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臨時vol 30 「HCAP体験記 その2」

医療ガバナンス学会 (2006年10月15日 16:27)


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ハーバード大学数学・物理学科三年
北川 拓也

 

こんにちは。時差ぼけと徹夜が重なって、もう何がなんだかわからない、ハーバード大学物理・数学科三年の北川です。前回のコラムでは僕の人生の標語が「勉強を楽しめ!」「アメリカに行こう♪」と決まったところまで書かせていただきました。

この後、僕は勉強を楽しむべく、より深く、自分の主観を大切にして学問を捕らえようと努力しました。こうやって勉強をしているうちに、化学、物理、生物、数学をはじめ、日本史、世界史、政治、哲学なども面白いと思うようになり、成績があがりはじめました。その頃に知っている学問は、きっとたいしたことはなく、勘違いしていたところも多かったと思いますが、それで勉強が楽しめたので僕は幸せな子でした。大切なのは、自分の人生の中に学問を自分なりに位置づけ、理解しようとすることなのだと感じたのです。しかしどうしても英語の勉強を楽しめなかった僕は、むしろ英語で本を読むことを楽しむことにし、英語を将来もう勉強しなくていいように、向こう数年で完璧にしてしまうことを決意しました。英語を話すのを完璧にするには海外にいくしかない!と思い込んだ僕は、高校一年の時に一年の交換留学をすることに決めました。そうやって僕は高校一年の時にテキサスへ留学したのです。

中学三年生の時の努力が功を奏し、高校一年生のときに留学する際にはTOEFL600近くの点が取れるようになっていました。とはいっても僕が勉強していたのはreading と grammar, listeningだけであり、しゃべるほうは全く練習不足でした。しかしいつものように僕は根拠のない自信があり、「なんとかなるやろ。」、と思っていました。その僕の楽観的な考え方は半分正しかったのです。英語というのは聞くのはとても難しいけれども、日常生活程度なら、喋るのはあまり難しくないのです。妙な自信と根性さえあれば、聞き手に自分のいいたいことを伝えることは割と容易なのです。

僕がテキサスで通った高校はクリスチャンの高校で毎日礼拝がありました。残念ながら僕はクリスチャンではなかったので、毎日礼拝では物理の本を片手に寝ていました。なにより衝撃的だったのは、学校がまた男子校だったことです!(僕の日本の学校、灘も男子校です。)テキサスの学校にいって気付いたことは、自分は灘にいればそれなりに物知りで、成績もよかったかもしれないけれども、自分という人間以外に自分の能力を証明する手立てがない場所では、自分は本当は無力であった、ということです。なにせ普段使い慣れている教科書がないため、当たり前のように使っていた数学の公式を忘れた際、自分で導出しなければならない。しかし意外と公式を導出するというのは簡単なことではなく、自分がいかに数学を理解していなかったか、ということを身をもって思い知らされるのです。この体験は、自分という人間の能力はどういうところに存在し、どのように人に伝えていけばいいのか、ということを考えるきっかけとなりました。ここから僕は、常に自分が何かを生み出せる必要があり、そしてその生み出せるものこそが、自分という人間の価値を判断する基準となる、という考えをもつようになりました。具体的には、本を読むインプットの作業ができたところで、他人には自分の能力を知ってもらうことはできない。自分の能力はまさにアウトプット、たとえばエッセイを書く能力だとか、他人に自分の考えを伝える能力だとかが、自分の能力として他人に判断してもらえるのだ、と考えるようになったのです。

残念ながらテキサスの高校はあまりチャレンジングではなく、その高校と提携している大学の方で数学、物理、心理学の授業をうけることになりました。とはいってもとてもフリータイムは多かったので、いつも図書館で好きな生物、物理の本を読む毎日でした。何しに高校留学をしたのか、高校のほうではほとんどサッカーしかしてなかった気がします。このサッカーへの熱い思いが功を奏して、honorable mentionという賞をもらうことができました。結果的には、このサッカーの賞や、僕の友達に無理やり参加させられて、運がよく取ることのできた、テキサス私立コンテストにおける、数学2位、科学1位という賞がハーバードに入るのに役に立つことになったのです。しかし、このころはまだ少しもハーバードに行こう、なんてことは考えていませんでした。MITという名前を聞いたことがあり、物理が好きだった僕は、物理学者ファインマンの卒業校であるMITにひそかな思いを抱いているぐらいでした。そんなこんなで、アメリカという国にあまり馴染まないまま、僕は帰国することになったのです。

これが僕のアメリカとの初めての出会いでした。今振り返ってみると、あまりいい体験ではなかったかもしれません。しかし、この体験が僕がハーバードに行ったきっかけであった可能性は否めません。僕にとって、今自分がハーバードにいる、ということにはそこまで特別な思いはありませんが、自分が日本の高校教育を乗り越えて世界で一番良い大学の一つとされる大学に入った、ということはとても大きなことに感じます。ですから、この留学体験がどのように今の僕へとつながっているのか、ということを考えるのはとても大切なことのように思われるのです。

次回はついにどのように僕は自分をハーバードにアピールしていったか、という話を書きたいと思います。ではまたよろしくお願いします!
北川 拓也
灘中高卒、ハーバード大学数学・物理学科三年。患者学や医療コンビニのプロジェ
クトに興味を持ち、それらのお手伝いもさせていただいています。

 

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