米国との対比で何がわかるでしょうか。

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